「主婦年金」廃止は女性活躍の転換点 方針決定までの30年「連合」芳野友子会長に聞く #くらしと経済(2024年12月9日『Yahooニュース』)

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労働組合の中央組織・連合の芳野友子会長

「103万円の壁」「106万円の壁」など「年収の壁」が話題になっている。労働組合の中央組織「連合(日本労働組合総連合会)」は「主婦年金」と呼ばれる「第3号被保険者制度」の廃止を求める方針を決定した。同制度には「130万円の壁」があり、主婦がパートなどの仕事量を調整するケースもある。女性初の連合トップである芳野友子会長は「3号廃止は女性活躍の大きな転換点につながる」と言う。芳野会長に「3号廃止」提案の意図を聞いた。(文・写真:ジャーナリスト・国分瑠衣子/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

会長就任時、「チャンスがきた」と思った
──連合は2024年10月、年金の「第3号被保険者制度」廃止を求める方針を決定しました。なぜこのタイミングだったのでしょうか。

私としては、遅いぐらいだと思っています。連合の女性たちの中で、3号の議論は1990年代からありました。

バブル崩壊後の1992年、共働き世帯数が専業主婦世帯をわずかに超えました。連合には47都道府県に女性委員会があります。加盟組合の女性役員が集まって、女性を取り巻く課題を議論する組織です。その女性委員会で3号も課題に上がり、「税と社会保障は、専業主婦がいる世帯中心ではなく、共働き世帯中心の制度に変えていくべきではないか」と話し合ってきました。

民間主要産業別労組と公務員などの官公労が合流してできた連合(日本労働組合総連合会

──当時そうした意見は提言できましたか?

残念ながら、当時の労働組合は男性中心で、専業主婦世帯の人たちが多く、(3号廃止に)大きな抵抗がありました。いい悪いではなく、抵抗があったんです。専業主婦の中には、育児や介護で働けない人たちが多かったのではないかと思います。ただ、共働きの女性たちからすると「私たちも育児や介護をしながら働いている」という声があったのも事実です。数少ない女性役員の声は連合の運動に反映できず、女性委員会での話にとどまってしまったのです。

──それは残念ですね。

3号は不公平な制度です。考えてみてください。親の介護で仕事を辞めなければならなくなったときに、サラリーマンの夫(2号被保険者)と結婚している女性は、夫に扶養されるということで保険料を納めずに年金の3号被保険者になる。けれども、結婚していない女性は、1号被保険者となって自分で国民年金保険料を納めなければならない。ライフスタイルや、配偶者の有無で3号になるか決まる制度は、中立的な社会保険制度とは言えません。

そう芳野さんが指摘する日本の年金制度は「3階建て」になっている。1階部分は、国民全員が加入する「国民年金(基礎年金)」、2階は会社員や公務員が加入する「厚生年金」。この2つは国が管理し「公的年金」と呼ばれる。3階部分は、会社が任意でつくる「企業年金」や、個人が掛け金を拠出する「個人型確定拠出年金」(iDeCo)などがある。

公的年金」の加入者は3つに分けられている。自営業やその配偶者、学生などの第1号被保険者、会社員や公務員など組織からの給与所得者の第2号被保険者、そしてその第2号の配偶者(98%が女性)の第3号被保険者。1号は個人単位で保険料を納め、2号は個人と組織が折半して保険料を納める。しかし3号は保険料を納めていない。そして納めていなくても、老後に年金を受け取ることができる。それがゆえに不公平、不平等だという批判が古くからある。

──2021年に連合初の女性会長に就任しました。30年前から3号廃止を議論してきて、3号をどうするかも頭にありましたか。

「チャンスがきた」と思いました。トップの考えは組織を動かしていく上で重要です。会長になったタイミングで3号廃止の議論ができたことは非常に大きい。ともに労働運動をしてきた女性たちも思いを持っています。

年金制度は5年に1度見直され、2024年は財政検証の年です。2025年の通常国会に向け、厚生労働省が年金制度改革として見直しを議論しているところです。今、共働き世帯は約1278万世帯で、専業主婦世帯の約517万世帯を大きく上回っています。3号の人は、毎年約30万人ずつ減っています。さらに3号被保険者の半数以上が「専業主婦」ではなく、パートなどの労働者という実態があります。

「主婦」にはパートで働く人も多い(写真:イメージナビ/アフロ)

──3号被保険者の半数ほどがパート労働者であれば、年収上限でいくらまで働くかという「年収の壁」に関係しますね。

ですから、連合の産別組織(同一産業別の労組)と地方連合会からは「年収の壁を超えないように仕事量を調整することが人材不足に拍車をかけている」「女性のキャリア形成を妨げる」といった課題が指摘されていました。そうした課題をもとに、6月に中央執行委員会で組織としての考え方を確認し、9月に3号廃止などの論点で、産別組織と地方連合会で討議を行いました。その結果を踏まえて10月に方針を出したという流れです。

連合の組合員の2割はパート労働者

芳野さんは会長就任時、抱負として「ジェンダー平等」を掲げた

──「3号」が導入されたのは1985年です。その3号ができた同じ年の1985年、職場での男女の雇用機会や待遇の平等を明確にした初めての法律「男女雇用機会均等法」が成立しました。主婦のための年金を整備する一方で、女性の雇用を推し進める法律ができた。ちぐはぐな印象ですが、制度設計にどういう印象を持っていましたか。

当時は厚生年金が世帯ごとに給付されたので、専業主婦は国民年金の加入が任意でした。だから離婚したら無年金になるなどの課題があったんです。そうした背景から3号はできました。厚生省(今の厚生労働省)は、男女の雇用均等が実現すれば、3号は意味を持たなくなると認識していたようですね。

──芳野さん自身はどう考えていたのでしょうか。

私自身で言えば、男女雇用機会均等法ができて男女が同じスタートラインに立ったと。ですので、働く女性が増えて3号は減っていくだろうと思いました。ただ、均等法ができた後も、職場の多くは風土として性別による役割分業意識がすごく強かった。家事・育児は女性がやるものという意識がとても根強かったです。

(図版:ラチカ)

──連合に加盟している組合員は、大企業の正社員が中心です。組合員の配偶者が専業主婦の人も一定数いるかと思います。3号廃止に反対意見はありませんでしたか。

3号廃止には慎重な意見もあります。時間をかけなければなりません。連合では、年収850万円未満の世帯や、子育て世帯などは、当面3号の制度にとどまれるなど、10年ほどの経過措置を設けるべきだと考えています。過去に3号だった人の年金は減額しない、育児や介護といった事情で働くことができない人に対しては年金以外の手当てをする、など配慮をもった制度を国に求めます。育児や介護といった課題は、3号以外でセーフティーネットをつくるべきだと思うし、制度は一人ひとりに中立であるべきです。

また「大企業の正社員が中心」と言われますが、連合の組合員約700万人のうち、その2割にあたる142万人の組合員がパート労働者です。このうち79万人が厚生年金の加入対象にならない週20時間未満で働いています。組合員自身にも3号被保険者がいるんです。例えば、流通・サービスなどでつくるUAゼンセンの組合員の約4割の配偶者は3号被保険者と推計されますが、その3号の半数以上がパートで働く労働者です。「専業主婦のための年金」という見方は適切ではありません。

労組での成功体験「リボンとベルト」

労働運動をしてきた女性の先輩から贈られた本も並ぶ

芳野さんはミシンメーカーのJUKI労働組合の出身。1986年に男女雇用機会均等法が施行された後の1988年にJUKIの中央執行委員になった。連合の副会長などを経て、2021年に連合初の女性会長になった。会長に就任したときに「ジェンダー平等」を抱負に掲げた。

──本格的に労働運動に入るきっかけはありましたか。

あります。「リボンとベルト」です。

JUKIで女性初の中央執行委員になったとき、私は育児休業制度の導入を提起しました。男女雇用機会均等法が施行されて以降、女性の採用は増えたけれども、結婚や出産で辞めていく女性が多かったからです。そこで、制度を導入していた全電通全国電気通信労働組合、現NTT労組)にヒアリングしたうえで、JUKIの中央執行委員会で育児休業制度の問題を提起しました。

連合のホームぺージで、複雑な年金や「収入の壁」について自ら動画解説もしている


www.youtube.com

──結果は?

「女の幸せは早く結婚して、よい妻、よい母になること」とバッサリ反対され、通りませんでした。制度を導入するよう説得できるだけの材料が不足していて、執行部の先輩から「もっと事前に考え方を共有し、理解者を増やしたほうがいいよ」とアドバイスされました。いわゆる根回しが足りなかったわけです。

──それが「リボンとベルト」にどう結びつくのですか?

そんなとき、女性社員が「(私費で購入していた)制服のリボンとベルトがすぐ傷むから、会社支給になればいいのに」と話しているのを聞いたんです。次の執行委員会で、リボンとベルト支給を要求項目に載せることができました。つまり、会社の日常において組合がやるべきことはいくらでもある、と気づいたのがリボンとベルトでした。

──JUKI労組での成功体験だったんですね。

この成功は大きく、女性の組合員たちが相談に来るようになったんです。次の年に、あらためて育休制度導入を中央執行委員会に提起して、会社に要求書を提出しました。今度は理解を示してくれた男性役員に提案してもらったんです。そうしたら、対女性だとガツンッてくるんですけど、対男性だと反論できないものです。育児休業法は1992年に施行されましたが、JUKIでは先駆けて1990年に導入しました

「103万、106万、130万、150万円の壁」はないほうがいい
──3号の話と直接関係はありませんが、連合が支援する国民民主党は、所得税を払う最低ライン「年収103万円」を178万円に引き上げるべきだと主張しています。多くの人にとって減税になりますが、税収が減るので地方自治体からは反対意見も出ています。支持しますか

支持するということではないです。連合には連合の考え方があります。国民民主党の主張の通り、所得税の課税最低額は1995年以降、見直されていません。物価上昇を考えれば、103万円は見直す必要があるでしょう。でも、「壁」の問題は、税金だけではなく、社会保険料もありますよね。税金も社会保険料も一体で改革しなければなりません。

──103万円や130万円の壁だけでなく、106万円、150万円と税金の有無を分ける年収の壁、社会保険料発生の年収の壁と、たくさんの「壁」があり複雑です。「壁」は何をどのくらい残せばいいでしょうか。

働く時間や働く企業の規模、ライフスタイル、そうしたものに関係なく一人ひとりに中立的な制度をつくるべきだと思っています。本来なら「壁」のようなものはないほうがいいと思います。今の制度は納めるときは世帯単位ですが、給付は個人単位ですよね。そうしたところで不公平感が生まれるのではないでしょうか。どんな人生を歩んでも将来が保障されることが大事だと思います。

女性活躍のために「壁」をどう残すべきか(写真:イメージマート)

──女性活躍にはどんな環境整備が必要でしょうか。

女性が尊重され、一人ひとりが認められる社会をつくることです。そのためには意思決定の場への女性の参画が重要です。国際会議に行くと、女性は最低でも4割います。2023年に岡山県倉敷市で開かれたG7の労働雇用大臣会合も、半数は女性でした。私が参加するG7のグループ「レイバーセブン(L7)」も女性のトップが多い。

ところが、日本は女性の意思決定層が少ないですよね。衆議院で15.7%、参議院で3割いきません。企業も社外取締役は増えているけれども、生え抜きの女性トップが必要です。連合本部の女性役員比率は4割ですが、46ある産業別組合で、トップを女性が務めているのはUAゼンセンとサービス連合の2つしかありません。足元からもっと女性を増やしていこうと思っています。

芳野友子(よしの・ともこ)1965年生まれ、東京都出身。1984年にミシンメーカーの東京重機工業(現・JUKI)に入社。JUKI労働組合中央執行委員長ものづくり産業労働組合(JAM)副会長。連合副会長を経て2021年10月に連合結成以来、初の女性会長に就任。

国分瑠衣子
北海道新聞社、繊維専門紙記者を経てフリーの記者に。入試・受験と労働問題を主なテーマに取材している。