袴田事件当時の捜査に対するこれだけの疑問   小川秀世[袴田事件主任弁護人](2024年12月2日『創』)

●はじめに
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津田隆好静岡県警本部長が袴田巖さんとひで子さん(右)に謝罪
 10月21日、静岡県警の津田隆好本部長が袴田巖さんとひで子さんのもとを訪ね、正式に謝罪した。謝罪は当然だが、それによってみそぎがすんだことには全くならない。明らかになった証拠捏造(ねつぞう)がどのようにしてなされたのかについてはきちっとした検証が必要だ。
 警察は、予断をもって袴田巖さんを逮捕し、そのままでは証拠不十分で立件さえも難しいという局面で、証拠を捏造するという暴挙に及んだ。そのような無理な捜査がなぜなされたのか。当時の捜査についての検証は次の大きな課題だ。実は事件現場の写真などからも捜査方針への疑問がこれまでも指摘されていた。
 さる10月13日、都内で「響かせあおう死刑廃止の声2024」という「FORUM90」主催の集会が開かれ、そこで袴田事件弁護団事務局長の小川秀世主任弁護人の講演が行われた。小川さんは、無罪判決の内容や証拠捏造について話したのだが、それに続いて現場写真を示しながら捜査への疑問も説明した。再審公判の中でも語られた内容ではあるが、この説明によると、事件当初の現場検証の写真などからも、捜査の誤りが指摘できるという。
 ここでその集会での小川弁護士の話から当時の捜査に関する部分を紹介しよう。実際の講演では遺体の写真が何枚も示されたのだが、あまりにも生々しいので掲載はごく一部にとどめた。講演全体は、10月30日発行の「FORUM90」ニュース193号に収録されている。(編集部)
弁護人から見た判決の「捏造」認定の意義
静岡県弁護士会の小川です。今回の無罪判決ですが、皆さんもお聞きになってびっくりしたと思いますが、言い渡しの時に、最初から「捏造」という言葉が出てきました。私も率直に言って、びっくりしました。「捏造」という言葉が法廷で平気で出てくるようになったというのも、袴田事件の一つの成果ではないかと思っています。
 今回、裁判所は3つの捏造に言及しました。1つは、唯一証拠として採用されていた自白調書、9月9日の検面調書です。2番目が5点の衣類です。3番目が5点の衣類とズボンの裾と一致する共布です。これは袴田さんの実家から警察が発見したと言っている布切れですけれど、それらが捏造であるということをはっきりと言ったわけです。
 今まで、例えば2014年の静岡地裁の再審開始決定でも、その後の最高裁でも、東京高裁の差し戻し後の決定でも、「捏造の可能性がある」とは言っていました。しかし今回は、「捏造の可能性」ではなく、「捏造した」と言っているのです。大きく踏み込んでいる、この点が全く違います。
 それからもう1つ違うところは、検察官が警察と連携して捏造をしたという点、そこもはっきり言っている。そこが本当に驚かされたところです。
 検面調書を捏造とした点にも、少し驚かされました。ものを捏造するというのはわかりますけれども、検面調書、供述調書を捏造したと言ったわけです。これは要するに、検察官が勝手に書いたものに署名させたということではなくて、自白を強要するひどい取り調べがあったわけですけれども、その結果、袴田さんがその状況から逃れたいがために、警察からヒントをもらいながら、苦し紛れで話をしたことを書いたものが、あの自白調書になっているわけですけれども、そのことを実質的に捏造であるという表現で、今回の裁判所は言っているわけです。
 その3つの捏造が今回、認められたということです。》
 この後、講演で小川弁護士は、捏造の具体的中身、5点の衣類の問題などに踏み込んでいくのだが、その部分はこれまでも報道されてきたので割愛し、捜査の問題点を語った部分を紹介する。
捜査の問題点と真犯人についての類推
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遺体の傷の位置
《問題は捜査機関です。ここでスライドをお見せしながら説明したいと思います。
 これは専務のFさんの傷の位置です。赤丸で書いてあるところが傷の位置です。これを見て、おかしいと思うでしょう。傷の位置がまとまっています。専務さんは、柔道2段で屈強な方でした。この方が強盗に襲われたら、争いますよね。争ったときに、ここまで同じところに、しかも全部、切り傷ではなくて浅い刺し傷ができるというのはどう考えてもおかしい。
 さらに場所から分かるように、すべて心臓は外れています。顔にもあります。これを見て、私は、もう身体を拘束されたFさんが、犯人に刺されたとしか考えられないと思っています。
 これは今回、裁判でも主張しましたが、重要なことなんです。16カ所も刺している。4人を殺さなければいけない時に、1人に16回も刺していたら、他の人が逃げてしまうではないですか。ですからもうこれは、身体を拘束された状態で刺された傷であると。苦しめるための傷なのだと理解するしかないと思っています。だからこの事件は、端的に言って強盗ではないのです。
 そしてご遺体の写真が出ますけれども、Cさんの写真の太もものところに縄のように見える何かが写っています。これが何だったのか知りたいと思ったら、泥をはらって綺麗にして、どういう状態の、どういうものがあったのか調べるでしょう。ところが、そういう写真は一切ないんです。この次の写真は、もう全て裸にした写真だけなんです。綺麗に洗ったような写真しかない。
 他にもおかしいところはいくつもあるんですけれども、少なくともCさんに関しては、紐あるいはベルトのようなものがあり、拘束された痕なのではないかというのが私の意見です。
怨恨による殺人を強盗にすり替えた
 Mさんの写真には、もっとはっきりと紐あるいはベルトのようなものが写っています。Mさんはズボンは履いていません。ですからベルトをしていること自体がおかしい。だからベルトではないと私は思っているんです。Cさんの胸のところにもありますでしょう。太もものところには、紐を通す穴のある杭のようなものがある(写真参照)。
 このカラー写真は証拠開示で初めて出てきました。現場のカラー写真があったことを初めて知りました。それまでは隠されていたんですね。さらに、もっと撮っているに決まっているのに、カラー写真は1枚しか出てこないのです。
 次女のH子さんの写真でも、太もものところに、なにか写っています。これは何なのか、誰だって明らかにしたいと思うでしょう。ところが、そういうことを明らかにした写真や記述は一切なくて、明らかに最初から隠しているんです。
 私はもう間違いなく、全員拘束されていたと考えています。拘束されておらず、1人で4人を短い刃物で殺していったら、声も叫び声も聞こえるでしょうし、逃げる人もいるでしょう。しかしそんなことは一切なく、両隣には、人一人が通れる隙間もないほど接近したおうちがありましたが、そこに住んでいる人たちは、一切物音を聞いていないのです。
 その意味では、私は、この事件はもう最初から警察は怨恨による殺人だということをわかっていながら、強盗にすり替えてしまったのだと思っています。なぜそんなことをするのかというと、私は真犯人を警察が知っていたからだと思っています。私のところにはいろんなことを言ってくれる人がいるんです。実はあの人が真犯人ではないかという情報もありました。そういう情報からしても、犯人は反社の人であり、警察がそれを隠そうとしたのではないかと私は思っています。》
実況見分調書の雨ガッパの写真
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証拠開示で初めて出された写真
《次は、現場の実況見分調書に出てくる、雨ガッパの写真です。雨ガッパのポケットにクリ小刀のさやがあったという写真なんですけれども、これも今回の裁判で私たちは何と主張したかというと、そもそも雨ガッパを着て強盗に入る者はいないでしょうと。
 年輩の方はご存じだと思いますが、雨ガッパは重たくてガサガサと音がする。そんなものを着て、深夜強盗に入るバカはいないでしょう。ところが今回の判決では、「いや『雨ガッパは強盗に使われない』ということも直ちには言えない」という結論でした。
 犯人が使った雨ガッパであり、ポケットにはクリ小刀のさやがあるから、だからクリ小刀が凶器だと言われているんですが、事件直後の新聞記事を見ると、「現場から見つかったカッパから1メートル足らずの位置に短刀のさやが見つかったため、クローズアップされ重要な資料となっている」と、そういう報道が出ているのです。
 最初の報道では、雨ガッパのポケットではなく、1メートル離れたところにさやが落ちていたという、そういう記事になっているのです。しかも「短刀のさやについて、『同雨ガッパのポケットから抜け出たと見るのが妥当だ』と捜査本部も言っている」と書かれています。
 しかし実況見分調書では、クリ小刀のさやが「雨ガッパのポケットに入っている」ことになっている。今回の再審公判でこの新聞記事を証拠に出そうとしたところ、新聞記事は信用できないと言って、検察官が同意しませんでした。だから証拠になっていないんです。》
パジャマの血液をめぐる恣意的な捜査
《さらにパジャマの問題ですけれども、袴田さんのパジャマは、事件直後、捜索されたときに任意提出で押収されました。パジャマには全く血痕などついていません。そのことは鑑定書に「目に見える血、血液はついていない」と書いてあるんです。
 しかしそのパジャマを押収した直後に、「血染めのシャツを発見」という記事が出たことは、皆さんお聞きになったことがあると思います。問題は、この袴田さんのパジャマの右腕の上部、後ろ側にかぎ裂きの損傷があったことです。
 最初はこのパジャマが「犯行着衣」でしたので、専務と格闘しているときに、パジャマの右肩に怪我をして傷ができたと自白調書では言っていました。しかし、最終的に5点の衣類が犯行着衣だとなってしまったものですから、このパジャマは結局、犯行着衣からは消えて、「格闘した時の犯行着衣」ではなく、「放火した時の犯行着衣」ということにはなったのです。
 何が言いたいかというと、パジャマにあったかぎ裂きの損傷は、強盗で格闘しているときにできたものだという話をしましたが、もしそうであったなら、その画像は残すでしょう。ところが、パジャマの写真は何枚もあるのに、かぎ裂きの部分を写した写真は1枚もないんです。
 これはどういうことですか。おかしいでしょう。かぎ裂きの損傷があった部分が、撮影されていないのはどういうことか。私はようやく分かったのですけれども、「血染めのシャツ発見」と言いますが、鑑定書は、このパジャマの前面から血液が検出されたとなっているんです。でも、目に見える血液はついていない。袴田さんは事件当時、消火活動をしていたときに屋根から落ちて、右腕上部に怪我をしたのですけれども、ですから実はそこに血は残っていたのです。血が残っていたということは取調べの検事とのやり取りの録音テープにも出てきます。
 血痕が残っていたら、かぎ裂きの損傷の写真を撮ればわかるではないですか。ところが右腕の血痕だけが残っていて、前面には血痕がまったくない。返り血としては絶対におかしいでしょう。最終的に裁判所や捜査機関は、洗濯したから目に見えなくなったんだと言っています。
 だけど洗濯をして、前はきれいになったけども、かぎ裂きの部分だけには血が残っているというのもおかしい。だから、もうかぎ裂きの部分は一切写真を出さなかったということなのです。そうやって恣意的に写真を撮って、何を提出したり、しなかったり、警察は全く自分たちの思いどおりにできるのです。そういうところが非常に問題だというのが私の考えです。
 結局、捜査機関による捏造だとか、そういう証拠隠しから何が起こるかというと、証人尋問でもたくさん警察官が出ているんです。そうすると、絶対嘘をつく。証拠隠しや捏造をしていると、もうどんどん嘘をついて、嘘まみれの裁判資料になる。これは本当に許されないことです。
 さらに裁判官も捏造などがあっても、つじつま合わせのようなことをやっている。例えば、袴田さんが犯行時に履いていたとされたズボンよりも、その下のステテコのほうに返り血のようなものがたくさんついている。これもどう考えてもおかしいではないかと裁判で争われたら、裁判所は「犯行途中でズボンを脱いだ可能性もある」という訳の分からないことで説明しようとしたんです。》
自白の信用性』が示した裁判官の過ち
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10・13集会で講演する小川秀世弁護士
《再審で無罪となっても裁判所というのは反省しないところなんですね。1980年代に死刑再審4事件、免田事件、松山事件、財田川事件、島田事件が再審で無罪になったわけです。その後、裁判所は何をやったかというと、何もやっていない。
 いや、何もやってないのではなくて、一つだけやったことがあるのです。最高裁が『自白の信用性』という本を作りました。どういう本かというと、当時の死刑事件、だいたい冤罪事件には必ず自白があります。『自白の信用性』は、「判断を間違えたからこういう冤罪が生まれた」という発想なんです。自白の信用性をきちんと判断するためには、どうしたらいいかと考えて、たくさんの判例を2つの類型に分けました。
 1つは自白の信用性が争われて、無罪になった判決例を出してきて、無実の人の自白には、こういう特徴がある、と書いているのです。そしてもう1つの判例は、自白の信用性が争われたけれども有罪になった例です。つまり、真犯人の自白には、こういう特徴があるということが書いてあるのです。二つを比較し、自白の信用性を判断するのは、こういう方法だということが書いてある。
 もっともらしいでしょう。でも、実はこれは無茶苦茶なのです。何が無茶苦茶かというと、有罪になった事件が、すべて真犯人の自白だったなどと言えるはずがないからです。実際、自白の信用性が争われて有罪になったという判決例のほうに、布川事件も入っていたのです。布川事件の桜井さん、杉山さんの自白があり、「こういう嘘ばっかり言っている、ころころ変わるやつの中にも真犯人も、こういうことを言うことがあるから気をつけなさい」というようなことが書いてあるんですよ。まだほかに狭山事件名張事件も、そういう例に入っているのです。
 結局、裁判所は、冤罪というのは、基本的に裁判官が真面目にやっていればありえないのだと。ただ、たまにおかしな判断をしたときに間違えるだけだと、だからこういうかたちで判断が統一されれば間違いなんか出てこない、制度改革なんて必要ないんだみたいなことを言っていると、私は思っています。これはものすごく重大な問題だと思います。
 私はこの問題を、『季刊刑事弁護』の論文に「悪魔の判決教本だ」と書いたんです。これは、悪魔が判決を書く時の手引きだと。ところが、誰もこの論文を評価してくれなかったし、引用もしてくれない。さすがに布川事件が無罪になったあとに、こんなものを作っていたら損害賠償をやるぞと言ったら、絶版になりました。だからこれ、古本屋で買うと高いですよ(笑)。
 でもそんな発想が裁判官の世界で行われているということ自体がおかしいでしょう。複数の裁判官が書いているんですよ。だからそういう意味では裁判官に自浄作用を期待するのはもう無理ではないかと私は思っています。》
捏造が一つでもあれば再審無罪にすべき
《袴田さんの事件がここまで長くなったことについてですが、本当に58年という長さ。私も弁護士になり立てのときから40年、ずっと袴田事件弁護団に入れていただいてきました。
 ここまで長期化した原因は、もちろん証拠開示のことなども大きいのですけれども、私は、やはり捏造が1つでも出てきたら、もうこれは再審開始無罪にしなければいけないと思っています。捏造が1つ行われていたら、他でも捏造が行われているんですよ。捏造の部分に関して警察官が法廷で証言したって、必ず嘘をつくのです。
 そうしたら判断するのがものすごく難しくなります。だから1つでも捏造がはっきり出たら、それだけで無罪にしなければいけません。
 それは証拠隠しでも同じです。証拠開示をしなかったことは、今の時代、皆さんもおかしいと思うでしょう。証拠隠しをしたことがわかったら、その段階でもう再審開始無罪としなければいけない。そうしないと、こういう冤罪はなかなかなくならないと思います。
 最後に1つだけ。「畝本検事総長の談話」(10月8日付)、どういうことですか。この判決は客観的な証拠にも矛盾しているとか、さんざん判決の悪口を言ったうえで、だから本来は控訴をすべきだったと言っている。これは、袴田さんが犯人だと言っていることと同じでしょう。袴田さんはもう無罪が確定したわけです。その人に対して、犯人だというのは法律家だったら許されない、名誉棄損だということはわかっているはずです。よく無罪と無実は違うと言う人がいますが、裁判は無実かどうかを判断している場ではないんですね。無罪かどうかだけなのです。裁判で無罪になったら、もう無罪と扱われなければいけない。それをこの人は、「まだ犯人だと思っている」と。とんでもないですよね。》