死刑制度「現状のまま存続させてはならない」 さまざまな意見の議員、識者らが国に「存廃含めた議論」を提言(2024年11月13日『東京新聞』)

 
 国会議員や検察、警察の元トップ、犯罪被害者の遺族らでつくる「日本の死刑制度について考える懇話会」(座長・井田良中央大大学院教授)は13日、死刑制度を見直すための公的な会議を早急に設置するよう、国会と内閣に求める提言を公表した。現行制度に冤罪(えんざい)の問題などがあり「現状のまま存続させてはならない」とし、死刑の存廃や改善策の検討を求めた(報告書)。(三宅千智)
記者会見する「日本の死刑制度について考える懇話会」の井田良座長(右)ら=13日、東京都千代田区で(布藤哲矢撮影)

記者会見する「日本の死刑制度について考える懇話会」の井田良座長(右)ら=13日、東京都千代田区で(布藤哲矢撮影)

 提言は「人の行う裁判である以上、誤判・冤罪の可能性が常につきまとい、誤った裁判に基づく執行が行われれば、取り返しのつかない人権侵害になる」との基本認識を示した。死刑廃止国に逃亡した容疑者の身柄の引き渡しを受けられないといった国際司法協力に影響が出ているとした。

◆2月に発足、12回の会議で意見取りまとめ

 一方で「死刑は大きな問題で、一挙に新たな合意を形成することは簡単ではない」とも指摘。存廃の検討に当たっては、1997年を最後に死刑執行がなく事実上の廃止国とみなされている韓国のように、制度を残したまま執行を停止し、状況を精査するのも選択肢の一つとした。
 懇話会は、死刑廃止を求める日本弁護士連合会の呼びかけで、今年2月に発足した。委員には中本和洋元日弁連会長のほか、林真琴元検事総長と金高雅仁元警察庁長官与野党の国会議員ら、死刑への立場の異なる16人で構成。計12回の会議で意見交換のほか、犯罪被害者遺族、死刑廃止国の英国の駐日大使らからヒアリングを重ねてきた。
 井田座長は13日、東京都千代田区の日本記者クラブで記者会見し「難しい問題だからといって事態を放置せず、問題解決に向けて一歩でも先に歩を進めることに力を貸してほしい」と述べた。
▶「日本の死刑制度について考える懇話会」の委員は次の通り。(五十音順、敬称略)
▽井田香奈子(朝日新聞論説委員
▽井田良(座長、中央大大学院教授)
上田勇公明党参院議員)
▽岡野貞彦(経済同友会常任顧問)
▽片山徒有(被害者と司法を考える会代表)
▽金高雅仁(元警察庁長官
▽神津里季生(前連合会長)
坂上香(映画監督)
▽笹倉香奈(座長代行、甲南大教授)
佐藤大介(共同通信編集委員論説委員
▽戸松義晴(世界宗教者平和会議日本委員会理事長)
▽中本和洋(元日弁連会長)
西村智奈美立憲民主党衆院議員)
▽林真琴(元検事総長
平沢勝栄衆院議員)
藤本哲也最高検参与、矯正協会会長)
 

Ⅰ.基本的な認識及び提言 
1 基本的な認識 
死刑は個人の生命を剥奪する究極の刑罰であり、他の刑罰(自由刑や財産刑)が個人の権利の一部を制限するのとは異なり、人権の基盤にある生命そのものの全否定を内容としている。しかも、人が行う裁判である以上、誤判・えん罪の可能性が常につきまとい、ひとたび誤った裁判に基づく執行が行われるに至れば、取り返しのつかない人権侵害となる。このように、刑種としての死刑そのものが根源的な問題を孕んでいるというばかりでなく、現行の日本の死刑制度とその現在の運用の在り方は、放置することの許されない数多くの問題を伴っており、現状のままに存続させてはならない。凶悪な犯罪の被害者及びその遺族の無念さと悲しみが限りなく深いものであり、また、世論調査において国民の多くが死刑制度の存置をやむを得ないと答えているとしても、それらのことは、死刑制度を何らの改革・改善も行わず、現在のような形のまま存続させることの理由となるものではない。 
2 提言 
上記のような基本的な認識に基づき、本懇話会は、その委員全員の一致した意見として、早急に、国会及び内閣の下に死刑制度に関する根本的な検討を任務とする公的な会議体を設置することを提言する。そして、その会議体においては、現行の死刑制度に関するあらゆる情報を集約しら制度の問題点の調査を行い、この制度の存廃や改革・改善に関する個別的な検討に基づき、法改正に直結する具体的な結論を提案すべきである。 つつ、幅広い視野かなお、死刑判決の確定後、その執行に至る手続及び執行方法との関係でも、具体的な改善の要否を検討すべき種々の問題点が存在している。そこで、前記の会議体においては、具体的な結論を出すまでの間、死刑執行を停止する立法をすることの是非、あるいは執行当局者において死刑の執行を事実上差し控えることの是非についても、これを検討課題とすべきである。 
3 個別的な検討に向けての提言 
本懇話会は、現行の死刑制度とその現在の運用の在り方には、後掲「Ⅱ.検討結果の概要」においてより詳しく指摘するように、数多くの問題があるという検討結果に至った。そこで、設置されるべき前記会議体において、以下に掲げる諸点については、とりわけ慎重かつ具体的な検討を行うことを提言したい。 
(1) 死刑廃止が国際的潮流であり(法律上又は事実上の廃止国は、国連加盟国の7割を超える)、日本政府が国連からも死刑廃止の勧告を受けている中で、死刑を存置し、かつ執行を継続していることが日本の国益を損ねている疑いがある。そのことが、国際社会における日本の人権尊重国家・民主主義国家としてのイメージを傷つけており、たとえば犯罪人引渡しを含む国際司法共助等にも影響を生じさせていないかについて検討する必要がある。 
(2) 現行の刑事手続において、死刑の選択が問題となりうる重大事件につき、有罪・無罪に関わる事実認定についての誤り及び量刑に関する誤判の可能性を排除するために、また、死刑か無期拘禁刑かの選択が問題となる事件において、被告人に有利な事情が公判に十分持ち出されない等の理由で死刑判決が下されるおそれが生じる可能性を排除するために、特別な手続的保障を制度化することの要否を検討する必要がある。 
(3) 国民の多くが死刑制度の存続をやむを得ないと考えているとすれば、その主たる理由は、殺人行為によりそのかけがえのない生命を奪われた被害者の無念さと、その遺族の果てしない悲しみに共感するからである。そこで、死刑の存廃について議論する際には、何よりも被害者遺族の想いに寄り添うことが必要であり、被害者遺族の理解を求める努力をすることが必要である。他方、被害者遺族の心情やその望むところは多様であり、被害者遺族が必ずしも死刑を求めるわけではなく、また殺人事件であっても犯人に死刑判決が言い渡されることは稀であることに鑑みれば、死刑制度の是非いかんにかかわらず、被害者遺族への支援の充実・強化を進める必要があり、被害者遺族の置かれた実情と支援の在り方について立ち入った検討を行う必要がある。 
(4) 国民は、オウム真理教事件に代表される組織的な凶悪犯罪やテロ犯罪に不安を抱いている。そうした犯罪に対し、死刑なくして対応できるのかどうか、また、死刑を廃止した上で代替刑の創設等により、国民に生じうる危険や国民のもつ不安を取り除けるのかどうか、これらの点につき検討を行う必要がある。 
(5) 死刑執行に至る現行の手続には、その間における死刑確定者の処遇上の問題、執行順序の不透明性、執行方法としての絞首の相当性、執行に当たる職員の心理的な負担や業務上の負荷等の看過できない問題がある。また、判決確定から相当長期の年月を執行の恐怖にさらされつつ死刑確定者として過ごしている人がいる現実もある。これらの問題を緩和・解消することができるかどうかについても具体的な検討が必要である。 
(6) 現行の死刑制度の運用や執行の実態、死刑確定者の処遇等に関する正確な事実の多くの部分が明らかにされておらず、明らかにされている情報も国民に行き渡ってはいない。そのような現状の下において国民の死刑制度に関する意見を的確に集約する方法について、現状の世論調査の改善の在り方を含めて、具体的に検討する必要がある。また、本懇話会が設置を提言する前記の会議体においては、たとえば国政調査権を行使するなどして、死刑制度に関する十分な情報を集め、それに基づく検討を行うべきであり、政府の側もこの要請にかなう情報提供を行うべきである。