モンテスキューを疑え、斎藤元彦、トランプ、バイデンの決断と行動から「大統領制の欠陥」を考える(2024年11月24日『JBpress』)

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兵庫県庁で就任記者会見をする斎藤元彦知事=19日午後(写真:共同通信社
 (舛添 要一:国際政治学者)
 出直し選挙となった兵庫県知事選は、斎藤元彦前知事が当選した。パワハラ疑惑などで、マスコミの厳しい批判に晒された斎藤は、SNSを上手く活用して勝利を収めた。その勝因については、既に数多く論評されているが、私は今の地方自治のあり方について、制度論を含めて問題を提起したい。

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就任すれば女性初の司法長官か!?指名されたパム・ボンディ元フロリダ州司法長官
 また、アメリカでは、次期大統領に選ばれたトランプが、信じがたいような側近人事を次々と発表している。さらには、退陣間近なバイデン大統領が、ウクライナに長距離ミサイルの使用を許可し、早速、それがロシア領内攻撃に使われている。これらの動きも、大統領制度と関連がある。
■ モンテスキューを疑う
 私は国政の場で、国会議員や閣僚を経験した後に、東京都知事になった。東京は首都であるが、地方自治体である。国政との落差に愕然として、地方自治の問題点を数多く認識させられた。それは、議員や役人の能力や質の問題もあるが、それ以上に制度設計上の問題がある。
 ヨーロッパの政治史を振り返ると、王様の独裁を牽制するために議会が権力を拡大し、王制を廃止したり、国王に政治的権力を持たせない立憲君主制に移行したりした。
 そして、現代の民主主義国家では、議会が内閣総理大臣を決める制度(議院内閣制)や国民による直接選挙で大統領を選ぶ制度(大統領制)が導入されている。議院内閣制の場合、国会が「国権の最高機関」であるから、首相が独裁者とならないような歯止めが制度的に内包されている。しかし、大統領制の場合はそうではない。
 この制度は、モンテスキューの言う三権分立を徹底させた政治制度である。行政は大統領が率いる政府、立法は議会、司法は裁判所と、三つの権力が分立しており、相互に牽制する。
 たとえば、アメリカ大統領は議会に足を踏み入れることはできない。また、大統領は議会両院で可決された法案を拒否できるが、両院の3分の2の賛成で大統領の拒否権を覆すことができる。さらに、議会は大統領と連邦最高裁判所判事の弾劾訴追・裁判を行うことができる。
 この三権分立という仕組みの目的は、政府に巨大な権限を集中させないことである。
 これと並んで、独裁を生まないための工夫が、もう一つ施されている。それが連邦制である。中央政府の暴走を地方政府が止める、逆に地方政府の飛び跳ねを中央政府が抑えるというものである。建国の父、とくにジェームズ・マディソンが強調したのが、中央政府と各州政府との「抑制と均衡」の重要性であった。
 民主党の強い地区、ニューヨーク州の大陪審がトランプを起訴したことは、共和党の政治家、トランプに対する政治的制裁の意味が濃厚である。地方自治とはいえ、このように政治的色彩が濃くなると、国家というものの意味を考えざるをえなくなり、連邦制にも懐疑の念が湧いてくる。
 まさに、モンテスキュー・マディソンの理想型にも問題があるのである。私は、自分の政治体験から、大統領制よりも議院内閣制のほうが良いと考えている。
■ 二元代表
 日本の自治体は、知事や市町村長を住民が直接選挙で選ぶ。その意味で、大統領制である。しかし、同時に議会も存在し、議員も有権者の直接選挙によって選ばれる。
 地方議員は、これを「二元代表制」と呼び、首長と議員とは正統性において同等であると声高に主張する。議会で予算や条例が通らないことには、行政は動かない。また、首長に対して不信任決議もできる。これらは議会が持つ首長に対する牽制の武器である。今回も、兵庫県議会は全会一致で斎藤知事に対する不信任案を決議している。
 また、百条委員会という首長牽制の道具もある。地方自治法100条に定められた百条委員会とは、地方議会が必要に応じて設置する特別委員会で、正当な理由なく関係者が出頭、証言、記録の提出を拒否したときには、禁固または罰金に処すことができる。
 議会は、これを武器にして、「辞任しないなら百条員会を設置するぞ」と恫喝するのである。まさに、政治的武器であり、今回の兵庫県でも、この武器が使われている。
 都道府県議会は選挙区が細分されているので、地元の利権を追求する議員のほうが、都道府県全体の利害を考える首長よりも、利権に染まりやすい。私も、都知事のときには、地元の利権のフィクサーのような都会議員と戦わざるをえなかった。知事が東京全体の改革を試みても、それが地元の利益を侵害するときには、フィクサー議員たちは抵抗集団となるのである。
 民主党の強い地区、ニューヨーク州の大陪審がトランプを起訴したことは、共和党の政治家、トランプに対する政治的制裁の意味が濃厚である。地方自治とはいえ、このように政治的色彩が濃くなると、国家というものの意味を考えざるをえなくなり、連邦制にも懐疑の念が湧いてくる。
 まさに、モンテスキュー・マディソンの理想型にも問題があるのである。私は、自分の政治体験から、大統領制よりも議院内閣制のほうが良いと考えている。

 私が厚労大臣だった頃を振り返ると、議員が経験を重ねて大臣になるので、与党の議員と内閣が利権で対立するようなことはあまりなかった。事前に自民党内の政務調査会で調整が済んでいるからである。

 地方自治体の場合、首長が与党と調整するときは、与党の幹部(ドン)を通じて行うことになるが、フィクサー頭目のようなドンと対立すれば、政策遂行の邪魔をされることになる。今回の兵庫県の事例はその典型であろう。

 地方議会の抜本的な改革をしなければ、日本の地方自治は死滅する。

■ 米大統領制の機能不全

 次期大統領に選ばれたトランプは、精力的に人事を進めているが、イーロン・マスクをはじめ、側近で固めている。国防長官に任命されたFOXニュース司会者のピート・ヘグセスはペンタゴンを率いることができるのかと疑ってしまう。

 また、司法長官に選ばれたマット・ゲイツ下院議員には、未成年女性との性交渉疑惑が持ち上がったために、21日、本人が辞退した。そこで、トランプは、元フロリダ州司法長官のパム・ボンディを起用することを決めた。女性初の司法長官である。

 まさに、ブレーキ役不在の「やりたい放題」人事である。閣僚などの人事は上院の承認が必要だが、今は、上院も下院も共和党が支配している。つまり、ブレーキ役が不在になってしまう。これも大統領制の欠陥である。

 議院内閣制の場合、党内の国会議員による牽制球が投げられるので、首相は、勝手気ままな人事は行えない。

■ 政権末期の大統領が重大決断

 バイデン政権は、11月17日、ウクライナに長距離ミサイルの使用を許可した。それは、戦争を拡大させる危険性を孕んでいる。政権末期にこのような決定を下すこともまた、大統領制の問題点である。

 アメリカ政府は、北朝鮮の兵士がロシア軍に参加したために、それへの対抗措置としている。しかし、射程300kmのATACMSがロシアを敗北させ、停戦につながるわけではない。巨大な軍事力、核兵器、資源を有するロシアは容易には負けない。

 トランプは、大統領に就任したら24時間以内に戦争を終わらせると豪語している。その前に、去りゆく今のバイデン政権は、少しでもウクライナに有利な軍事状況を作り出そうというのである。

 プーチン大統領は、欧米を牽制するために、核兵器の使用基準を引き下げた。これが、直ちに実行されるわけではないが、第三次世界大戦につながる危険な要素であることは間違いない。

 イギリスもまた、射程250kmのストームシャドーの使用を許可し、すでにウクライナは使用したという。

 ウクライナは、21日、アストラハン州からドニプロに向けてロシアがICBMを発射したと発表した。しかし、プーチンは、この発表を否定し、ICBMではなく、新型の中距離弾道ミサイルであると述べた。新開発の「オレシュニク」という名の極超音速中距離弾道ミサイルで、報復と実験を兼ねたものだったという。

 発射前にロシアからアメリカに通告があり、アメリカ側も中距離弾道ミサイルであることを確認している。

 国際法違反のロシアに対して、大統領制アメリカの最近の対応は必ずしも適切ではない。モンテスキューやマディソンの求めた三権分立という理想は、あまりにも大きな代償を伴っているのではなかろうか。

舛添 要一

 

 
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