実は「空中分解寸前だった」国民民主党、「103万円の壁」の「次」は何か?(2024年11月24日『ビジネス+IT』)

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国民民主党が「103万円の壁」見直しの次に狙うのは?(写真:つのだよしお/アフロ)
 保有議席の4倍にあたる28議席を獲得し、大躍進を遂げた国民民主党。21日には自民・公明の与党とともに、「年収103万円の壁」を見直すことで合意することに成功した。しかし、その躍進の裏では4つの支援労組のうち2つが離脱寸前の危機にあり、いつ空中分解してもおかしくない状況だった。他党からの吸収工作やメディアからの軽視を乗り越えた彼らは「103万円の壁」の次に何を目指すのか。国民民主の真の姿に迫る。
 
国民民主を支えてきた4つの民間労組
「私たちは本当にギリギリのところまで追い詰められていた。今回の衆院選で国民民主党現有議席の4倍にあたる28議席を獲得し、大躍進したものの、この選挙までは、国民民主党を支援する4労組(4産別)のうち2つが離脱する瀬戸際で、いつ空中分解してもおかしくなかった」
 そう振り返るのは、国民民主関係者だ。立憲民主党日本維新の会に次ぐ野党第3党というポジションにありながら、存在感をなかなか発揮できず、支持率は長い間低迷していた。
 国民民主は、4つの民間労組(産別)が支えてきた政党である。それらの組織は、参院比例での得票順に、電力、自動車、UAゼンセン、電機となっている。ちなみにUAゼンセンは、小売流通や繊維を中心にアルバイトやパートで構成された組織である。
 参議院議員選挙の比例では、この4つの民間労組がそれぞれ候補者を立てていたが、2019年、2022年の参院比例選で獲得できたのは3議席のみであった。
 いずれも電機系労組(電機連合)が擁立した候補者が落選している。しかも、電機が擁立した候補者である矢田稚子(やた・わかこ)氏が獲得した得票数は15万929票であったが、かつて同じ「民主党」であった立民(立憲民主党)の比例最下位当選者の得票は11万1703票であった。
 つまり、矢田氏が立民から立候補していれば当選していた可能性が高く、国民民主ゆえに敗北を喫したということになる。
自民党に取り込まれそうになった経緯
 こうした点に目をつけたのが、自民党麻生太郎氏と茂木敏充氏であった。落選した矢田氏を岸田内閣の首相補佐官として取り込み、あわよくば国民民主そのものを自民に飲み込もうという算段があった。
「来夏の参院選が近づく中で、比例で最下位当選だったUAゼンセンが、参院選比例候補の公認申請をなかなか出そうとしなかった。国民民主内では、電機が立憲へと合流するのではないかと疑心暗鬼になっていた」(国民民主関係者)
 このように、国民民主は空中分解寸前まで追い込まれていたのである。国民民主の創立メンバーの1人である高沢一基区議会議員は、悔しさをにじませる。
「孤立・孤独対策の担当大臣の設置、コロナ給付金、ヤングケアラーの問題も国民民主の提案からスタートしていますが、政策が実現するときには自公が『私たちがやりました』と演出してしまう。
 現在、大きな話題となっている103万円の壁だけでなく、トリガー条項、再エネ賦課金の廃止をずっと私たちが言い続けてきました。
 今回の自公との協議がどう決着しようとも、いつか実現すると思います。それぐらい政策には自信を持っています。立憲や維新は、与党に対して『是々非々』という言葉をよく使うと思いますが、それでは与党が提示してきたものを判断するという姿勢であり、受け身でしかありません。
 私たちは『政策協議』と言い続けてきました。こうした積極的な姿勢は、私たち国民民主の『源流』にもある私たちのDNAのようなものです」
日本にある3つの主要な労働組合と各政党との関係
 高沢氏のいう『源流』とは、国民民主の前身である希望の党でも、民進党でも、民主党でもなく、民社党のことである。ここで民社党から国民民主に至る系譜を説明しておこう。
 日本の労働組合には、大きく3つの塊がある。共産党系、自治労日教組など公務員の組合である総評、そして民間労組の集まりである同盟である。
 このうち、共産系や総評はかなりの左派・護憲勢力であるのに対して、同盟は中道右派に位置する。労働組合というとそのまま社会主義者の集まりのようなイメージを持つ人も多いかもしれないが、ほとんどの民間労組のオフィスには日の丸が掲げられており、過去にはPKO協力法案や安保法制に賛成している。この3つの労働組合のうち、共産系と同盟系の組合は、同じ会社の中で激しく対立してきた歴史がある。
 革命を掲げ、会社の状況などお構いなしに本部からの指示を受けて団体交渉に臨む共産系労働組合と、会社の発展なくして労働者の給料アップや待遇改善もありえないと考える同盟系労働組合では、話が合うはずもない。
 現在も続く国民民主の共産党アレルギーは、この系譜からも確認できるだろう。こうした組合の性格の違いを念頭に、「提案」型の政党であることを先の高沢区議は強調しているのである。当時を知る民社党系の旧都議会議員はこう述べる。
ソ連からお金をもらっているのが社会党。米国からお金をもらっているのが自民党。私たち民社党こそが、日本人による日本人のための政党だと自負していた。小さくても国民生活のための一番の政策を自民に提示してきた」
 このように、同盟は共産系とは絶対に組めないものの、民間と公務員ですみ分けがなされていたことから、労働者のための大きな塊をつくったのが「連合」である。
 そして、この連合と鳩山由紀夫氏の大きな出資によりつくられたのが民主党だ。3年3カ月の民主党政権を経て、安倍晋三元首相に「悪夢の民主党政権」と繰り返しののしられ、党勢は悪化の一途をたどった。
民主党を引き継いだ民進党には有権者の支持があまり集まらず、選挙にもなかなか勝てない状態が続いていた。その状況を打破すべく、岡田克也民進党代表は急速に共産党との距離を縮めていった。
 後に代表となる前原誠司氏はそのことを非常に危惧していた。前原氏は就任後、民進党を解体し、小池百合子東京都知事と組んで希望の党を結成し、紆余曲折を経て国民民主党が誕生した。立民と合流しようとしてできなかった理由はいくつかあるが、1つには共産党との距離感が影響したと思う」(先の国民民主関係者)
 民主党日本維新の会の一部と合流する形で民進党を作った。党名を考える際、安保法制を安倍政権が進めていた時期であったため、「立憲民主党」という党名も検討されたことがあった。しかし、民間労組からは「憲(法)」という言葉を党名に使うのは護憲勢力や左派のイメージが強くなるとの反対があり、実現することはなかったという。
 先に述べた国民民主の系譜に触れたので理解しやすいと思うが、選挙での敗北を重ねる中で、同盟系の支持母体は国民民主に、総評系の支持母体は立民に分かれた。しかし、単純に分かれたのではなく、圧倒的に支持率で勝る立民に、本来政策的にも思想信条としても国民民主に所属するべき議員たちが次々と立民に入党していくようになった。
あらゆる方面から「オモチャにされてきた」
 孤立を深める国民民主に対して、「友党」と言いながら選挙区に平然と刺客を送り込んでくる立民。国民民主幹事長である榛葉賀津也氏の選挙区に、立民は徳川家広氏を擁立されたこともあった。
 結果は榛葉氏の辛勝に終わったが、国民民主は自公の法案には賛成することが多い一方で、立民の誘いや共闘には一切乗らないという確固たる姿勢ができあがった。
 また一緒にやろうと言いながら、支持母体もろともに飲み込みを図る自民党。企業団体の支援は受けないという一方で「民間労組は組める」という矛盾だらけの秋波を送ってくる維新。
 「茂木敏充さんには怖くて聞けないようなことも玉木さんなら気軽に聞けちゃう」などと放送中に玉木代表を軽く扱っていることを公言するメディア。あらゆる方面からオモチャにされる政党。これが今回の衆院選前夜の国民民主、暗黒時代の実相である。
 103万円の壁の見直しで、企業、労働者から大きな喝采を受けた国民民主。現状の支持率を維持できれば来夏の参院選では8議席以上の比例議席が獲得できる見込みだ。国民民主を支援する労働組合関係者はこう期待を込める。
「去っていた人々を恨むより、厳しい中で残ってくれた仲間を大事にしていきたい。国民民主は一般的な現役世代にとって有益な政策をこれからも打ち出していくべきだ。私たち民間労組は経営者と対決するというよりは、対等な立場で生産性三原則のもと、会社の発展も考慮し活動を続けてきた。時代が大きく変化してきている中にあって、いまや経団連を中心とした経営側は与党(自公)、労働組合は野党との考えではなく、国益と日本の成長と雇用拡大および就労環境の改善をともに考える段階に入ってきているのではないか。国民民主党には103万円の壁とガソリン減税に続き、家計支援施策のもう一つの柱である再エネ賦課金の徴収停止および原子力発電所の再稼働で、家計を温めていくべきだ」」
執筆:ITOMOS研究所所長 小倉 健一