この国の“現状”を象徴するシーン
玉木雄一郎代表
【前後編の前編/後編を読む】「減税したら税収が増えるというのは幻想」 過去にアメリカも大失敗…「現在よりもインフレで苦しむ人が出るリスクも」
国政のキャスティングボートを握った国民民主党の玉木雄一郎代表(55)の政策で注目された「103万円の壁」に加え、「106万円の壁」や「130万円の壁」まで……。多数存在して混乱させられる“壁問題”の本質は何なのか。全ての就業者必読の完全解説。
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それは、目先の利益に踊らされる、この国の“現状”を象徴するシーンだった。
不倫疑惑が報じられた11月11日、東京・有楽町で街頭演説に臨んだ玉木代表は、
「今回私が引き起こした問題を挽回するためにも、なんとしても103万円の引き上げ、基礎控除の引き上げを実現する」
と強調。すると聴衆から、
「倫理より手取り!」
そんな声が上がったのだ。
言うまでもなく「倫理」と「手取り」は全く別の問題。手取り増加への期待が高まるあまり、不倫問題がうやむやになってしまうとしたら、これほどおかしな話もあるまい。
国民の関心事になったが……
いずれにせよ、玉木代表が目玉政策として掲げたおかげで「103万円の壁」が多くの国民の関心事となったことは事実である。しかし、同時に「106万円の壁」や「130万円の壁」まで取り沙汰されることになり、頭が混乱してきた、という方も多いのではないか。
玉木代表の写真とともに「手取りを増やす。」と表紙に大きく書かれた国民民主党の政策パンフレットには、
〈「103万円の壁」の引き上げ〉
〈基礎控除等を103万円→178万円に拡大〉
と、書かれている。しかし、これを一読して何を意味しているのかが瞬時に理解できる人は少ないはずだ。
「政策の本質は大規模減税」
玉木代表が訴える「103万円の壁」の引き上げとは?
作家の橘玲氏が言う。
「〈『103万円の壁』の引き上げ〉の内実を見ると、基礎控除の引き上げであることが分かります。基礎控除を大幅に引き上げれば、当然その分だけ納税額が減ります。これは所得税を支払っているほぼ全員が受益者になる話。この政策の本質は大規模減税に他ならないのです」
所得税の非課税枠は基礎控除48万円と給与所得控除55万円の計103万円。控除とは“差し引く”との意味だ。この非課税枠のうち、基礎控除48万円の枠を123万円まで拡大し、非課税枠を計178万円とせよ、というのが玉木代表の主張である。
「基礎控除は本来、生活に必要な最低限の収入には課税しないという制度。それが年48万円、月にして4万円というのはどう考えても少なすぎます。給与所得控除というのは、サラリーマンにとって、スーツ代や通信費など会社に請求できない経費がどれくらいかかっているかをざっくり計算したもの。それについても控除することになっています」(同)
手取りはどれだけ増える?
「多くの人は所得の10%か20%を所得税として支払っています。仮に基礎控除が48万円から123万円に75万円分引き上げられると、税率10%の人は7万5000円、20%の人は15万円、無条件で手取りが増えます」(橘氏)
ただし、年収2500万円超の場合はそもそも基礎控除の枠が存在しないため、「玉木減税」の対象から外れる可能性がある。
「95年以降、実質的に変わっていない」
「基礎控除の額は戦後日本の場合、最初は4800円から始まって、その後は物価上昇などを考慮して引き上げられていきました」
と、解説する。
「1980年ごろ、大平正芳内閣の時から毎年の引き上げはやめ、一定の年数ごとに見直すよう変わりました。それで95年までは数年ごとに見直していたのですが、それ以降はサラリーマン目線でいえば、実質的に変わっていません」
「財務省が嫌がってやってこなかった」
2020年には基礎控除が38万円から48万円に引き上げられたが、同時に給与所得控除が65万円から55万円に10万円分引き下げられたため、非課税枠全体としては103万円のままだ。
「他の国々の場合でいえば、やはり物価その他に合わせて、00年以降もかなり頻繁に基礎控除を引き上げてきました」
と、三木氏は言う。
「00年当時、日本の財務省は、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスに比べて、日本は課税最低限が一番高い(所得税をかけ始める基準額が最も高い)のだと誇っていました。しかしずっと基礎控除を上げてこなかったので、24年現在のデータを見ると、その5カ国中で最下位(所得税をかけ始める基準額が最も低い)になってしまっているわけです」
なぜ日本だけが基礎控除を放置してきたのか。
「やはり基礎控除を引き上げるというのは、税収減がそれなりに大きくなる。財務省がそれを嫌がってずっとやってこなかった、というのが根本だと思います。これまで与党単独で過半数を占めている時はこういう問題には頬かむりをしてきた。しかし少数与党になったおかげで議論がようやくできるようになったのはよかったと思います」(同)
引き上げ幅はどうなる?
「もし非課税枠が178万円まで拡大されたら、約7.6兆円の税収減になる。つまりわれわれの家計に7.6兆円の恩恵がもたらされるということです。ただ、さすがに178万円満額で折り合うことはなく、どこかで妥協することになるのではないでしょうか」
玉木代表は95年からの最低賃金の上昇率を元に178万円という数字をはじき出しているが、
「これには賛否両論あると思います。例えば政府が主張しているのは、最低賃金ではなく消費者物価を尺度にする方法。それなら約1.1倍ですので、非課税枠は120万円弱になります。しかし、生活必需品の物価を見るのが適当ではないかとの見方もあります。例えば食費や光熱費、家賃など基礎的支出の上昇率で計算すると、当研究所の試算によれば128万円になります」(同)
さらに食料品のみの価格上昇幅を参考にすると、
「当研究所の試算では140万円となります。将来的なさらなる引き上げも含んだ第一歩として、引き上げ幅は128万~140万円くらいになるのではないでしょうか。国民民主党もそのあたりは分かった上で、あえてインパクトのある金額を出すために最低賃金を基準にしたのでしょう」(同)
“働き控え”解消の効果
多くの専門家が「妥当」と評価する基礎控除の引き上げ。一方、この政策には、“働き控え”の解消という効果もある、とされている。
年収が103万円を超えると、超過分に対して所得税がかかるなどする。そのため、「年収103万円の壁」と呼ばれ、パートタイム労働者などがそれ以下に抑えて働くケースが出てくる。これが“働き控え”問題だ。
「イエ単位の税制が時代に合わなくなっている」
また、「103万円の壁」は、扶養控除がなくなるラインとしても意識される。
「配偶者控除や配偶者特別控除の問題も報じられています。パートなどで働いている妻の年収が103万円を超えると夫の配偶者控除がなくなりますが、代わりに配偶者特別控除が使えるようになり、同様の控除が受け続けられる。ただし、150万円を超えると徐々に控除額が減っていき、約201万円で特別控除もなくなります」(橘氏)
配偶者特別控除が満額適用されなくなるラインは「150万円の壁」とも呼ばれる。
「日本の税制はイエ(家)単位で、それが時代に合わなくなっているのは事実です。しかし基礎控除の話に絞らないと、本質とずれた話がどんどん出てきてしまいます」(同)
後編【「減税したら税収が増えるというのは幻想」 過去にアメリカも大失敗…「現在よりもインフレで苦しむ人が出るリスクも」】では、実際に「基礎控除の引き上げ」が行われた場合のリスクについて解説する。
「週刊新潮」2024年11月28日号 掲載