【寄稿】アメリカの「平和的な権力移行」に期待 トランプ氏とハリス氏の演説を聞いて 花木亨・南山大教授(2024年11月11日『東京新聞』)

 
 アメリカ合衆国の大統領選挙は、通常、勝者による勝利演説と敗者による敗北演説によって締めくくられる。2024年の大統領選挙も、この慣例に従った形で幕を閉じた。
共和党大統領候補の指名受諾演説に臨むトランプ氏(2024年7月18日、米ウィスコンシン州ミルウォーキーで、鈴木龍司撮影)

共和党大統領候補の指名受諾演説に臨むトランプ氏(2024年7月18日、米ウィスコンシン州ミルウォーキーで、鈴木龍司撮影)

◆トランプ氏、選挙戦終盤に「分断を乗り越えて結束を」

 投票日の翌日未明、自分の勝利がほぼ確実になると、トランプ氏はフロリダ州エストパームビーチで支持者たちを前に勝利演説を行った。自分たちの選挙戦を「史上最も偉大な政治運動」と呼び「私たちの国を癒やそう」と聴衆に呼びかけた。
 7月の選挙集会における暗殺未遂事件を踏まえつつ、「神はアメリカを再び偉大にするために自分の命を救った」と述べていたが、不可能とも思われた大統領への再選を成し遂げた後、この言葉はかなりの説得力を持って多くのアメリカ人たちの耳に響いたと思われる。終盤では、すべてのアメリカ人たちに対して、分断を乗り越えて結束することを呼びかけていた。
2024年08月22日、米シカゴの民主党大会で、大統領候補の指名を受諾し、演説するカマラ・ハリス氏=鈴木龍司撮影

2024年08月22日、米シカゴの民主党大会で、大統領候補の指名を受諾し、演説するカマラ・ハリス氏=鈴木龍司撮影

 一方のハリス氏は、投票日の翌日の午後、首都ワシントンにある自身の母校ハワード大学で敗北演説を行った。家族や仲間や支持者たちに感謝し、自分たちの選挙戦をたたえると同時に、民主主義社会において選挙結果を受け入れることの重要性を強調していた。

◆ハリス氏、印象的だった若者へのメッセージ

 選挙には負けたが、自由、公平、人間の尊厳を追求する戦いを諦めてはいないと述べ、人工妊娠中絶を選ぶ権利や銃規制の強化などの課題を挙げた。特に印象的だったのは、自分を支持した若い人たちへの言葉だった。
 「がっかりしてもいい。でも大丈夫だ。戦い続けていれば、いつかは勝てる。あなたたちには世界をよくする力がある」
 自分自身が敗北に打ちのめされている中でハリスが発したこれらの言葉は、多くの若いアメリカ人たちを勇気づけたと思われる。
南山大 花木亨教授

南山大 花木亨教授

 そもそも大統領選挙とは、自由で開かれた議論と公正な選挙を通して、最良の政治指導者を人民が自ら選び出す仕組みである。戦いが終わったら、結果を受け入れ、一つになることが人びとに期待される。
 トランプ氏の勝利演説とハリス氏の敗北演説が対になり、前回の選挙ではかなわなかった「平和的な権力の移行」を促すことを期待したい。

 花木亨(はなき・とおる) 名古屋大経済学部卒。米オハイオ大大学院コミュニケーション研究科修了、博士。専門はコミュニケーション研究。著書に『大統領の演説と現代アメリカ社会』(大学教育出版)など。2024年度から南山大外国語学部長。