母親殺しの少女の無実を証明するために口紅を塗り…西田敏行さんが田舎刑事を演じた『特捜最前線』で魅せた「人情と暴走」(2024年11月8日『現代ビジネス』)

特捜最前線』における高杉の活躍
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10月17日に亡くなられた西田敏行氏、国民的俳優の76歳での死を悼み、『西遊記』『池中玄太80キロ』『釣りバカ日誌』など多くの作品が振り返られた。それらとともに根強い人気を誇ったのが、『特捜最前線』の高杉刑事である。
特捜最前線』は1977年にスタートしたテレビ朝日東映の刑事ドラマ。10年にわたって人気を博し、『太陽にほえろ!』や『西部警察』のような華やかさはないが社会派志向の幅広い作風が支持を受けた。
警視庁特命捜査課の活躍を描いた本作はエリート刑事の集団を主人公にしており、二谷英明演じる神代課長をはじめ硬派な男が勢ぞろい。そのなかで西田扮する高杉は田舎出身のバイタリティあふれる刑事であり、大滝秀治の当たり役「おやじさん」こと船村刑事とともに庶民としての異彩を放った。
本人の人気が高まるにつれて出番が減っていき、2年で惜しくもレギュラーから降板した西田敏行だが、『特捜最前線』における高杉の活躍を紹介していこう。
第7話「愛の刑事魂」
(脚本:長坂秀佳/監督:村山三男)
高利貸しが殺され、それを目撃した幼い少女が連れ去られた。両親は工場勤めの貧しい暮らしで、特命課の聞き込みに娘の写真が1枚もないことを明かす。ゆえに捜査は難航、しかも父母ともに娘が行方不明にもかかわらず仕事を続け……それらを訝しむ桜井刑事(藤岡弘、)に対し、高杉は真っ向から反論する。
「育ちのいいあんたには、わかんないかもしれませんね」
みずからも東北の子だくさん貧乏農家に生まれたことを語る高杉、福島県出身という西田敏行のパーソナリティが反映された役であり、方言の訛りを生かした熱いセリフが胸を打つ。
特命課のチームワークによって、犯人は逮捕されるが、少女は行方不明のまま。なぜか高杉も姿を消していたが、絶妙なタイミングで人懐っこい笑顔とともに再登場――「田舎刑事人情派」とでも言いたくなる真骨頂がそこにある。
この「愛の刑事魂」は、本来『特捜最前線』の立ち上げ用に作られたエピソードであり、レギュラー刑事それぞれの個性が端的に表現された。しかし「地味」という理由で7話目に回され、やがてそうした世界観こそが本作特有の持ち味となっていく。
第36話「傷痕・夜明けに叫ぶ男」
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木下忠司による音楽も『特捜最前線』の魅力。主題歌はファウスト・チリアーノ「私だけの十字架」
(脚本:長坂秀佳/監督:松尾昭典)
「愛の刑事魂」を手がけた『特捜最前線』のメインライター・長坂秀佳が、西田敏行のコメディセンスを生かしたエピソード。
自称社長の陽気な嘘つきホームレス「仙さん」と知り合った高杉刑事、仙さんは代議士の伊勢原による殺人を目撃していたが、何度も証言の辻褄が合わず、高杉は窮地に追い込まれる。
虚偽を繰り返して「なにか」を伏せながら、殺しを目にしたことは事実らしい仙さん。息子家族からも絶縁された老ホームレスに高杉は、みずからの亡き父を重ねてゆく……。
まさに西田敏行オンステージ。ふっくら顔で泣いて笑って暴走し、
「俺はね、人間ですよ!鬼じゃないんです!だから鬼の下で働くなんてまっぴらなんだ!」
と、神代課長にも感情をぶちまける。やせっぽちの仙さんを演じる加藤嘉は映画『砂の器』の本浦千代吉役など、「にっぽんのおじいちゃん」ともいうべき存在であり、その人懐っこさは西田に負けていない。
現場たたき上げの脚本家・長坂は
「西田に自分を投影したから、親父の話になったんだ。親父を描く、というのがオレの生涯のテーマだからね」
と後年、自伝的著書『長坂秀佳術』で語っており、西田もまた本エピソードが大好きだったという。倒叙ミステリとしての工夫も抜群、なおサブタイトルの「夜明けに叫ぶ男」はオープニングで高杉に冠させた紹介ナレーションである。
第54話「ナーンチャッテおじさんがいた!」
(脚本:長坂秀佳/監督:天野利彦)
電車での迷惑行為を注意した勇気あるサラリーマンが、チンピラ三人組に夜道で撲殺された。捜査のため、幼い遺児のため、目撃者を探す高杉刑事は車内で「ベロ出しおじさん」と呼ばれる初老の男(今福将雄)と出会う。
そのおじさんもまた、電車での迷惑行為を次々と指摘。相手に怒鳴られるや大げさに泣いて狼狽させ、そしてベロを出して周囲を笑わせるという奇行を繰り返していた。そんな裏には、哀しき過去が……。
当時の都市伝説「なんちゃっておじさん」をきっかけにした脚本であり、都会における他人への無関心をめぐって特命課のなかでもディスカッションが発生。人情たっぷり熱い高杉の主張に対し、冷静な反論が出てくるのも見どころだ。
さらに「ベロ出しおじさん」に続いて、サブタイトルの「ナーンチャッテおじさん」が驚くべきかたちで登場する。後年、映画『アウトレイジ』のヤクザ役で「怖さ」を示した西田敏行だが、本エピソードにおける犯人逮捕のキレっぷりも相当なもので、連ドラ初主演作『池中玄太80キロ』の勢いを予感させてくれる。
長坂秀佳×天野利彦、『特捜最前線』を代表する脚本家と監督が初めて組んだ回であり、エモーショナルなショットの積み重ねによる天野演出が炸裂。京成線と都電荒川線をロケ地に、行き交う電車をギュッと凝縮して捉えた望遠ショットが頻出する。いまや失われた「昭和」の風景も『特捜最前線』の名物だ。
第105話「さようなら、高杉刑事!」
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(脚本:長坂秀佳/監督:天野利彦)
西田敏行の『特捜最前線』ラスト回。
母親殺しを自白した少女(森下愛子)の無実を証明するため、高杉による孤立無援の奮闘が描かれる。少女を化粧品店に連行し、みずから口紅を差し、アイシャドウを塗りたくりながら説教するシーンは、おかしみと迫力が相まって本エピソードの白眉だ。
少女が目撃してしまった母親の「行為」をめぐる謎解きも見事で、のちに小説『浅草エノケン一座の嵐』で江戸川乱歩賞を受賞する長坂秀佳の手つきはあざやか。所轄署への栄転が決まった高杉だが、特命課での別れも「泣き」ではなく「笑い」で締めくくり、ゆえに見るものの涙をさそう。
レギュラー降板にあたっては殉職案もあったが、西田の「いつでも戻ってこられるように」という意向で転属に。その言葉どおり、5年後の第351話「津上刑事の遺言」において高杉は再登場し、ファンを沸かせた。多くは語らないが、これまた『特捜最前線』屈指の傑作回であり、ぜひご覧いただきたい。
ここまで紹介した4エピソードはすべてDVD化されており、2024年10月現在Amazon Prime Videoの東映オンデマンドでも配信中だ。そのほか、塙五郎脚本の「緊急手配・悪女からのリクエスト!」「記憶のない毒殺魔!」も高杉メイン回として見ごたえがあり、来春からはデアゴスティーニによる『特捜最前線DVDマガジンの全国販売が予定されている。
愛と死と憎悪が渦巻くメカニカルタウン――この機会に特命課の活躍を見てみてはいかがだろうか。さようなら、そしてありがとう、高杉刑事!
高鳥 都(ライター)