認知症を発症する14のリスク 英医学誌が公表 改善すれば45%は予防可能に<デジタル発>(2024年12月14日『北海道新聞』)

認知症を発症する14のリスク 英医学誌が公表 改善すれば45%は予防可能に<デジタル発>(2024年12月14日『北海道新聞』)

英医学誌「ランセット」の専門家委員会が公表しているホームページ

英医学誌「ランセット」の専門家委員会が公表しているホームページ

 長生きをすると、誰でもかかる可能性がある身近な病気が認知症だ。英医学誌「ランセット」の専門家委員会は今年7月、難聴や社会的孤立、うつなど計14項目のリスクをなくせば、認知症の発症を45%を予防できると公表した。前回4年前の報告から5ポイントの上昇で、日常生活を改善することで発症を防いだり遅らせたりできることが改めて明らかになり朗報と言える。では、何にどう気を付けて過ごせばいいのか。認知症を長年研究している札幌市東区の勤医協中央病院の名誉院長で医師の伊古田俊夫(いこた・としお)さん(75)に解説してもらった。
 ランセットの専門家委員会は、各国の認知症の危険因子に関するデータ、論文、報告書を収集、分析している。最初の報告は2017年で、喫煙や運動不足など九つのリスクをすべて改善すれば、発症を35%抑えられる可能性があるとした。前回20年はリスクが12に増え、40%だったのに対し、3回目の今回は14で45%となった。研究が進むにつれて認知症になりやすいリスクが明らかになり、予防できる可能性が高まったと言える。
 今回、新たに加わったのが、「LDLコレステロールの高さ」と「未治療の視力低下」だ。
LDLコレステロールは、血液中にあるコレステロールの一つで、肝臓で作られたコレステロールを全身の細胞へ運ぶ役割を持つ。運動不足や肥満などでLDLコレステロールが増えると、血管の壁にたまって脳梗塞心筋梗塞のリスクが高くなるため、「悪玉」コレステロールとも言われる。これに対し、余分なコレステロールを肝臓に戻すのが「善玉」と言われるHDLコレステロール。いずれも基準値内に収めるのが望ましい。
伊古田俊夫さん

伊古田俊夫さん

 伊古田さんは、LDLコレステロール値を改善すれば、認知症の発症を7%減らせることが今回新たに加わった点について、「さまざまな研究が、これに注目したのは実に大きな意義がある」と語った。
なぜ大きな意義があるのか。この後、詳しく紹介します
 この意義を理解するには、認知症がどのようにして発症しているのか理解する必要がある。
 認知症の中で最も多いアルツハイマー病は、アミロイドβという異常なタンパク質が脳内で長い年月をかけてたまっていく。このアミロイドβが塊となって神経細胞を死滅させ、脳の萎縮が進み認知症を発症すると考えられている。
 アミロイドβは通常、たまることなく排出されている。この排出の過程で重要な働きをしているのが脳脊髄液だ。脳脊髄液はアミロイドβなどの老廃物を洗い流すが、血中にLDLコレステロールが多いと、うまく働かないというのだ。
健康診断で示されたLDLコレステロールの値

健康診断で示されたLDLコレステロールの値

 伊古田さんは「意外に思うかも知れないが、脳は縮んだり膨らんだりしながら絶えず拍動している。縮む瞬間に脳脊髄液の流れが速くなるが、LDLコレステロール値が高い状態が続くと動脈硬化が発生し、この拍動も弱くなり、流れが悪くなる」と説明する。
 脳脊髄液の循環が悪くなると、アミロイドβが流れる速度も遅くなるため、脳内にたまりやすくなると考えられているのだ。血中のLDLコレステロールが高い状態の脂質異常症は特段、自覚症状がない。突然、血液の流れが悪くなって詰まれば、脳梗塞なども引き起こすだけにぜひ気を付けたいところだ。伊古田さんは「健康診断などで示されるLDLコレステロールの値が基準値におさまるように日頃から気を付けておくことがとても大切です」と強調した。

■情報収集も大事

 今回の報告でもう一つ、新たに加わった項目が「未治療の視力低下」だ。
 伊古田さんは「情報が入らなくなるという点では、難聴と同様、認知症の発症に大きく影響します。目から入る情報が減れば、物を考える力も減るだけにこちらも興味深い結果でした」とうなずいた。視力の矯正につながるメガネの購入などは比較的抵抗が薄いだけに、「日本人にとっては対応できているリスクではないでしょうか」と語った。
 ランセットが今回示した14のリスクについて、伊古田さんは「日本人は健康意識の高い人が多く、既に実践しているものもいくつかあります」と話した。
 例を挙げてみよう。
 一つは喫煙率だ。1990年代後半、男性の半数がタバコを吸っていたが、厚生労働省の2023年の「国民健康・栄養調査」によると、男性は25.6%、女性は6.9%と減っている。社会で禁煙は確実に進み、今やタバコを吸える場所を見つけるのに苦労するほどだ。
 お酒の消費も、着実に減り続けている。厚生労働省の資料によると、1人当たりの年間消費量は92年度に101.8ℓだったのが、19年度は78.2ℓだった。国民生活基礎調査の回答欄でも「お酒の飲み過ぎに注意している」と書く人が増えているという。
 健康のために「減塩」に取り組む人も増えている。日本人の1日当たりの摂取量は95年で13.9グラムだったが、厚生労働省の19年の調査では10.1グラムだった。
 伊古田さんは「健康のために提唱された禁煙や適正な飲酒、減塩などは広く浸透し、データでも示されているため、実に良い傾向が続いていると思います」と語る。

■参考にしたいWHO

 ランセットのリスクでは、子供時代の教育の欠如や大気汚染など個人の力でなかなか対処できないものもある。今後、何に気を付けたら良いのだろうか。
 伊古田さんは世界保健機関(WHO)が19年に発表した認知症予防ガイドラインランセットの報告とも共通点も多く、とても参考になると言う。
 WHOが強く推奨しているのが、ウオーキングや階段昇降など息の上がらない「身体的活動」と「禁煙」、バランスの取れた「食事、栄養」、降圧剤の服用など「高血圧の管理」、そして「糖尿病の管理」だ。
 「認知症予防の話をすると私はだいたい、WHOのガイドラインを参考にお話をします。さらに付け加えると、日常生活で知的な要素を含む活動はぜひ取り入れたいところです。新聞や本を読み、音楽や絵画、映画を楽しんほしいですね」と指摘する。

■魔の60代後半

 最後に気になる指標を示してくれた。
 22、23年に厚生労働省の研究班が福岡県久山町、石川県中島町(現七尾市)、愛媛県中山町(現伊予市)、島根県海士町の4地域に住む高齢者を対象に調査を行い、年齢階層別に認知症になっている人の割合(有病率)を示したものだ。65~69歳、70~74歳と5歳刻みで比較すると、年齢が上がるにつれ認知症の人の割合は確実に増えていく。
 伊古田さんは「特に60代は定年退職や子供の独立など生活が大きく変わる時期。働き詰めだった男性は退職後、生活が不規則になる例が多い。完全に辞めるのではなく、週2、3回でも就労の機会を持つのも良いでしょう。仕事以外に、自分の好きなことやボランティアなど社会と関わりを持つことも認知症の予防策になる可能性があると見ています」と語った。

■運動、栄養指導で認知機能改善

 認知症にはいまだ根治薬がないものの、さまざまな予防策が日夜、研究されている。
 神戸大学を中心とする研究グループが9月、運動や栄養指導、認知機能トレーニングなどを組み合わせたプログラムを継続して行うことで、高齢者の認知機能が改善できたと発表し、世界アルツハイマー協会の国際学術誌に掲載された。
 研究グループはまず、09~11年に実施され、15年に発表されたフィンランドの研究に着目した。食事や運動指導などの取り組みが軽度の認知機能障害の進行を抑えた可能性があると世界で初めて示された研究成果だ。神戸大学を中心とするグループはこの有効性を検証してみることにした。
 具体的には、①ストレッチや筋力トレーニング、有酸素運動などを取り入れた運動教室(週1回、約90分)②栄養管理士らによる月1回の栄養指導③貸与したタブレット端末を使い、自宅で記憶力や注意力を高める認知機能トレーニングの実施④歩数や睡眠時間をモニタリングし、生活習慣病の管理―の四つのプログラムで実験する計画を立てた。
出された課題に合わせて、体を動かす高齢者(古和教授提供)

出された課題に合わせて、体を動かす高齢者(古和教授提供)

 兵庫県丹波市で物忘れなどを自覚する85歳の男女203人を対象に、19年から実証実験を始めた。四つ全てのプログラムに参加したグループ(101人)と、参加しなかったグループ(102人)に分けて認知機能のその後の変化を調べた。参加しなかったグループには、健康に関するパンフレットを渡す程度にとどめた。 6カ月ごとに記憶機能や処理速度など7種類の認知機能検査を行い、得られた数値を得点化した。その結果、両グループとも点数が上がり、プログラムに参加したグループの方が上昇幅が大きかった。
古和久朋教授

古和久朋教授

 グループのリーダーで神戸大学大学院保健学研究科の古和久朋(こわ・ひさとも)教授(54)=脳神経内科学=は「運動や栄養指導などのプログラムをしっかりやることで効果が数字に現れた。加齢による認知機能の低下はやむを得ないが、より早い段階でこれら複合的な取り組みをすることで、認知機能の改善、発症の予防につながると考えられる。多くの方に参考にしていただきたい」と話す。
 神戸大学のグループでは、効果がどれだけ持続するかなど今後も高齢者に追跡調査を行い、検証していくという。