大勢の人が雑然と部屋などで寝る様子は…(2025年1月11日『毎日新聞』-「余録」)
大勢の人が雑然と部屋などで寝る様子は「雑魚寝(ざこね)」と呼ばれる。かつては近畿地方の遊郭などで使われた言葉という。今や災害時の避難所生活を表す言葉として定着してしまった。昨年1月に起きた能登半島地震の際も被災した人たちが施設の冷たい床の上に段ボールを敷き、仕切りのない狭いスペースでの寝泊まりや暮らしを強いられた
▲災害で繰り返される避難所の劣悪な環境を改善しようと政府が遅ればせながら、自治体向け指針を改定した。「スフィア基準」という国際指標を反映した内容だ。避難所や難民キャンプで「1人あたりの居住面積は最低3・5平方メートル」「トイレは20人に1基」などの最低ラインを定めた指標である
▲行政の長がそこまで認識しているのなら、手をこまねいてはならない。小紙の調査によると、市町村の避難所運営を支援する班の設置を定めているのは14都道県どまりだ。体制構築は急を要する
▲1995年の阪神大震災の際、避難所での雑魚寝やトイレ不足が批判を呼んだ。一方でボランティアの力と役割が注目される契機ともなった
▲能登の避難所の様子や、歯車がうまくかみ合わないボランティアの受け入れ状況を見ると、経過した時の長さに比べて歩みの遅さにもどかしさを感じてしまう。雑魚寝との決別を急ぎたい。
災害関連死/避難所改善し命守らねば(2025年1月10日『神戸新聞』-「社説」)
能登半島地震の発生から1年が経過した。被災地では避難生活の心労や持病の悪化で命を落とす「災害関連死」が続いている。関連死の概念が生まれた1995年の阪神・淡路大震災以降、対策の重要性が指摘されてきたが、過酷な状況が今なお改善されない現状を深刻に受け止め、抑止に努めねばならない。
能登地震の死者は昨年末で504人を数え、半数強の276人が災害関連死で大半は高齢者だった。建物倒壊などによる直接死を関連死が上回るのは2016年の熊本地震に続く事態だ。関連死の認定審査は続いており、さらに増える可能性がある。南海トラフ巨大地震などが懸念される中、対策強化は喫緊の課題だ。
政府の有識者会議は昨年11月、能登地震の課題を検証し、報告書をまとめた。関連死を防ぐために避難所の生活環境の改善が欠かせないと指摘し、簡易ベッドや空調設備、温かい食事の提供、可搬式トイレ、入浴設備の確保などの具体策が必要だと訴える。
報告書では、各県の備えを当局が定期的に点検する台湾や、国主導で官民が連携して避難所設営に当たるイタリアの事例も紹介された。学ぶべき点は積極的に取り入れたい。
石破茂首相は「スフィア基準」と呼ばれる国際基準を踏まえ、避難所の生活環境を改善する方針を表明した。国際赤十字などが定めた、給水や食料、衛生、保健医療などについて避難所が備える最低限の基準だ。地域差が出ないよう、国の責任で財政支援などの迅速な実行を求める。専門性のある民間団体との連携も平時から進めておきたい。
関連死を克服できない限り、大規模災害の人的被害拡大は食い止められない。被災者の命を守り生活の質を保てる支援体制の強化へ、官民を挙げて取り組む必要がある。
広島大初代学長も務めた思想家の森戸辰男は、ことし没後40年だった。日本国憲法制定に衆院議員として関わり、この画期的な権利を付け加えた足跡も知られる。「健康で文化的な最低限度の生活」。つまり生存権である
▲憲法25条のその言葉を題名にした漫画が世に出て10年。東京の区役所で生活保護を担当する新人ケースワーカーの奮闘を描いて人気を集め、ドラマ化もされた。久々に新刊を手にし、場面ががらり変わったのに驚いた
▲大災害である。台風による荒川の洪水で首都が広く水没し、250万人が避難所に身を寄せる。女性や要配慮者のスペースの確保、被災者の心のケア…。混乱続きの現場を若き公務員の目で捉える設定に引き込まれた
【避難所の改善】生活の質守る環境整備を(2024年12月15日『高知新聞』-「社説」)
政府は災害時の避難所運営に関する自治体向け指針を改定した。確保すべきトイレの数や被災者1人当たりの専有面積に国際基準を反映させ、避難所環境の抜本的改善に取り組む。
巨大地震に加え、異常気象が続く近年は自然災害も頻発する。被災者の生活の質を守る環境整備は喫緊の課題だ。政府の主導で迅速に実行する必要がある。
改定指針では国際基準を踏まえ、具体的な数値目標を示した。
トイレの数は、災害の発生当初から50人に1個用意し、一定期間経過した後は20人に1個とする。女性用は男性用の3倍にするよう求めた。
専有面積については、1人当たり最低3・5平方メートル(2畳程度)と定める。生活空間を確保するため間仕切りの備蓄も求めている。
このほか、仮設入浴施設の設置基準や、キッチンカーなどによる温かい食事の提供方法も例示した。
避難所環境は大規模災害のたびに改善が図られてきた。国は高齢者への配慮などを示した運営ガイドラインを策定。被災地の要望を待たずに物資を送る「プッシュ型支援」なども進めている。
にもかかわらず、避難所の劣悪な環境が一因とされる災害関連死が後を絶たない。2016年の熊本地震では熊本県で直接死の4倍超に上った。能登地震でも直接死を超えている。検証とともに環境改善を急がなければならない。
ただ避難所を巡る課題は多く、先行きは見通せない。避難所運営の主体は自治体で、人材や財源の不足に悩む地域は少なくない。基準を満たせない自治体が出てくる懸念も指摘される。また居住スペースを巡っても、主に既存施設の活用が想定される日本では、基準を満たすことは簡単でない。
地域差が出ないよう、避難所環境の底上げが必要だ。政府には自治体への丁寧な説明と手厚い財政支援が求められる。
加えて民間との連携も不可欠だろう。現場で多くの役割を担う自治体には限界がある。食事提供などの専門性を持つボランティアや企業の力をもっと生かせるようにしたい。
災害避難所の改善 国際基準、達成は国の責務だ(2024年12月6日『河北新報』-「社説」)
これまでの災害では、体育館などに被災者がひしめき合って雑魚寝する状況が繰り返され、高齢者を中心に寒さや衛生状態の悪化から体調を崩し、最悪の場合、亡くなるケースも後を絶たなかった。
阪神大震災から30年近く、東日本大震災からも13年が経過したにもかかわらず、一度は助かった命が過酷な避難生活で失われる事態は解消されていない。気象災害も頻発し激甚化する中、避難所の改善はまさに喫緊の課題だ。
「スフィア基準」と呼ばれる国際基準は1998年、国際赤十字などが紛争地帯の難民救済を目的に策定し、後に災害避難者にも適用が広がった。給水や食料、衛生、保健医療などについて最低限の基準を示している。
1人当たりの占有面積を最低3・5平方メートルとするほか、確保すべきトイレ数は災害発生当初で「50人に一つ」、発生中期には「20人に一つ」と定め、女性用を男性用の3倍とすることも求めている。
首相が掲げる防災強化策の一環として、政府は先月、こうした基準を反映する形で、避難所運営に関する自治体向け指針を年度内に改定する方針を固めた。
ただ、人材や財源の限られる小規模自治体は、避難所の開設・運営のノウハウや資機材も乏しいまま、突然の災害対応に追われるのが実情だ。
さまざまな事情から避難所ではなく、車中泊や在宅避難を選択する被災者の支援拡充も不可欠だ。避難の形態を問わず、支援に当たる団体に経費を助成するための登録制度の導入を急ぐべきだ。
スフィア基準の正式名称は「人道憲章と人道支援における最低基準」。まずは日本の災害避難所の現状が人道上、許容されない水準に陥りがちであることを認識した上で抜本的な改善を図りたい。
避難所の質向上 「TKB48」を広げたい(2024年12月3日『東京新聞』-「社説」)
災害時における避難所のトイレや食事など、被災者の生活環境の抜本的な改善に取り組むと、政府が11月下旬に閣議決定した総合経済対策に盛り込んだ。元日の能登半島地震でも、断水でトイレを使用できず、体調を崩した人が少なからずいたという。日本の避難所は災害大国にもかかわらず、欧米に比べて劣悪だと指摘される。官民挙げて質の向上に努めねば、その文明度が問われる問題だろう。
求められるのは、個室の水洗トイレを積んだトイレトレーラーや温かい食事を提供するキッチンカーなどの配備を進め、段ボールベッドなどとともに被災地に迅速に届ける仕組みづくりだ。避難所・避難生活学会などは、こうしたトイレ(T)、キッチン(K)、ベッド(B)を「48時間以内」に届けることを「TKB48」と名付け、早期の実現を提唱している。
阪神や東日本など過去の大災害では、トイレの我慢のほか、冷めた食事に雑魚寝が続いたりしたことによる体調の悪化、さらには災害関連死も報告されている。
避難所の運営は市町村の責務だが、通常業務も抱え被災自治体の職員だけでは手が回らないのが実情。一方、被災者の健康維持にはなるべく日常に近い生活環境が求められる。トイレトレーラーなどの配備と派遣、被災地外からの職員応援に関しては、国が財政支援に加え、調整役も担うべきだ。
避難所の改善 雑魚寝の光景、もう変えよ(2024年12月1日『中国新聞』-「社説」)
命の危険を免れたはずの多くの被災者を、またも救えなかった。能登半島地震の発生から11カ月で、避難中に亡くなる災害関連死が247人に上った。建物倒壊などによる直接死を超えたのは2016年の熊本地震に続く事態だ。
避難生活は長期の停電や断水に見舞われ、とりわけ高齢者に厳しかった。避難先を転々とした被災者も多く、肺炎や心臓病を患ったケースが目立つ。生活環境が悪ければ関連死誘発のリスクは高まると発災当初から指摘されていた。教訓をなぜ生かせないのか直視しなければならない。
被災者はもちろん、報道で知った避難所の光景にがくぜんとした人は多かろう。学校体育館での雑魚寝が象徴である。プライバシーを保護するテントや間仕切り、段ボールベッドが誰にでも、また速やかに届くことはなかった。関連死が知られるようになった阪神大震災から30年近くたっても状況は変わっていない。
石破茂首相はおとといの所信表明演説で、避難所での生活環境を改善すると強調した。関連死ゼロを実現するため、人道の視点から最低限の設備を定めた国際基準「スフィア基準」を踏まえるとした。確実な実行を求める。
被災地で活動した専門家らは「TKB」といわれるトイレ、温かい食事を提供できるキッチン、ベッドを支援の標準にすべきだと提言している。福祉の助けが必要な家族が過酷な避難所を避けるため車中泊や在宅を選んだ結果、支援が及ばなくなる現状も問題視されている。
避難所の開設は災害対策基本法に基づく市町村の自治事務である。しかし人材や財源の不足に悩む市町村は多い。突然やってくる災害に、ノウハウが乏しいまま対応に臨むことになる。能登のように過疎地の小さい自治体が人員不足で業務が追いつかない事態は少なくない。
国はこれまで避難所の運営ガイドラインを示し、高齢者らを受け入れる福祉避難所の仕組みは整えた。市町村からの要請を待たず物資を送るプッシュ型支援も広げる。だが自らはあくまで助言する立場を変えないまま、基準だけ引き上げても改善できるのか。
災害が頻発する今、避難所は社会インフラの一つだ。国の責任で、生活の質を保てる避難所を自治体が運営できる仕組みづくりを急ぐべきだ。
企業や災害ボランティアと連携した避難生活の支援が、その一つだろう。現行では原則、被災した自治体と住民が避難所運営を担い、受け入れには差がある。能登半島地震の課題を検証した中央防災会議の作業部会がまとめた提言は、この点に重点を置く。
専門性のあるNPOや民間団体がすぐに駆けつけられる登録制度の創設や、トイレトレーラー、キッチンカーのデータベース化など提言は多岐にわたる。事前の役割分担なしでは機能しないからだ。