松本人志氏の訴訟取り下げについて、世間で言われていることはどこまで正しいのか Photo:AFLO
● 松本人志氏、急転直下の訴訟取り下げ 世間に出回る憶測は本当か?
松本人志氏の訴訟取り下げが話題になっています。
私は週刊文春の元編集長ですが、現在の編集部とは一切連絡を絶っています。ですから文春側の人間としてではなく、週刊誌の名誉棄損裁判を多く経験した者として、一連の報道について「間違っている点」をダイヤモンド・オンラインで4回にわたって指摘してきました(記事末を参照)。
それらの記事で私が松本氏に対して忠告していたことは、結局、すべて当たっていました。
(1) この裁判は厳しい。不同意性交の「不同意」の部分について、あまりにも松本氏の理解が乏しいまま、全面戦争に突入している。
(2) 報道では裁判は長く続くと言われているが、今の裁判は裁判官が和解交渉によって短期間で終わらせる傾向が強いので、証人尋問などが終わらないうちに和解提案が行われ、早期に結論を出さねばならなくなる。
(3) 裁判の準備書面で「松本は女性の同意を得ずに、性行為を強制したことは一度もない。性行為の強制を訴えるのなら、まずは被害者とされる女性を特定しないと、その女性が存在するかわからない」(日刊ゲンダイデジタル)と主張し、報道当初は合コンそのものを否定した。しかし、その後飲み会があったことは認め、今回は性交渉もあったことを認めたことになる。現在の不同意性交の法的定義では、立場が上の権力を持つ側が同意があったと主張しても、権力のない側が不同意だったと証言すれば、不同意とみなされる潮流となっているので、これは罪を認めたに等しい。
(4) かつて「鉄拳制裁星野」などという時代錯誤のファンコールが名古屋球場を埋め尽くしていたのと松本騒動の本質は変わらず、「嫌よ嫌よも好きのうち」といった男性中心の論理をいまだに信じている人が世の中に多いだけ。これは、すでに現在の常識から外れている。裁判などせずに、「時代の変化に気付かず、女性を傷つけていたことを知った」と認め、被害者に詫びて終わらせるのが一番。ビートたけし氏の忠告に松本氏も従うべき。
私は、各局が起用している弁護士のコメンテーターの多くは、賠償金が少ない名誉棄損裁判の経験がなく、お門違いのコメントをしていると指摘しました。実際、その後いくつかのテレビ局が連絡してきて、「番組で使うコメンテーターとしてどういう弁護士がいいか」と相談され、私が推薦した弁護士に交替したケースもありました。
その後、少しは名誉棄損裁判への理解がある弁護士も出てきましたが、弁護士にとって裁判官は絶対に敵に回せる存在ではありません。ですから、裁判官の心証や、早く裁判を終結しなければならないといった彼らの立場が裁判に与える影響に深く言及し、裁判の行方を予想するコメンテーターは、ついに出てきませんでした。
中には、松本ファンと一緒になって、週刊誌があるから「些細」な悪事が報じられ,そのために才能のある人間が消えている、週刊誌にもっと高額の賠償金を支払わせろといった「被害者無視」の主張をする人も増えました。しかし今回の訴訟取り下げで、週刊誌の取材の緻密さがおわかりいただけたと思います。
● 「謎」が多すぎる終幕 その裏側を見通す
以上、私が指摘してきたことを踏まえつつ、今回の訴訟取り下げの「謎の部分」について述べたいと思います。
まず、松本人志氏側のコメントを引用してみます。
「(前略)松本が訴えている内容等に関し、強制性の有無を直接に示す物的証拠はないこと等を含めて確認いたしました。そのうえで、裁判を進めることで、これ以上、多くの方々にご負担・ご迷惑をお掛けすることは避けたいと考え、訴えを取り下げることといたしました。松本において、かつて女性らが参加する会合に出席しておりました。参加された女性の中で不快な思いをされたり、心を痛められた方々がいらっしゃったのであれば、率直にお詫び申し上げます。尚、相手方との間において、金銭の授受は一切ありませんし、それ以外の方々との間においても同様です(後略)」
このコメントでは不同意性交をしたかどうか、性交渉を持ったかどうかも触れられていません。不快な思いをした人は不同意性交を強いられたから不快な思いをしたのに、それに触れていない取り下げコメントは、卑怯と言えるでしょう。
また、被害者が証言台に立つとまで言っているのに、「いたとしたら」と、まるで証言者の存在を無視したような表現を使うのも、法律的用語として仕方がない面もあるとはいえ、被害者に失礼です。文春側は、被害者とも協議して取り下げに同意したと言っていますが、朝日新聞などによると、被害者は「これでは自分は存在しなかったことになる」と不満を述べているようです。
あくまで私の想像ですが、まず裁判所が想像以上に早い決着を望んだのではないかと思います。双方の証人、証拠がそろったところで、松本氏側に「絶対勝てませんよ、取り下げた方がいい」という引導が渡された。「このまま裁判を進めて証言者と対決したら、傷はさらに深まる」と厳しい見方を示した。そのため松本氏は、取り下げを決意せざるを得なくなったのではないでしょうか。
その後、少しは名誉棄損裁判への理解がある弁護士も出てきましたが、弁護士にとって裁判官は絶対に敵に回せる存在ではありません。ですから、裁判官の心証や、早く裁判を終結しなければならないといった彼らの立場が裁判に与える影響に深く言及し、裁判の行方を予想するコメンテーターは、ついに出てきませんでした。
中には、松本ファンと一緒になって、週刊誌があるから「些細」な悪事が報じられ,そのために才能のある人間が消えている、週刊誌にもっと高額の賠償金を支払わせろといった「被害者無視」の主張をする人も増えました。しかし今回の訴訟取り下げで、週刊誌の取材の緻密さがおわかりいただけたと思います。
● 「謎」が多すぎる終幕 その裏側を見通す
以上、私が指摘してきたことを踏まえつつ、今回の訴訟取り下げの「謎の部分」について述べたいと思います。
まず、松本人志氏側のコメントを引用してみます。
「(前略)松本が訴えている内容等に関し、強制性の有無を直接に示す物的証拠はないこと等を含めて確認いたしました。そのうえで、裁判を進めることで、これ以上、多くの方々にご負担・ご迷惑をお掛けすることは避けたいと考え、訴えを取り下げることといたしました。松本において、かつて女性らが参加する会合に出席しておりました。参加された女性の中で不快な思いをされたり、心を痛められた方々がいらっしゃったのであれば、率直にお詫び申し上げます。尚、相手方との間において、金銭の授受は一切ありませんし、それ以外の方々との間においても同様です(後略)」
このコメントでは不同意性交をしたかどうか、性交渉を持ったかどうかも触れられていません。不快な思いをした人は不同意性交を強いられたから不快な思いをしたのに、それに触れていない取り下げコメントは、卑怯と言えるでしょう。
また、被害者が証言台に立つとまで言っているのに、「いたとしたら」と、まるで証言者の存在を無視したような表現を使うのも、法律的用語として仕方がない面もあるとはいえ、被害者に失礼です。文春側は、被害者とも協議して取り下げに同意したと言っていますが、朝日新聞などによると、被害者は「これでは自分は存在しなかったことになる」と不満を述べているようです。
あくまで私の想像ですが、まず裁判所が想像以上に早い決着を望んだのではないかと思います。双方の証人、証拠がそろったところで、松本氏側に「絶対勝てませんよ、取り下げた方がいい」という引導が渡された。「このまま裁判を進めて証言者と対決したら、傷はさらに深まる」と厳しい見方を示した。そのため松本氏は、取り下げを決意せざるを得なくなったのではないでしょうか。
● 訴訟の取り下げでは済まない 松本氏と吉本興業の前途多難
しかし、問題はこれからです。裁判を取り下げたからといって、松本氏がそのまま許されるわけではありません。まず、不同意性交を告発する記事はいくつも出ました。裁判はそのうちの一つの記事だけを対象にしています。では、他の被害者に対してどのように説明するのか、記者会見をするのかどうか。このまま、あのような適当なコメントだけで芸能界に復帰できるとは、今のメディア事情を見る限り思えません。
また、弁護士と一緒になって「女性の名前を明らかにしろ」と裁判所に要求したことも問題です。実際にその人なのかはわかりませんが、個人名を晒された人物もいました。この人物に対して、どう謝罪するのか。これは松本氏だけでなく、吉本興業全体にも言えることです(吉本興業はファンに対して、最低でも「個人を特定する行動はやめてほしい」というコメントは出すべきでした)。
私は以前の記事で、「吉本興業は裁判所の心証が悪い」と書きました。島田紳助氏(暴対法絡み)、宮迫博之氏、田村亮氏(闇営業、しかも振り込め詐欺師たちのパーティーに参加)、そして松本人志氏(不同意性交)――。コンプライアンスという言葉はあまり好きではありませんが、世の中の常識、「これは悪事である」という標準をまったく意識しないタレントたちが続々と出てきます。
松本氏の騒動でも、当初は報道自体を全否定するというあり得ない対応でした。訴訟を取り下げたからといって、すぐ復帰はあり得ません。松本氏には少なくとも「1年以上の謹慎」といった処分は必用でしょう。また、吉本の全社員、全芸人たちに対するコンプライアンスの徹底策、再発防止策の説明も必用だと思います。
いずれにせよ裁判所は、今回の件で、裁判の早期終結、世間における不同意性交罪の認知という2つの目的は達成できたわけです。
【参考】松本人志氏裁判に関する過去の執筆記事
松本人志氏の提訴に元文春編集長が警鐘「これは相当厳しい戦いになる」
「松本人志論争は間違いだらけ」元文春編集長が明かす、週刊誌の実情と言い分
松本人志氏の弁論準備手続きが、決定的な敗北につながりかねない理由
松本氏の疑惑 説明責任果たしたのか(2024年11月16日『北海道新聞』-「社説」)
松本氏はコメントで被害を訴えている女性らとの会合に参加したことを認め、「不快な思いをされたり、心を痛めた方々がいらっしゃったのであれば率直におわびする」とした。
しかし性加害の事実があったかどうかには触れていない。疑惑は解明されていない。
松本氏は、来春開幕する大阪・関西万博のアンバサダーを務めるなど、社会に影響力のある大物芸人だ。誠実に説明を尽くす責任がある。
週刊文春は昨年12月、女性2人が2015年の異なる時期に松本氏らと東京のホテルで飲食し、松本氏から性的行為を強いられたとする証言を報じた。
松本氏側は「事実無根」と反論し、名誉を傷つけられたとして提訴していた。
松本氏は「強制性の有無を直接に示す物的証拠はないことを確認した」とも強調した。
だが性暴力事件では物的証拠がないことが多く、被害者の証言が重要になる。疑惑に答えたことにはなるまい。
5億5千万円の請求額は慰謝料としては異例の高額だ。相手側を萎縮させ精神的に負担をかけなかったかが気にかかる。
文春側は「女性らと協議の上、取り下げに同意した」としたが、同意の理由を十分説明しておらず経過が不透明だ。さらなる説明が必要ではないか。
松本氏が所属する吉本興業の責任も重い。
同社は訴訟取り下げを受けた「お知らせ」で、松本氏の活動再開の可能性に言及した。
旧ジャニーズ事務所で起きた未曽有の性加害問題は、絶対的な立場の創業者とスターを夢見る若者たちという「強者・弱者の関係性」の下で行われたと外部調査で指摘された。
国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会は、昨年の訪日調査に基づき6月に公表した報告書で、ジャニーズの被害者の早期救済を促すとともに、日本のエンタメ界の人権侵害への取り組みが不十分と非難した。
芸能界では性被害の訴えが後を絶たない。華やかな世界の裏に、人権を軽んじる体質が残っていないか。業界を挙げて根絶に取り組んでもらいたい。