「紀州のドン・ファン」のゴーストライターが指摘、「遺産目当て結婚」の元妻は55歳差夫の寿命を待てなかったのか(2024年12月1日『JBpress』)

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2人が出会って間もない2017年12月、「紀州ドン・ファン」野崎幸助氏の自宅に初めて早貴被告が訪れた時。早貴被告によれば、この時、野崎氏から帯封付きの100万円の札束を受け取ったという(撮影:吉田 隆)
 「紀州ドン・ファン殺人事件」初公判の判決日が12月12日に迫っている。
 和歌山県田辺市の資産家・野崎幸助氏(享年77)を殺害した罪に問われている元妻の早貴被告。入籍する前から「老人完全犯罪」などのワードでネット検索していたと裁判で検察側から指摘された彼女は、そのときから55歳差の「ドン・ファン」の死を願っていたのだろうか。
 「遺産目的の結婚であり、社長(野崎氏のこと)もそのことを分かっていた」と彼女は裁判で証言したが、「それを鵜呑みにするワケにはいかない」と言うのは、野崎氏の自伝『紀州ドン・ファン』のゴーストライターを務めるなど社長と懇意であったジャーナリストの吉田隆氏である。
 「彼女は遺産目当てで結婚したのは真実だと思いますが、ドン・ファンがそのことを認識していたとするのは早貴被告のウソが混じっていると思います。少なくとも、ドン・ファンが亡くなるひと月ほど前に3人で食事をした際に彼女はそのようなことは一切言っていませんし、ドン・ファン自身もそのような結婚だとはボクには言っていませんでした」(吉田氏)
■ 一通のファンレターがすべての始まり
 2018年5月24日の夜、「紀州ドン・ファン」こと野崎幸助氏が自宅2階の寝室で死亡しているところを、妻の早貴被告と家政婦の大下さん(仮名)が発見し、119番通報した。
 死因は不明であったが、駆けつけた警察官2人によって事件性が疑われることになり、遺体は司法解剖のために和歌山市内の大学病院に搬送された。
 早貴被告と野崎氏は事件の約半年前の17年12月10日に知人の紹介によって初めて会った。
 その経緯をもう少し詳しく記すなら、野崎氏の自伝を読んでファンレターを送ってきた男性A氏が「女性を紹介することも可能です」と伝えてきたことに野崎氏が呼応したところ、自称モデルBさんを紹介してくれることになった。ところがBさんに用事が入ってしまったため、Bさんは知人の早貴被告に、自分の代わりに野崎氏に会ってみないかと声をかけた。これに応じた早貴被告が南紀白浜空港に飛んできて、迎えに来た野崎氏と出会った、というのが2人の本当の馴れ初めだ。
 北海道札幌市で生まれ育った早貴被告は、高校卒業後、市内の美容専門学校に通いながらキャバクラでアルバイトをしていた。そして19歳の時、客として店に通っていた60代の元銀行マンの男性と知り合い、彼を騙しておカネを引っ張る“パパ活”をして計約3000万円を手にしている。
 こちらの事案では、21年4月に「ドン・ファン殺害事件」で彼女が逮捕された後に、詐欺罪で起訴され、今年9月に懲役3年6カ月の判決が下され、刑も確定している。ただ当時は、早貴被告がそのような“犯罪行為”に手を染めていたことを知る者は一人もいなかった。
■ 話が盛り上がらなかった2人
 話を戻そう。田辺市で一泊した彼女は帰京し、そのおよそ10日後に都内・六本木の高級ホテルで再び野崎氏と会食している。このときには横浜市に住んでいる野崎氏の妹のHさん、そして前出の吉田氏も野崎氏から呼ばれ、同席している。
 なぜ吉田氏が呼ばれたのか。
 「2人が最初に会った時、早貴被告には話題の引き出しがなく、相手に話を合わせることもしなかったので、ドン・ファンとの会話がまったく盛り上がらなかったのです。そこで会話の盛り上げ役としてボクが呼ばれたのでしょう。
 田辺での初対面のときにも居合わせましたが、そのときにはブランド物で着飾った背伸びをしすぎた女性だなと、あまりいい印象は持ちませんでしたが、この晩、2人はかなり打ち解けた様子で、それなりに盛り上がったのではないでしょうか」(吉田氏)
 このとき、妹のHさんが、
 「兄は世話をしてくれる結婚相手が欲しいんです。早貴さんがその気になってくれたら嬉しいんですが……」
 と言ったのが印象的だったという。
 ただこのとき吉田氏は、以前にも結婚したいと思った女性が何人もいたのに最後にはことごとく逃げてしまっていた野崎氏だけに、この2人が結婚することになるなど全く想像していなかったという。
■ 別れるつもりはないが連絡も取らず
 年が明けた2018年1月上旬、吉田氏は野崎氏から「早貴と連絡が付かなくなった。吉田さん、なんとかなりませんか?」との連絡を受けた。そこで吉田氏は早貴被告に連絡を取ってみた。
 「3日ぐらい電話して、やっと繋がったと思ったら、彼女は不愛想な様子でした」(吉田氏)
 電話の応対ぶりから、てっきり野崎氏に愛想をつかしたのかと思った吉田氏は、
 「ドン・ファンと別れるつもり?」と尋ねた。
 「はい、別れます」という答えを予想していた吉田氏は、彼女の言葉に驚いたという。
 「なぜ(私が)別れなければならないんですか?」
 「別れるつもりがないという答えにビックリしました。やはりドン・ファンの財力に惹かれたのでしょう。ただ彼女は、ドン・ファンからの電話に出なかったのは仕事が忙しかったからと言い訳をしていましたが、それはウソだとピンときました。要はドン・ファンと会うのが面倒だと感じていたのでしょう」
■ 「社長が今朝、早貴と入籍したって!」
 そんななか吉田氏は2月8日に大阪に向かった。八尾市に2トントラックで酒の仕入れに来ていた野崎氏経営の酒販会社「アプリコ」の番頭“マコやん”と合流し、そこから一緒に田辺に向かった。翌日から都内のテレビ番組制作会社が「野崎氏と愛人たち」というテーマで撮影することになっていたので、その取材に立ち会うためだった。
 夕方、吉田氏がアプリコの事務所に着くと、従業員と何やら話していたマコやんが衝撃的な事実を口にした。
 「社長が今朝、早貴と入籍したって!」
 どうやらその日の早朝、アプリコの従業員を証人にして市役所へ行き、婚姻届けを提出したという。吉田氏もマコやんも信じられない思いだったという。
 「まるで住所変更の届け出でもしたみたいな気軽さじゃないか。早貴の両親たちはどう思っているんだろう」
 仕事終わりに向かった居酒屋でマコやんがそうボヤくのを聞いた吉田氏もまったく同じ気持ちだったという。
 だが、今回の「ドン・ファン殺害事件」裁判の検察側冒頭陳述によれば、このときすでに早貴は「遺産目当てと言われた女たち5選」などの動画を視聴し、結婚後は「完全犯罪」「老人 死亡」「老人 完全犯罪」などのキーワードでネット検索していたというから恐ろしい。野崎氏が自然死なのか殺人なのかは別にして、近い将来、早貴被告は野崎氏の莫大な遺産を手にするつもりで結婚したのは間違いないだろう。
■ 「腹上死」かと思いきや
 早貴被告は被告人尋問でドン・ファンとの結婚の条件を語っている。それによると(1)セックスはしない、(2)田辺の自宅で同居しない、(3)月々100万円のお手当を貰う、ということだった。
 だが、吉田さんはそれも不確かであると言う。
 「(3)だけは事実ですが、社長がセックスはしなくていいとか田辺の自宅で一緒に住まなくていいという条件を出したというのは彼女の創作ではないかとボクは思っています。数多の女性と関係を持ち、それを生きがいにしていたドン・ファンがそのような条件を呑むはずがありません。
 実は18年5月24日の事件発生後、警察による事情聴取を終えた彼女はボクに『警察には〈社長とセックスをしたことはありません〉と話した』と言ったのです。ボクが『なぜそんなウソを言ったのか』と追及すると、『だって本当だもん』と笑っていました」(吉田氏)
 実は吉田氏は、この日の未明に、お手伝いさんの大下さんから野崎氏の訃報を聞かされた時、「腹上死」が頭をよぎったという。だが、田辺市の野崎氏宅に駆け付けて、大下さんやマコやんから腹上死ではないと告げられ、また驚いたという。
 「早貴被告がドン・ファンと結婚したのは、遺産目当てだったことは間違いない。でもそれは別に犯罪じゃありません。遺産目当てであっても入籍し、夫婦生活を送り、その後、ドン・ファンが亡くなれば、妻である早貴被告は堂々と遺産を手にできる。だから、結婚直後にドン・ファンが腹上死したのであれば、早貴被告は見事に目的を果たしたのか、と思ったのです。
 ドン・ファンの死を内心願っているのなら、ドン・ファンと激しい性行為をすることで相手の寿命を縮めることも可能です。高齢者の激しい性行為は死と隣り合わせの危険性があることは知られています。そうやって、ある意味、“合法的”にドン・ファンを死に導いたのかと思ったのですが、どうやら違ったというので驚いたわけです」
 だが検察は、早貴被告が何らかの方法で野崎氏に大量の覚醒剤を摂取させて殺害したと主張している。検察側の主張の通りだとすれば、吉田氏には一点、引っかかる点があるという。それは、「なぜ早貴被告は後期高齢者である野崎氏が寿命を全うするまで待てなかったのか」ということだ。
 結婚期間がどれくらいの長さになるかは分からないが、経済的には何不自由ない生活を保証してくれる野崎氏は、彼女にとって得難い存在だったはずだ。そして何年か後に野崎氏が亡くなれば、多額の遺産を手にできる。その確かな“果実”よりも、殺人犯として逮捕・起訴される危険を冒してまでも、野崎氏の命を奪う方を選んだのだろうか。それほど「紀州ドン・ファン」は彼女にとって邪魔な存在だったのだろうか――。
■ 健康に悪影響が出そうな濃い味好み
 その疑問を考察するには、普段の野崎氏の生活ぶりを振り返る必要があるだろう。
 野崎氏は過去に2度、脳梗塞に襲われて死の淵を彷徨った経験がある。どちらも都内で仕事をしていた時に発症したもので、2度目のときは聖路加国際病院に運び込まれて一命を取り留めた。その後は自らの健康に留意するようになり、月に1度は聖路加に通って検査を受けていた。
 身長160センチで体重は70キロ以上であり、どちらかと言うと固太りの体型であった。タバコは吸わず 酒もビール1本程度、深酒はしなかった。
 ただ食生活においては濃い味付けを好んでいた。例えば好物のイチゴにしても、練乳をチューブ半分ほども絞りだして食べていたという。同様に、しゃぶしゃぶを食べるときには、ゴマダレを容器半分ほども使っていた。
 吉田氏が続ける。
 「あんな食生活をずっと続けていたらいずれまた体を壊すと思っていたのですが、そんなときに早貴被告と入籍したのです。その時までに早貴被告もドン・ファンと一緒に食事する機会は何度もあったので、彼の濃い味好みは理解していたはずです。
 それだけに早貴被告がドン・ファンの急逝を願っているのだとしたら、結婚してから『どんどん食べて』といってこってりした料理を連日勧めればいいし、セックスの相手をしたくないのならば、そこは以前からドン・ファンが付き合っている愛人にアシストしてもらえばいい。そうすれば、そう遠くないうちに、好きなものを食べ、好きな女性とのセックスを愉しんだドン・ファンは寿命を全うしたとも思うのです。
 ところが検察が主張するストーリーの通りだとすれば、早貴被告はそれを待たずにリスクを冒して自らの手で葬ることを当初から考えていたことになる。そこがひっかかるのです。たとえば誰かに覚醒剤を使って殺人を犯すよう吹き込まれていたのか……」
 いや、もしかしたら、早貴被告には急に野崎氏を殺さなければならない必要に迫られていた可能性もある。吉田氏が続けて解説する。
■ 再び離婚を切り出される前に先手を打ったのか…
 「ドン・ファンは亡くなる当日の5月24日夕方4時、ボクに電話してきました。以前から『田辺の家に来てほしい』としつこく言われたので、そこでしぶしぶ『明日行きます』と答えたんです。当時ドン・ファンは、家にいてもつれない態度の早貴被告に愛想を尽かしており離婚したがっていました。別に結婚したいと思っている女性もいた。ただ以前、早貴被告に署名済みの離婚届を突き付けたところ、目の前でビリビリに破かれたことがあったのです。そこで離婚に応じるよう早貴被告を説得させるためにボクを呼んだのだと思います。
 おそらく、早貴被告はドン・ファンとボクの電話のやり取りを聞いていたのではないでしょうか。そこで翌日ボクが田辺の家に来れば離婚をさせられるかも知れない、そうしたら遺産は手に入らなくなる、と考えた。そこで密かに温めていた殺人のプランを実行に移した可能性があると思うのです。たとえば、覚せい剤入りのカプセルをドン・ファンに渡し『これを飲んで私がお風呂から戻ってくるのを待って』とか言い残して1階のお風呂に行ったとか……。だとすれば、そのプランは大下さんが戻ってくる午後8時頃までには完遂しなければならないと考えたはずです」
 離婚に向けて動き出した野崎氏の先手を打つため、その日のうちに覚醒剤による殺害に手を染めたのか。果たして和歌山地裁はどのような判断を下すのか――。
神宮寺 慎之介