「マスメディア」以上に「SNS」が社会を揺り動かした2024年…匿名の「心の声」を“信じてしまう”のはナゼか(2024年12月9日『デイリー新潮』)

キャプチャ
SNSの影響は無視できない(写真はイメージ)
 いつか2024年を振り返った時、「SNSの暴走年」だと思う日がくると思うほど、今年はSNSの在り方とユーザーのネットリテラシーについて考えさせられた年だった。
 
 筆者はネット記事を主軸に書いているライターだ。長くメディアを学び現場に立ってきた身でもあり、時にオールドメディアの報道姿勢に疑問を抱いては、それを反面教師にしながら忖度のない記事を書いてきたつもりだ。
 しかし、今年の東京都知事選や衆院選、そして何より先の兵庫県知事選において「ネットがオールドメディアに勝った」という言説が湧き始めてからというもの、その言説を全力で打ち消すべくオールドメディアの視点に立つという、何とも不思議な状態に身を置いている。
 オールドメディアで働く記者たちの働き方については聞き取りをしたうえで回を改め詳説するが、今回はその前フリとして、SNSの特徴や、それぞれのメディアの課題について紹介したい。これからSNSを始めようとか、仕事でSNSを上手く利用したい、あるいはSNSに興味や関心を抱いている段階という方にも、参考になる情報があると思う。
メディアの重要度・信頼度
 総務省情報通信政策研究所は、毎年13歳から69歳までの男女1500人を対象にした「メディアの情報源としての重要度・信頼度」に関するアンケート調査を行っている。その過去12年間のデータをグラフ化したところ、様々なことが見えてきた。
 まず分かったのが、2023年、初めてインターネット(81.5%)がテレビ(79.7%)を抜いて「最も重要度が高い」メディアになったことだ。要するに、情報収集の媒体として現在最も必要とされているのは、インターネットということになる。
 興味深いのは、こうして最も重要度が高いとされたインターネットの「信頼度」が30%前後から脱しないこと。そして、12年連続「最も信頼度が高い」となった「新聞」の「重要度」が毎年低下している点にある。
 つまりこのデータから類推できるのは、情報は「信頼度」よりも「情報の取得度」のほうが大事であるとされていること。より解釈を広げた言い方をすると、情報の受け手が情報に求めているのは「信頼よりも好み」であるということになる。
SNSの歴史
 インターネットのなかでも昨今最も重要な情報源とされているのがSNSだ。
 諸説あるが、世界で最初のSNSは1997年に開設されたアメリカの「SixDegrees.com」と言われている。知人とコミュニケーションを取るための掲示板のようなツールだった。
 日本ではその後「mixi」や「Facebook」が流行し、連絡が途絶えていた旧友との再会や、互いが「友達」と認め合う人同士との交流など、比較的閉鎖的な空間でそれぞれの投稿に感想を付け合う使い方が定着していった。
 しかしその後、繋がりのない人同士との交流や閲覧・拡散ができる言論系SNSTwitter(現X)」が台頭。コミュニケーションツールとしてだけではなく「情報収集・拡散の場」という新たなフィールドがSNSに定着した。
 そこへ「YouTube」や「Instagram」、「TikTok」など画像・動画系SNSが現れ始めると、それらSNSの垣根を越え、大手マスメディアのネットニュースと肩を並べて、どこの誰か分からない人による真偽不明な情報がひっきりなしに拡散されるようになっていった。
炎上しやすい「Twitter
 そんな日本のSNS空間のなかでも、拡散力が飛躍的に高く利用者も多いのがTwitterだ。
 ドイツの統計データ会社「Statista」によると、2024年4月時点における日本のTwitterユーザーはアメリカに次いで世界2位の6900万人。人口14億人のIT大国インドより2倍以上も多い。
 もう1つ、日本のSNSユーザーには大きな特徴がある。「匿名アカウント」の多さだ。
 古いデータではあるが、2014年の総務省「情報白書」では日本のTwitterの匿名利用は75.1%。「指殺人」が社会問題化した韓国でさえ31.5%と考えると、日本の匿名率の高さがうかがえる。
 また、筆者の過去の研究結果を一部紹介すると、ツイートの中で「選挙」という言葉を使用したアカウントの匿名率は71.38%と、先の情報白書のデータとほぼ変わらない数値であるのに対し、ヘイトや差別用語を使用したアカウントの割合はどれも90%超となった。
 一方、実名を使用している可能性で比較してみると、「選挙」と発言したアカウントはヘイトや差別用語を使用したアカウントよりもそれぞれ5倍前後高かった(実名“可能性”としたのは、日本人の氏名を名乗っていてもそれが本名かの確証がないため)。
 つまりこの結果から、「実名アカウントよりも匿名アカウントのほうがより無責任なことをツイートする傾向がある」ことが窺えるのだ。周知のとおり、実際にTwitterでは匿名アカウントによるフェイク情報や、見ず知らずの人からの露骨な誹謗中傷やヘイトが溢れている。
内心を文字化するツール
 Twitterにこうした無責任な情報が多く現れるのには、匿名性に加えもう1つ原因が考えられる。それは「内心を文字化しやすいSNS」であるということだ。
 Twitter社の名の由来にもなった「tweet」という英単語には、元々「小鳥がさえずる」「つぶやく」という意味がある。
 先述の通り、mixiFacebookと違い、誰かと強く深い繋がりをもって交流するというよりは、誰に向けるでもない「ひとりごと」や「内心の本音」に近い“直感”を文字化できるのが特徴でもある。つまり、その言論空間を「心の中」そのものとして捉えやすい構造があるのだ。
 日本国憲法では、心の中で何を考え何を思うかは他人から一切干渉されないという「内心の自由」が保障されているが、先のとおりそのリアルな心のうちをTwitterはそのまま投影しやすいため、「建前」というフィルターを通さない言葉が溢れるのである。
SNSの仕組み
 また、SNSにはユーザーの興味・関心を学習したアルゴリズムによって、「フィルターバブル」が発生しやすいという特徴もある。つまり、自分にとって興味がある、または都合のいい情報ばかりが流れてくることで、視野が狭くなり、偏った思想に陥る傾向があるのだ。
 さらに動画系SNSにおいては、その内容が1分、時には数十秒ほどにショート化&テーマ化される傾向があり、情報が限定的になりやすいうえ、収益化を図る「クリエイター」や「インフルエンサー」によってセンセーショナルに「盛られる」ことも少なくない。
 先の兵庫県知事選では「オールドメディアは役に立たないので、自分からSNSで情報を“取りに行った”」という人が大勢いたが、SNSにおける情報収集は、いくら取りに行ったところでそこはフィルターバブルの中。「オールドメディアは役に立たない」という言説をSNSで見聞きし丸呑みにしている人たちは、その時点でもはやSNS、ひいてはそのアルゴリズムをつくりあげた開発者たちの手のひらで転がされていることに気付いていないのだ。
 こうして「SNSがオールドメディアに勝った」、「オールドメディアは偏向報道ばかり」と述べている人たちのツイートを見てみると、自分が信じている論と違う報道であればすべて「偏向報道」と見なしてしまっているケースが散見される。
 さらに彼らがもう1つ気付かねばならないのは、そもそもメディアは偏向なしには存在し得ないことだ。言ってみれば、世界で様々な事件・事故・出来事が起きているなか、限られた自媒体のページ、紙面、尺内で何を報じるかをすでに選択しているわけだ。
 実際、被害者や遺族取材では「私の家族も大きく取り上げられているあの事故と同じように複数亡くなっている。それでもこちらは小さな記事になっただけでメディアは取り上げてくれない」という声をよく聞く。
「メディア」と言っても、それを動かす中身は「人間」。何を取り上げどう書くかに対しては、どうしても傾向は生じてくる。だからこそ、様々な媒体に「色」がつくわけだ。
 これは裏を返すと、枠のないネットにおいては、その枠の形成を受け手自身が行わなければならないことを意味する。その作業を誤ると、結果的にどの媒体よりも偏った「紙面」ができあがってしまうことを忘れてはいけない。
オールドメディアの問題点
 とはいえ、オールドメディアに問題点がないのかといったら全くそんなことはない。
 これまでにもたくさんの誤報や不適切な報道、偏向報道は少なくない数なされており、先述通り、筆者自身も問題視している。
 しかし、オールドメディアの信頼性が落ちたからといって、持論と異なる報道をするメディアを全否定し、自身に都合のいいSNSの情報を「信頼できる」とするのは、情報リテラシーがあまりにも破綻している。
 マスメディアの報道姿勢の見直しは当然必要ではあるが、情報の受け手にも、多角的な視点と、入ってきた情報に対する「裏取り(確認作業)」や「ファクトチェック」の習慣と技術を身に付けておく必要があると、昨今のSNS信者の言動をみてつくづく感じるのだ。
 
橋本愛喜(はしもと・あいき)
フリーライター。元工場経営者、日本語教師大型自動車一種免許を取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場を訪問。ブルーカラーの労働問題、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆中。各メディア出演や全国での講演活動も行う。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)、『やさぐれトラックドライバーの一本道迷路 現場知らずのルールに振り回され今日も荷物を運びます』(KADOKAWA
 
デイリー新潮編集部