殺人罪などに問われ、公判で被告人質問に臨む須藤早貴被告(イラスト・山川昂)
「紀州のドン・ファン」と呼ばれた和歌山県田辺市の資産家、野崎幸助さん=当時(77)=に致死量の覚醒剤を飲ませて殺害したとして殺人罪などに問われた元妻、須藤早貴被告(28)の裁判員裁判は8日から被告人質問が始まった。野崎さんに突き付けた結婚の3条件、離婚を巡る対立…。淡々とではあるが、赤裸々に約3カ月間の「55歳年の差婚」の詳細を語り、ときにこれまでの証人尋問へ反論した。
ドンファンの元妻、須藤早貴被告
■初対面で100万円
上下黒色のスーツ姿で出廷した被告。被告人質問は3日間予定されており、まずは弁護側が質問した。
供述によると、北海道出身の被告は20歳で上京。芸能プロダクションにモデルとして登録した。平成29年冬に仕事で中国・北京に行った際、モデルの女性から「お金持ちの男性を紹介してあげようか」と提案された。
同年12月に野崎さんと初めて会うと、「会いに来てくれてありがとう」と帯付きの100万円を手渡された。
被告「お金をパッとくれる人でラッキー。うまく付き合っていこう」
野崎さんは、その日のうちに「結婚してください」と切り出す。被告は結婚の条件として、①田辺市で一緒に住まない②性行為はしない③毎月100万円-の3つを示した。野崎さんがそれを受け入れたため、30年2月8日に正式に結婚した。
弁護人「家族や友人に婚姻届を出すことを話したか」
被告「話してません」
弁護人「どうして」
被告「月100万円の契約みたいな結婚。愛し合ってする結婚じゃないので、わざわざ周りに言いふらすものでもない」
■密売人と接触
その「契約結婚」は順風満帆とはいかなかった。翌3月にはLINE(ライン)で「早貴を中心に世界が回っているのではないことを再確認してください」「お金をもらうんだから拘束されて仕方ないじゃないか。肌がカサカサだから生活態度を改めよ」などのメッセージが届いた。
被告「金で女を支配し、思い通りにならないと駄々をこねる。子供だなと」
弁護人「謝って許してもらおうという気持ちは」
被告「ないです」
証人として出廷した薬物の密売人は、同年4月上旬に「覚醒剤入りの封筒を被告に渡し、十数万円を受け取った」と証言。この密売人の仲間は「渡した中身は覚醒剤ではなく、偽物の氷砂糖」と一部を打ち消したものの、密売人に接触を図ったこと自体は確かだとみられていた。
被告「社長(野崎さん)に『覚醒剤でも買ってきてくれないか』と頼まれ、20万円を受け取った。真に受けずに放置していると催促されたため、密売サイトで注文した。社長に渡すと感謝していたが、渡した翌日に『使い物にならん。偽物や。もうお前には頼まん』と言われました」
証人尋問では野崎さんが経営していた会社の元従業員や、被告の前に野崎さんと婚姻関係にあった女性らが出廷。いずれも野崎さんに覚醒剤を使用する様子はなかったと断言しており、内容が分かれる形となった。
■離婚をめぐる悶着
野崎さんが被告との離婚をどれほど真剣に考えていたかも裁判のポイントとなっている。検察側は冒頭陳述で「完全犯罪で莫大(ばくだい)な遺産を得ようとした」と指摘し、野崎さんから離婚され得る状況だったことが動機の形成につながったとしていた。
これに沿うように、元従業員は「結婚後間もなく野崎さんは被告の態度に不満を示し、『離婚する』と漏らすようになった」と口をそろえていた。
こうした証言に反論するように、被告が述べたのは同年5月上旬の出来事。田辺市で同居するよう迫る野崎さんに、「一緒に住まない約束を守れないなら、もう結婚生活を続けられません。離婚します」と電話で告げたところ、「帰ってきてください」と頼まれたという。
被告の前に野崎さんと結婚していた女性は法廷で、「おはよう、おやすみの感覚で『離婚したい』という人だった」として、「話がコロコロ変わるのでコロちゃんと呼んでいた」と振り返っていた。
被告「コロちゃんはまんまだなと。それが社長の習性というか、性格なんだなと思いました」
同月中旬にも、野崎さんは知人に被告を「妻です。北海道ナンバーワンです」と紹介していたという。
被告「(証人尋問では)従業員が口をそろえて私が社長に冷たかったみたいなことを言っていますが、全然そんなことはありません」
野崎さんの異変にも言及した。同月6日に愛犬が死ぬと、「死にたい」と口にするようになったとする。
被告「最初はかまってほしくて言っているんだろうなと思いましたが、泣きながら『死にたい』と言ったこともあり、だんだん本気だなと思い始めました」
■家政婦が『救急車を呼んで』といった
野崎さんが死亡した同月24日。検察側は冒頭陳述で、覚醒剤の摂取は午後4時50分~午後8時ごろで、被告のスマートフォンの健康管理アプリにはこの間に8回、野崎さんの遺体が見つかった2階へ上がった記録があったと指摘していた。
被告「バスローブを探しに2階へ行ったことはある。日常茶飯事なので覚えていないです」
あくまでも「普通の1日」を過ごしていたとの認識をにじませる被告。午後8時過ぎに野崎さんの家政婦が帰宅した以降も1階でテレビを見るなどしていたが、午後10時半過ぎに充電器をとりに2階へ上がり、野崎さんの異変に気付いたと説明する。
被告「社長は全裸でソファに座っていた。目があいたまま、まっすぐ前を見てぼーっとしていた。不気味だったので、1階に降りて家政婦を呼んだ。家政婦が『救急車を呼んで』というので、1階にスマホを取りに行って、2階に戻って119番した」
感情の抑揚もなく、淡々と当日の様子を語った被告。弁護側の質問の途中だが時間の都合もあり、この日は閉廷した。次回公判は11日。弁護側が引き続き、野崎さんが死亡したことへの認識や関与の有無などを問うとみられる。