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東大の授業料引き上げ、「もう限界です」と訴える国立大学協会の異例の緊急声明。今、国立大学で何が起きているのか?2024年、法人化20年という節目に、朝日新聞が学長・教職員500人弱へ行ったアンケートに綴られていたのは、「悲鳴」にも近い声だった。長年にわたる取材で浮き彫りになった、法人化とその後の政策がもたらしたあまりに大きな功罪とは――。朝日新聞「国立大の悲鳴」取材班『限界の国立大学――法人化20年、何が最高学府を劣化させるのか?』(朝日新書)より抜粋して紹介する。
● 修士以上でも「年収300万円から」 国立大学教員の衝撃の求人条件
「年収300万~500万円、任期3年、学歴は修士以上」
「助教相当、年収500万円~、任期5年、学歴は博士」
「助教相当、年収500万~700万円、2028年3月末のプロジェクト終了まで、学歴は博士」
国立大学教員の求人をインターネットで調べると、こんな条件が並ぶ。目立つのは任期が決まっているポストの公募だ。
大学教員の任期制は、「教員の流動性を高めることにより、教育研究の活性化を図ること」を目的とし、1997年施行の「大学教員任期法」によって始まった。当時から、地方大学に人が集まらなくなることへの懸念や、立場が不安定化することによる研究への悪影響といった理由で反対する意見もあった。
しかし、国立大学で任期付きの教員は増えていった。国立大学協会の調査によると、2023年度の任期付き教員の割合は32.3%。18年度と比べても、26.3%から6.0ポイント上がっている。任期を延長する場合もあるが、そのためには業績が必要となる。
短期間に成果を残すことが必要とされ、もし成果を出せなければ、次のポストを求めて就職活動も並行して行わなければならず、落ち着いて研究ができないといった指摘がされている。このように研究に集中できない環境であることが、日本の研究力低下につながっているのではないか。そう批判する声もある。
任期付きの教員が増えている背景にあるといわれるのが、やはり運営費交付金の減額だ。運営費交付金は、光熱費や人件費、研究費などに幅広く使われる。財務状況が厳しいなか、多くの大学はできるだけ人件費を抑えようとしている。任期付き教員は無期教員よりも低待遇で雇うことができ、いざという時には「雇用の調整弁」に、という考えもある。
さらに各大学では、人件費の負担を減らすため、任期付き教員以外の方法もとられた。
一つは、退職した教員のポストを空けたままにして募集をしないというもの。ある若手研究者は、「学部生の頃、退職した教員のポストが空いたままになり、ゼミの開講数が減った」と話す。教員だけでなく、職員についても非正規化を進め、研究や事務作業を支援する職員を減らした。
取材班が24年に国立大学の教職員に行ったアンケートでも、「教員数は2004年度に比べて、半分に減った」(人文科学系教授)。「非正規雇用が組織の半数を占めている」(職員)といった声が寄せられた。
国立大学の法人化以降、研究費の配分の中心を競争的資金に移してきたことも、非正規の研究者を増やしてきた要因だ。
競争的資金は、テーマや成果によって配分が決まる。このため大学に競争や効率化を促すことができ、研究力を向上させられると国は考えた。だが、競争的資金には、3~5年といった短期のプロジェクト型が多い。博士課程を終えた若手研究者の多くが、こうしたプロジェクトごとに雇用されるようになった。
だが、こうした雇用では、プロジェクトのテーマしか研究できないなど自由度が低い。いくつものプロジェクトを渡り歩くなどして、30代後半になっても任期付きのポストで働く人も増えている。
若手研究者の不安定雇用については、国大協の永田恭介会長(筑波大学長)も懸念を示している。「国は『選択と集中』政策ばかりを進めすぎた。競争的資金は短期のプロジェクト型が多いため、任期付きのポストが増えて若手の雇用問題が起きた」と指摘する。
● 教員の不安定雇用をめぐり 問題化した非常勤の雇い止め
教員の不安定雇用をめぐっては、非常勤の雇い止めも問題になった。
13年、改正労働契約法が施行され、働く期間が通算5年を超えると、希望すれば有期契約から無期雇用に転換できる「無期転換ルール」が始まった。研究者に関しては、5年では短いとして、継続して研究ができるようにと、無期転換を求めることができる雇用期間を「10年」としている。しかし、一部の大学では、無期に転換するのを避けようと、1年契約などで更新する任期の上限を、「5年まで」とするところもある。
10年ルールが適用される前に、雇い止めにあう人もいた。東北大学は22年度末で、雇用が通算10年となる有期雇用の研究者や技術者164人のうち84人を「雇い止め」にしたと、朝日新聞は報じている。同大は取材に、「公募の際に労働条件を明示するとともに、それぞれの有期雇用職員に対して、採用時および契約更新のつど労働条件を明示するなど関連法令にのっとり真摯に対応してきた」と答えている。
無期に転換する前に雇い止めにあい、「不当だ」として大学を相手取り訴訟を起こす例もでている。日本を代表する研究機関の理化学研究所(本部・埼玉県和光市)では、23年春に「10年ルール」で雇い止めにあった研究者や技術職員が97人にのぼったことを、労働組合が明らかにした。
こうした雇い止めは違法だとして、研究者らが理研に地位確認を求める訴訟を起こした。私立大学でも、語学の講師らが雇い止めにあったとして訴訟を起こすケースが複数あった。
一方で、定年退職以外でその後の状況が不明の人や決まっていない人が12%を超えたことが明らかになった。すべてが本人の意に反した雇い止めかは定かでないものの、そういった人も含まれるとみられる。
任期付きの雇用制度そのものが悪いわけではない。人材の流動性が高まり、競争が生まれ、研究の活性化につながるというメリットはある。
同じように、流動性を高め競争を促そうと、政府は14年度から国立大学に対して年俸制の導入を促してきた。研究業績や教育内容、社会貢献などの成果が反映される仕組みで、優秀な教員の確保につながったという評価も受けている。
18年度には、年俸制の教員が全体の4分の1を超える1万6000人超となっている。ただ、年俸制が広がっているのは若手教員に偏っている。文科省の調べでは19年度、20 代の教員の年俸制比率は約6割。30代でも4割以上だ。一方で、50 代は約1割にとどまる。
本来は、研究者の流動性を高めて、特に若手にポストの門戸を広げる狙いがあった。だが、無期雇用のベテラン教員を年俸制に転換させるには、膨大な手間がかかる。このためベテランはそのままにして、新たに雇用する若手を年俸制で雇っている大学が多いことがうかがえる数字だ。
若手への偏りは、任期付きのポストでも見られる。 国大協の調査では、23年度の40歳未満の国立大学の教員の任期付き割合は59.3%だった。(図表3-1)
文科省の学校教員統計調査でも、22年度の国立大の常勤の教員のうち、40歳未満が占める割合は22%。92年の37%から15ポイントも下がっている。
また、国公私立合わせたデータではあるが22年に公表された文部科学省の科学技術・学術政策研究所の博士人材追跡調査の第4次報告書によると、大学や公的研究機関に就職した人のうち、「任期あり」の職だったのは約6割に達していた。
90年代、国は「大学院重点化政策」を行い、大学院の数を増やし、修士号や博士号取得者を増やしてきた。00年には大学院生は90年代初頭に比べて2倍以上にもなった。
しかし、大学などでのポストの増加や民間企業での活用はあまり進まず、非常勤や有期のポストで働かざるを得ない人も続出した。その後、04年に国立大学が法人化して以降は、前述の通りだ。
そういった不安定な雇用状況もあり、博士課程へ進学する人は減っていった。03年度の1万8232人をピークに減少傾向が続いている。