世界遺産「軍艦島」の過去と現代を結ぶ壮大ドラマ「海に眠るダイヤモンド」、脚本家・野木亜紀子が手掛ける新たな手法(2024年11月10日『Wedge(ウェッジ)』)

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軍艦島にまつわる1955年と2018年のドラマが行き来する(「海に眠るダイヤモンド」公式HPより、以下同)
 TBS日曜劇場「海に眠るダイヤモンド」(夜9時)は、世界遺産に指定されている長崎県沖の端島(通称・軍艦島)を主要な舞台として、過去と現在をつないで物語が展開する大型ドラマである。脚本家の野木亜紀子さんの傑作である。
 物語は、高度成長経済をエネルギーで支えた「黒いダイヤモンド」、つまり石炭の生産を担った端島の1955年から石油へのエネルギー革命によって、端島が閉山する70年代までを紡いでいくのだろう。
 日本を代表する野木亜紀子さんはいま、大ヒット映画「ラストマイル」の脚本を手がけている。このなかで、ドラマのヒット作である「アンナチュラル」(石原さとみ主演、2018年)と、「MIU404」(綾野剛星野源W主演、20年)の登場人物たちも謎解きに加わっている。物語の世界観を共有するシェアード・ユニバースという形式の作品である。
 「ラストマイル」は、物流企業で起きた事件を発端にしてヒロインの満島ひかりの過去が明らかになっていくサスペンスでもある。野木さんのシェアード・ユニバースの手法は、日本映画としては挑戦である。
冒頭から視聴者を引き付ける展開
 本作の「海に眠るダイヤモンド」もまた、ドラマ史に残る新たな手法がちりばめられている。端島の1955年と、2018年の東京が交互に描かれながら登場人物たちの人生が浮かびあがってくる。
 日曜劇場に関する筆者の感覚は、静謐(せいひつ)なドラマの進行のなかにときとして出現する事件によって、人生模様が描かれるのがいいと考える。このところの日曜劇場が壮大なテーマなどを扱いながらも、静謐さに欠けている印象がある。声高なセリフによって感動を呼ぼうとしても空振りに終わる。
 野木作品は、冒頭からドラマの世界に観る者を引きずり込むような展開が巧みである。2018年の東京――明け方の閑散とした路傍、ホストの玲央(れお、神木隆之介)が、店の大きな看板の自分の写真に飲みかけのプラスチックの容器を思いっきりなげつける。写真に飲み物の残りがたれるように流れ落ちる。
 薄汚れたなりをしたシニアのいづみ(宮本信子)が、その容器を拾って玲央に差し出す。そして、「わたしと結婚しないかい」と話しかけるのだった。
 翌日、いづみは玲央が務めるホストクラブにやってくる。高額のシャンパンを次々頼む。支払いを心配する玲央に新聞紙に包んだ大金を出して「これで足りるかい」と。
 いづみがかつて好きだったひとに、玲央が似ているという告白もなされる。
 翌朝、いづみは玲央に「朝ご飯を食べにいこう。ちゃんぽんを」と。執事が運転するクルマに乗って、飛行機で着いたのは長崎の中華街。ちゃんぽんを食べたあと、端島をみる観光船に誘うのだった。いずみが育った島だというのである。
現代と重なる1955年の軍艦島
 1955年の端島――玲央を演じる神木隆之介一人二役の荒木鉄平は、炭鉱夫である父・一平(國村隼)と兄・進平(斎藤工)の援助によって、長崎大学を卒業して島に戻ってくる。島外の企業で働いてもらいたかった父・一平の願いもままならず、鉄平(神木)は端島の外勤つまり勤務の手配や総務などを務める“なんでも屋”と自嘲する、仕事に就職した。
 長崎大学の同級生で島出身の百合子(土屋太鳳)と、端島に就職した古賀賢将(清水尋也)も島に戻ってくる。土屋太鳳の堂々たる芯が強く、美しいたたずまいは本作のひとつの大きな魅力である。百合子が2018年のいづみなのかどうか。ドラマの伏線になっている。
 Netflixの「今際の国のアリス」のseason1と2のヒロインでアクションの演技を手がけたのが、彼女の女優人生の転機になった。Season3が近く公開される。アクションで引き締まった身体と表情は、本作にふさわしい。
 島の職員クラブの女給の仕事を求めて、福岡の駐留軍でジャズなどを歌っていた草笛リナ(池田エライザ)がやってくる。鉱山の得意先の社長の接待の折に、その社長がリナにちょっかいを出そうとしてコップの水を顔面にかけたことから、リナは首になる。
 鉄平(神木)は、本土に帰ろうとしているリナ(池田)に声をかける。
 「人生変えたくないか? ここから人生変えたくないか?」
 このセリフは実は、路傍で酔いつぶれていたホストの玲央(神木の一人二役)に対して、いずみ(宮本信子)がかけたのと同じだった。
 野木作品の魅力のひとつに、こうした静謐(せいひつ)なセリフの数々が心を打つのである。
もつれあう恋愛関係
 第2回「スクエア ダンス」(11月3日)に至って、いづみと令央の距離は縮まっていく。
 玲央が路上で売掛金を支払わない女客と出会って、もめた末に警察官に捕まる。いづみは執事に警察に行って怜央を引き受けさせたうえに、自宅に連れてくる。朝食をともにするまでになった。
 いづみがかつて好きだったひとが、玲央と似ている話に及んで。「いづみさん、恋愛したことあるんだ。三角関係とか?」
 「恋は衝動、愛は寛容、別れは暴走」と、いづみは答える。三角関係は否定しない。
 端島は、台風の直撃を受ける。島の水は1日3回本土から運ばれてくるが、それも絶えた。本土と結んでいた電源も。
 台風が来る前、百合子(土屋太鳳)はリナ(池田エライザ)の部屋を訪れて、「スクエア ダンス」のクラブを立ち上げる相談をする。百合子が休日に長崎に遊びにいった時に、たまたま入ったダンスの講習会がヒントになった。
 リナは自分の荷物のなかから、ジャズのレコードを引っ張り出して、ハミングで曲を歌って聞かせるのだった。百合子は気に入った。
 問題は、男女の組み合わせである。島内で食堂とパン屋を営む娘の朝子(杉咲花)と、鉄平(神木)はどうか、とリナ。百合子は答える。「朝(子)ちゃんは鉄平が好きなのは誰でもわかる。でも、鉄平は鈍いから気づかない」と。
 そして、こういう「リナが鉄平と組んだらいい。そしたら、朝ちゃんは鉄平を諦める。私って、性格悪いんよ」。
「水」でつながる時代
 台風の暴風雨のなかで、リナは防波堤に近づいて、鉄平の兄・進平(斎藤工)がしばしば海を見つめているところに向かう。大きな波が襲い、進平はリナをからだごとぶちあたって守る。リナは進平を見つめる。
 進平は、かつて妻を台風の波に飲まれてしまった。まだ、その死を受け入れていない。妻が島のごみ集めとそれを捨てに来ていた、海辺でいつも遠くを見やっている。
 今回の台風の前に、リナがその理由を尋ねた。「海の地下1000mには、石炭が眠っている。海には石炭の幽霊が出る」と。
 2018年の東京――いづみの自宅で、玲央がいづみに尋ねる。「端島では水が不足していたから、水を飲むとさぞかしおいしかったでしょうね」
 「島の水なんて、塩素臭くって。こうして、浄水器を通した水がおいしいだろうね」と、いづみ。今回のエンディングでは、百合子(土屋太鳳)がひしゃくですくった水を飲むシーンで終わる。
 今年のドラマのなかでは、ベスト3位に入るのは間違いなさそうである。
田部康喜