「人生100年」時代と呼ばれる長寿社会になり、高齢者は従来の生き方や考え方を改め新しい生き方を再構築する必要性が求められている。90歳を迎えた今も現役医師として週4日高齢者施設で働いている折茂肇医師は、「人生100年時代を生き抜くためには生涯現役でいるしかない」と語る。
折茂医師は、東京大学医学部老年病学教室の元教授で、日本老年医学会理事長を務めていた老年医学の第一人者。自立した高齢者として日々を生き生きと過ごすための一助になればと、自身の経験を交えながら快く老いる方法を紹介した著書『90歳現役医師が実践する ほったらかし快老術』(朝日新書)を発刊した。同書から一部抜粋してお届けする(第1回)。
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30代から大学で老年医学を研究していたからといって、そのころは、高齢の患者さんの気持ちはわかっていなかった。幸い、多くの先輩、友人、患者さんとの縁に恵まれ、医学に関わる者として貴重な経験もたくさん積ませていただいた。その研究の日々に、いつも私の頭の中にあったのは、「健やかな老いを迎えるためにはどうすればいいか」ということだった。その難問に対する答えを見出したいと研究に励み、考え続けていた一方で、実はそれを自分に結びつけてとらえたことはなかった。
老年病学教室の教授に就任したのは51歳のときだったが、その時に75歳の先輩医師から「君はまだ若すぎるよ。君の年では老人のことはわからないよ」と言われたことがある。その時はピンと来なかったのだが、それは正論だった。当時は老いの心境というものを全く理解できていなかった。多くの高齢者に接していたにもかかわらず、自分が年をとってからのことを想像し、我が身のこととして考えたことはほとんどなかったのだ。
■今でも夜、脳裏にアイデアがひらめき、目が覚めることも
例えば、私は新しいことに挑戦するのが好きで、これまでの人生でも迷ったときは新しい道、自分がわくわくする道を選んできた。この年になっても、何か新たにチャレンジできることはないか、と常に考え、夜、脳裏にアイデアがひらめき、目が覚めることがある。できるかできないかは別として、いや、できないことが増えているからこそ、チャレンジ精神は若いころより増して旺盛になっている気がする。そして、働くことがだんだん難しくなってくる年齢だからこそ、社会の役に立ちたいという気持ちもより一層強く感じるようになっている。
若いころの私は、高齢の患者さんの病気や身体的な面にばかり目を向けていた。しかし、好きなことや生きがいがあれば、元気になることがある。だから、本来なら患者さんが何に気を悩ませているのか、どういうことを実現したがっているのかといった精神的な面にまで意識を向けるべきだったのだろう。
もう時効ではあろうが、若さゆえに高齢者をイラつかせるような言動を繰り返していたかもしれないと思うと、恥ずかしさと申し訳なさが入り混じった気持ちになる。
■老いの心境がわかるようになったのは還暦を過ぎてから
目の前の研究や患者さんへの対応に忙しく、我が身の行く先を想像したりする余裕がなかったともいえるが、あまり先々のことを考えずに生きてきたことがかえってよかったのでは、とも思う。
そんな私が、少しずつ老いの気持ちを理解し、高齢者のことがわかり始めたのは、還暦を過ぎたころからだったように思う。そこからまた、さらに30年弱の時を経て今の自分がいるのだが、たどり着いた答えとして大きく3つがある。健やかに老いていくためには「病気と仲良くすること」、「食べること(体の維持)」、「役に立つ意識(生きがい)」が大切ということだ。
≪著者プロフィール≫
折茂肇(おりも・はじめ)
公益財団法人骨粗鬆症財団理事長、東京都健康長寿医療センター名誉院長。1935年1月生まれ。東京大学医学部卒業後、86年東大医学部老年病学教室教授に就任。老年医学、とくにカルシウム代謝や骨粗鬆症を専門に研究と教育に携わり、日本老年医学会理事長(95~2001年)も務めた。東大退官後は、東京都老人医療センター院長や健康科学大学学長を務め、現在は医師として高齢者施設に週4日勤務する。
90歳現役医師が実践する ほったらかし快老術 (朝日新書) 新書 – 2024/12/13
折茂 肇 (著)
元東大教授の90歳現役医師が自身の経験を交えながら、快い老い方を紹介する一冊。
たいていのことはほったらかしでよく、大切なのは生きがいと骨。
落ち目同士で群れない、手抜きしないでオシャレをする…など10の健康の秘訣を掲載。
――目次――
はじめに
90歳を迎えた今だからこそいえることがある
東大教授として老年医学を専門に研究と教育
【序章】年をとってわかった「高齢者が自立して生きる意義」
高齢者の健康状態は気の持ち方次第で大きく変わる
今の高齢者は昔より若返っている
本当の「高齢者」になる前に準備が理想だが
自分に起こる変化に一喜一憂せず、楽しむゆとりを
高齢者施設での診療で心がけていること
90歳になった今も医師として週4日働く日々
高齢者が働く理由は「体によいから」「面白いから」
老いの心境がわかるようになったのは還暦を過ぎてから
【第一章】病気と仲良くし、好きなものを食べ、生きがいを持つ
「健康」とは、単に「病気がないこと」ではない
大事なことは、病気と仲良く暮らすこと
高齢者のがんとの向き合い方
認知機能の低下を心配しすぎず総合的な視点で
やせた人のほうが肥満の人より死亡率が高い
肉を食べる人は健康な人が多い
食事は細かいことを気にせず「好きなものを食べる」
生きがい(喜びや楽しみ)を感じる割合は72・3%
高齢者ほど「生きがい」を持ったほうがいい理由
生きがいがある人ほど健康である │いくつかの研究報告より
なぜ、生きがいがあると健康になるのか
私の生きがいは「仕事」、ささやかで新たな楽しみ
50歳で本格的に始めた趣味の囲碁
社会とつながり、自立した生活を送ることをめざす
自立した高齢者になるための「心の準備」と「経済的な準備」
【第二章】100歳まで若さと健康を保つ10のコツ
90歳での同窓会。卒業生80人のうち参加者は15人
人生の下り坂で友人が授けてくれた知恵「落ち目考」
若さと健康を保つための10の秘訣
① 手抜きしないでオシャレをする
•気がつけば私自身もこの秘訣を実践していた
•自分に似合うもの、自分の好きな服を身に着けよう
② 落ち目同士で群れず、異文化と付き合う
③ 適当に仕事をする
④ エスカレーターやエレベーターは間違っても使わない
⑤ 落ち目になったことを自覚する余裕を持つ
⑥ 他人の話を聞き、広い視野で物事を考える
⑦ 上手に気分転換して嫌なことはすぐ忘れる
⑧ いくつになっても好奇心旺盛でいる
⑨ インプットだけでなくアウトプットもする
⑩ 適度な運動をして自立した高齢者でいる
【第三章】75歳でガクッとくる人、こない人-骨がカギ
人は骨とともに老いる │骨こそが健康長寿の急所
「たかが骨」「たかが骨折」ではない
骨粗鬆症の研究者として、ぜひ知ってもらいたいこと
身体機能はゆるゆると低下していくのではなく、ガクッと落ちる
75歳を境に、病気のリスクはこれだけ変わる!
高齢者はyoung-oldとold-oldに分けられるという考え方
高齢者研究のエビデンスは65 〜74歳ばかり
一言で「高齢者」といっても、健康状態はさまざま
若いときは修復できた機能が、修復不能になっていくのが「老化」
老化現象には「生理的なもの」と「病的なもの」がある
生理的な老化現象は、あまり気にせず受け入れよう
骨が弱くなると、なぜ血管も衰えてしまうのか
カルシウム不足が骨や血管にさまざまな悪影響をおよぼす
大腿骨骨折は寝たきりだけでなく死亡の原因にもなる
高齢者の骨折には、整形外科医だけでなく老年科の医師も関わるべき
「もう遅い」と思わず、今からでも実践したい骨折予防の3大対策
① 転倒を防ぐ
② カルシウムを摂取する
③ 日光浴をする
【第四章】たいていのことはほったらかしでいい
自己診断による長寿の秘訣1位は「くよくよしないこと」
75歳を超えたら「発想の転換」が必要になる
トータルにみて「機能障害」がなければいい
年をとれば体の機能が低下するのは自然なこと
今はもう血糖値も血圧も、肥満さえも気にしない
むしろ低血糖や低栄養を心配すべきというのが老年医学の新しい常識
悩むより笑うほうが血糖値を下げる効果あり
ただし、これだけは気をつけたい │脱水と熱中症
ほかにこんな特徴もある │念のために知っておくと安心なこと
加齢とともに、怒りっぽくなる?
「喪失体験」を乗り越えて人生を受け入れられるようになる
年をとっても幸福感が増す「エイジング・パラドックス」は本当か?
先のことはわからない。だからこそ今日を楽しんでいる
【エピローグ】高齢者は胸を張って老いていこう
エージズム(老人差別)のない社会をめざして
若いときからの知識と経験の積み重ねで知的資産家になれる
おわりに
運命に逆らわず、自然体で生きる
人生100年時代を生き抜くためには「生涯現役」でいること