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小学生の不登校の数が増え続けている。型にはめ込む管理型の教育現場では、少しでも「普通」から外れると「公立に合わない」「普通の学級に合わない」と「烙印」が押される……。教員たちも過酷な労働環境のもとで疲弊していく……。
いま日本の学校で何が起きているのか。注目の新刊『ルポ 学校がつまらない』では、格差の再生産のような全国の公立小学校の実態を明らかにし、あるべき教育の原点を問う。
教員の主観で内申点が左右され中学受験
写真:現代ビジネス
「もう5年生の時に味わった思いはしたくないね。そう言って受験を決めて、乗り切りました」
佐藤恵美さん(仮名)は、今でも公立学校への不信感でいっぱいだ。息子は都内の公立小学校に通っていた。5年生の時の担任(中堅の女性)が常日頃からヒステリックに児童を叱りつけたため、保護者は苦情を寄せていた。
3学期のある日、「黒板係」だった息子が板書を消し忘れると、担任が「はーっ、しょうがないわね」とため息をつき、息子が消し忘れた板書の上に重ねて文字を書きながら次の授業を始めた。そして、息子に向かって「あなたのせいで、こうなったんです。みんなに謝りなさい」と言った。温厚な性格の息子ではあるが、それまでずっとクラスの友達も担任から嫌味を言われ続けてきたため、「皆を代表して何か抵抗しなければ」と、思わず「くそばばあ」と口を滑らせてしまった。
放課後、担任から恵美さんに電話がかかり「くそばばあと言われましたが、ご家庭では、どういう教育をされているんですか」と注意を受けた。息子の友人から事の顛末を聞いていた恵美さんが反論すると、「私は、息子さんの将来のことを思って言っているんです。どうなるか分かっていますよね」と担任は怒った口調で言い放った。
その意味が分かったのは3学期の修了式に通知表を受け取った時だった。息子は常にテストで100点をとっている。それまですべて最高評価の「3」だった主要科目の成績が「2」に落とされていて、恵美さん親子は愕然とした。都立中学校を受験する場合、内申点が重視され、小学5年生の3学期と6年生の2学期の成績が入試で評価されると言われており、「それを分かっていて成績を下げたのではないか」と恵美さんは疑った。
「公立小学校で教員の質がこうならば、地元の公立中学もきっと同じだろう。そうなれば、都立高校を狙うような時には中学校で内申点を気にしなくてはならなくなる。もう、こんな理不尽な思いはしたくない」と、入試の点数だけで勝負がつく私立の中学受験を決意した。
もともと中学受験を考えてはいたが、本格的な勉強を始めるためいくつも塾を見学して、難関校の合格実績に定評のある受験塾大手に入塾した。
塾の授業は難しく、多くの子どもたちがついていけない。周囲の子は皆、塾が併設する個別指導塾の授業もとって“課金”していた。そもそも「課金」とは、オンラインゲームなどで基本サービスのほかに料金を支払って追加でサービスを利用することを指す。子どもがゲームに夢中になって課金するうちに支払いが膨らみ、多額の請求が親元に届くような社会問題が起こって流行した言葉だ。中学受験のために塾で追加の講座を申し込み塾代が膨らむ様子がゲームの課金に似ていることから、受験生を持つ親の多くが“課金”と例えている。
恵美さんも息子を個別指導塾に通わせるかどうか迷ったが、個別指導塾に通えば「塾の授業についていけない」と明かしているようなもの。それでは頑張っている息子の自尊心が傷つくだろうと、家庭教師をつけた。塾代だけでも毎月約6万円が銀行口座から引き落とされ、夏期講習の時期は月に20万円から30万円が消えていく。それに加えて家庭教師の費用もかさんでいく。
6年生の7月までは火曜、木曜、土曜に塾に通い、平日は16時半から21時まで、土曜は14時半から19時まで塾で勉強した。教科ごとに大量の宿題が出ることから、なんとかこなすため23時まで勉強する。睡眠不足で学校を休むことも、遅刻して行くこともあった。
恵美さんは学校が終わる頃を見計らって自転車で息子を迎えに行き、家でおやつを食べさせてから車で塾に送った。塾には歩いていくこともできたが、「1分も無駄にはできない。歩く時間があるなら勉強させるか、休憩させたい」と送迎し続けた。塾のない日は、学校から帰宅して16時半頃から22時過ぎまで自宅で勉強。「学校の宿題をする時間など1分もない」という状況で、恵美さんが代わりに学校の宿題を済ませた。
9月からは日曜の授業を追加。日曜は弁当を持たせ、息子は朝8時から夜8時まで塾で過ごす。年末年始は特訓を受ける。2月に入試本番を控えた1月は、学校に1日も登校せず試験対策の追い込みをかけた。家庭教師を週2~3回頼み、1日3~6時間見てもらった。そのうち、恵美さんはこう思うようになっていった。
「学校で渡される簡単なドリルをするくらいなら、塾の問題をこなしたほうがいい。学校の勉強はとっくに塾で終わっている。学校の授業は身にならないから、寝ているだけ。勉強は塾ですればいい。
塾と違って学校はレベル別に授業をしないから時間が無駄になるのです。公立は質が低い。中学受験で優秀な子が抜けていく公立中学に入ってどうするのか。公立は底辺の子を引き上げるというのかもしれないけれど、成績が上の子はどうなるんですか?」
6年生の一年間でかかった教育費は合計で約130万円。息子は志望する難関校に合格したが、受験のために費やした“教育投資”は総額500万円を超える金額に膨らんだ。
担任の主観が入ってもおかしくはない内申点。恵美さんのように「担任と相性が悪いと内申点を重視するような高校入試のために、中学生のうちから教員にこびへつらうようになってしまう」と、中学受験を決める親子は決して少なくない。
中学受験のために“教育投資”するのは、公立学校の教員不足にも起因する。教員不足のなかでは、たとえ資質が問われる教員でも教壇に立つことになる。そのなかで起こる中学受験もあるのだ。
東京など都市部には「御三家」と呼ばれる偏差値の高い名門校があり、そうした難関校を目指して受験は過熱する。都内で「御三家」と呼ばれるのは、男子中学では「開成、麻布、武蔵」の3校で、女子中学では「桜蔭、女子学院、雙葉 」の3校。神奈川県の「御三家」は、男子中学が「栄光学園、聖光学院、浅野」で、女子中学が「フェリス女学院、横浜雙葉、横浜共立学園」。「西の御三家」は、「灘(兵庫県)、ラ・サール学園(鹿児島県)、愛光(愛媛県)」となる。
そうした御三家合格の夢を見ると、“教育投資”という名の下に塾に“課金”していくことになる。
御三家でなくても、難関校を目指して「難題を解く塾」に通うことがステイタスのようにさえなり、受験のレールから降りられなくなる。前述の恵美さんの息子のように、難問を扱う塾の授業についていけず、個別指導塾や家庭教師にまで“課金”しているケースは決して少なくない。この沼に一度はまったら、なかなか抜けられない。
小林 美希(ジャーナリスト)
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