斎藤氏再選に関する社説・コラム(2024年11月18・19・20日) 

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再選確実の報を受け、支援者らに感謝を伝える斎藤元彦氏=神戸市中央区

兵庫県知事再選 まず疑惑の解明が先だ(2024年11月20日『北海道新聞』-「社説」)
 
 兵庫県知事選はパワハラ疑惑などで県議会で不信任決議を可決されて失職した斎藤元彦前知事が再選された。
 斎藤氏は交流サイト(SNS)で、街頭演説の動画などを積極的に配信して支持を広げた。事前の予想を覆しての勝利は、選挙でのSNSの影響力の大きさを改めて示した。
 斎藤氏は「民意を得た」と胸を張った。だからといって疑惑がなかったことにはならない。
 返り咲いた斎藤氏がまずなすべきことは、選挙でも約束した一連の疑惑解明である。
 疑惑を内部告発した県幹部は懲戒処分を受けた後に亡くなった。自殺とみられる。斎藤氏らの対応は告発者を守る公益通報者保護法に反した疑いがある。
 パワハラについて、斎藤氏は失職前、県議会の調査特別委員会(百条委員会)で職員への叱責(しっせき)などを認めた。
 斎藤氏は百条委や県設置の第三者委員会の調査に引き続き協力し、県職員や議会、市町村の信頼を取り戻す必要がある。それが県政正常化への第一歩だ。
 斎藤氏は失職後、1人で駅前に立ち、おわびから始めた。そこからSNSを通じた支援が広がった。陣営には数百人のボランティアが集まり、演説の様子などを投稿、拡散していった。
 県議会やメディアを「既成勢力」とし斎藤氏が単独で対峙(たいじ)するかのような構図が広まった。
 政治団体党首の立花孝志氏は当選を目指さず立候補し加勢した。「マスコミはウソばかり」「斎藤さんは県議にはめられた」などと根拠もなく訴え、ユーチューブへの投稿を続けた。
 斎藤氏は呼応するように選挙後半、メディアや議会に矛先を向けた。「メディアの報道が本当に正しいのか。多くの県民がSNSやユーチューブなどで調べている。一部の県議は政局を見て動いている」と主張した。
 一連の疑惑を真摯(しんし)に反省しているのか疑わしい。
 東京都知事選で約165万票を獲得した石丸伸二氏や、衆院選で躍進した国民民主党も、SNSで大きな流れをつくった。
 災害時の情報伝達や、少数派の意見表明の手段としてもSNSは効果を発揮している。
 だが、短い言葉や映像で感情に訴えれば、応酬は時に過激化する。兵庫県知事選では演説会場で小競り合いが起きた。
 米大統領選で勝利したトランプ前大統領のように、社会の対立と分断をあおる場として使っている実態もある。
 21世紀に誕生し、急激に普及したメディアにどう向き合うのか私たち一人一人が問われる。

兵庫知事再選 疑惑解明し信頼の構築を(2024年11月20日『新潟日報』-「社説」)
 
 返り咲きを果たしたとはいえ、疑惑が晴れたわけではないことを肝に銘じるべきだ。
 混乱続きの県政の立て直しに向け、知事は県議会や県職員との信頼構築に力を尽くさねばならない。それには知事が県議会の追及に真摯(しんし)に応じることが第一だ。
 兵庫県知事の失職に伴う出直し知事選で、前職の斎藤元彦氏が、6新人を破り再選した。
 19日の就任式で斎藤氏は「謙虚な気持ちで丁寧に対話を尽くす」と抱負を述べた。
 斎藤氏が失職したのは、パワハラなどの告発文書を公益通報として扱わず、作成した元県幹部を懲戒処分としたことが発端だった。批判が噴出し、県議会が不信任決議を全会一致で可決した。
 県の対応は公益通報者保護法に違反するとも指摘され、県議会調査特別委員会(百条委員会)で数々の疑惑を県職員に証言されるなどしていた。
 再選を受け、百条委は25日にも斎藤氏への証人尋問を行う。パワハラや、元幹部を処分した経緯、昨年11月のプロ野球2球団の優勝パレード経費を巡る不正疑惑を追及する方向だ。
 気がかりなのは、県議会の追及姿勢が失速していることだ。
 全会一致で知事を失職に追い込んだが、知事選の期間中から一枚岩ではなくなっているという。
 選挙戦で当初劣勢だった斎藤氏が、本命視されていた対抗馬に猛追していることが伝わると、支持に回る県議もいた。
 再選したとはいえ、疑惑の存在は選挙前と何ら変っていない。百条委は選挙結果におもねることなく、真相に迫ってもらいたい。
 斎藤氏は選挙戦で、議会への対抗姿勢を鮮明にした。自らの正当性を強調する流れで、亡くなった告発者を非難する発言も目立つようになった。
 こんな姿勢で2期目に臨めば、議会との関係がこじれている中、さらなる混乱を招きかねない。
 斎藤氏は出馬会見時に文書問題の究明を「県民への約束」として掲げたことを思い出すべきだ。
 選挙戦略として斎藤氏は交流サイト(SNS)を駆使し、街頭演説で「たった1人」を強調した。
 政治団体党首の立花孝志氏は、自身の当選を目指さずに、斎藤氏支援を目的に出馬し、情報発信に加勢した。
 選挙戦では、デマや真偽不明の情報が拡散し「事実」のように受け取られた。
 百条委の委員で疑惑を追及していた県議は、ネット上で誹謗(ひぼう)中傷されるなど、生活を脅かされたとして議員を辞職した。
 民主主義の根幹が揺らぎかねない事態で、由々しきことだ。
 選挙とSNSの在り方は今後、議論を深める必要がある。有権者側にも真偽を見極める力が求められているのではないか。

選挙とSNS 偽情報の見極めが必要だ(2024年11月20日『西日本新聞聞』ー「社説」)
 
 交流サイト(SNS)や動画サイトが選挙で影響力を増している。
 候補者の政策や人物像をはじめ、有権者に投票の判断材料を伝える有効な手段だ。半面、うそや誤った情報、誹謗(ひぼう)中傷を広げる弊害もある。
 こうしたネット選挙の長所と短所の両面がくっきりと表れたのが、17日の兵庫県知事選である。
 当選したのは、県職員に対するパワハラ疑惑で県議会の不信任決議を受け、失職した斎藤元彦氏だ。
 政党や組織の支援はなかった。当初の劣勢を覆したのはSNSや動画サイトの影響力が大きい。
 陣営やボランティアが発信する活動の様子、応援メッセージが共感を広げ、街頭演説に大勢の人が押し寄せた。さらにその動画や画像が拡散され、支持者を増やした。
 共同通信社出口調査によると、SNSが身近な若い世代を中心に斎藤氏を支持する傾向が強かった。
 SNSは若い世代が選挙に関心を持ち、政治に参加するきっかけとなり得る。ただし、兵庫県知事選の情報は虚実が入り交じっていた。
 斎藤氏のパワハラはなかったとする根拠不明の情報が広がり、疑惑を否定する斎藤氏が県議会にいじめられているかのように強調された。
 対立候補が当選した場合に「外国人参政権を進める」という虚偽情報もあった。本人がいくら否定しても、ネットで再生産されるイメージを払拭するのは難しい。
 本来の選挙を逸脱する行為もSNSを過熱させた。候補者の一人は当選するつもりがなく、斎藤氏を後押しする発信を続けた。
 ネットを使った選挙運動が解禁されて10年余りがたち、SNSは国政選挙、地方選挙を問わず定着している。
 その戦略にたけたのが、東京都知事選で165万票を獲得した前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏であり、衆院選で躍進した国民民主党だ。
 知名度が低くてもうまく使えば組織選挙に対抗できる。今後も選挙運動の重要な道具となるのは間違いない。
 懸念もある。有権者の耳目を引くことばかりが行き過ぎると、候補者がより過激な言動に走りかねない。世論操作に悪用されることも十分に考えられる。
 いかなる活用方法であっても、うその情報や妨害行為で選挙の公平、公正を損なってはならない。
 有権者は、SNSに真偽がはっきりしない情報が含まれていることを理解してもらいたい。不用意に拡散すると、他者の人権や名誉を傷つける恐れがある。
 兵庫県知事選で有権者の多くがSNSに情報を求めた背景として、新聞やテレビへの不信が指摘された。
 私たちは事実に沿って、正確な報道に徹する。ネット選挙の時代においても、その姿勢は変わらない。

告発問題 終わっていない/兵庫知事に斎藤氏再選(2024年11月19日『東奥日報』-「時論」/『山形新聞』ー「社説」/『山陰中央新報』-「論説」)
 
 兵庫県知事選で、前職の斎藤元彦氏が当選を果たした。知事だった時に自らのパワハラ疑惑などを告発する文書が配布され、側近らに告発者の特定を指示。県の公益通報窓口にも通報していた元県幹部の男性を懲戒処分にしたが、男性は「死をもって抗議する」とのメッセージを残して亡くなり、公益通報への対応などに批判が噴出した。
 県政混乱の責任を取り辞職した元副知事からたびたび辞職を進言されても拒み、県議会調査特別委員会(百条委員会)による尋問では処分の正当性などを主張したものの、県議会から全会一致の不信任決議を突き付けられた。失職を選び、政党の支援なしに出直し選に臨み、再選を目指した。
 交流サイト(SNS)の活用で支持を広げ、再選は見込めないとの大方の見方を覆し、今後4年間の県政を託されることになった。しかし告発文書問題はくすぶり続ける。この間も百条委は告発内容の真偽や処分の経緯を巡り非公開で県職員の尋問を重ね、県の第三者委員会も関係者のヒアリングを進めている。
 官民を問わず、トップが組織を使って告発者を追い詰め自らの疑惑を握りつぶすなどあってはならないことだ。斎藤氏はその疑いをまだ払拭できていない。公益通報制度への信頼は大きく揺らいでいる。斎藤氏、そして県議会は最優先で告発問題の解明と説明に取り組む必要がある。
 告発者の男性が亡くなった衝撃は大きく、斎藤氏は県職員労働組合などから辞職を迫られ、百条委では職員や幹部が次々と斎藤氏のパワハラなどを証言。公益通報窓口の調査を待たず、男性を処分した対応に専門家からも公益通報者保護法に違反すると指摘され、厳しい追及にさらされた。
 ところが選挙戦に入り、状況は一変。SNS上の発信が功を奏し、出馬した「NHKから国民を守る党」党首が斎藤氏への投票を呼びかけるなどして、支持は急激に拡大した。「県議会にはめられた」との陰謀論も出回り、当選を後押しした。斎藤氏は「何が真実か、県民一人一人が判断してくれた」と話すが、本当にそうだろうか。デマを含め、さまざまな情報が飛び交う中で真実をいかに見極めるか、今後も大きな課題となろう。
 斎藤氏は当初、告発文書のパワハラや「おねだり体質」の疑惑を「うそ八百」と非難。県は通報者に対する不利益な扱いを禁じる公益通報制度の対象外とし、公益通報窓口の調査を待たず「誹謗(ひぼう)中傷」と断じた。
 パワハラ疑惑で、斎藤氏は自身の物言いに反省を示したものの「百条委が判断すること」と明言を避けた。一方、男性の処分については、弁護士にも相談したと強調するなどして「問題ない」と繰り返した。選挙戦でも反省の言葉はなく、県議会の対応や男性の告発を批判したこともある。
 斎藤氏はさらに説明を尽くし、百条委は告発文書への対応のどこに問題があったか、はっきりとさせる必要があろう。
 折しも消費者庁で進められている通報制度見直しの議論では男性のような通報者の保護が焦点となり、通報者探索を禁じる規定を設け、違反に行政措置や刑事罰を科すことが検討されている。「犯人捜し」が横行すれば、組織は自浄力を失っていく。そうならないよう、制度の見直しを急がなくてはならない。

(2024年11月19日『山形新聞』-「談話室」)
 
▼▽「欧州情勢は複雑怪奇」が最後の声明だった。1939(昭和14)年に総辞職した平沼騏一郎(きいちろう)内閣である。日本の同盟国ドイツが、敵対するソ連と「独ソ不可侵条約」を結んだことに衝撃を受けた末の成り行きだった。
▼▽兵庫県知事選がたどった経過を見てまさに複雑怪奇と感じた方もおられたことだろう。県議会から全会一致の不信任決議を突き付けられ失職した斎藤元彦氏が、劣勢との当初の見方を終盤になって覆した。有権者が下した判断であり、結果を尊重すべきなのは当然のことだ。
▼▽ただし、結果に至る過程は釈然としない。例えば「斎藤氏を後押しする」と専ら応援に回る候補者がいた。選挙本来の趣旨とは相いれない行動だろう。知事時代のパワハラなど県議会、マスコミが指摘していた斎藤氏の疑惑を否定する動画も発信し、若者を中心に広がった。
▼▽対照的に、先行した候補はネットの虚偽情報に悩まされた。火消しに追われ「誰を相手に戦っているのか途中から分からなくなった」と振り返る。ネットは選挙で今後さらに活用されるだろう。だが、情勢を必要以上に複雑にし、有権者を惑わす発信には対策も必要となる。

兵庫知事に斎藤氏再選 出直しは疑惑の解明から(2024年11月19日『毎日新聞』-「社説」)
 
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当選確実となり、笑顔で握手をする斎藤元彦氏=神戸市中央区で2024年11月17日午後9時45分、北村隆夫撮影
 SNS(ネット交流サービス)上を飛び交う情報が有権者の行動を左右した異例の選挙である。
 パワーハラスメント疑惑などで兵庫県議会の不信任決議を受け、失職した斎藤元彦・前県知事が再選された。
 疑惑は県幹部職員による匿名の内部告発で明るみに出た。
 公益通報者保護法は告発を理由とした不利益処分を禁じている。にもかかわらず、斎藤氏は告発者を特定するよう指示し、県は幹部を懲戒処分にした。
 県議会調査特別委員会(百条委)では告発を裏付けるような職員の証言が相次いだ。斎藤氏も机をたたいたり付箋を投げたりしたことなどを認めている。
 斎藤氏は政党や組織の支援を受けず、出直し選に出馬した。単身で街頭演説する動画がSNSで拡散された。「SNSが一番大事なツールだった」と振り返る。
 ネットで広がったのは、「既得権益」を持つ議会や県庁、マスコミに対して改革者・斎藤氏が立ち向かうという構図だ。支持拡大の大きなうねりが生まれ、投票率は前回を14ポイントも上回った。
 7月の東京都知事選でも、SNSで既存の政治家を批判した石丸伸二・前広島県安芸高田市長が2位に躍進した。大手メディアを攻撃し、SNSで持論を訴えるトランプ次期米大統領の政治手法にも通じる。
 見逃せないのは、今回の知事選で多数の偽情報が出回ったことだ。発信力の強い「インフルエンサー」らが「パワハラ疑惑はでっち上げ」など事実でない情報を拡散した。接戦となった他候補の評判を落とす偽情報も流布された。
 誤った情報を信じる人が増えれば、民主主義の基盤である選挙の機能が損なわれかねない。
 出回る情報の真偽を確かめるファクトチェックなど、デジタル時代に応じた取り組みの強化が求められる。
 告発した幹部は懲戒処分を受けた後に死亡した。自殺とみられている。再選されたからといって疑惑が帳消しになるわけではない。
 斎藤氏は疑惑について正面から説明し、県議会は徹底した調査を続けなければならない。それが半年以上にわたって混乱した県政を立て直すための出発点である。

U5Hは地域の魅力を発信する…(2024年11月19日『毎日新聞』-「余録」)
 
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当選確実となり、支持者らと喜ぶ斎藤元彦氏=神戸市中央区で2024年11月17日午後10時47分、北村隆夫撮影
認定放牧場の但馬牛=兵庫県新温泉町切畑で
 U5Hは地域の魅力を発信する兵庫県のプロジェクト「兵庫五国連邦」の略称。旧国名の但馬、丹波、播磨、淡路、摂津(神戸・阪神)の五国を指す
▲五国は五畿七道の区分も山陰、山陽、南海、畿内に分かれていた。一体化したのは廃藩置県後。神戸港の発展を支える後背地を求めた大久保利通の指示で摂津に置かれた兵庫県丹波の一部と但馬、播磨、淡路を加えて面積9倍、人口6倍の大県が生まれた
▲そのせいか県民意識は希薄。「出身地は?」に兵庫県とは答えず、神戸や淡路など地域名を挙げる人が大半という。気候も風土も歴史も異なる地域の連合体ならではだろう
兵庫県知事選でパワハラ疑惑などで失職した斎藤元彦前知事が驚きの復活劇を果たした。投票率は14ポイント増。徒手空拳のようなスタートからSNS旋風でフォロワーが倍増、街頭演説も群衆で埋まった。改革に期待する「推し活」有権者の一方、陰謀論や中傷をネットに振りまく勝手連的応援も横行した
▲「斎藤か斎藤以外か」の訴えが米国のような社会の分断を招かないかが気がかりだ。批判票にも謙虚に目を向けるべきだろう。五国がさらに割れては厳選された但馬牛から「神戸ビーフ」を生むような総合力は発揮できまい
▲「雲中雲を見ず」は慢心で周囲が見えなくなることを戒める斎藤氏の座右の銘という。パワハラ疑惑をめぐる百条委員会も続いている。まずは自身の周囲に立ちこめる雲を振り払い、視界を開くところから再スタートを切ってもらいたい。

兵庫県知事選 真偽不明の情報が拡散した(2024年11月19日『読売新聞』-「社説」)
 
 民主主義の根幹である選挙で示された民意は尊重されねばならない。
 だが、その民意の形成過程で、真偽不明の情報がSNS上で拡散し、公正であるべき選挙が 歪 ゆが められたとすれば、ゆゆしきことだ。
 兵庫県議会の全会一致で不信任が決議されたことを受けて失職した前知事の斎藤元彦氏が、出直し選で返り咲いた。
 不信任の発端は、斎藤氏のパワハラ疑惑を元県幹部が内部告発したことだった。斎藤氏は告発を公益通報として扱わず、県幹部に調査を命じて元幹部を特定し、懲戒処分にした。元幹部は7月に死亡した。自殺とみられている。
 斎藤氏ら当時の県側の対応は、公益通報者保護法の趣旨に反していた疑いがある。
 知事選での斎藤氏の勝因は、県立大無償化などの実績が評価されたことなどが挙げられている。だが、大きな原動力となったのは、斎藤氏の支持者によるSNSでの情報発信だったと言えよう。
 失職直後の斎藤氏は、他候補に引き離され、再選は困難との見方が多かった。しかし告示後、SNS上に「斎藤さんは悪くない」といった投稿が増え始めた。
 斎藤氏を擁護するため、亡くなった告発者の名誉を傷つけるような発信が相次ぎ、斎藤氏支持の論調ができた。
 自分の当選ではなく、斎藤氏を当選させると公言して、政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首が出馬し、その種の情報を発信したことも、斎藤氏の熱烈な支持者を生んだようだ。
 その結果、公益通報を巡る本質的な議論がかすみ、斎藤氏擁護の声が大きなうねりとなった。
 7月の東京都知事選や先の衆院選でも、特定の候補や政党がSNSでの発信を駆使し、予想を上回る躍進を果たした。
 SNSの情報は虚実入り交じっているだけでなく、広告収入を目当てにしたかのような無責任な投稿も少なくない。
 選挙で相手候補を 貶 おとし めることを狙ったような投稿に影響されて民意が形成されることになれば、選挙の公平、公正さを保てず、民主主義の危機を招く。各政党は、国会でSNSと選挙のあり方について議論を深めるべきだ。
 県民の信任を得たからといって斎藤氏の疑惑が消えたわけではない。県議会の百条委員会や県の第三者委員会は、公益通報に関する調査を続けている。斎藤氏に問題があったという結論が出たら、誰が、どう責任をとるのか。

SNS選挙の功罪突きつけた兵庫知事選(2024年11月19日『日本経済新聞』-「社説」)
 
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街頭演説はファンイベントのように「サイトウ」コールに沸いた(16日、神戸市)=一部画像処理しています
 日本でもSNSが選挙結果に影響を及ぼす画期になったといえよう。兵庫県知事選で前知事の斎藤元彦氏が動画発信を駆使し、再選を果たした。事前の予想を覆した異例の選挙戦は、SNS選挙の功罪を如実に突きつけた。
 斎藤氏は元幹部職員による自らへの告発文書を公益通報として扱わず、県議会が不信任を決議して失職した。職員は処分された後に亡くなり、県政は混乱した。
 私たちは斎藤氏に道義的、政治的責任があると考え、職を辞すよう求めてきた。文書問題は県議会の調査特別委員会(百条委員会)や県の第三者委員会で調査が続く。一連の対応に法的責任はないか、しっかり解明してほしい。
 再選後の県政運営は、全会一致で不信任を決議した県議会や、多くが続投に反対した県内の市長らとどう向き合うかが課題になる。来年は阪神大震災から30年だ。節目を前に、それぞれが協力し、混乱を早く収めてほしい。
 出口調査によると、SNSを主な情報源とする若い世代が斎藤氏を支持した。投票率が大幅に上昇したのは喜ばしい。団塊世代投票率の下がる70代後半にさしかかり、SNS世代の影響力が一段と増していくのは間違いない。
 選挙戦では真偽不明の情報も飛び交った。若い有権者も情報の真偽を確かめる努力はしていよう。ただ、SNSの情報はアルゴリズムの性格上、自分の好みに偏りやすく、偽情報対策が一層重要になる。既存のメディアも、公平性を保ちつつ、SNSを情報源とする有権者にどのように良質の情報を届けるかが問われている。
 斎藤氏の街頭演説はイベントのように「サイトウ」コールに沸いた。SNSでファンになり、聖地を巡礼する「推し活」に似た現象だ。これは一面では、民主主義にとって重要な市民の自発的な政治参加とみることもできる。
 一方で、推し活は度が過ぎると「ファンダム」と呼ばれる熱狂的な集団になり、反対する勢力を排除する傾向をみせることがある。米国のトランプ氏支持派はその一例だろう。米大統領選のように、敵か味方か、二者択一を迫る選挙は、こうした「ファンダム選挙」に陥りやすい。
 日本では1人を選ぶ自治体の首長選挙が該当する。そこから分断の芽を広げぬよう、SNS選挙の功罪を踏まえ、その質を高めていく方策を考えるときである。

兵庫知事が再選 「帳消し」とはならない(2024年11月19日『東京新聞』-「社説」
 
 一連の騒動は何だったのかと首をひねった人も少なくなかろう。兵庫県知事選で、斎藤元彦前知事が再選を果たした。パワハラ疑惑などに端を発した混乱の末、県民から再び信を得た形だが、疑惑は未解明。これで「帳消し」とはならぬことを肝に銘じ、混乱の収拾と掲げた公約の実現に全力をあげてほしい。
 発端は、県の元局長が3月、斎藤氏のパワハラや企業への物品要求などの疑惑を告発したこと。斎藤氏は「うそ八百」と即断し、元局長を処分したため、県議会は対応が不適切として「百条委員会」を設置した。斎藤氏は自身の非を認めず、議会は、百条委が結論を出す前に知事不信任を決議。斎藤氏は失職を選んだ。
 出直し選は、県議会や県内の主要な会派、首長が支援する元尼崎市長と、政党や主な組織の支持は得られなかった斎藤氏との一騎打ちの構図に。斎藤氏は県政の混迷を謝罪しつつ、県庁舎の建て替え計画見直しや県立大学の無償化、自身の給与削減など1期3年の実績を強調した。
 知名度の高さや「判官びいき」もあったのだろう、斎藤氏への支持はネットから草の根的に広がった。選挙戦略上、交流サイト(SNS)を駆使した訴求力の高さが7月の東京都知事選に続いて証明されたとも言える。
 とはいえ、斎藤氏にとって、全会一致で自身に不信任を突きつけた議会との関係改善は並大抵ではなかろう。疑惑を追及する百条委の審議はこれから本格化する見通しで、弁護士で構成する第三者委員会も調査している。信頼回復にはまず、斎藤氏が疑惑の解明に全面的に協力するしかあるまい。
 パワハラか否かはともかく、職員を強く叱責(しっせき)する▽物を投げる▽机をたたく▽深夜にチャットで指示する-など、知事の資質に疑問を投げかけられかねない言動の一部は、斎藤氏も認めている。当然のことだが、権力者たるもの、自身でも意識せず、その言葉や態度が高圧的、独善的と受け止められたり、疑いの目を向けられたり、しがちだ。行財政改革の実績や公約が有権者に評価されたのはまぎれもない事実なのだから、選挙戦でみせた真摯(しんし)な姿勢を継続し「災いを転じて福」となしてほしい。

兵庫知事の再選 疑念は解かれていない(2024年11月19日『信濃毎日新聞』-「社説」)
 
 兵庫県知事選で、前知事の斎藤元彦氏が再選された。
 県議会から全会一致の不信任決議を受け、自ら失職を選んで臨んだ選挙だった。
 パワハラ疑惑などの告発への対応の是非が問われた。当初は不利とみられていた斎藤氏はSNSをフル活用し、自らの正当性や実績を訴えた。支持は急速に広がり、111万3911票を得て7人が立候補した混戦を制した。
 「何が正しく、何が真実か、そしてどうあるべきかを判断していただいた」と斎藤氏は選挙後に述べた。とはいえ、斎藤氏に対抗する有力候補とされ、次点となった元尼崎市長、稲村和美氏が得た97万6637票も重い。
 端緒は3月だった。当時の幹部職員が、斎藤氏のパワハラや贈答品“おねだり”疑惑をまとめた文書を報道機関や県議に流した。斎藤氏に「うそ八百」だとして解任された幹部はあらためて県に公益通報を行ったが、県は調査結果を待たずに懲戒処分を下した。
 告発の中身はまっとうなのか。調査特別委などで、斎藤氏はパワハラや贈答品受領について一部反省は口にしつつも「過大な要求ではない」「社交儀礼の範囲内」などと語った。
 告発者を保護せずに処分を急いだ―と専門家らがその違法性を指摘する公益通報者保護制度の運用では、斎藤氏は「法的に問題ない」との立場を取っている。
 斎藤氏の疑惑や県の対応の是非について、県議会の調査特別委員会や、弁護士らによる県の第三者委員会の検証は続く。
 選挙結果を受けて検証があいまいになるようでは、制度そのものの今後にも影響する。両委員会はより一層、冷静、客観的な姿勢で臨む必要がある。
 選挙戦は特異な展開を見せた。
 自ら立候補した政治団体代表の立花孝志氏らが、調査特別委の非公開会合とされる音声データなどをネットや街頭で拡散。テレビ、新聞も真実を伝えていないとして、斎藤氏と「既得権益層」との戦いという構図を印象づけた。
 稲村氏や陣営についての真偽不明のデマも飛び交い、支持者同士の小競り合いも起きた。両極端の論点がかみ合わない一方で、世論の関心は高まった。投票率は55・65%と、3年前の前回選から14ポイント余り上がった。
 何が本当なのか分からなくなった―。選挙後に伝えられた有権者の声が印象深い。選挙を左右する情報のあり方も、大きく問われる選挙戦だった。

斎藤氏の再選 疑惑対応と信頼回復が急務(2024年11月19日『京都新聞』-「社説」)
 
 兵庫県知事選で、失職して出直し選に臨んだ前職の斎藤元彦氏が再選を果たした。
 斎藤氏のパワハラなどの疑惑告発文書問題が発端となり、知事選では斎藤氏の対応や資質、約3年の県政、混乱からの立て直しが問われた。
 当選後、斎藤氏は「謙虚の心を胸に刻んで頑張っていく。オール兵庫で県政を進める」と述べた。
 だが、全会一致で不信任を決議した県議会や、相次いで「県政転換」を求めた県内市長との溝は深い。
 庁内を含め、いかに関係を修復し、県民の信頼と県政の安定を取り戻せるか。険しく、重い責務を担う。
 返り咲きで、斎藤氏の疑惑が晴れたわけではない。文書問題は県議会の調査特別委員会(百条委)による検証が続く。
 これまでパワハラなどを多くの県職員が証言し、告発文書を「公益通報」として扱わなかったことの違法性も専門家が指摘している。プロ野球の優勝パレード経費を巡る不正疑惑も、解明されないままだ。
 斎藤氏は真摯(しんし)に説明責任を果たし、百条委は丁寧に全容の解明と責任の所在を調べなければならない。
 斎藤氏は政党や組織の支援がなく、当初は劣勢が予想された。過去最多の7人が立候補し、反斎藤票が分散した影響は大きい。斎藤氏の得票率は45%と半分に満たず、政党の後押しを受けた次点と3位の候補得票率の合計よりも下回った。
 百条委継続中の議会による不信任が強引と映り、斎藤氏が手がけた行財政改革も一定評価された面があろう。
 注目されるのは、SNS(交流サイト)を駆使したインターネット選挙の力である。
 演説の動画や街頭活動の予定が次々と投稿され、勝手連的な動きにつながり、支持を急拡大したとみられる。
 共同通信出口調査では、60代以下の全年代で他候補を上回った。低投票の傾向が続いた若者層も取り込んだ。投票率は55%超で、2021年の前回選挙より15ポイント近くも高かった。
 SNS重視の選挙活動は、今夏にあった東京都知事選で2位となった石丸伸二氏や、先の衆院選で躍進した国民民主党でも一定の効果を発揮した。
 だが今回、ネット上では対立候補に関する誤情報や誹謗(ひぼう)中傷のほか、「パワハラは虚偽」といった言説が流れた。
 斎藤氏と、批判する既存政党や県議会、マスコミという対立構図があおられ、無所属で出馬した候補者が選挙中に斎藤氏を応援し続けるといったこともあり、何が正しい情報なのか、戸惑う県民も多かったようだ。
 疑惑対応の是非や県政課題の争点が明確にならなかったのは残念である。
 メディアの報道も含め、重い問いかけを残した。

斎藤県政再始動/政策推進へ対話と協調を(2024年11月19日『神戸新聞』-「社説」)
 
 「知事の資質」が大きな争点となった兵庫県知事選で、県民は再び前職の斎藤元彦氏を選んだ。きょう2期目が始動するが、県政は半年以上にわたり停滞している。斎藤氏には全会一致で不信任を突きつけた県議会や県職員との関係再構築など、解決すべき課題が山積する。
 斎藤氏のパワハラ疑惑などを告発した文書問題に関する県議会の調査特別委員会(百条委員会)と、弁護士でつくる第三者委員会による調査は継続しており、疑惑の解明は途上にある。斎藤氏が検証を受ける立場に変わりはなく、安定した県政運営ができるかは不透明だ。
 斎藤氏は街頭演説で、議会や職員との関係について「多くの方々と対話を重ね、謙虚な気持ちで出直したい」と強調した。当選後も、報道各社の取材に「仕事を通じて人間関係や信頼関係をもう一度つくる」と最優先課題に挙げた。その言葉を実践し、大きく揺らいだ県政への信頼を取り戻す責任がある。
 斎藤氏が失職に至った問題は、告発文書への対応に端を発した。県は公益通報の結果を待たず、内部調査で告発者を懲戒処分にした。斎藤氏は百条委で職員からパワハラなどが疑われる行為を証言され、文書を公益通報と扱わなかった違法性を専門家から指摘された。斎藤氏は「真実相当性がなく、公益通報には当たらない」と正当性を主張してきた。
 文書問題で深刻な不信を招きながらも再選を果たせたのは、改革に取り組む姿勢や政策が県民から一定の評価を得たのも要因だろう。
 神戸新聞社が投票した人に実施した出口調査では、重視した点は「政策や公約」が最も多く、「文書問題への対応」は4番目にとどまった。斎藤県政の3年間については「大いに」「ある程度」を含め「評価する」が計7割超に達した。年代別では、10~50代でそれぞれ5割以上が斎藤氏を支持した。
 県民の期待に応え、政策を着実に遂行していくには、県職員らとの対話と協調が欠かせない。
 斎藤氏は3年前の知事就任時、県庁組織の意識改革へ「ボトムアップ型県政」を掲げた。しかし実態は、斎藤氏が宮城県庁在籍時に交流があった片山安孝元副知事ら「身内」を重用した側近政治の色合いが濃かった。斎藤氏は出直しの機会を得たからには、県庁内の異論や多様な意見にも耳を傾け、組織風土の改革を進める必要がある。
 来年度予算の編成が迫り、副知事をはじめとする人事にも注目が集まる。斎藤氏は、自身に厳しい目を向けた県議会や県内市町の首長らとの溝を埋める努力も重ね、混乱の早期収束に尽くさねばならない。

兵庫県知事の再選 公益通報の検証怠りなく(2024年11月19日『山陽新聞』-「社説」
 
 県議会で全会一致の不信任決議を受けて失職した前職が再選されるという異例の結果だ。17日投開票の兵庫県知事選で、斎藤元彦氏が再選を果たした。
 知事不信任決議後に出直し選で再選したのは、2002年の長野県知事選の田中康夫氏以来2例目という。
 今回の選挙は、知事だった斎藤氏によるパワハラ疑惑などを告発した文書への対応や知事の資質が大きな争点となった。発端は3月、県の県民局長だった男性が匿名で作成した告発文書だった。知事や県幹部のパワハラや企業からの贈答品受領、補助金を巡る不正など7項目の疑惑を記して報道機関などに配布。県の公益通報窓口にも通報した。
 県は知事の指示で公益通報として扱わず「文書は誹謗(ひぼう)中傷」と認定した。男性の身元を特定し、男性を懲戒処分にした。男性は7月に死亡。遺族によると「一死をもって抗議する」とのメッセージを残していたという。
 斎藤氏は、県議会から知事としての資質を欠いていると非難されて全会一致で不信任決議を受けた後、失職して出直し選に出馬した。疑惑を否定し、文書を公益通報として扱わなかった対応にも「問題がなかった」との姿勢を崩さなかった。
 疑惑告発文書問題は、県議会調査特別委員会(百条委員会)や県が設けた弁護士による第三者調査委員会での検証が継続中で、疑惑の解明は途上にある。選挙で勝利したからといって疑惑をうやむやにはできない。検証結果をきちんと出す必要がある。
 兵庫県に限らず社会的な影響が大きいのは、公益通報者保護の問題だ。公益通報は法令違反や不正行為を早期に発見し、または未然に防ぐことで国民の利益を守る。告発者を探すことや、告発者への不利益な取り扱いが公益通報者保護法で禁じられている。百条委に出席した専門家らが県の対応について「法に違反する」と相次ぎ批判している。県対応の適否の検証は欠かせない。
 今回の選挙戦は、前回選と違って政党や団体の支援を受けられなくなった斎藤氏が、苦戦の予想を覆す形になったのも特徴的だ。交流サイト(SNS)などのインターネット戦略をフル活用し、熱狂的な支持を急拡大して若者らの票を取り込んだ。7月の東京都知事選で前安芸高田市長の石丸伸二氏が関連動画などで支持を広げ、下馬評を覆して2位につけたことと共通する面があろう。
 ただ、真偽不明の情報やデマ、誹謗中傷が飛び交う異様な「空中戦」ともなった。「当選は考えていない」という政治団体代表が立候補し、自らの選挙戦を斎藤氏の応援に利用するといった公職選挙法が想定していないような動きもあった。得票結果に大きく影響し始めているネット選挙や、選挙制度の在り方があらためて問われる。

兵庫知事出直し選 信頼回復は真実の究明で(2024年11月19日中国新聞』-「社説」)
 
 自らの失職に伴う兵庫県知事出直し選挙で、斎藤元彦・前知事が再選を果たした。
 知事が議会の不信任を受けた事例は過去4例あり、出直し選を勝ったのは「脱ダム宣言」で議会と対決した長野県の田中康夫氏のみ。自らの疑惑で不信任を突き付けられた斎藤氏が大方の予想を覆して勝利したのは、極めて異例であり、驚かざるを得ない。
 パワハラなどの疑惑告発文書問題をはじめ、何が真実なのか有権者に分かりにくい選挙戦だった。情報が真偽不明のまま飛び交い、投票に迷った人も多かろう。そうした事情が知事再選の追い風になった面もあるのではないか。
 とりわけ交流サイト(SNS)を活用した「インターネット選挙」の影響力はすさまじかった。根拠を欠いているとしか思えない陰謀論や他陣営への攻撃などもSNSで拡散した。選挙の公平性に配慮する新聞やテレビなどの既存メディアが、根拠を欠く主張や誤情報を相手にしないことも「都合の悪いことに、だんまりを決め込んでいる」と逆手に取られた感さえある。
 2013年7月の参院選から解禁されたネット選挙で、ウェブサイトやメールで政策の中身や投票を呼びかけることが可能になった。はがきやビラより安く、手軽に主張を届けられるのは利点になる。
 しかし、今回のような対立や分断を深める発信は明らかにマイナスだ。こうした発信が拡散したのは、若者を中心に既存メディアへの信頼感が低下していることも原因の一つなのだろう。その現実を私たち既存メディアは重く受け止めなくてはなるまい。
 斎藤氏は3月の会見で、元西播磨県民局長だった男性が告発した内容を「うそ八百」と切り捨てた。退職数日前に男性の退職人事を取り消し、公益通報の調査結果を待たずに停職3カ月の懲戒処分にする判断も示している。
 男性が死亡に至った、県の一連の対応が果たして適切と言えるのか。プロ野球阪神オリックス優勝パレード経費を巡る不正疑惑などの真相も何ら解明されていない。
 知事への県議会の不信任決議地方自治法100条に基づく調査委員会(百条委)の結論後にすべきだったという声がある。事実確定しないうちに結論を突き付けたことは先走りという批判もある。
 ただ、百条委が実施したアンケートには県職員の4割が知事のパワハラを見聞したと回答した。全てが事実無根であるならば、知事を支えていた副知事が斎藤氏に5回も辞職を勧めること自体が不可解ではないか。そうした県政の実態が選挙戦できちんと議論され、有権者に十分に示されたとは到底言い難い。
 百条委は25日の証人尋問に斎藤氏の出頭を要請する。第三者委員会の調査も続いている。斎藤氏は出直し選当選後の取材に対し「政策を進めていく民意が示された」としたが、選挙で勝利したからといって一連の疑惑が全て解消したわけではなかろう。
 信頼回復には真実の究明が欠かせない。県政の正常化はそこが出発点であるはずだ。

見えるもの、見えないもの(2024年11月19日『佐賀新聞』-「有明抄」)
 
 子どもの「理科離れ」が叫ばれていたころ、こんなぼやきを耳にした。「小学生はまだいいんですよ。それが中学に上がるとねぇ…」。たしかに花や虫を観察したり、太陽や星の動きを調べたりと小学校の授業はたのしい。ところが中学になると分子や磁界など抽象的で難しくなる
◆野山も空も、目で見たものが正しいと教わってきたのに、今度は分子のように目には見えないものが「科学の真理」だと学ぶ。〈自分で確かめようもないものをだまって正しいと信じなさいと教えているに等しい〉と生物学者本川達雄さん。「見えるもの」と「見えないもの」がうまく橋渡しできていない、と
スマホ全盛の時代に、その傾向はより強まっているのかもしれない。「情報が過剰になると、人は注意力を奪われる」という。手のひらの小さな液晶画面に次々映し出される、自分の目で確かめようもない情報の数々に引きずられ、心乱されてしまう
兵庫県の出直し知事選は、パワハラやおねだり疑惑で不信任を突きつけられた前職が再選した。「疑惑はねつ造」で彼こそが「既得権益と戦う改革者」といったSNSの言説が支持拡大の原動力になったという
◆真偽不明の情報をばらまく候補に支持者が熱狂する、どこかの国の大統領選もよそごとではないのかも。民意はますます「見えないもの」になっていく。(桑)

兵庫知事に斎藤氏 SNSの功罪が表面化(2024年11月19日『沖縄タイムス』-「社説」)
 
 パワハラなどの疑惑告発文書問題で兵庫県知事を失職した斎藤元彦氏が、新人6人を抑え再選された。
 今回の知事選は、自らを告発した文書を巡る斎藤氏の不適切な対応に端を発したものだ。
 斎藤氏は公益通報の調査結果を待たず、告発者を懲戒処分にした。その後、告発者は自死。一連の対応や疑惑への説明が不十分であることから県議会は不信任決議案を全会一致で採択し、斎藤氏が自動失職した経緯がある。
 出直し選挙に挑んだ斎藤氏の、告発問題への対応の是非が問われるはずだった。
 しかし、共同通信社が実施した出口調査で、投票で重視したことに「告発文書問題」と回答した人は9%にとどまった。最多は「政策や公約」の39%で、「人柄やイメージ」が27%と続いた。
 斎藤氏は1期目の行財政改革などの実績をアピール。得票率は前回選挙とほぼ同じ約45%だった。改革を求める民意は重い。
 知事不信任決議後に出直し選で再選したのは2002年の長野県知事選の田中康夫氏以来2例目となる。
 ただ今回、県政の混乱と停滞を招いたのは斎藤氏自身だ。
 県職員の4割が「知事のパワハラを目撃した」とアンケートで回答するなど、知事としての資質への疑いは依然として残っている。
 当選で「みそぎを済ませた」ことにしてはならない。
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 過去最多の7人が立候補し批判票は分散した形だ。
 立候補した「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志氏が「当選する気はない」と公言し、斎藤氏への投票を呼びかけるなど立候補の在り方にも疑問符が付く選挙だった。
 近年の他の選挙と同様、多くの有権者がSNSで情報を得た。
 投票率は55・65%で、前回21年を14・55ポイント上回った。従来投票率が低い傾向にある若者世代をはじめ、票の掘り起こしにSNSが果たした役割は大きい。
 一方、斎藤氏の最大のライバルだった元尼崎市長の稲村和美氏について「稲村氏が当選したら外国人参政権を推進する」との誤情報や、「(斎藤氏は)県議会にはめられた」とする陰謀論も飛び交った。
 デマやフェイクにどう対応するのか。有権者リテラシーに頼るだけでは足りない。プラットフォームへの働きかけなど取り組みの検証を始める時だ。
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 SNSの熱気は熱気を呼び、分断を深める危険性もある。
 議会への対抗姿勢を鮮明にする斎藤氏の主張は拡散され、街頭演説では支持者らによる「斎藤」コールが湧き起こった。そうした中で亡くなった告発者を非難する発言もあったほか、興奮した観衆同士の小競り合いも散見された。
 斎藤氏は「選挙が終わればオール兵庫だ」としたが、できた溝を埋めることができるのか。SNS選挙の可能性と危うさが表面化した選挙だった。

神戸の古老も驚いた「さいとう現象」 22市長連名の「反斎藤」表明も逆効果だった!?(2024年11月18日『産経新聞』ー「産経抄」)
 
再選確実の報を受け、支援者らに感謝を伝える斎藤元彦氏=神戸市中央区
 会社でも役所でも最も難しいのは人事だという。特に採用は、慢性的な人手不足も手伝って至難の業だ。学歴も申し分なく「これはいい!」と期待して採用しても鳴かず飛ばずだったり、補欠で入れた人材が大化けしたりと、実際に雇ってみなければわからない。
▼投票で赤の他人をリーダーに選ぶ選挙は、もっと難しい。少し前までは、よく知らない候補者たちを選挙公報政見放送、それに新聞やテレビの報道を参考にして選ぶしかなかったのが、最近はSNS(交流サイト)が勝敗のカギを握るようになった。
▼今夏の都知事選では、ほぼ無名の存在だった石丸伸二前安芸高田市長が、SNSを駆使した選挙戦を展開して約170万票を集め、「石丸現象」を巻き起こした。4カ月後、今度は兵庫県で「さいとう現象」が起きた。
▼元県幹部の告発文書をきっかけに斎藤元彦知事(当時)のパワハラやおねだり疑惑が噴出し、県議会は全会一致で不信任決議案を可決、彼は石もて追われるように県庁を去った。失職した1カ月半前、知事選がこれほど盛り上がるとは、正直想像もしなかった。
▼孤立無援で立候補した彼は、「パワハラ疑惑は捏造(ねつぞう)」といったSNSの言説に助けられ、「既得権益にたった一人で立ち向かうヒーロー」になった。県内29市中22市長が連名で対抗馬支持を表明したのも県民の判官びいきに火をつけた。
▼何しろ弱かったころの阪神タイガースを熱烈に応援し続けたのが兵庫県民だ。投票日前夜、神戸・三宮で開かれた彼の街頭演説には、古老が「選挙でこんな人混みは見たことがない」と驚くほどの聴衆が殺到した。SNSは、政治に大きな地殻変動を起こしている。その先の未来が、バラ色ならいいのだが。

斎藤氏が再選/県政への信頼を取り戻せるか(2024年11月18日『神戸新聞』-「社説」)
 
 自らの失職に伴う兵庫県知事選で、出直し選に臨んだ前知事・斎藤元彦氏が、過去最多の7人による混戦を制し、再選を決めた。
 斎藤県政の継続の是非が問われたが、若者支援策や行財政改革などの実績を訴え、支持を広げた。ただ、苦境からの勝利にも安堵(あんど)する余裕はない。自身の疑惑を巡る告発文書問題で混乱が続く県政の正常化、全会一致で不信任を決議した県議会、市町との関係修復は待ったなしだ。何よりも県民の信頼を取り戻す責務がある。多岐にわたる課題に対処できる体制を築き直す必要がある。
 引き続き県政の舵(かじ)取りを担うに当たり、手厳しい意見にも謙虚に耳を傾け、真摯(しんし)に説明を尽くす姿勢を忘れないと肝に銘じてもらいたい。
     ◇
 今回の選挙は、斎藤氏のパワハラ疑惑などを告発した文書への対応の適否や、知事に求められる資質とは何なのかが主要な争点となった。
 文書問題は3月、元西播磨県民局長が告発して表面化した。斎藤氏は真実相当性がない誹謗(ひぼう)中傷だとして元局長を作成者と特定し解任した。元局長は改めて県の窓口に公益通報したが、県はその調査を待たず、5月に内部調査に基づき懲戒処分とした。元局長は7月に死亡した。
 県側の対応を巡り、専門家らは「公益通報に当たり告発者の保護が必要」と指摘するが、斎藤氏側は「誹謗中傷であり、公益通報には該当しない」と一貫して否定してきた。
 文書が記した内容の真偽や対応の問題点は、県議会が設置した調査特別委員会(百条委員会)や、弁護士でつくる第三者委員会による究明が続いており、結論は出ていない。
 それでも斎藤氏への批判の高まりを受け、県議会は不信任決議を急いだ。結果を待たずに選挙戦に突入し、有権者の判断を難しくした側面は否定できない。
 斎藤氏は文書問題について「一つ一つの局面や状況で、取り得る最善の対応をしてきた」と主張しつつ、「反省すべきは反省し改める」と訴えた。今後は公益通報制度の運用改善に加え、職員との意思疎通や、壊れた信頼関係の再構築が必須となる。選挙で勝利したからといって疑惑が解消したわけではない。説明責任を引き続き果たさねばならない。
 県議会の責任も重い。今後の百条委では党利党略や感情論に走らず、丁寧な審議で全容解明に取り組むことを求める。
政策論争は深まらず
 選挙に関心が高まった一方、政策論争が深まらなかったのは残念だ。
 文書問題以外にも、県政の課題は山積している。県財政は改善基調にあるものの、阪神・淡路大震災関連の県債(借金)の償還はなお続く。斎藤氏が県政の柱に据えて取り組んできた行財政改革や、地域経済の活性化の道筋をどう描くのか。若年層らの人口流出や過疎化にどう歯止めをかけるのか。県庁舎再整備への対応、南海トラフ地震などの防災・減災対策も急がれる。
 必要な施策を打ち出すには財源を確保しなければならない。県民の理解を得ながら事業の見直しにも大胆に切り込む手腕が問われる。
 県議会との関係にも注文しておきたい。前回選で斎藤氏を推薦した自民党は独自候補を擁立できず、斎藤氏や前尼崎市長・稲村和美氏らの支援で分裂した。同じく斎藤氏を推薦した日本維新の会は離党した清水貴之参院議員を支援した。全会一致で退任を迫った斎藤氏に県議会がどう向き合うか注目されるが、知事は議会との緊張感を保ちつつ対話を重ね、県政の正常化に努めるべきだ。
 選挙戦では、各陣営が交流サイト(SNS)を駆使し演説などの動画や写真を拡散した。無党派や若年層への浸透効果は大きく、斎藤氏を再選に押し上げた要因とされる。