「PR会社が斎藤元彦知事の後援会宛てに送付した請求書のコピー」
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「承認欲求や自己顕示欲が強すぎると叩かれてますけど、私はそんな悪い印象ないんですよ。20代で起業して、若いのに応対や礼儀もしっかりしてたし、SNSコンサルティングという新しい分野で仕事を広げて、周囲からも一目置かれていました」
起業まもない頃の彼女を知る人がそう擁護する声もあれば、別の知人からの苦言もある。
だが、それらの選挙運動を折田氏が主体的・裁量的に行い、報酬を受け取っていれば、公職選挙法上の買収に当たる可能性がある。指摘が相次ぐと、斎藤氏は「公選法に抵触することはしていない」と繰り返し、経緯の説明は代理人弁護士に丸投げした。
斎藤氏と同じ街宣車の上で折田氏が演説の動画配信をしていたことを問われると、「ボランティアとして個人で参加されたと認識している」と述べた。
27日に記者会見を開いた代理人の奥見司弁護士は、折田氏側に支払ったのは、メインビジュアル企画・制作、ポスターやチラシのデザイン制作など5項目の計71万5千円のみで、いずれも法律で認められていると後援会宛ての請求書を示して説明。「SNS戦略を依頼した、広報全般を任せたというのは事実ではない」「(折田氏は話を)盛っている」と述べた。
■知事説明に合わせ改変
たとえば、斎藤氏がオフィスに現れたことからすべてが始まったとする「きっかけ」のくだり。10月から投開票日までの1カ月半を「種まき・育成・収穫」と3期に分け、ターゲットや配信内容を記したSNS運用フェーズの図。〈ドラマチックすぎる出来事でしたので、いつか映画化されないかな〉と逆転勝利に舞い上がる一文。これらは現在削除されている。
一方で、〈広報全般を任せていただいていた〉との記述や、最初のプレゼンで「#さいとう元知事がんばれ」のハッシュタグを提案したことは残っている。四つの公式アカウントを管理し、〈監修者として、運用戦略立案、アカウントの立ち上げ、プロフィール作成、コンテンツ企画、文章フォーマット設計、情報選定、校正・推敲フローの確立、ファクトチェック体制の強化、プライバシーへの配慮などを責任を持って行い〉と太字で強調している箇所もそのままだ。
このあたりは斎藤氏側の主張と対立するが、SNSを本業とする経営者として譲れないのかもしれない。問題は、これらが本当に折田氏の個人的なボランティア活動だったのかどうかだ。
■本業のSNSが無償?
「斎藤さんの同級生が中心の勝手連的な選対だったので、全部は把握できてないんですが……」と陣営関係者の一人は言う。
「折田さんもSNS運用をしていたかもしれませんが、中心にいた印象はないです。選対メンバーや近い支援者がLINEグループに動画や写真を投げ、それをXのIDとパスワードを共有する何人かがアップしていたはず。
折田さんも時々、現場に来て街宣車の上で動画を撮っていましたが、回数はそれほど多くない。生配信をする人は別にいたし折田氏のことは「SNSに詳しい、選対周辺の支援者」だと認識していたという。街宣の現場に来て、助言やサポートをする議員や経営者も多く、そういう中の一人だったと。斎藤氏が勝ったことで、みんなが「自分がやった」と功名心に走ったこと、折田氏をはじめ、公選法に無知な素人の勝手連だったことが今回の問題につながったと、この関係者は見る。
「SNS運用や動画撮影を無償でやっていても不思議はない。目先の報酬はなくても、斎藤さんが勝てば、あの選挙の広報を担ったという実績になり、将来的なメリットは大きいので」
だが、「merchu」はSNS運用を本業とする会社だ。自治体などでSNS運用支援業務を多数受注し、今年度は広島県の公募を約1300万円で落札。広島市ではSNS活用プロモーション業務を5年連続で受注しており、契約総額は3212万円に上る。
斎藤氏側の説明には疑問や不自然な点が多い。
■知事と社長を刑事告発
2人は12月2日にオンライン会見を開き、斎藤氏側が「merchu」に支払った約71万円は、SNS運用など広報戦略を含む選挙運動の報酬だったとして、公選法違反(買収、被買収)の疑いで斎藤氏と折田氏に対する告発状を神戸地検と兵庫県警に送ったことを明らかにした。
郷原弁護士は、折田氏の改変前のnoteは真実性が高いと見ている。その根拠に、斎藤陣営に近い西宮市議が「陣営がSNSをお願いした方」として、自身のXで折田氏を紹介していた経緯などを挙げて、こう主張した。
「折田noteは基本的に信用できる、真実である。一方、斎藤氏側代理人の説明は極めて疑わしい。概ね斎藤氏の罪責を否定する虚偽説明だと判断しています」、私も車上で撮りましたから」
上脇教授も「女性社長(折田氏)のnoteを拝見して、これはどう考えても選挙に主体的に、かつ、裁量のある、戦略的なPR活動を行ったことは明らか」と語った。
ただ、折田氏を告発することは本意ではなかったという。会見で郷原弁護士はこう漏らした。
「われわれとしては斎藤氏の処罰を求める気持ちが中心で、折田さんにはむしろ全面的に捜査に協力をして、捜査機関が真相解明に漕ぎつけられるようにしてもらいたい。積極的に協力されれば、処罰はしないで起訴猶予にしてもらってもいいんじゃないかと思っているぐらいです。
ただ、買収罪と被買収罪は対向犯といって、両方セットで成立する犯罪ですから、折田さん側の態度がまったく不明な段階で、折田さんの処罰を求めないということは、やはりちょっと説明がつかない」
■まだ続く知事選の余波
9月19日の不信任決議から約2カ月半ぶりに議場へ戻った斎藤知事は、3年余り前の初めての県議会での所信表明と同じフレーズを口にした。
「兵庫県のさらなる発展、県民生活の一層の向上に向け、希望を持って一心に坂をのぼっていきたい」
司馬遼太郎の『坂の上の雲』を引用しつつ、初心に返って「ワンチームで坂をのぼろう」と県議会や県職員に呼びかけたわけだが、異様な選挙戦の余波はまだ収まりそうにない。坂の上に見えているのは一朶の白い雲ではなく、垂れ込める暗雲かもしれない。(ノンフィクションライター・松本創)
※AERA 2024年12月16日号