「民意を受けた」と繰り返すが……
兵庫県知事に再選を果たした斎藤氏
「まさかの番狂わせ」と驚いた人も多いのではないか。兵庫県知事選で、「パワハラ」疑惑で失職した斎藤元彦知事(47)が当初の予想を覆し、再選を果たした。一体、何が起きたのか。兵庫県民を熱狂させたフィーバーの舞台裏をひもとくと……。
“お土産”を「俺がもらっていく」と堂々お持ち帰り 高級ガニを手に満面の笑みを見せる斎藤氏
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「民意を受けた」
11月18日、投開票日から一夜明けて会見を開いた斎藤元彦氏は、この言葉を何度も繰り返した――。
選挙戦を評して「SNSの勝利」「大メディアの敗北」といったフレーズが喧伝されるが、話はそう単純でもないようだ。
「“売国奴”などの誹謗中傷が」
取材に当たった民放キー局記者がこう話す。
「今回は異例ずくめの選挙となりました。斎藤陣営はSNSやユーチューブなどのネットを駆使して支持を取り込み、当初の“稲村氏優勢”の下馬評を引っくり返して逆転勝利を収めた。ただ一方で選挙戦の主舞台がSNSなどに移ったことで、かつてないほど大量のデマや誹謗中傷も飛び交いました」
事実、選挙戦終盤に稲村陣営の選対関係者に聞くと、こんな話を打ち明けられた。
「とにかくデマや暴言がひどい。稲村は外国人参政権に賛成したことはないのに、推進派と一方的にSNS上で決めつけられ、“売国奴”などといった誹謗中傷が殺到した。中にはウンチの写真を添付して“これでも食ってろ”といった投稿もありました」
“言葉の暴力が拡散して、家族が狂乱状態に”
そんな中、「反斎藤派」とネットで名指しされた竹内英明県議が18日、議会事務局に辞職願を提出する騒動も起きた。
「竹内氏は理由を“言葉の暴力が拡散して、家族が狂乱状態までになった。家族から『政治の道から退いてほしい』と話があった”ためだと説明しています」(民放記者)
実は竹内氏は斎藤氏を支援するために知事選に出馬した「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志氏からも、SNS上で自宅への突撃予告を受けていたという。
「斎藤は悪玉か、善玉か」という一つの争点に絞られた
そんな異様な選挙戦の投票率は3年前の選挙を15ポイント近くも上回る55.65%に達した。
その背景をITジャーナリストの井上トシユキ氏がこうひもとく。
「自殺した元県幹部の告発文書をきっかけに、県議会が全会一致で斎藤氏の不信任決議案を可決したのが9月。以来、斎藤氏には“パワハラ”や“おねだり”といった負のイメージが定着しましたが、それらは告示日を迎えると急速に払拭されていきました。その理由こそ、SNS上で伝播した“斎藤さんは悪くない”との言説です。これが現実の世論形成にまでつながるうねりを見せました」
ただし都知事選と違って、今回の選挙にはある大きな特徴があったという。
それが選挙戦が始まるや、政策論争は脇へと追いやられ、「斎藤は悪玉か、善玉か」の二者択一、という一つの争点に絞られたことだった。
エコーチェンバー現象
井上氏が続ける。
「斎藤氏を巡る善悪論争となった時、善玉論を訴えたのはSNSを始めとしたネット空間に限られました。ところがネット上でその情報を精査しようとしたり、真相を探ろうとしても、同じような内容や自分の信じたい情報ばかりがタイムラインや検索結果に出てくるといった、エコーチェンバー現象にとらわれた有権者も少なくなかったとされます」
何度もその手の情報を目にするうち、「なぜ、テレビはこの重大情報を取り上げない?」などと、大手メディアへの不信を強めるだけでなく、
「そういった情報環境に身を置くと、マスコミがたたく斎藤氏こそ“本当は被害者なのでは”との心証が逆に形成される可能性も指摘されています」(同)
「陰謀論が生まれる構図と似通った部分が」
「今回の知事選を陰謀論の一言で片付けるのには無理がありますが、斎藤支持者の動向を観察すると陰謀論が生まれる構図と似通った部分が見られたことは事実です。人は“希代の悪人”と名指しされた人物が、“実は善人だった”と反転するストーリーに強く引かれる面を持っています。斎藤氏がこのストーリーにぴたりと当てはまる部分があったのは否定できません」
「ネットの情報は玉石混交で信用できないもののほうが多いといった認識がこれまでは主流を占めていました。ですが、ここ1~2年で“真実はネットにこそある”といった風潮が強まりつつあると感じています。ネット黎明期に盛んに叫ばれたフレーズですが、既存メディアへの不信の高まりとともに、再び台頭の兆しを見せ始めている」(井上氏)
アメリカ大統領選と似た構図
投票3日前に県内22市長がそろって稲村氏支持を打ち出したことも、「既得権益側のゴリ押し」などと県民感情の反発を招いただけだった、との指摘がある。
「多くの人がマスコミの報道より、SNS上での過激な言説を信じ、それが得票に結び付いたという点では、今回の知事選は先のアメリカ大統領選と似た構造を示しています。有権者の心を動かすため、ネット空間における情報戦は今後、ますます激しさを増していくでしょうが、その真贋の見極めという課題は残されたままです」(前出・民放記者)
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「週刊新潮」2024年11月28日号 掲載