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■「日本には希望がある」は自民党の支持層だけ
投票率の低下は、我が国の民主主義における長年の課題だ。総務省がまとめた過去の衆議院議員総選挙の投票率を振り返ると、1990年の投票率は73.31%だったが、2021年の選挙では55.93%にまで低下した。この水準は、国際的に見ても低い。OECD諸国(※1)の平均投票率は約68%だから、日本の投票率は先進国の中でも特に低い水準にあることがわかる。
「日本に希望がある」と回答した人の割合
ひとことで「無党派層」といっても、2通りの全く違うメンタリティの人がいることが窺える。
ひとつは、政治に積極的な関心や投票意欲を持つが、既成政党の選択肢の中から自分が支持できる政党を見つけられないタイプの人だ。「積極的な無党派層」とでも言うべきだろうか。そして、もうひとつは、そもそも政治に関心が薄く、投票意欲もないタイプの人だ。こちらは「消極的な無党派層」と言えそうだ。
こうした無党派層の分析はその道の研究者たちが先んじて行っており、その分類も様々だ。だが、総じて近年は後者の「消極的な無党派層」が増加傾向にあるとされる。政治に関心を持たず、投票意欲も持たない消極的な無党派層が増加し続けていることが、日本の選挙の投票率低下の大きな原因と言えそうだ。
では、なぜ「消極的な無党派層」は増加し続けるのだろうか。我々JX通信社は、今年7月に行われた東京都知事選挙に合わせて、6月末に有権者2500人あまりを対象とした独自のネット情勢調査を行った。その中で、政治的な意見を例示して、それに対して共感する(そう思う)か否かを聞いたところ、興味深い特徴が見えた。
例えば「自分のような人びとには政府を左右する力はない」という意見に対して「強くそう思う」「どちらかといえばそう思う」を足した共感度は計50%に達した。自民党をはじめとした既成政党の支持層では、共感度が概ね3~4割にとどまることを踏まえると、高い水準だ。個人が政治に影響を与える能力を持っていると感じる程度のことを「政治的効力感」と言うが、無党派層の政治的効力感はかなり低いことがわかる。
また「09年から3年間の民主党政権は総じて評価できる」という意見に対しては「強くそう思う」「どちらかと言えばそう思う」の合計がわずか9%だった。無党派層の旧民主党政権に対する評価の低さは、旧民主党が下野してから無党派層が大きく増えたことと符合する。
さらに「日本の社会には希望がある」という意見に対しても、共感度が17%と低かった。同じ意見に、自民党支持層の47%が共感を示しているのと比べると、著しいギャップがある。
※1:OECD加盟38カ国の中で直近の国政選挙の投票率が最も高いのはオーストラリア。2022年に行われた連邦議会の総選挙の投票率は上院90.47%、下院89.82%を記録した。同国では義務投票制が導入されており、正当な理由がなく投票を怠った場合は罰金が科される。
■石丸氏の大躍進で見えた「ネット地盤」の存在感
このように、政治的効力感も希望も見失いかけた無党派層に押し上げられたのが石丸伸二・前安芸高田市長だ。都知事選では、石丸氏が事前の下馬評を覆し、蓮舫氏を上回る2位につけたことで「石丸現象」に注目が集まった。報道各社が行った東京都知事選の出口調査を見ると、無党派層では石丸氏は小池百合子知事を上回り最多の支持を得ていた。
このときの得票結果をつぶさに見ると、浮かび上がってくる特徴がある。それは、地域性だ。
地域別に見ると、石丸氏は主に都心に近い区部で、蓮舫氏を圧倒する大きな支持を得ていた。例えば千代田区、中央区、港区のいわゆる都心3区では、石丸氏の得票率は蓮舫氏を10㌽以上も上回った。加えて、世田谷区や渋谷区、品川区、目黒区ではそれぞれ27~28%を石丸氏が得票し、小池氏に10㌽前後の差まで迫っていた。ちなみに、これら都心部では投票率も全体より高くなっていた。
選挙にはこうした地域性はつきものだ。同じ選挙区内、あるいは同じ自治体の中でも、地域によって得票傾向が全く異なることは多い。これら地域性は、地域の濃密な人間関係とそのうえで行われるコミュニケーションの時間的蓄積によって生まれてくる。地域コミュニティの密度が、選挙における地域性を形作っている側面があるのだ。
そうした地域コミュニティに深く根付いているのが自民党という「統治機構」である。選挙の開票速報を見ていると、序盤は自民党の支援を受けた候補者が優勢に見えるが、開票終盤に急に非自民の候補者の得票が大きく伸び、逆転されることがある。これは、人口が相対的に少ない町村などの郡部の開票が早く進む一方、人口の多い都市部の開票が遅れることによって生じる現象だ。こうした現象は、ひとつの政令指定都市の市長選や県知事選といった選挙でもよく見られる。それぞれの地方に根付いた、地域コミュニティと深く結びつく自民党が、日本の「統治機構」の一部として機能していることが目に見える瞬間だ。だが、東京のような都市部では、そうした地域コミュニティはむしろ希薄なはずである。
核家族化や晩婚化の進行、あるいは都市部での単身者の増加などにより、従来の地域コミュニティが弱体化していることはつとに知られている。20年の国勢調査によれば、単独世帯(単身世帯)の割合は全世帯の38.0%に達しており、1980年の19.8%から大きく増加している。とりわけ、東京都では47.5%、大阪府では40.3%と、それぞれ全国と比べて割合が高い。また、国立社会保障・人口問題研究所の「生活と支え合いに関する調査」(2017年)によれば、近所付き合いについて、東京23区では約20%が「ほとんど付き合いがない」と回答しており、町村部(約5%)と比べて顕著な差がある。
こうした都市部の単身世帯や核家族にとっての主要な情報収集・コミュニケーション手段が、X(旧Twitter)やYouTubeに代表されるソーシャルメディアだ。スマートフォンの普及と相まって、一日の中の時間で見ても、地域の中のリアルなコミュニケーション以上に、地域の壁を越えたソーシャルメディア上のコミュニケーションや情報接触の占める割合が高くなっている(※2)。
そうした社会の構造的変化が、都市部における目に見えない「ネット地盤」ともいうべき新たな地域性を生んでいるのだ。そのネット地盤が選挙においてクリアに可視化されたのが、まさに「石丸現象」だと言うべきだろう。
※2:総務省情報通信政策研究所「令和5年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」によると、「X(旧Twitter)、LINE、Facebookなどのソーシャルメディアを見る・書く」時間は、東京都区部を含む人口100万人以上の市が1日平均41.0分に対し、町村部では1日平均20.2分にとどまっている。
■政治に絶望した無党派層が投票に動く可能性はある
先に紹介した、JX通信社の都知事選期間中のネット情勢調査では、一日の中で長い時間を使うメディアについても聞いている。その結果、YouTubeに長い時間を使うとした人は、3割以上が石丸氏を支持していた。これは、それぞれ1割強の支持にとどまった小池氏や蓮舫氏と比べて格段に大きな割合だ。加えて、石丸氏の支持層は、同氏を支持するうえで「YouTubeを参考にした」とする割合が約半数に上った。小池氏や蓮舫氏の支持層ではいずれも1割程度にとどまっていた。
かつてはネットの普及や単身世帯の増加が、若者の政治離れや投票率低下の一因、もしくは政治への関心の低下の主因につながっているという主張もあった。だが、都知事選の結果をデータで振り返れば、大きく育った「ネット地盤」を触媒にして、巨大な無党派層が突然胎動するかのような現象が起きたことがわかる。
「石丸現象」を目の当たりにした政治家たちは、早速それにあやかろうと、コミュニケーションのあり方を変えている。有権者とソーシャルメディアを通じて活発にコミュニケーションをとろうとしているのだ。この衆院選では、候補者たちが自ら撮った動画をソーシャルメディアに投稿して拡散を図るケースが目に見えて増えた。また、YouTubeやInstagramのライブ配信を通じて、有権者と双方向のコミュニケーションを図り、ソーシャルメディア上にコミュニティを築こうとする政党や政治家も増えた。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年11月15日号)の一部を再編集したものです。
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米重 克洋(よねしげ・かつひろ)
JX通信社 代表取締役
JX通信社代表。1988年生まれ。学習院大学在学中の2008年に報道ベンチャーのJX通信社を創業。世論調査の自動化技術やデータサイエンスを生かした選挙予測・分析に加え、AI を活用した事件・災害速報を配信する「FASTALERT」、ニュース速報アプリ「NewsDigest」も手がける。著書に『シン・情報戦略』(KADOKAWA)。
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