10月27日に投開票された衆院選では、自民・公明の与党が過半数割れに追い込まれた。ジャーナリストの宮原健太さんは「自民党執行部に対する責任論が党内からも噴出している。石破茂首相には、それでも十分な責任を取れない深刻な事情がある」という――。
絶体絶命の石破政権…立て直しに期待の声があがったのは「この人」
■「幹事長すら辞めないのはおかしい」
一体なぜなのか。
その背景には、執行部が十分な責任を取れないほどギリギリの政権運営を強いられているという事情があった。
「未曽有の惨敗という結果を残しながら、幹事長すら辞めないのはおかしい」
「石破首相が辞めるのは、9月に実施した自民党総裁選をまたやらなければならなくなるほか、日本のトップが短期間で交代することになるため難しい面もある。ただ、その場合は党務を仕切っている森山幹事長が責任を取って辞任するのが筋のはずだ」(自民党の元議員)
■自民党本部による「2000万円支給問題」
自民党内からこれほどの怒りの声があがっているのは、単に選挙で惨敗したからだけではない。
選挙戦の最終局面で、野党候補に競り負ける要因を作ったのが、まさに自民党執行部であると考えられているためだ。
その要因というのが、裏金非公認議員への2000万円支給問題である。
石破首相や森山幹事長は「各選挙区における自民党の政策のアピールや、比例票の掘り起こしのためで、非公認議員に配ったわけではない」と弁明したが、2000万円という金額が、公認候補のいる選挙区に配られる公認料500万円と活動費1500万円を足し合わせたものと完全に一致したため、公認料が含まれるような大金の支給に野党からは「ステルス公認」「偽装非公認」という批判が飛び交った。
この問題が選挙戦に大きな変化を与えたのである。
■選挙戦中盤は自民候補の「支持率↑」だったが…
大手マスコミ関係者は語る。
「期日前投票の出口調査の数字が報道翌日の24日から野党優勢、与党劣勢に大きく変わっていった。それまでは与党が強かったような選挙区でも、野党の得票が急激に伸びていき、接戦の選挙区は次々と与党が苦戦する方向に動いた。そのため、投開票日前日の段階で、与党で過半数維持は絶望的という見方がマスコミの間で強くなっていた」
実際に、自民党が衆院選前から独自に実施していた情勢調査によると、もともと裏金問題による逆風で劣勢だった候補も、選挙戦の中盤では陣営の引き締めによって支持率を上げていた。しかし、そこから終盤にかけて一気に支持を下げて落選してしまっている。
例えば、東京都内の選挙区で戦った大物の裏金議員である丸川珠代氏や下村博文氏(下村氏は非公認)は、自民党が衆院選公示直前の10月11日から13日にかけて実施した情勢調査では立憲民主党の候補に大きく引き離されていたが、選挙戦の序盤から中盤である16日から20日の調査では、丸川氏は立憲候補と支持率1%未満の差まで詰め寄り、下村氏はわずかに競り勝つ結果となっていた。
■党内から不満噴出でも、森山裕幹事長は続投
しかし、選挙結果は2人とも落選。
それどころか、投票を締め切った20時の開票率0%の時点で、出口調査の結果から大差がついて落選が確実となって速報される「ゼロ打ち」となり、誰よりも早く議員の座を降りることが決まってしまった。
「大臣を経験した大物の裏金議員が選挙戦で苦戦を強いられているという報道が選挙序盤からなされたため、選挙戦中盤では自民党支持者の危機感も働いて盛り返しを見せていたが、それらは2000万円問題で崩れ去ってしまった。大阪府内の選挙区でも自民党や公明党の候補が、日本維新の会の候補を相手に接戦や巻き返しを見せているところがあったが、蓋を開けてみれば、全選挙区を維新に取られる結果となった」(大手マスコミ関係者)
「2000万円問題」は自民大敗の戦犯とも言えるわけだが、この大金支給を決めたのは、他でもない森山幹事長だ。
そのため、党内からは森山氏の責任を問う声が相次いでいるわけだが、結局、幹事長は交代せずに、そのまま政権を支える方針だ。
なぜ党内の反発を圧してまで、幹事長は続投することになったのか。
その最大の理由には、与党が過半数割れしたため、国会運営のために野党の協力を得なければならなくなってしまったという事情がある。
■永田町に出回った「高市早苗幹事長説」
もともと、今回の選挙では、裏金問題の逆風による自民党の大敗が予想されていただけに、幹事長交代説は選挙期間中から永田町に出回っていた。
永田町関係者は「一時は総裁選で石破氏と接戦を繰り広げた高市早苗氏を幹事長にする案もあがっていた。高市氏を自民党ナンバー2にすれば、石破首相になって離反してしまった保守層を引き戻せるだけでなく、不満を抱えた保守系議員が高市氏を中心にまとまって『石破降ろし』を進めるのを防ぐことができるという狙いもあった」という。
しかし、選挙結果は自民党が過半数を割るだけでなく、公明を足しても過半数に届かないという予想以上の大敗となり、泥船で壊滅寸前の石破政権を支えるのは高市氏にとってもメリットよりもデメリットが大きい状態に。
■「森山氏の交渉力」に頼らざるをえない
また、一部野党の賛成を得なければ法案も予算案も衆議院で通すことができなくなったため、森山氏の力に頼らざるをえなくなってしまった。
その交渉力がなければ、これから迎える荒波の国会を乗り切ることができないと石破首相も考えており、選挙結果の責任論よりも、森山氏の続投起用が優先されたと言えるだろう。
そんな、石破・森山体制で迎える国会はどうなっていくのか。
■自民党政権の続けるための「ギリギリのライン」
今回の選挙結果は、自民党政権を続けることができるギリギリのラインだったと言える。
2022年度の当初予算案には、野党でありながら賛成したという異例の経歴もある。
年間予算である当初予算案は、政府の1年間の政策を数字で表したものでもあるため、国民民主が賛成したことには「政府への白紙委任で野党としての責任放棄」「与党入りしたいと捉えられても仕方ない」という批判が立憲だけでなく、維新からも飛んだ。
結局、トリガー条項の凍結解除は行われなかったため、翌2023年度の予算案には国民民主党は反対したが、その後、同党で参院議員をしていた矢田稚子氏が総理大臣を支える首相補佐官に起用されるなど、自民からのアプローチは続いている。
■国民民主党が仕掛ける「攻勢」
自民党関係者は語る。
「もし、自民と公明に国民民主の議席を足しても過半数に届かない結果になっていたら、石破政権は崩壊して政界再編が起きていたかもしれない。ただ、これまで当初予算案に賛成した過去もある国民民主を引き込めば過半数が得られるという見込みができたことにより、石破首相は首の皮一枚つながったと言える」
しかし、国民民主党も躍進で勢いづいているだけに、石破政権にさまざまな攻勢を仕掛けている。
すでに「年収103万円の壁」や「トリガー条項凍結解除」が議題に上がっているが、そうした要求を受けながら政権や国会を運営していくのは至難の業でもある。
また、もし閣僚のスキャンダルなどが出れば、石破政権に協力すること自体にマイナスイメージがつきかねない。
そして、党内からの不満も噴出しているため、場合によっては中から刺されることもあるだろう。
まさに内憂外患の石破政権。
前途多難な中で国益のために日本を引っ張っていくことができるのかが、まさに問われている。
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宮原 健太(みやはら・けんた)
ジャーナリスト
1992年生まれ。2015年に東京大学を卒業し、毎日新聞社に入社。宮崎、福岡で事件記者をした後、政治部で官邸や国会、政党や省庁などを取材。自民党の安倍晋三首相や立憲民主党の枝野幸男代表の番記者などを務めた。2023年に独立してフリーで活動。YouTubeチャンネル「記者VTuberブンヤ新太」ではバーチャルYouTuberとしてニュースに関する配信もしている。取材過程に参加してもらうオンラインサロンのような新しい報道を実践している。