フロリダ・ウェストパームビーチでの集会に登場したトランプ前大統領(左)と副大統領候補のバンス氏=6日、AP
選挙戦最終盤に激戦州フィラデルフィアで演説するハリス副大統領=4日、AP
トランプ氏再選 「米国第一」と日本 国際協調守り抜く外交を(2024年11月16日『毎日新聞』-「社説」)
1期目は、国内で「1強」状態だった安倍晋三元首相が、個人的なつながりを強めて良好な関係を構築した。一方、第2次石破茂内閣は少数与党での不安定な船出となった。対米交渉で主導権を握られないためには、したたかな外交戦略が必要となる。
防衛・通商で増す圧力
米国の政権が代わっても、日米同盟が外交の基軸であることは変わらない。
岸田文雄前政権は対露制裁やウクライナ支援で米国と足並みをそろえた。「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」と訴え、アジア太平洋地域に米国が関与し続けるよう促した。同時に、防衛関連予算を2027年度に国内総生産(GDP)比2%まで引き上げることも決めた。
トランプ氏は、同盟国は応分の負担をすべきだと主張しており、防衛費のさらなる増額を求めてくる可能性がある。北大西洋条約機構(NATO)の加盟国には、国防費をGDP比3%に引き上げるよう求めている。米国だけが世界で過重な役割を担っているとの不満があるためだ。
日本は在日米軍駐留経費の一部を肩代わりする「思いやり予算」として年間2000億円程度を拠出している。1期目で大統領補佐官を務めたボルトン氏は、現行の4倍強に当たる約8400億円まで増やすよう求めたと著書で明らかにした。改めて増額要求を突き付けてくることも想定される。
東アジアの安全保障環境は厳しさを増している。軍事大国化する中国は南・東シナ海で海洋進出を続け、北朝鮮は核・ミサイルの開発を加速する。ウクライナに侵攻するロシアは、北朝鮮と事実上の軍事同盟を結んでいる。
3カ国と向き合う日本は、地政学的に極めて重要な位置にある。石破首相は、米国のアジア戦略の観点からも連携強化が必要との認識を両国間で共有すべきだ。
トランプ氏は全ての国に10~20%の関税を課すと表明しており、通商でもあつれきが増しそうだ。1期目には、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)から離脱する一方、日本に2国間協定の締結を迫った。日本車への追加関税をちらつかせ、米国産牛肉や豚肉への対日輸出関税引き下げという譲歩を引き出した。日本にとってメリットが少ない内容だった。国益を損なうような取引が繰り返されることは避けなければならない。
同志国との連携が鍵に
日本は安倍政権以来、法の支配を重視する「自由で開かれたインド太平洋」を提唱し、外交の柱に据えてきた。首脳級会合が定例化した日米韓や日米豪印の協力枠組み「クアッド」など、同盟国同士が連携する仕組みの重要性は高まっている。
自由や民主主義などの価値観を共有する韓国、オーストラリアなどの同志国や、主要7カ国(G7)の構成国などと足並みをそろえ、米国を多国間枠組みにつなぎとめることが肝要だ。
日本は長期的な視野で、今後に備えなければならない。
米国がTPPを脱退した後、11カ国が参加するTPP11の発効を主導し、自由貿易の枠組みを維持したことは大きな成果だった。
国際的なパワーバランスが変化する中で、これまでのような米国頼みの外交では立ち行かなくなる。アジアの地域対話を促し、平和と安定の実現につなげるための主体的な外交こそが、日本には求められている。
「あなたの音楽は…(2024年11月16日『毎日新聞』-「余録」)
パリのコンサートのリハーサルでフランス国立管弦楽団を指揮するクインシー・ジョーンズさん=2000年7月4日、 AP
オバマ大統領(右)から2010年国家芸術勲章を受けるクインシー・ジョーンズさん=2011年3月2日、AP
「あなたの音楽は、あなたという人間以上のものになることもそれ以下になることも決してありません」。91歳で亡くなった米ポップス界の巨人、クインシー・ジョーンズさんが「生涯に受けた最高のアドバイス」という
▲スラム育ちの黒人音楽家は米国務省が海外に派遣したジャズバンドに参加して「史上最高の音楽教師」の名声を聞いた。白人と黒人の分離教育を違憲とした1954年の米最高裁判決を受け、黒人の地位向上をPRする文化事業だったという
▲助言を受け「人間として努力し始めた」と語っている。作曲や編曲に加え、レコード会社経営やプロデューサーの仕事に携わり人生経験を広げた。同時に怒りの感情を封じ込めようと考えたという
▲トランプ前米大統領を「誇大妄想狂」と批判した後には「人種差別や不平等、同性愛嫌悪、貧困などへの真のメッセージを悪口が台無しにした」と悔やんだ。復活を見ることはなかったが、エゴ丸出しのような次期政権の人事を知っても感情を抑えられただろうか。
トランプ氏再選 岐路の温暖化対策 パリ協定離脱は禍根残す(2024年11月15日『毎日新聞』-「社説」)
熱波や豪雨、森林火災など地球温暖化に起因する深刻な自然災害が各国を襲っている。どの国も被害を免れることはできず、国際協調の歩みにブレーキをかけてはならない。
温暖化対策に消極的なトランプ前米大統領が復権する。2017年からの1期目に、温室効果ガスの排出を削減する国際ルール「パリ協定」から離脱した経緯がある。米国はバイデン政権下で復帰したものの、選挙公約には再離脱の方針が盛り込まれている。
国際的な温暖化対策が大きく後退しかねない。各国は連携して翻意を促さなければならない。
今年の世界の平均気温は、観測史上最高だった昨年を上回り、最も暑い1年になる見通しだ。産業革命前からの気温上昇幅を1・5度以内に抑えるという目標は風前のともしびとなっている。
削減機運が失速の恐れ
気候変動対策のための資金支援額
11日にアゼルバイジャンで開幕した国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)では、この危機的状況からどう脱するのか、各国の姿勢が問われている。
最大の焦点は、先進国による途上国支援の増額である。現状は年1000億ドル(約15兆円)だが、途上国は、甚大化する被害の軽減や温室効果ガスの排出削減には、年1兆ドル以上が必要だと主張している。
しかし、日米欧は上積みに慎重な姿勢を示す。米国に次ぐ経済大国で、最大の排出国となった中国など新興国にも負担するよう求めている。
トランプ氏の再登板によって、資金増額の機運がしぼむ可能性がある。支援強化をあてに排出削減に取り組もうとしていた途上国の意欲もそがれかねない。
来年1月に就任するトランプ氏がパリ協定からの再離脱を表明すれば、世界的な排出削減に向けて新興国の協力を取り付けることがより難しくなる。
影響は離脱期間が実質3カ月だった1期目より深刻だ。今回は大統領の任期が切れる29年までの長期に及ぶことになるからだ。
トランプ氏は自国の石油・ガス産業を重視し、「掘って、掘って、掘りまくれ」と化石燃料の増産を訴えている。1期目には過去の環境規制をほごにするなど温暖化対策を後回しにした。
バイデン政権下で脱炭素投資を促す「インフレ抑制法(IRA)」が成立したが、それも見直すとみられている。
しかし、排出削減は世界の潮流である。
米国では、カリフォルニア州が電気自動車(EV)の導入を促進するなど各州が独自の環境対策を進め、企業に変革を促してきた。
こうした動きを後押しすることこそが連邦政府の本来の役割のはずだ。産業競争力の強化という観点からもメリットは大きい。
国際協調が試される時
温暖化交渉の鍵を握る米国は長年、政権交代のたびに方針を変更し、国際社会を翻弄(ほんろう)してきた。
クリントン政権は、先進国に初めて温室効果ガスの排出削減を義務づけた京都議定書の採択に弾みをつけた。ところが、次のブッシュ政権は一転して「国際競争力の低下」を理由に参加を取りやめ、議定書の発効が遅れた。
オバマ政権は中国と歩調を合わせてパリ協定を批准した。世界の排出量の4割超を占める両国の決断は早期発効に道を開いた。
すべての国・地域が温暖化対策に取り組むことを求めたのが、パリ協定である。短期的利益を追求する一国の都合で空洞化するようなことがあってはならない。
国連環境計画(UNEP)は、このままでは今世紀末までの気温上昇幅が3・1度に達すると予測する。国連のグテレス事務総長はCOP29の首脳級会合で「もう時間がない。温暖化対策は選択肢ではなく責務だ」と訴えた。
求められているのは世界全体で気候危機を乗り越えるという共助の精神だ。今こそ、国際社会の結束が試されている。
トリプル(2024年11月15日『高知新聞』-「小社会」)
三つ(トリプル)の感染症の同時流行を指す。国内はいま、その難儀な兆候にあるという。新型コロナにインフルエンザ、マイコプラズマ肺炎。いまの時季は気温の変化が大きく、体力を奪われやすい。感染症には十分警戒したい。
同じトリプルでもこちらは日本人にとって朗報だろう。米大リーグ、ドジャースの大谷翔平選手の記録。史上初の「50本塁打、50盗塁」のほか、打率3割、30本塁打、30盗塁と3が三つ並んだ「トリプルスリー」も達成した。
日本人選手では初という。打率3割以上は今季のメジャー全体でも7人しかおらず先月、本紙は快挙をこう伝えている。「長打に主眼を置く近年の大リーグにおいて、高い打率を残すことの困難さを物語る」
ロシアのプーチン大統領やイスラエルのネタニヤフ首相ら周辺に軍事侵攻している国の指導者とも精力的に対話しているが、トランプ氏はこれまで両氏寄りの発言を繰り返しており、トランプ氏率いる米国が、侵攻の拡大を容認することがないよう注視したい。
米報道によるとトランプ氏は7日、プーチン氏と電話会談し、ウクライナとの紛争を拡大しないよう求めたとされる。ロシア側は会談を否定するが、米ロの対話自体は没交渉だったバイデン政権に比べれば一歩前進かもしれない。
ただトランプ氏は、2022年にウクライナ侵攻に踏み切ったプーチン氏を「天才的」と称賛するなど、プーチン氏寄りの立場を隠さない。14年のクリミア半島併合も容認する。旧ソ連時代から世界を二分する軍事大国として対立してきた米国大統領としては、ロシアへの追従ぶりは異例だ。
侵攻を受けるウクライナへの支援継続には慎重で、支援の必要性を訴えるポンペオ前国務長官を新政権では起用しない考えを表明。ウクライナのゼレンスキー大統領とも電話会談したが、ウクライナ側は、トランプ氏が領土の割譲などロシア寄りの和平案を示すことを警戒している。
トランプ氏が米国の立場を一転させれば、軍事侵攻したロシアを利する。周辺への圧力を強める中国などの覇権主義も助長する、あしき前例となるだろう。
トランプ氏再選 米中関係と世界 危機管理する責任自覚を(2024年11月13日『毎日新聞』-「社説」)
「米国第一」を掲げるトランプ前大統領が返り咲きを決め、中国との対立激化が懸念されている。世界の混乱を招くような事態は避けるべきだ。
トランプ氏は、中国からの輸入品に一律60%の関税を課すと表明している。1期目は最大25%の関税をかけていた。実際に発動された場合、中国も報復関税で応じるのは必至だ。
再び貿易戦争に突入すれば、不動産不況に苦しむ中国経済への影響は甚大なものとなる。習近平国家主席がトランプ氏への祝電で「協力すれば双方の利益となり、戦えばいずれも傷つく」と訴えたのも、関税の「武器化」をけん制する思惑がにじむ。
米国も無傷ではいられない。高関税は輸入品の価格を上昇させ、インフレ再燃につながる可能性もある。トランプ氏には慎重な対応が求められる。
今年10月に台湾を取り囲むように実施した中国軍の大規模な演習で艦載機を発進させる空母「遼寧」。中国軍が映像を公開した=ロイター
台湾巡る発言に懸念も
トランプ氏が中国と向き合う姿勢から透けて見えるのは、自国の経済や産業を守るためなら国際ルールや他国との協調を犠牲にすることもいとわない外交戦略だ。
民主主義や法の支配といった価値観を重視し、同盟国との協力を強化してきたバイデン政権の路線を転換するものと言える。
だが、実利偏重の外交は、同盟国との結束に亀裂を生み、権威主義国家に付け入る隙(すき)を与える。地域や世界の安定が脅かされる恐れがある。
注視されるのは、台湾問題への対応だ。トランプ氏は選挙期間中に米メディアのインタビューで、「(中国が)台湾に手を出せば、150~200%の関税をかけると通告する」と語った。関税で中国の武力行使を抑止できるとの考えを示したものだ。
「台湾は米国から半導体ビジネスを奪った」「我々に防衛費を支払うべきだ」と発言したこともある。台湾を民主主義陣営のパートナーと位置づけ、強力な支援をアピールしてきたバイデン政権との違いが際立っている。
一連の発言は、米国が台湾問題に深入りしないとの誤ったメッセージを中国に送る危うさがある。
台湾では、中国が武力を行使しても米国が軍事介入しないのではないかと危惧する「疑米論」がくすぶっている。トランプ氏はロシアが侵攻するウクライナへの支援継続に後ろ向きとされ、こうした傾向に拍車がかかりかねない。
米国と連携し、中国の圧力に屈しない姿勢を示してきた民進党の頼清徳政権には逆風となり、支持基盤が揺らぐこともあり得る。
中国が台湾に対して実力行使するような事態になれば、東アジアの安全保障環境は一変する。生産拠点が集中する先端半導体の供給はストップし、世界経済も大打撃を受ける。トランプ氏は台湾の戦略的な重要性を認識すべきだ。
試される多国間枠組み
民主主義などの価値観を重視する外交戦略が転換されれば、その影響は台湾問題にとどまらない。
気候変動対策や核兵器の軍備管理といった米中の取り組みが鍵を握るテーマについて協議が停滞し、世界に影響を及ぼしそうだ。
バイデン政権は危機管理のために中国との対話を進める一方、同盟や多国間枠組みを通じて対中包囲網形成に力を入れてきた。
トランプ氏は2国間交渉を重視し、「ディール(取引)」に走る可能性がある。対中外交でもそうした手法を用いるようであれば、多国間枠組みの存在意義は低下し、同盟国の利益も損なわれる。
「力による現状変更」も辞さない権威主義国家の振る舞いに米国が目をつむり、民主主義陣営のリーダーとしての役割を放棄すれば、同盟国からの信頼は失墜する。
戦後の国際秩序は米国にも恩恵をもたらしてきた。その基盤がこれ以上揺らぐことがないよう、トランプ氏は責任を自覚して対中外交を進めるべきだ。
米国の保護主義 「トランプ関税策」を憂慮する(2024年11月13日『読売新聞』-「社説」)
何が米国の利益になるかを熟慮し、独善的な関税策を自制するよう期待する。
トランプ氏が大統領選で公約したのが、海外からの輸入品に高い関税を課し、自国内の産業を守る政策だ。全ての輸入品に一律10~20%、中国に対しては一律60%の関税を課すという。
米国が一方的に関税を課せば、中国や欧州などが報復し、貿易戦争の再燃は避けられなくなる。
世界経済は、モノやサービスの自由な貿易を推進することで発展してきた。世界最大の経済大国である米国は、自由貿易を支える中心だったはずだ。
だが、保護主義的な政策は十分な雇用を生み出さないどころか、かえってインフレを再燃させる。これではトランプ氏の支持者を落胆させるだけではないか。何が国益になるのか、現実的な視点に立ち、政策を進めていくべきだ。
日本経済にとっては、自動車産業への影響が心配だ。米国は年約150万台を輸出する最大の輸出先で、高関税が課されれば価格競争力が著しく低下しかねない。
2国間のディール(取引)を重視するトランプ氏は、関税をてこに、米国内での生産拡大などを迫ってくると想定される。
日本政府はこうした貢献を粘り強く訴えていくことが重要だ。
トランプ氏が、多国間の枠組みを軽視する姿勢も懸念される。1期目に環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱し、バイデン政権が推進したインド太平洋経済枠組み(IPEF)にも否定的だ。
米国が最も警戒する相手は中国であろう。日本は欧州などと連携し、不公正な貿易慣行の是正を迫るには、多国間の枠組みこそが有効だと訴えていってほしい。
超大国の独善的な行動が世界経済を混乱させ、人々の暮らしを苦しめる。そんな事態に陥るリスクが高まったことを深く憂慮する。
武器とするのは「辞書で最も美しい言葉」と公言する関税である。同盟関係にある日本や欧州も含めた全ての国に10~20%、脅威とみなす中国には60%もの税率を課す方針を表明している。政権1期目の対中関税が最大で25%だったのに比べると格段に高い。
対中関税は60%の意向
実行に移せば、米国の平均関税率は現在の3%程度から17%台に跳ね上がると試算されている。世界恐慌に襲われた1930年代以来の高水準となる。当時は各国が他国の製品を締め出そうと高関税をかけ合った。対立が深まり、第二次大戦の引き金にもなった。
最も懸念されるのは、大国同士の貿易戦争に突入することだ。
1期目も中国や欧州が対抗し、高関税の応酬が繰り広げられた。景気の先行きが不安視され、世界的な株安を引き起こした。
今回は、トランプ氏が一段と強硬になっているため、報復合戦が激化する可能性がある。国際的な製品供給網(サプライチェーン)が寸断され、貿易量が大幅に減りかねない。世界に及ぼす影響は極めて大きい。
国際通貨基金(IMF)は、世界経済の成長率が、好不況の分かれ目とされる3%を大きく下回る水準まで悪化すると予測する。ゲオルギエワ専務理事は「低成長が続けば、途上国の貧困増加など格差を広げる」と警鐘を鳴らす。
米国のインフレを再燃させる恐れもある。高関税を課すと、輸入品の価格が上昇するためだ。
米国の金利が上昇してドルが買われると、円などドル以外の通貨が安くなり、物価高が各国に広がる。最も打撃を受けるのは所得の低い人たちである。
世界経済を支えてきた多国間の枠組みも揺らぎそうだ。
主要7カ国(G7)や主要20カ国・地域(G20)の首脳会議(サミット)は貿易などの政策で足並みをそろえる場となってきた。
だがトランプ氏は国際協調を軽視し、サミットで各国と衝突を繰り返した。2国間交渉のように、強大な経済力や軍事力をバックに高関税をちらつかせて相手を威圧し、自らに有利な条件を引き出す手法が使えないからだ。
ウクライナと中東の戦争で国際社会の分断が深まっている。世界経済のリスクは多く、安定化には各国の連携が欠かせない。
米国は超大国として協調を主導する立場にある。その役割をないがしろにして、分断を深刻化させるようでは、あまりに無責任だ。
独善は米国益も損なう
トランプ氏の勝因は、米国経済を支えた自動車や鉄鋼などの工場が集中する激戦州を制したことである。安い中国製品などに押されて衰退し、「ラストベルト(さびついた工業地帯)」と呼ばれる地域が多い。
大統領選では「多くの職が中国などに流出した。全て取り戻す」と強調し、低賃金の労働者らに高関税政策をアピールした。
だが1期目に中国や日本の鉄鋼製品に高関税をかけたにもかかわらず、USスチールは業績低迷から抜け出せず、会社側は日本製鉄に身売りする方針を決めた。
関税に守られて、高コスト体質が温存されたためだ。トランプ氏は売却に反対しているが、自らの対応に問題があったことを認識する必要がある。
米国経済が発展したのは、戦前の保護主義への反省を踏まえ、世界の自由な貿易や投資を活発化させてきたからだ。独りよがりの政策では展望は開けない。
「米国第一」の経済政策に危うさが目立つ(2024年11月9日『日本経済新聞』-「社説」)
米大統領選で勝利を確実にしたトランプ前大統領は「米国第一」を再び掲げ、大規模な経済対策を公約した。高関税を筆頭に、物価高の再燃や財政悪化といった副作用が懸念されるものも多い。
有権者の不満を票に結びつける狙いからか、1期目よりも内向き姿勢が強まり、危うさも目立つ。国際社会は、とくに排他的な貿易政策が世界を混乱に陥れぬよう動向を注視し、対応すべきだ。
9月に利下げに転じた米連邦準備理事会(FRB)も金融政策運営のかじ取りは難しさを増す。7日の米連邦公開市場委員会(FOMC)では9月の前回会合に続き利下げを決めた。引き下げ幅は0.25%と、4年半ぶりの利下げだった前回の半分にした。
物価や雇用の安定に向けて独立性が担保されたFRBを自由に操ろうとする試みは許されない。自らの政策には物価高を通じてドル高や金利上昇に結びつきやすい要素が多いにもかかわらず、逆行するようにドル安や金利低下を望むというのも矛盾している。
高関税政策は米国への輸入品の値上がりを招き、米消費者の負担は高まる。せっかく収まり始めた物価高が再燃する心配がある。
米株式市場ではトランプ氏の当選が濃厚になったのを受け、経済政策の実現可能性が高まったとの見方も手伝い、株買いが勢いづいた。短期的な効果を巡る期待と、長い目でみて経済や市場をめぐる環境が改善するかどうかは別だ。冷静な視線が必要だろう。
米新政権と基地 沖縄の負担増許されぬ(2024年11月9日『沖縄タイムス』-「社説」)
世界最強の軍事力を持つ米国の大統領にトランプ氏が復帰することで、沖縄の基地問題にどのような変化が生じるのか。
新政権の安全保障政策はまだ示されていないが、日本に対して軍備増強や防衛費増額を求める可能性が高いといわれる。
それが、沖縄の負担増に結び付く懸念がある。
トランプ政権は1期目の2019年、在日米軍駐留費の日本側負担(思いやり予算)について、4倍の大幅増を求めた。バイデン政権に替わり、微増で決着したものの、トランプ氏の再任後には27年度以降の負担を巡る交渉が始まる。
中国の軍備増強のスピードに対抗するため、日本も防衛力増強のスピードを加速するべきだと、次期政権入りに名前が挙がる側近は指摘している。
トランプ氏は「米国第一」を掲げ、安全保障においても2国間のディール(取引)を重視した対応を取るだろう。中国からの輸入品には関税を60%課すと主張、東アジアに新たな緊張をもたらす可能性がある。
米中対立がさらにエスカレートすれば、沖縄の基地機能が強化されかねない。中国などの弾道ミサイルの技術の発達で沖縄への基地の集中が脆弱(ぜいじゃく)化をもたらしている。県外へ分散し、危険性と過重な基地負担軽減の議論こそ始めるべきだ。
■ ■
日本の外交戦略と日米関係の在り方が問われる。
石破茂首相は、緊張が高まる東アジアや世界全体の平和と安定に向け、慎重なかじ取りが求められる。
同時に、石破首相が意欲を示す日米地位協定改定も、沖縄側の考えを聞いた上で、取り組んでもらいたい。米軍基地と隣り合わせに住民が生活する沖縄では、米軍人らの犯罪や事故、環境問題は生活に直結する人権問題でもあるからだ。
■ ■
沖縄は戦後一貫して米国のアジア戦略を最前線で担い続けた。しかし「敵意に囲まれた基地は機能しない」。負担軽減は日米共通の認識であり、トランプ氏の剛腕で今こそ実現するべきた。
戦争を起こさない、起こさせないために何ができるか。米国は抑止力を増強するしかないという考えで、日本もこれに同調し、評価する国民が増えているのも確かだ。だが、軍拡競争を招くのは極めて危険である。抑止力は「対話による外交」が機能して初めて効果を発揮する。首脳同士の対話の窓口は常に開けておくべきである。
親密な同盟国を自任する日本はトランプ政権にくみするのか、距離を置くのか。民主主義と法の支配という価値観を守るため、日本の外交戦略と日米関係の在り方が問われよう。
石破茂首相は当選後のトランプ氏と電話会談し、日米同盟をより高い次元に引き上げる考えで一致。早期に対面で会談する方針も確認した。当面は首脳同士の信頼関係を構築する努力が欠かせない。トランプ氏の出方を探りながら緊張が高まる東アジアや世界全体の平和と安定に向け、慎重なかじ取りが必要だ。
石破氏は来年1月の大統領就任前に会談したい意向という。安倍晋三元首相が蜜月関係を築いた前例に倣い、面識がない点を補う狙いもある。
懐に入って本音に迫る交渉術も必要だろう。だが会談する以上、主張すべき点は主張し、忖度(そんたく)や遠慮のない率直な意見交換を目指してほしい。
世界最高の軍事力と経済力に加え、強い発信力のあるトランプ氏を味方にすれば、国際社会で日本が立ち回りやすい面があるのは確かだ。だからと言って米国追従と映れば、日本の力量不足を見透かされるだけである。
1期目のトランプ政権は、同盟国への厳しい姿勢や予測不能な言動で世界を困惑させた。場合によって日本は米国と共に国際的に孤立しかねない危険すらある。石破氏は米国重視と国際協調の板挟みに遭う事態にも備えておかなければならない。
日米両国は近年、安全保障や経済から環境、人道分野まで相互依存を深めてきた。大きな方向性は順調に推移している。その流れがトランプ氏再登板で一変しかねない。
バイデン政権はインド太平洋地域の安全保障を巡り、日米韓や日米豪印などの多国間協力の枠組みを推進した。2国間取引を重視するトランプ氏の手法とそぐわないとの見方がある。見直されれば中ロや北朝鮮に対峙(たいじ)する日本への影響は大きい。米国一辺倒の抑止力に頼ってきたツケを払う事態が起こり得る。
冷戦後の世界秩序を下支えしてきた唯一の超大国が再び「自国第一」を掲げ、大きく内向きに旋回することになれば、国際社会に与える影響は計り知れない。
ウクライナや中東などの戦火に揺らぐ世界をこれ以上、不安定な状況に陥らせてはならない。気候変動など地球規模の課題も山積みだ。
日本としても西側諸国をはじめ各国と連携しつつ、国際秩序の安定に力を尽くしていく必要がある。
トランプ陣営によると、両氏は電話で国民を団結させることが重要だとの認識で一致したという。
これまでトランプ氏は社会の分断と不満を自身の力の源泉としてきたが、戦いを終えた以上は「良き敗者」となることを選んだハリス氏の意思と行動を尊重し、融和の政治を実践してもらいたい。
トランプ氏は在職中の2度の弾劾訴追に加え、退任後も複数の罪状で刑事訴追や有罪判決を受けたが、立候補を表明して以降、各事件を「政治的な目的のでっちあげ」と主張し、政敵に屈しない強いリーダー像を演出してきた。
有権者はそんな「強さ」に現状の打開を期待する一方、人権や法の支配さえ軽んじる資質や適性への疑問には目をつぶったと言える。
トランプ氏の再登板で心配されるのは、予測しにくい独自の政策決定スタイルだ。
国際協調に背を向け「自国第一」を貫くとみられ、同盟関係にある国々への外交姿勢も予断は許されない。
日本に対しては米軍駐留経費の負担増を要求することが予想されるほか、バイデン政権が主導し、日米など14カ国が参加する新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IREF)」の破棄にも警戒が必要になる。
石破茂首相はきのう、トランプ氏と5分間ほど電話会談を行ったが、本格的な関係構築を急ぐ必要があろう。
中立的な仲介者としての役割が期待される中東情勢でもよりイスラエル寄りの立場を取るとみられ、争いと混乱の拡大に懸念が深まる。気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」からの再離脱も必至だ。
日本をはじめ人権や法の支配といった価値観を共有する国々は「トランプ政治」の復活によって改めて、その結束を試されることになる。
トランプ氏勝利 「米国第一」に懸念募る(2024年11月8日『秋田魁新報』-「社説」)
事前の世論調査ではかなりの接戦になると伝えられていたが、結果はトランプ氏が激戦州でも優位に戦いを進めるなど圧勝だった。インフレや不法移民流入に対し不満を募らせる有権者の間で支持を広げるなど、バイデン政権への批判票を巧みに取り込んだとみられる。
米国は経済力、軍事力とも世界一だけに、大統領の影響力は計り知れない。ところがトランプ氏は米国第一主義を掲げて自国の利益を最優先させる姿勢が顕著で、前回の任期中は外交などを巡って世界各国が混乱した印象が強い。再度の就任でどんな発言をし、どのような行動に出るのか、注視しなければならない。
人種差別的な発言を繰り返し、米国内の分断を深めているのが実情だ。2020年の大統領選で敗北した際は選挙に不正があったと繰り返し主張し、支持者らが連邦議会を襲撃する事件も起きた。不倫口止めに絡む事件で大統領経験者として初めて有罪評決を受けてもいる。選挙で勝ったとはいえ、多くの国民が抱いたトランプ氏への不信感は払拭されないだろう。
外交面で懸念されているのがロシアによるウクライナ侵攻への対応だ。トランプ氏は、かねてウクライナへの支援には消極的だ。交渉による早期の戦争終結を唱えているようだが、親交が深いとされるプーチン大統領寄りの終戦案を進めかねない。
勝利宣言の演説でトランプ氏は「約束は必ず守るというシンプルなモットーに従って統治する」と述べた。米国への全ての輸入品に10~20%、中国からの輸入品には60%の関税を課すとの政策を公約に掲げており、実行されれば世界経済への打撃は大きい。
前回も米国第一主義の下、中国に高関税をかけ、貿易戦争に発展した。中国との貿易関係が密接な日本企業にも影響が出る恐れがある。
トランプ氏は同盟国に対しても圧力をかけるのをためらわない。在日米軍駐留経費を巡って日本側負担の大幅引き上げを提案したことがある。交渉はバイデン政権に引き継がれ微増で決着となったものの、再び負担を求められる懸念は拭えない。
石破茂首相はトランプ氏と電話会談し、できるだけ早期に対面での会談を調整する方針を確認した。トランプ氏の出方や考え方を探り、日米関係に混乱が生じないようにしたい。
国内外の分断を埋めようとする取り組みなしに、「米国を再び偉大に」は実現できないことを肝に銘じるべきだ。
米大統領選で、共和党のドナルド・トランプ前大統領が返り咲きを決めた。バイデン政権下で進んだ物価高や不法移民流入に不満を募らせた有権者の間で支持を広げた。選挙戦は強権的な言動の目立つトランプ氏を支持する層と、それに反発する層の対立が激化し、文字通り国は二分された。
トランプ氏は勝利宣言の演説で「分断を過去のものとし、結束するときだ」と述べた。ただ、その分断を先頭に立ってあおったのはトランプ氏に他ならない。国民の融和を図るためには、敵をつくって論難することで支持を強固にする手法を慎むことが必要だ。
経済政策を巡っては、トランプ氏には「米国第一」に象徴される、内向きで国際社会の共存を軽視する姿勢が見て取れる。国際社会がトランプ氏に再び振り回される状況が懸念される。
トランプ氏は選挙戦で、全ての輸入品に10~20%、中国には60%の関税を課すと主張してきた。新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み」からの離脱を予想する指摘もある。こうした動きが現実となれば、国際経済に深刻な影響が生じるのは不可避だろう。国際経済が縮小し、米国のみが内需頼みで成長することはあり得ないことを考慮して、行動した方がいい。
トランプ氏はロシアによるウクライナ侵攻の収束に自信を見せているものの、ウクライナに不利な形での停戦を独善的に進めるようなことがあれば、北大西洋条約機構加盟の各国との間に亀裂が生じるのは間違いない。中東情勢を巡ってはイスラエル支持が強まるとみられる。ただ、それが戦闘の沈静化につながるかは不透明だ。
台湾に対する威圧を強める中国への対応については、バイデン氏より明らかに関心が低い。どう動くのか予測できない部分がある。
米国が国際融和に向けた動きを抑えることで、各地で起きている戦闘や紛争による混乱に歯止めが利かなくなる恐れがある。国際秩序の安定に対して責任ある対応を取らなければ、戦闘などによる混迷の影響は、米国にも例外なく降りかかってくると自覚すべきだ。
日本は関税強化に加え、在日米軍の駐留経費の負担増が求められるとの観測もある。米国に追従するだけでは、経済や財政への負担回避は難しいだろう。同盟国の強みを生かしつつ、どう日本の国益を守っていくのか。政府にはしたたかな戦略が求められる。
トランプ氏再選 二つの戦争と米国 「取引外交」に宿る危うさ(2024年11月8日毎日新聞『』-「社説」)
強者がルールを無視して、弱者を支配する。力がものをいう時代に時計の針を戻してはならない。
世界では、中東とウクライナの戦争が長期化している。核使用のリスクさえ現実味を帯びる。国連のグテレス事務総長は「人類滅亡の危機だ」と警鐘を鳴らす。
許されぬ弱者切り捨て
トランプ氏は、強国が指導者同士の「ディール(取引)」によって紛争や対立を解決することを志向する。ビジネス経験で培った損得勘定重視の手法である。
しかし、「取引外交」では弱者がないがしろにされ、「力による現状変更」を追認する結果になりかねない。一時的に紛争にふたをすることはできても、根本的な解決にはならない。
19世紀から20世紀前半にかけては、武力に勝る列強が弱い国を支配する時代だった。それが大国同士の対立を生み、2度の大戦につながった。
中東とウクライナの「二つの戦争」でも、大国間の取引ではなく、当事者の意見を反映させる形での停戦こそ重要だ。
国際協調を守り抜く時
民主主義陣営にとり、トランプ氏が同盟や国際機関を軽視しがちなことも懸念材料だ。
にもかかわらず、トランプ氏はNATO加盟国が国防費を十分に負担しないならば、「何でも好きにしてよいと彼ら(ロシア)をけしかける」と、防衛義務を果たさない可能性さえ示唆した。
無責任な発言に、当時のストルテンベルグ事務総長は「米国を含む、我々全体の安全保障を損ねる」と警告した。
主要7カ国(G7)の結束も揺らぎかねない。1期目の2018年G7首脳会議では、通商政策を巡って他のメンバー国と対立し、ほころびを露呈させた。
中露が「グローバルサウス」と呼ばれる新興・途上国への影響力を拡大する中、民主主義陣営は劣勢に立たされている。
第二次世界大戦後、自由や民主主義、法の支配、国際協調といった価値を守る旗手の役割を果たしてきたのが米国である。
「米国の力は同盟や協力関係と不可分に結びついている。同盟国を尊重しなければ、自分たちの利益も守れない」。トランプ前政権で国防長官を務めたマティス氏の言葉だ。
ルールよりも力が優先される世界になれば、弱肉強食の論理がまかり通る。各国は国際協調の重要性を再確認し、「自国第一」の潮流に歯止めをかける必要がある。
トランプ氏と経済 米国第一への備え万全に(2024年11月8日『産経新聞』-「主張」)
トランプ次期米大統領は、インフレなどで現政権を批判し、経済政策を抜本的に改める姿勢を示してきた。
米国を再び偉大にするには経済を強化するしかないとの思いが強いのだろう。中国の台頭で世界経済における米国の影響力が相対的に低下する中、国内産業を再興し雇用を守ることは重要だ。
だが、現政権の政策をことごとく否定する言動は危うさもはらむ。自国第一主義の下、中国はおろか西側諸国にも関税などで経済的圧力をかけようとする姿勢も相変わらずである。
日本を含む各国は新政権がもたらしかねない世界経済の混乱や分断に備えねばならない。
そのためにも米国が内向きにならぬよう働きかけるべきは当然だが、トランプ氏は同盟の意義以上に経済実利を優先しがちだ。日本の官民はそれを前提に対策を講じる必要がある。
トランプ氏は法人税や所得税の減税などを掲げている。中国からの輸入品への高関税だけでなく、その他の国にも10~20%の関税を課す考えも示した。ただし、これらがトランプ氏の嫌うインフレや円安ドル高を助長しかねないことを懸念する。
自動車などに軒並み高関税が課されれば日本企業の北米戦略に重大な影響を及ぼそう。日本は前回のトランプ政権時、安保上の懸念を理由に鉄鋼などに高い関税をかけられた。トランプ氏は今次の大統領選で、台湾に関し「米国の半導体ビジネスを盗んだ」と批判したことが米メディアに報じられた。
こうした動きが強まれば米国と各国の結束を揺るがすことになりかねない。当面の焦点は日本製鉄によるUSスチールの買収問題だろう。トランプ氏はこれに反対してきたが、理不尽な買収阻止は問題である。
米国主導で設立したインド太平洋経済枠組み(IPEF)の不支持も撤回してほしい。トランプ氏はかつて環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)から離脱したが、政権につくたびに離脱を繰り返すようでは地域内での米国の信頼は失墜しよう。それがどの国を喜ばせるかをトランプ氏は熟慮すべきだ。
宮島と地位協定とトランプ氏と(2024年11月8日『中国新聞』-「天風録」)
宮島と地位協定とトランプ氏と(2024年11月8日『中国新聞』-「天風録」)
紅葉の見頃は少し先になるが、11月は宮島観光の書き入れ時だ。やはり不安の種となろうか。米海軍の空母が近く横須賀に帰着し、艦載機部隊が岩国基地に戻ると外務省が発表した。滑走路の目と鼻の先にある神宿る島が訓練の騒音に悩まされて久しい
▲トランプ氏の大統領返り咲きで、早々に封印しそうだ。日本持ちの米軍駐留経費を増やせ、防衛費をもっと上積めと無理難題を言われかねない。それどころではないのが本音としても、ご機嫌伺いばかりなら情けない
▲事故の恐怖もさることながら守るべき静寂がある。トランプ氏に宮島、そして言うまでもなく原爆ドームへの招待状を送りたい。1期目にユネスコ脱退で物議を醸した本人は「世界遺産など関係ない」とどこ吹く風かもしれないが。
ゴルファー・トランプ(2024年11月8日『高知新聞』-「小社会」)
ゴルフにまつわるスコットランドの格言に「その人物が本物か偽物か18ホールで全てが分かる」がある。自分で自分のスコアを付ける紳士の競技。喜怒哀楽など本性がもろに出るというのは経験者ならうなずく話だ。
米大統領への復帰を決めたトランプ氏も大のゴルフ好き。がさつで乱暴には見えるが、ゴルフを通じれば意外な面も見えると、在米ジャーナリストの舩越園子さんの記事にある。
ただしマナーに関しては酷評が目立つ。米記者のある報告では「マフィアの会計士のようにスコアをごまかす」。球を打ちやすい場所に何度も蹴りだすのでサッカーの英雄にちなみ「ペレ」と呼ばれるとも。やはり映像の姿は素のものなのだろう。
「球聖」と呼ばれたボビー・ジョーンズは、誰も見ていないミスを自発的に申告して称賛されたことがある。その時の「スコアをごまかさなかった私を褒めるのは銀行強盗をしなかった私を褒めるようなもの」との発言は名言として残る。ルールを守るのは当然という感覚が、トランプ氏返り咲きを選んだ米国民にもあるのだろうが…。
今後さまざまなショット(政策)が打ち出される。OB打が連発されるようなら、米が誇るマスターズも全米オープンもその権威は失墜する。
トランプ氏返り咲き 民主主義脅かす米国第一(2024年11月7日『北海道新聞』-「社説」)
トランプ氏は1期目と同じ「米国を再び偉大に」とのスローガンを掲げ、米国第一主義を進めて在任中のような「繁栄」を再現すると訴えた。社会の分断が深まり有権者の態度も真っ二つに割れる中、岩盤支持層を中心に固めて勝利を呼び込んだ。
トランプ氏は4年前の敗北を認めておらず、議会襲撃など四つの刑事事件で起訴されている。選挙戦では今回も差別的発言やデマを繰り返し口にして、憎悪や不安をあおった。
社会の分断をいっそう深め暴力さえ容認する発言を繰り返す姿勢は民主主義の脅威となる。
超大国を率いる適格性に疑問符が付く人物を、米国民は再びリーダーに選んだ。
トランプ次期政権が米国第一へと回帰を強めるならば、不安定化する国際秩序の行く末に新たな火種となる。国際社会はトランプ流に振り回されることなく、協調へ導く対話を根気強く続けていかねばならない。
■分断修復を諦めるな
トランプ氏は演説中に銃撃されて耳を負傷するなど、2回も暗殺未遂事件に見舞われた。
他方、バイデン氏はトランプ氏との候補者討論会で高齢不安に拍車がかかり、撤退に追い込まれてハリス氏が参戦した。
異例ずくめの選挙戦だった。
ただ、最大の争点は生活を直撃する物価高だ。バイデン政権で一時は40年ぶりの高水準に達した。トランプ氏は自身の在任中は安定していたと主張し、大幅な減税を公約の柱にした。
不法移民対策も大きな関心を集めた。トランプ氏はメキシコとの「国境に壁をつくる」といった看板政策を唱え、強制送還して秩序を回復すると訴えた。
米社会は人種や性別、価値観などの多様化が進む一方、それを拒む人々も根強くいる。経済格差への怒りも充満している。
トランプ氏はまたもそうした不満をポピュリズム的手法ですくい上げ、激戦州の白人労働者らを引きつけたと言えよう。
しかし、対立をあおって支持を得ようとする選挙戦術の先にあるのは、社会の殺伐とした風景である。そのことを顧みないトランプ氏が率いる米国の民主主義は危機的状況にある。
初の女性大統領を目指したハリス氏は中間層への支援や人工妊娠中絶の権利の保障を訴え、女性や若者の支持を集めた。ただ予備選を経ずに候補になった経緯もあり、政策や人物像が十分に浸透しなかったと言える。
米国政治の劣化を食い止めるには、格差を是正し分断を修復していく取り組みを諦めてはならない。敗れた民主党にも課せられた役割ではないか。
■紛争の拡大招く恐れ
対外政策も、選挙戦を大きく左右したと言える。
トランプ氏がイスラエルを徹底支援すれば中東の戦火が拡大しかねず、極めて危うい。
ロシアのプーチン大統領や北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党総書記といった独裁的なリーダーと関係をつくることで紛争を抑止できると主張する。権威主義国がますます勢いづき、力による現状変更が加速しかねない。
■日欧連携が不可欠だ
米国第一主義の下では世界経済の混乱も避けられない。トランプ氏は全ての外国からの輸入品に10~20%の関税を課す方針を掲げている。相手国が対抗関税を発動すれば世界の貿易が停滞する恐れがある。
さらに中国からの輸入品には一律60%の関税を課すと明言している。米中対立が一段と激化しかねない。
バイデン政権が進めた同盟国や友好国との多国間協調を重視する路線も転換するだろう。
日本としてはトランプ氏が後ろ向きな気候変動対策を含め、民主主義や法の支配を共有する欧州などの国々と連携して対応することが欠かせない。
トランプ氏を説得して米国を国際協調につなぎ留めることが世界の安定には必要だ。日本の首相にはそれが求められる。
「ガラスの天井」に挑む(2024年11月7日『北海道新聞』-「卓上四季」)
刻一刻と更新される開票速報を食い入るように見つめていた。米大統領選である。全世界の関心を集めた選挙だけに目が離せない。だれが選ばれるかによって世界の景色が変わるのだから
▼トランプ氏が返り咲き、大国のかじ取りを担うことが確実になった。激戦が予想されていた州も着実に押さえていった
▼声も態度も大きい自信家だ。お世辞にも品がよいとはいえない。ビジネスにたけているかもしれぬ。けれど国を導く大統領としてはどうか。予測不能な言動が混乱を招いた1期目を思えば不安が募る
▼なぜ彼は選ばれたのか。逆にいえば、なぜハリス氏は敗れたのか。物価高や中東情勢、移民問題などについて、現職の副大統領として手腕を発揮できなかった―。トランプ氏はそう主張した
▼それだけではなさそうだ。女性の政治進出を阻む社会的な壁の存在である。明治大の兼子歩(かねこあゆむ)准教授は「カウボーイ的な男らしさ」が深く根を下ろすと指摘する。敵との<対決を辞さないという、理想的な白人男性像である>。トランプ氏はこれを体現する権威主義的な指導者としてアピールした、というのだ(「世界」11月号)
▼ハリス氏の挑戦は一歩及ばず、初の女性大統領の誕生を阻む「ガラスの天井」を破れなかった。だが多くの支持を集めたことも事実だ。あとに続く女性はきっといる。
米国の大統領選で、共和党候補のトランプ前大統領が勝利した。2度の弾劾訴追に加え議会襲撃など4事件での起訴、2度の暗殺未遂を経験した異例ずくめの政治家が、世界で最も重要な権力の座に再び就く。
刑事被告人でも立候補に支障がない米国の制度や、トランプ氏を選んだ民意は尊重されるべきだ。しかし懸念されるのは、過去の側近の多くが証言しているように、予測しにくい政策決定スタイルだ。数々の難局を切り抜け返り咲いたトランプ氏が、勢いに乗って政策面で暴走する恐れがある。
立候補を表明して以降、トランプ氏は各事件について「政治的な目的のでっちあげだ」と主張し、民主党や自身に批判的な政治家、司法を含む政府機関に対する報復を宣言。「独裁」を容認する発言すらあった。
共和党は、大統領選と同時に行われた連邦議会選挙でも上院で過半数を確保した。第1次政権で既に、最高裁判事の保守化にも成功しており、トランプ氏が大統領となった際の強権に対する抑止力は、極端に弱まっている。米国政治が近年、経験したことがない危うい時代の幕開けとなるだろう。
トランプ氏が就任後すぐに側近を司法長官に任命し、自身に対する起訴を取り下げさせるとの観測も強い。自身が強く批判してきた政府機関の私物化にほかならない。無実であれば、公判で立証が可能なはずだ。
米国は権力が特定の部門に集中しないように、権力同士による抑制と均衡を尊重してきた。その精神と仕組みをないがしろにすることは決して許されない。
トランプ氏には、国民の強い信任を得た今だからこそ独善を排した融和の政治を期待する。モットーの「米国を再び偉大に」を真に実現するなら、自身に反対する国民や政治家の協力も必要なはずだ。
自国産業と雇用を守るための関税強化や極端な移民対策、人工妊娠中絶問題などを巡る選挙公約の実現に向けても、冷静な対応が必要だ。保護主義を経済専門家は批判、中絶問題は国論を二分しており、幅広い意見の反映が肝要となる。
トランプ氏の自国第一主義が外交面で加速すれば、国際社会は未知の領域に陥る。
バイデン現政権が展開した国際協調路線は放棄の恐れがある。ウクライナの対ロ防衛を「負け戦だ」と断言したトランプ氏がウクライナに一部領土の放棄を迫り、侵攻したロシアと和平交渉を勝手に行う恐れも懸念されている。
世界が直面するもう一つの喫緊問題である中東情勢も不安が高まる。イスラエルとイスラム組織ハマスとの戦闘や、イラン問題でも、中東諸国との関係を重視した中立的な仲介者の立場を捨て、よりイスラエル寄りにかじを切るだろう。
法の支配を重視し、力による現状変更の阻止を目指してきた国際社会の団結に、米国の独善がヒビを入れれば、日本の外交も影響を受ける。台湾などに対し威圧を強める中国に、米国がどう臨むのかを慎重に見極め、対応策を冷静に練っていきたい。
架空の物語であり、かの国の政治状況がここまで悲劇的とは思いたくないが、人種差別や価値観の違い、経済格差など現実にもある対立の芽を想起せずにいられない。人々が対話をなくし、社会の分断が進んだ果てに待つのは、人を人とも思わない暴力の嵐であることを映画は浮き彫りにする。
複数の激戦州で爆破予告があったり、票集計所周辺に狙撃手を配置したり。異例のものものしさで投開票日を迎えた米大統領選は、「米国第一」を掲げる前大統領で共和党候補のトランプ氏が勝利を確実にした。歴史的大接戦となったが、米史上初の女性大統領を目指した民主党候補ハリス氏は及ばなかった。
内外に波乱を起こす言動がどれだけ指弾されても、前回選挙戦を巡る議会襲撃事件で起訴されても、トランプ氏という「劇薬」を再び選んだ米社会。分断を増幅させず、暴力を誘発させることのない政治を進められるかが試されよう。
外交や経済も変わる。トランプ氏は自国の利益のためには従来の国際協調に背を向けることもいとわない。ガザは。ウクライナは。同盟国・日本の向き合い方もまた試される。
(2024年11月7日『山形新聞』-「談話室」)
▼▽本命は日米が熱狂した大谷翔平選手の「50-50」だろうか。世を騒がせた「裏金問題」も当然入った。2024年の新語・流行語大賞候補である。年末には「今年の漢字」も選ばれる。文字が世相を浮かび上がらせる。
▼▽米国には辞書出版社が決める「今年の単語」がある。昨年を振り返ろう。1位は「オーセンティック」だった。意味は「真正の」「本物の」。偽情報がはびこる時代に求められた言葉だろう。人工知能(AI)を用いた、ディープフェイクと呼ばれる精巧な偽画像も出回る。
▼▽「フェイクニュース」。都合の悪い情報をこう一蹴してきたトランプ氏が大統領に返り咲きを果たした。昨日、開票状況を世界の人々が固唾(かたず)をのんで見守った。結果を「偽」とする暴動が再び起きるのではないかと心配しながら。異論を封じようとする暴力が近年、相次ぐ。
▼▽トランプ氏自身にも銃弾が向けられたが、発言は過激さを増した。これから真のリーダーとして国内の対立を修復できるのか。昨年は、こんな単語が5位にランクインした。分断の先にある社会を象徴する「ディストピアン」。その語が示す「暗黒の」世界は誰も望まない。
敗北した2020年大統領選の雪辱戦である。一度退いた大統領が返り咲くのは史上2人目だ。
女性初の大統領を目指した民主党のハリス副大統領は、「ガラスの天井」を打ち破れなかった。
トランプ氏は支持者らを前に「我々は歴史を作った。米国を再び偉大にする」と気勢を上げた。
白人と非白人、エリートと非エリートの溝を広げ、多様性を巡る議論を先鋭化させた。非寛容な社会の固定化が進む恐れがある。
「米国を癒やす」と言う。だが、分断を深めたのはトランプ氏自身ではなかったか。
米国の民主主義どこへ
4年前を思い出してみたい。敗北した選挙結果を覆そうとして「選挙不正」を言い募り、法廷闘争を繰り広げた。
この事件に関連して訴追されると、司法省を動かして政敵を排除しようとしている、とバイデン政権に責任を転嫁した。
民主主義を危機に陥れるこうした振る舞いを米国民が許容したということだろうか。必ずしもそうとは言い切れない。
トランプ氏は、生活を直撃する物価高や、急増した不法移民などの現状を捉え、「民主党がこの国を破壊した」と訴えた。
支持者はトランプ氏の言動が問題だと認識していても、それ以上に民主党政権の継続は受け入れ難いと判断したのだろう。
民主党の打撃は大きい。支持率が急落したことを理由にバイデン大統領に撤退を迫り、ハリス氏を急きょ担ぎ出した。準備不足がたたったことは否定できない。
予備選を戦わずに出馬したことには「民主主義に反する」と正当性を疑う声もくすぶった。
米国の分断は、抜き差しならない状況にある。選挙戦では、「トランプ氏は独裁者」「ハリス氏は共産主義者」と個人攻撃を繰り返し、互いに敵意を隠さなかった。
人工妊娠中絶や同性婚、銃規制などを巡る保守派とリベラル派の対立は、憎しみをぶつけ合うほどにまで深刻化した。
双方が「正義」を振りかざし、妥協を許さない。なすすべもなく対立が高じるままにしておけば、分断は修復し難い状況に陥る。
米国の経済力や軍事力は依然として世界で群を抜くが、米同時多発テロ以降、国際社会における影響力は下がり続けている。
同盟国に新たな試練も
トランプ氏の再登板は、この流れを加速させるに違いない。「米国第一」を掲げ、「脅威は中露ではなく不法移民だ」と訴えたように、外交は二の次だ。
安全保障も損得勘定で割り切る。駐留米軍の経費負担増など新たなコストを同盟国に強いる可能性も否定できない。
トランプ氏の外交は場当たり的だが、軍事的な介入に慎重な姿勢は一貫している。むしろ「経済戦争」を主戦場に位置付ける。
輸入品すべてに高関税を課し、とりわけ中国には60%をかける考えを示す。貿易を「武器化」する極端な保護主義政策だ。
その状況に日本はどう向き合えばいいのか。地球規模の課題や紛争の解決には、引き続き米国のリーダーシップが不可欠だ。欧州諸国とともに米国が責任を果たすよう働き掛ける必要がある。
【トランプ氏勝利】国際社会 対応問われる(2024年11月7日『福島民報』-「論説」)
米国と国際社会は一体どこへ向かうのか。共和党のトランプ氏が米大統領選で勝利し、返り咲きを果たす結果に憂慮を禁じ得ない。世界の経済、外交、安全保障の行方は不透明の度を増し、緊迫化する中台、アジア情勢への影響も読み切れない。日本をはじめ国際社会の立ち位置が大きく問われる。
民主党のハリス氏との接戦が伝えられた中、激戦州を含む全米各州で圧倒的な強さを発揮した。過激な言動を繰り返す共和党のバンス氏を副大統領に迎え、上下両院の共和党勢力も増すことで、トランプ氏の自国第一の主義、主張に歯止めが利かず、先鋭化しまいか、懸念が募る。
9月のテレビ討論会でトランプ氏は、不法移民が犬や猫などを食べているとの根拠のない主張を展開した。前大統領時の側近は、ナチス・ドイツのヒトラーを敬うような発言をしていたと証言した。トランプ氏自身と支援者らによるハリス氏への誹謗[ひぼう]中傷、移民などへの差別的発言も相次いだ。実業家イーロン・マスク氏を巡っては、トランプ氏への支持文書に署名した有権者に多額の報奨金を出すなどして物議を醸した。
民主主義の根幹を成す選挙は品位を欠き、米社会の分断、対立を深めた。銃撃、放火、爆破予告など、およそ民主国家とは思えぬ事態が続く中でのトランプ氏の勝利は、インフレ、失業、移民問題など、バイデン現政権への不満の広がりが背景にあるとされる。強い米国復権を目指して自国第一に突き進み、民主の盟主の座を放棄するなら、国際秩序の混迷は避けられない。
トランプ氏は、日本を含む外国からの輸入品への関税強化を掲げている。世界的課題の気候変動対策に疑問を呈し、石油の増産も打ち出した。ウクライナ問題を直ちに決着させるとの発言には、ロシアに有利な行動を取るとの観測も流れる。パレスチナ情勢では、世界が求める停戦へ動く気配を見せていない。
自国第一の潮流は、極右勢力が台頭する欧州でも取り沙汰されている。強権的で、西側とも一線を画す次期トランプ政権に、日本はどう向き合うのか。政府をはじめ、超党派で対応をしっかりと固める必要がある。内向きの党利党略で政治を迷走させている場合ではない。(五十嵐稔)
壁(2024年11月7日『福島民報』-「あぶくま抄」)
▼話題の「年収の壁」は引き上がるのか。103万円を超えると、所得税が発生する。仕送りの負担を減らすため、アルバイトの回数を増やしたくても増やせない。親を思う学生の悩みのタネだ。人手不足の時勢に逆行するとの指摘もある。政府、与党は見直す方向で検討すると伝わる。岩盤の決まり事に、どこまで風穴があくか
▼米国では「壁」にこだわるリーダーの勝利宣言が高らかに響いた。前任期中、不法移民の流入を防ぐためと、メキシコ国境を封じた。今度は、関税という名の壁で国民を守る。化石燃料への投資は増やすというから、囲いの中だけ、よそと異なる時間が流れるのだろうか
▼壁に手を付けるのは、いいことずくめではないようだ。ベルリンの壁が撤去された当初、経済は不安定に。年収の壁のかさ上げで国の実入りは大幅に減るとされる。超大国が自分の殻に閉じこもる事態になれば、世界は揺らぐ。揺り戻しの混乱は人心をかき乱し、容易に安寧の壁は築けまい。
「西側の力を誇示するというより…(2024年11月7日『毎日新聞』-「余録」)
「西側の力を誇示するというより…(2024年11月7日『毎日新聞』-「余録」)
「西側の力を誇示するというより最後の晩餐(ばんさん)」と評されたのは6月にイタリアで開かれた主要7カ国(G7)首脳会議。終わりが見えない二つの戦争に物価高騰やポピュリズムの台頭。政権与党に逆風が吹いていた
▲高齢批判で再選を断念したバイデン米大統領に代わったハリス副大統領も逆風から逃れられなかったようだ。初の女性大統領を目指したものの、カギとなる激戦州で復活を図るトランプ前大統領にリードを許した
▲出口調査に経済が悪くなったと答えた有権者は半数弱。ロシアのウクライナ侵攻やイスラエルのガザ攻撃も現政権下で起きた。「インフレは史上最悪」「私なら戦争は起きなかった」というトランプ氏の主張がそれなりの説得力を持ったのかもしれない
▲それにしてもトランプ氏への根強い支持は他国者には理解しがたい。前回選挙で負けを認めず、支持者が連邦議会襲撃事件を起こした時点では米国でも政治生命が終わったという見方が大勢を占めたそうだ
▲キリストの復活にも使う「リザレクション」という単語で奇跡的な再起を表現するメディアもある。一部のキリスト教徒は「メシア(救世主)」と呼んでいるという。神がかったような指導者の再登場が何をもたらすか。世界が揺らいだ1期目を思えば不安が募る。
米大統領選 トランプ再登場でどう変わる(2024年11月7日『読売新聞』-「社説」)
◆亀裂の修復と秩序の再建が急務◆
自らに反対する勢力はすべて敵だとみなし、米国社会の亀裂を体現するようなトランプ氏が、再び政権を担う。米国の威信と民主主義を取り戻し、国際秩序を再建できるだろうか。
異例ずくめの戦い
今回の大統領選は、トランプ氏の復権か、それとも「反トランプ」かをめぐる選択だった。
大統領経験者が刑事訴追されながら、3度目の大統領選に臨んだことは異様である。
さらにトランプ氏は7月には銃撃を受け、別の暗殺未遂事件にも見舞われた。しかし、事件を暴力に屈しない「強い指導者」の演出に利用し、支持を伸ばした。
一方、民主党は、再選をめざしていたバイデン氏が7月になって撤退し、ハリス氏が候補となった。「打倒トランプ」で党を結束させたが、党予備選を経ずに選ばれた経緯もあり、資質への不安を 払拭 ふっしょく できなかった。
通例なら複数回行われる大統領候補の討論会は、トランプ氏とハリス氏との間で1度しか行われず、 罵 ののし り合いが目立った。選挙を通じ、内戦にも似た深刻な亀裂があらわになったのは残念だ。
トランプ氏を再び大統領に押し上げたのは、バイデン政権に不満を抱く有権者が、変化を求めた結果にほかならない。
この4年間で記録的な物価高が進み、「バイデン・インフレ」と呼ばれた。不法移民が急増し、社会不安が高まった。現政権の中枢にいるハリス氏にも、有権者の厳しい批判が向けられた。
インフレへの不満募る
民主党はもともと労働組合を支持母体とし、「庶民の党」を 標榜 ひょうぼう してきた。だが近年は、人種や民族、ジェンダーといった問題でより過激な政策の実現を求める急進左派の発言力が増し、エリート化が指摘されていた。
一方、トランプ氏は大統領を経験しながら政界の「アウトサイダー」を自認し、人々の怒りや不満をあおって支持を広げてきた。こうした訴えが白人労働者のみならず、社会に 閉塞 へいそく 感を覚える無党派層にも浸透したのではないか。
ロシアによるウクライナ侵略と、パレスチナ自治区ガザをめぐる紛争が同時進行し、人命が奪われ続けている。中国は米国が主導してきた自由で民主的な国際秩序に公然と挑み、自国に有利なルール作りを進めようとしている。
トランプ氏は6日の勝利宣言で、「米国を再び偉大にする」という1期目以来のスローガンを繰り返した。同盟・友好国であっても応分の負担を求め、関税などを武器に「ディール」を試みる手法は不変とみられる。
1期目にはロシアのプーチン大統領や中国の習近平国家主席、北朝鮮の金正恩総書記ら強権指導者との個人的関係を深め、首脳外交で事態打開を図ろうとしたが、いずれも成果につながらなかった。慎重な対応を求めたい。
ウクライナ侵略について、トランプ氏は「就任前に終わらせる」と公言してきた。しかし、停戦を急ぎ、国際法を犯したプーチン氏に譲歩するようなことがあれば、法の支配や主権尊重に基づく国際秩序は根本から揺らぐ。
米国の利益だけでなく、世界の平和と安定を主導してこそ偉大と言える。トランプ氏がその意味で、偉大さを取り戻すという約束を果たすことを期待したい。
試される日本の外交
中露は軍事的な挑発を繰り返し、北朝鮮がロシアへの派兵に踏み切るなど、日本周辺の安全保障環境が悪化する中、日米同盟の重要性は一段と増している。
バイデン政権は同盟や国際協調を重視する立場だったが、今後は、米国が在日米軍駐留経費の日本側負担の大幅増などの要求を突きつけてくる事態が予想される。
安倍晋三元首相がトランプ氏との間で築いたような個人的関係に頼ることはできない。日本として主張すべきは主張しつつ、同盟関係の維持と強化を図らねばならない。日本の外交力が試される。
共和党のトランプ前大統領は返り咲きを果たした=AP
米大統領選で共和党のトランプ前大統領が当選を確実にした。サプライズだった8年前の勝利とは異なり、今回は想定しえた結果である。きしむ世界をこれ以上、不安定な状態に陥れないよう強く求めたい。日本も国際秩序の安定に向けて、さらに努力しなければならない。
■深い分断改めて鮮明に
トランプ氏は支持者を前に「米国を再び偉大な国にしよう」と勝利宣言した。民主党のハリス副大統領はインフレや移民といった米国が直面する課題で、有権者が納得できる処方箋を十分に示せなかった。トランプ氏の勝利は、その不満と変化を求める民意をすくい取った結果だろう。
大統領の在職中に2回の弾劾訴追を受け、退任後も複数の罪状で刑事訴追や有罪評決を受けた人物が、なぜこれほどの支持を得ているのか。底流に深刻な分断があるのは言うまでもない。自分の好みの情報だけに取り囲まれ、異論を排除する。デジタル空間を中心にこんな環境が浸透し、トランプ氏の一方的な主張がまかり通る土壌となっている。
正確な情報や言論の自由が脅かされている現状は、その基盤によって立つ民主主義にとって危機的な状況だ。前回の大統領選の結果を否定し、連邦議会占拠事件のような暴動を招く言動をいとわない人物の復権は異常事態と言わざるを得ない。自由や法の支配を尊重してきた米国の民主主義は歴史的な転換点を迎えている。
大衆迎合的なトランプ氏のスタイルが米国で一定程度、許容されているのも危険だ。各国でポピュリズムが勢いをさらに増しかねない。そんな警鐘と受け取るべきだ。6月の欧州議会選では、欧州連合(EU)に批判的な極右政党が躍進した。日本も例外ではない。衆院選で消費税減税など有権者に聞こえの良い政策を訴えた小政党が議席を得た。
バイデン政権下では、激しい党派対立のあおりで連邦政府予算の協議が難航し、政府機関が一部閉鎖する瀬戸際に立つ場面がたびたびあった。今回の連邦議会選は上院で共和党が多数派を奪還する見通しとなり、下院は激戦となっている。その結果によらず、重要政策では党派の壁を超えた合意形成を探ってほしい。
国内の問題に限らない。米国は冷戦後、唯一の超大国として世界に君臨してきた。中国やロシアといった権威主義国家の専横で国際秩序は揺らぎ、その役割の重みはさらに増している。トランプ氏はこの点を自覚した行動をとってもらいたい。
「米国第一」を掲げるトランプ氏はウクライナ支援に否定的だ。ロシアとの戦争の行方を大きく左右するだけに、その継続を巡る判断は慎重を期すべきだ。最大の援助国である米国が支援を停止すれば、ロシアの侵略を結果的に助長する。そのような展開は、台湾の武力統一を排除していない中国の習近平指導部を誤った方向に導きかねない。
トランプ氏はウクライナ戦争を「1日で終わらせる」とも公言している。収束に向けた青写真をなるべく早く示す責務があろう。
中東危機はこれ以上の悪化を食い止めなければならない。バイデン現政権はもちろん、トランプ氏はイスラエルに自制を強く働きかけるべきだ。
■日本は国際協調維持を
日本は大統領が誰になろうとも、米国との同盟を強化するほかない。トランプ氏は在日米軍の駐留経費について増額を求める公算が大きい。日本は防衛力の強化を進め、自助努力に取り組んでいる点を強調するのが得策だ。
国際秩序を下支えする役回りを米国に期待しにくくなったいま、西側諸国は世界の安定にさらに尽力する必要がある。それは民主主義の退潮に歯止めをかけることにもつながる。
トランプ氏勝利 同盟重視し国際秩序守れ 内向きに終始してはならない(2024年11月7日『産経新聞』-「主張」)
米フロリダ州の集会会場に登場したトランプ前大統領=6日(ロイター=共同)
「米国を再び偉大に」「米国第一主義」などのスローガンを掲げた。インフレ(物価上昇)や不法移民の問題で民主党候補のハリス副大統領を批判し、有権者の支持を集めた。暗殺未遂を乗り越えた「強さ」も支持されたのだろう。
トランプ氏に注文したい。公約に沿ってインフレや不法移民など内政の諸政策を推進するのは当然だが、「内向き」の政治に終始しないでもらいたい。
日本との協力を確実に
新たなトランプ政権でも国際秩序を守るために行動することを期待したい。
世界はトランプ前政権当時から大きく変わった。中国は経済不振に陥りながらも、台湾周辺や南・東シナ海で軍事的威圧を強めている。ロシアによるウクライナ侵略は3年近くも続いている。中東での紛争は終息の気配がない。
自由と民主主義、「法の支配」に基づく世界の秩序が、専制国家によって脅かされている。米国の行動力と民主主義諸国の結束が今ほど試されているときはない。
トランプ氏は、7月の共和党全国大会で訴えたように「米国の不和と分断」を修復しなければならない。トランプ政権が備えるべき相手は、自身を支持しなかった「内なる敵」ではなく、米国や民主主義国の存立と繁栄を脅かす専制国家だ。
世界の経済成長の中心地であるインド太平洋地域への関心を高めてほしい。地域最大の同盟国である日本やオーストラリア、カナダ、韓国などとの協力が欠かせない。
大統領選の最中には、中国による日本や台湾、フィリピンなどへの軍事的挑発が相次いだ。10月に台湾を囲む形で行われた中国軍の演習ではロシア軍の艦船が宮古海峡を通過した。台湾有事を想定した中露連携との見方もある。北朝鮮は新型と称する大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射した。
トランプ氏の台湾をめぐる認識には不安もある。共和党の政策綱領から1980年以来初めて「台湾の自衛を支援する」という誓約が抜け落ちた。トランプ氏が「台湾は防衛費を払うべきだ。われわれは保険会社となんら変わらない」と不満を語ったこともあった。だが、日米などが共有する「自由で開かれたインド太平洋」のためにも台湾海峡の平和と安定は死活的に重要だ。米軍の近代化を進め対中抑止に努めねばならない。
ウクライナ支援続けよ
トランプ氏にはウクライナへの支援継続も望みたい。
トランプ氏は同盟国に応分の防衛負担を求めるだろう。米国一国で専制国家を抑止できないため理解できるが、日本や先進7カ国(G7)、北大西洋条約機構(NATO)加盟国などとの協力も合わせて語るべきだ。民主主義国同士の重層的な同盟・協力関係が国際社会の安定につながり、米国の繁栄も支えているからだ。民主主義諸国の結束の乱れは中露など専制国家を増長させかねない。
トランプ氏は、バイデン政権が打ち出したインド太平洋地域の「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」への不支持も表明した。米国の不在は、中国の地域での影響力を強めることになる。再考すべきだ。
返り咲くトランプ氏、わが国も主要プレーヤーとしての覚悟を(2024年11月7日『産経新聞』-「産社説」)
言葉をなりわいとする人々にとって、「民主主義」は汲(く)めども尽きぬ警句の泉らしい。英国の劇作家、トム・ストッパード氏は巧みな言い回しでその本質を突いている。「投票が民主主義なのではない。票の勘定が民主主義なのだ」と。
▼『すごい言葉』(晴山陽一著)から拝借した。多くの前提が必要だろう。選挙権と被選挙権に不当な制限がなく、投票の秘密や投開票の公正さが担保されていること。ロシア、中国…。民主主義を否定する国々を見るにつけ、米国には模範的な存在であってほしいと願う。
▼大接戦と予想された米大統領選は、激戦州を制したトランプ前大統領が、思いのほか早く勝利宣言にこぎ着けた。むろん、米国に一息つく暇はない。わが国もここからは民主主義陣営を構成する国として、世界の課題に向き合わなければならない。
▼ウクライナ支援のあり方は大きな懸案だ。トランプ氏の判断次第で、侵略国のロシアだけでなく、台湾への威圧を強める中国をも喜ばせかねない。混乱する中東情勢や、核・ミサイル戦力の増強を進める北朝鮮など、緊張を高める変数も実に多い。
▼「投票は弾丸よりも強し」と述べたリンカーンは、弾丸に命を奪われた。今回の大統領選で、トランプ氏が銃や暴力の標的になったのも記憶に新しい。深刻な亀裂がうかがえる米社会は、一体感を取り戻せるだろうか。政治の空白を生まぬよう円滑な政権移行を望みたい。
▼問われているのは米国の、そして民主主義の地力にほかならない。トランプ氏の掲げる「米国第一主義」が、先の見通しづらい世界情勢にどう応じるのか、という懸念はある。わが国もまた、国際社会の主要プレーヤーとして主体的に振る舞う覚悟を問われている。
分断と憎悪の激化を憂う トランプ氏返り咲き(2024年11月7日『東京新聞』-「社説」)
米大統領選で共和党のトランプ前大統領(78)が激戦の末、勝利を確実にし、4年ぶりに復帰する。世界で権威主義が台頭する中、民主主義国家をけん引すべき超大国の分断と暴力、「米国第一主義」への回帰を深く憂慮する。
敗れた民主党のハリス副大統領(60)陣営が、刑事訴追されているトランプ氏の適格性などを巡り提訴する可能性があり、就任まで曲折も予想されるが、トランプ氏を選んだ民意の判断は重い。
トランプ氏は自身に批判的な政治家やメディアなどを「敵」と決め付け、交流サイト(SNS)などで中傷するなど、国民の対立を扇動してきた。
選挙不正など四つの刑事事件で訴追されても、政治的迫害と主張して支持固めに利用。今回の共和党候補者選びでは、トランプ氏は絶対的な強さで勝ち抜いた。
4年ぶり「独裁者」再来
トランプ氏を支持する実業家イーロン・マスク氏は激戦州の有権者に毎日100万ドル(1億5千万円)を配るなど、巨額の資金による露骨な票集めも展開した。にもかかわらず、熱狂する支持者たちには恐怖すら覚える。
1期目のトランプ政権で首席補佐官を務めたジョン・ケリー氏は、トランプ氏が極右の権威主義などを信奉しているとして「ファシストの定義に当てはまる」と語る。トランプ氏自身も2期目の就任直後は「独裁者になる」と明言。米軍を投入して政敵らに報復する考えも示している。上下両院も共和党が多数を占めれば、歯止めがかからない可能性がある。
ハリス氏と民主党の敗北の背景には、現政権下での物価高による生活実感の悪化、不法移民の急増などに対する国民の強い不満がある。ただ、国民の融和に失敗し、トランプ氏らとの中傷合戦に陥ったことも一因だろう。
物価を除けば経済指標は堅調で米南部の不法移民も規制強化により24年度は減少に転じている。
利益と忠誠心を最優先
トランプ氏が関税の大幅引き上げや減税などを行えば、物価は再び高騰する可能性が高いが、政策を巡る冷静な分析は、感情的な罵倒合戦の陰に隠れてしまった。
自らの利益や忠誠心に基づいて敵と味方に分けるトランプ氏の手法は、外交も同じだ。
1期目は日韓や北大西洋条約機構(NATO)の同盟国に対し、米軍駐留経費負担や防衛費の大幅増額などの要求を突き付けた。昨年7月には、米国の半導体産業にマイナスだとして、米国が超党派で支えてきた台湾を批判した。
ロシアがSNSなどを通じてトランプ氏を後押ししてきたのも、米国を軸とした同盟関係や安全保障の枠組みに亀裂を入れ、弱体化させる狙いがあるからだ。
トランプ氏はロシアの攻撃を受けるウクライナ支援に消極的姿勢を示し、権威主義国家が企てる力による現状変更の試みに今後、歯止めがかからない可能性がある。台湾統一を目指す中国や、韓国を敵対国家と位置付ける北朝鮮もトランプ外交を注視している。
民主主義に大きな試練
中東情勢も「制御できない民主党よりトランプ氏の方がまし」との見方はあるが、1期目のトランプ氏はイスラエルのネタニヤフ首相とともに、パレスチナ側にばかり譲歩させる「和平案」を発表して反発を招いた経緯があり、紛争終結は見通せない。
トランプ氏の返り咲きは米国のみならず、国際社会に大きな影響を与えるだろう。その試練が、民主主義を強く成長させる糧になることを願うばかりである。
大統領選挙に対する米国民の熱心さや思い入れというのは日本人…(2024年11月7日『東京新聞』-「筆洗)
大統領選挙に対する米国民の熱心さや思い入れというのは日本人には理解しにくいところもあるか
▼ヴォネガットはマクガバンを支持したが、結果はニクソン勝利。「(だからといって)アメリカは世も末、というわけではありません。わたしの考えではどんな人間も偉大になれる潜在的な可能性を持っています。ニクソンでさえ、もし、失脚したなら」(『ヴォネガット、大いに語る』)。支持者はライバル候補の勝利をどうしても許せぬものか
▼勝敗のカギとなったのはやはり経済問題だった。苦しい暮らしの中、有権者は劇的な変化を求め、政策的にバイデン大統領とかわり映えしないハリスさんより、トランプさんの破壊力や無謀さのようなものに期待したかったのかもしれぬ。たとえ、それでウクライナ問題や気候変動などに目をつぶることになっても、である
▼トランプさんの勝利で世界はどう変わるか。予測できないのがこの人の政治だったことを思い出した。
トランプ氏再登板へ 独善絶ち融和姿勢見せよ(2024年11月7日『福井新聞』-「論説」)
米国大統領選で、共和党候補のトランプ前大統領が勝利した。接戦が伝えられたが、開票状況は終始、トランプ氏優勢のまま推移。世界で最も重要な権力の座に再び就く。米大統領の返り咲きは19世紀のクリーブランド以来132年ぶり、史上2人目となる。
トランプ氏の再登板で懸念されるのは、予測しにくい政策決定スタイルだ。2度の弾劾訴追に加え議会襲撃など4事件での起訴を経験している異例ずくめの政治家だが、立候補を表明して以降、各事件を「政治的な目的のでっちあげだ」と主張。民主党や自身に批判的な政治家、司法を含む政府機関に対する報復に言及したこともあった。難局を切り抜け返り咲いたトランプ氏は、勢いに乗って独自の政策を相次ぎ打ち出す可能性がある。
「米国第一」を推進するとみられ、同盟関係国との外交展開も予断を許さない。日本に対しては米軍駐留経費負担増を要求することも考えられる。石破茂首相は、次期政権との関係構築を急ぐ必要がある。
トランプ氏には独善に走ることなく融和の政治を実現してもらいたい。米国内が分断したままでは、モットーの「米国を再び偉大に」はかなわないだろう。自身に反対する国民や政治家の協力をも広く求めるリーダーシップを求めたい。
外交関係では、バイデン現政権の国際協調路線が放棄されるとの見方もある中、最も懸念されるのはウクライナ問題だ。対ロ防衛を「負け戦だ」と断言したことがあるトランプ氏がウクライナに一部領土の放棄を迫り、侵攻したロシアと和平交渉を勝手に行う恐れさえ指摘されている。
国際社会は法の支配を重視し、力による現状変更の阻止を目指してきた。日本は、米国が独善に陥らないよう、団結を強めるために外交力を発揮する必要がある。台湾などに対し威圧を強める中国に、米国がどう臨むのかについても慎重に見極めたい。
トランプ氏勝利 分断あおらず安定に力を(2024年11月7日『新潟日報』-「社説」)
対立をあおり分断を深めるのではなく、世界の超大国として、国際秩序の安定に力を尽くしてもらいたい。「米国第一」を旗印に、世界を振り回す事態を招くならば歓迎できない。
トランプ氏は来年1月に第47代大統領として就任式に臨む。返り咲きは異例で、史上2人目、132年ぶりとなる。
◆不満の受け皿に成功
トランプ氏は支持者を前に勝利宣言し「米国を再び偉大な国にする」と述べた。
被害者意識を駆り立て、有権者の不満をすくい上げることに成功したと言えよう。
今年7月に選挙集会で暗殺未遂に遭った際には、ひるまずに強い指導者像を打ち出し、求心力を高めてバイデン大統領を撤退に追い込んだ。
トランプ氏は2021年の議会襲撃など4事件で起訴され、不倫口止めでは有罪評決も受けている。大統領在任中に2度弾劾訴追され、大統領としての適格性には疑問符が付く。
しかし、そうした素行に目をつぶり、有権者がトランプ氏を選んだのは、現状打破を求める空気が米社会に蔓延(まんえん)していた表れとみていいだろう。
一方のハリス氏は、バイデン氏に代わって初の女性大統領を目指したが及ばなかった。
政権ナンバー2を4年間務めながら目立った業績を残せず、人気が低迷したバイデン氏との違いを示せなかったことが大きい。インフレや不法移民対策を巡って批判の的になった。
共和党が政権を奪還することにより、米国が大きく揺り戻されることは必至だ。
トランプ氏は不法移民の大規模な強制送還や国境封鎖といった強硬姿勢を打ち出すほか、人工妊娠中絶の権利について各州に規制の判断を委ねるとしている。性的少数者の権利拡大にも反対している。
多様性重視を掲げる民主党政権から転換するが、社会の分断と対立が一段と深まることは避けなくてはならない。
勝利宣言で「今こそ4年間の分断を過去のものとし、結束するときだ」と述べたトランプ氏の真偽が問われる。
◆「米国第一」懸念強く
米国の政策転換が日本に及ぼす影響も注視される。
新政権では国際協調の枠組みからの離脱や、高関税の導入で世界経済を翻弄(ほんろう)していく展開が想定されている。
日本製鉄による米鉄鋼大手USスチール買収計画についても反対を表明している。今後は日鉄に限らず、企業活動が阻害されることに注意が要る。
安全保障政策では、同盟国に対して負担増を迫る方針で、日本には米軍駐留経費の負担増を持ち出すことが予想される。
トランプ氏がかつて政権にあった際には、当時の安倍晋三首相と関係が良好だった。
日本は石破茂政権発足から間がないが、トランプ氏の人となりは分かっている。政府は情報を集め、トランプ氏側との関係構築に力を注がねばならない。
注目されるのは、国際協調路線だったバイデン政権から大転換となる外交政策だ。
中国に対しては、1期目より敵対的姿勢を見せている。対中関税の引き上げを掲げるが、台湾問題をカードに使うといった取引に出れば、日本もあおりを受ける可能性がある。
2期目は、自国だけでなく、世界の安定を見据えた指導者になることが求められる。
もしもトランプ氏が、米国大統領に返り咲いたら-。これを縮めた「もしトラ」の4文字が、ここしばらく取り沙汰されてきた。「もしも」ではなく、勝者は「やはり」トランプ氏だった。日本時間のきのう、米国の主要メディアは同氏が勝利したと伝えた
▼「もしトラ」が世界経済に与える影響を、専門家が人工知能(AI)を使って予測したことがある。7月にトランプ氏が大統領選の共和党候補指名を受諾した際の演説などをAIに読み込ませ、大統領になった場合のシナリオの作成を指示したという
▼AIは、減税や規制緩和によって米国経済が活性化する可能性があるとした。一方、輸入品に高関税を課す保護主義的な政策で、世界貿易が縮小するリスクも指摘した。短期的な経済効果が期待できる半面、長い目で見れば危うさもはらんでいるようだ
▼前回の在任中、米朝首脳会談などで世界をあっと言わせてきたトランプ氏だ。大統領に再び就任した後はAIでも予測できないような行動を起こすことも十分あり得る。世界はその一挙手一投足を、固唾(かたず)をのんで見詰めることになるのだろう
▼米国第一主義も、予測不能な動きも「やはり」トランプ流といえようか。米国政治の転換は国際政治の転換にもつながる。強い風が吹き始めたのだろうか。
(2024年11月7日『新潟日報』-「日報抄」)
もしもトランプ氏が、米国大統領に返り咲いたら-。これを縮めた「もしトラ」の4文字が、ここしばらく取り沙汰されてきた。「もしも」ではなく、勝者は「やはり」トランプ氏だった。日本時間のきのう、米国の主要メディアは同氏が勝利したと伝えた
▼「もしトラ」が世界経済に与える影響を、専門家が人工知能(AI)を使って予測したことがある。7月にトランプ氏が大統領選の共和党候補指名を受諾した際の演説などをAIに読み込ませ、大統領になった場合のシナリオの作成を指示したという
▼AIは、減税や規制緩和によって米国経済が活性化する可能性があるとした。一方、輸入品に高関税を課す保護主義的な政策で、世界貿易が縮小するリスクも指摘した。短期的な経済効果が期待できる半面、長い目で見れば危うさもはらんでいるようだ
▼前回の在任中、米朝首脳会談などで世界をあっと言わせてきたトランプ氏だ。大統領に再び就任した後はAIでも予測できないような行動を起こすことも十分あり得る。世界はその一挙手一投足を、固唾(かたず)をのんで見詰めることになるのだろう
▼米国第一主義も、予測不能な動きも「やはり」トランプ流といえようか。米国政治の転換は国際政治の転換にもつながる。強い風が吹き始めたのだろうか。
トランプ氏勝利 世界を揺るがす「米国第一」(2024年11月7日『信濃毎日新聞』-「社説」)
世界最大の軍事力、経済力を持つ大国に、「米国第一」を旗印とする大統領が返り咲く。
激戦で民意は半分に割れた。トランプ氏の暗殺未遂事件が2度も起きた。分断をあおる政治手法が改まる様子はない。立場が異なる人を敵視し、政治的暴力をいとわない風潮が強まる。米国の民主主義の危機は深まった。
国際秩序が大きく揺らぎ、世界経済が混乱に陥る可能性がある。
◇
■「失政」批判で復権
移民2世で女性初の大統領を目指した民主党のハリス副大統領は、米社会の多様性を体現し、自由や権利が守られる未来に前進するとのメッセージを掲げた。
有権者の関心事はむしろ、目の前のインフレや移民問題だった。バイデン政権下で物価は急騰し、低中所得層は生活苦に直面。移民に寛容な政策により中南米から不法に越境する人が急増し、雇用を奪われたと不満が広がった。
トランプ氏は社会の不安をあおり、バイデン政権の「失政」を印象付けた。矛先は政権中枢のハリス氏に向き、理にかなわないポピュリズム的な政策を唱えるトランプ氏が、救世主のように押し上げられた。
富裕層と貧困層の経済格差は著しい。政治的には保守とリベラルの価値観が二極化している。
ハリス氏は女性の人工妊娠中絶の権利擁護を強く訴えた。トランプ氏は自らを襲った銃撃にも屈しない「強い指導者」を演出した。
◇
■融和の意思見えず
「卑劣な暴君」(ハリス氏)、「無能で知能指数が低い」(トランプ氏)。両者は暴力的な言葉で個人批判を重ねた。トランプ氏は民主党急進左派を「内なる敵」と呼び、軍隊を差し向けるとまで公言した。融和を図る大統領の役割を無視している。
内向きの中傷合戦に終始し、外交や安全保障を巡る政策論争は置き去りにされた。「米国第一」のトランプ氏は世界の平和と安定に役割を果たす意思があるのか。疑わしいと言わざるを得ない。
バイデン氏が修復した国際協調路線を覆し、再び独善的な外交姿勢を強めるのではないか。首脳同士の「取引」にこだわり、ロシアのプーチン大統領や北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記との親密な関係を誇示する。強権的な指導者を利する状況をつくりかねない。
イスラエルにはバイデン政権以上に肩入れしている。前政権時に蜜月関係を築いたネタニヤフ首相を促してガザへの攻撃を止められたとしても、パレスチナ国家樹立を認める「2国家共存」による和平には消極的な姿勢を示す。
同盟関係を軽視し、北大西洋条約機構(NATO)には否定的だ。加盟国に国防支出の拡大を迫る一方、加盟国を防衛する義務を守らない姿勢をちらつかせる。日本にも在日米軍の駐留経費の負担増を求める可能性がある。
バイデン政権は日米韓など多国間の連携を深め、覇権を争う中国を包囲する戦略を描いた。4月の日米首脳会談では自衛隊と在日米軍の指揮・統制の枠組みを見直すことで合意し、日米の軍事一体化が進む。トランプ氏の復権で、米国に追従してきた日本の外交・安保政策はどう変質するのか、行方は見えにくい。
◇
■無責任な迎合でなく
中国には強硬姿勢を取り、中国製品に60%の関税を課すとする。中国が台湾に侵攻すれば150~200%に引き上げるとけん制する。報復関税の応酬による貿易摩擦が再燃しかねない。
中国製に限らず全ての輸入品に関税を課し、国内産業を保護すると主張する。だが輸入品価格が上昇し、バイデン政権批判の的にしてきたインフレを引き起こす危険がある。つけを払わされるのは米国民だけではない。
保護主義は自由な貿易を阻む。国際通貨基金(IMF)は「世界経済が分裂すれば、特に途上国は大きな損失を被る」と警鐘を鳴らす。選挙向けに歓心を買う政策の影響に目をつぶり、自国優先を貫く姿勢は無責任に過ぎる。
世界経済が減速すれば米国にも弊害が及ぶ。グローバル化した世界で一国のみの繁栄はあり得ないことを自覚すべきだ。
民主政治の機能不全をさらし、大国の威信は低下している。分断を招いてさらに求心力を失い、世界を不安定にさせても、「米国第一」の旗を掲げ続けるのか。国際社会に背を向けない政治を望む。
トランプ氏勝利/「米国第一」の独善を懸念する(2024年11月7日『神戸新聞』-「社説」)
開票速報を見守る人たち
米国の民主主義が大きな岐路に立った。超大国はどこへ向かうのか。世界中が身構え、注視する。
トランプ氏は、過激な言動で社会の分断をあおってきた。政敵への「報復」をほのめかしてもいる。独裁者のような振る舞いは断じて許されない。党派対立を超えて「全ての米国人の大統領」となり、世界の平和に指導的役割を果たすべきだ。
◇
世界各地の紛争から手を引く-。トランプ氏の外交政策を端的に表現すると、こうなろう。
■外交戦略練り直しを
驚くべきことに、トランプ氏はプーチン・ロシア大統領や中国の習近平国家主席ら強権的なリーダーへの憧れを隠さない。そうした相手と直接渡り合い、自国の利益のみを追求する「ディール(取引)外交」を推し進める可能性がある。
気候変動への対策にも後ろ向きだ。米国の石油・天然ガス産業を後押しする狙いもあるようだ。地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」から再び離脱する方針を掲げている。気象の激甚化は差し迫った危機である。再考を強く求める。
選挙戦では、日本への言及はほとんどなかった。安全保障でさらなる負担を求めるのか、どのような通商政策を取るのか、現時点でははっきりしない。だが、内向き志向を強める米国と向き合うには、日本の外交戦略の練り直しが不可欠だ。
米国との関係を基盤としつつ、民主主義や法の支配といった普遍的価値観を共有する国々と連携を深めるべきである。韓国や欧州連合(EU)、オーストラリアなどが視野に入るだろう。米中間の緊張激化は避けられそうにないが、日本は国益を見据え、隣国である中国との戦略的互恵関係を維持し、深化させたい。
■希望をもたらせるか
米国の経済格差はすさまじい。学歴や資産が固定化する「階級社会」になりつつある。とりわけ民主党のオバマ政権下で労働分配率が著しく下がり、中間所得層が崩壊した。大卒未満の白人の状況は特に厳しく、「絶望死」と呼ばれる自殺や薬物中毒死が増えている。
「敗者」として置き去りにされた人々の怒りが、トランプ人気を押し上げたといえる。民主党政権のリベラルな政策に対する保守派の不満も鬱積(うっせき)していた。トランプ氏への支持は、分断の原因ではなく、格差拡大による分断の結果とみることができよう。
次期大統領が向き合うのは、党派対立が極まった米国社会である。まずは、自らが国民の融和に取り組む姿勢を示さねばならない。極端な格差や不平等を生む構造的な問題に切り込み、将来に希望が持てる社会を築く努力が求められる。支持者の期待が失望に変われば、内政が流動化しかねない。
ポピュリズムが人々の不満をすくい上げ、排外主義的な主張に賛同が集まる。米国が直面する政治状況は決して人ごとではない。
異なる意見に耳を傾け、議論を重ねて着地点を探る。民主主義を支えるのは、忍耐を要する地道な作業である。一人一人がその重要性を胸に刻まねばならない。
トランプ氏勝利 かじ取りに懸念が大きい(2024年11月7日『山陽新聞』-「社説」)
人権や法を軽んじる「トランプ政治」の復活に、米国内のさらなる分断が懸念される。日本をはじめ国際社会が多大な影響を受けることも必至となった。
トランプ氏は両党の支持率が拮抗(きっこう)する激戦州で優位に立ち、勝利を確実にしたと主要メディアが報じた。
波乱続きの選挙戦だった。今夏、トランプ氏が遊説中に銃撃される一方で、再選を目指したバイデン大統領が高齢不安のため撤退。代わって急きょハリス氏が出馬した。通例なら複数回実施される討論会は1回で終わった。
ハリス氏は女性の権利擁護や多様性重視を打ち出し「過去には戻らない」と訴えたが、現職副大統領として政権への批判にさらされ、当初の勢いが終盤に失速した。
ただ、トランプ氏は民主主義国家のリーダーとして適格か、疑問視する声は根強い。国民融和という大統領の役割を無視し、分断をあおる手法を続けてきた。そもそも前回大統領選での敗北をいまだ認めておらず、議会襲撃事件などで起訴された。かじ取りには懸念が山積している。
世界が最も注視するのはロシアによるウクライナ侵攻の行方だ。トランプ氏は「ウクライナの負け戦」と断じており、ロシアのプーチン大統領寄りの終戦案を進めかねない。首脳同士の個人的関係や圧力を駆使してディール(取引)に持ち込む外交を好むため、中東危機への対応も不安定さが増すとみられる。
日本の安全保障面も影響は避けられないだろう。中国をにらんでインド太平洋地域で力を入れた多国間連携の枠組みが骨抜きになる恐れが危惧される。同盟国や友好国には負担増を要求する構えで、米軍駐留経費の増額を求める公算は大きい。
通商政策も大きく揺れる。米国への全ての輸入品に10~20%の関税を課すとしているためだ。日本政府は日米など14カ国が参加する新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」の破棄や、日米貿易協定の再協議にも警戒を強めている。
公約通り気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」からも再離脱する見通しという。
勝利宣言では争ったハリス氏に歩み寄る姿勢を一切見せなかった。分断の修復や国際協調に背を向けたままでは国際秩序の回復は難しい。日本も困難な対応を迫られよう。
大統領選と買収の行方(2024年11月7日『山陽新聞』-「滴一滴」)
▼もともとは企業を買収してリストラし、高く売ってもうける非情な人物だった。女性と出会った後は、従業員を解雇しないでほしいという買収相手の願いを聞き入れ、本業を支援して発展を促す姿勢に変わった
▼さて、こちらは現実の話。米国で今、日本製鉄による大型買収計画が難航している。相手は同業大手のUSスチール。国名の「US」を冠する名門企業である
▼昨年末に約2兆円で買収を提案したものの雇用などを懸念する労働組合の猛反発を受けた。USスチールの本社は大統領選の激戦州、ペンシルベニア州にある。労働者票に配慮して、民主、共和両候補が買収に慎重な考えを表明し、ますます話がややこしくなった
▼大統領選では、米国第一主義を掲げる共和党・トランプ候補が勝利を宣言した。買収の可否は対米外国投資委員会が年内に審査結果を出す予定で、日鉄には難路が予想される
▼仮に買収が認められたとしても、政治問題化して混乱したUSスチールのかじ取りは容易ではないだろう。本業を伸ばす道筋を示し、従業員の心をつかむことが欠かせまい。
トランプ氏勝利 分断あおる政治を改めよ(2024年11月7日『中国新聞』-「社説」)
トランプ氏は「米国は助けを求めている。われわれの運動は国を癒やすのを助けていく」と、返り咲きの勝利宣言で述べた。だが選挙戦を見る限り、国民融和という大統領の役割を無視し、国際協調路線に背を向けている。
「米国第一」主義に振り回されるのはもうたくさんだ。トランプ氏は国際社会に信頼されるリーダーを目指し、分断をあおる政治を改めなければならない。
選挙戦でトランプ氏は、バイデン政権下でインフレが進んだと批判。メキシコと接する南部国境で不法移民流入が急増したと訴え、有権者の不満をうまく取り込んだ。強権的な手法をいとわぬトランプ氏に現状打破を求めたのだろう。7月には選挙集会で暗殺未遂事件が発生。ひるまずに強い指導者像を打ち出した。
3年前の議会襲撃事件で起訴され大統領の適格性が疑問視されても有権者は目をつぶった。選挙戦で陰謀論や偽情報が絶えず、中傷合戦が過熱した。そんな現状を中国は「米国式民主主義の欠陥」と批判する。トランプ氏は自らの振る舞いで米国の民主主義が揺らいでいると自覚すべきだ。勝利した今だからこそ、反対する国民や政治家の意見にも耳を傾けてもらいたい。
国際舞台においても、同盟軽視の外交を展開し、独裁的な指導者とのディール(取引)も辞さない構えである。
ロシアの侵攻を受けるウクライナへの支援に消極的で、プーチン大統領との個人的関係をてこに停戦仲介に意欲を見せる。ウクライナに領土割譲を求めればゼレンスキー大統領や北大西洋条約機構(NATO)の反発は必至で、西側諸国の結束に亀裂が入る。
パレスチナ自治区ガザを巡ってはイスラエル支持が鮮明で、緊迫する中東情勢に影響を及ぼす。中国との関係は関税強化で厳しい局面が続きそうだ。一方で習近平国家主席や北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党総書記との直接対話に乗り出すことも考えられる。周辺国にはかつてのような疑心暗鬼が渦巻きかねない。世界の平和と安定はディールでは実現し得ないと理解すべきだ。
被爆地として核政策の行く末を注視する必要がある。トランプ氏は前任期中、「使える核」と位置付けた小型核兵器の開発を進め、ロシアとの中距離核戦力(INF)廃棄条約を失効に追いやった。日本被団協のノーベル平和賞受賞決定で高まった「核兵器のない世界」への機運をしぼませてはならない。
日本はトランプ政権といかに向き合うべきなのか。米軍駐留経費の負担増などを迫られる可能性がある。反対を表明している日本製鉄の米鉄鋼大手買収の行方を含め、経済への影響は不可避だ。外交では同盟関係を維持しながら、台湾への威圧を強める中国などとも対話も重ねる必要がある。法の支配を重視する多国間の枠組み維持に向け、難しいかじ取りが求められる。
マスコミ泣かせの「隠れトランプ」(2024年11月7日『山陰中央新報』-「明窓」)
▼事前の世論調査の多くがクリントン氏の優位を伝えていたにもかかわらず、トランプ氏が予想外の勝利を収めた。その要因に挙げられたのが「隠れトランプ」の存在。過激な発言を繰り返すトランプ氏を支持していることを他人に隠し、世論調査にも回答していなかった多くの“隠れ支持者”が投票したとされる
▼20年の選挙で再選を果たせず、返り咲きによる政権奪還を狙うトランプ氏と、初の女性大統領を目指す民主党候補のカマラ・ハリス氏が互角の戦いを繰り広げた今回の大統領選。同志社大大学院の三牧聖子准教授(米政治・外交)に予想を聞くと、「以前に比べてトランプ支持を公然と言える環境になった」としつつ、潜在的な“隠れ支持者”が多ければトランプ氏が地滑り的に勝利する可能性も示唆した
三牧聖子准教授
▼土壇場まで結果が予測できないのはスリリングだ。ただ世論調査の数字が選挙結果に反映されないのは、マスコミ泣かせでもある。(健)
【トランプ氏勝利】際立つ分断 融和の責務(2024年11月7日『高知新聞』-「社説」)
勝敗を決める激戦7州での両者の支持率は、最終盤になっても誤差の範囲とされた。しかし、「米国を再び偉大に」と呼びかけたトランプ氏が着実に得票を伸ばした。
トランプ氏は、バイデン政権下で物価高が急速に進んだと非難した。大幅な減税や関税強化で米企業の成長や雇用創出を図ると訴え、岩盤支持層のほか、グローバル化や景気回復から取り残された白人労働者らを取り込んだ。また、中南米からの不法移民の急増を問題視し、強制送還して秩序を回復すると強調した。
一方、女性、アジア系として初の大統領を目指したハリス氏は「過去には戻らない」と主張し、中低所得層を重視する政策を公約とした。人工妊娠中絶の権利擁護や性的少数者の権利向上などを掲げた。
米国のリーダーは世界の将来に影響を及ぼす。注目度は高いのは当然だが、最大の関心はトランプ政治が復活するかどうかに向けられた。
トランプ氏は国際協調に冷ややかな姿勢を示す。外交は同盟・友好国を束ねる米国の指導力が欠かせないと訴えたハリス氏とは対照的だ。
米国はロシアに立ち向かうウクライナへの最大の支援国だが、トランプ氏は継続には消極的だ。交渉による早期の戦闘終結を唱える。それ自体は望ましいが、譲歩を迫られれば米欧の足並みが乱れる恐れがある。北大西洋条約機構(NATO)との関係を見直したい意向も取り沙汰される。警戒感は強い。
中東情勢の緊迫を、トランプ氏はバイデン政権の外交の失敗と指摘し、パレスチナ自治区ガザ情勢で「2国家共存」を反イスラエル的だと非難する。終結は急務だが、一方的な処理は対立をかえって激化させる。丁寧な対応が必要だ。
日本にも関税引き上げや防衛費増額などの要求が想定される。中国との対立が先鋭化すれば、その余波を受けることも考えられる。
連邦最高裁はトランプ氏の在任中に保守化が進んだ。国民の権利後退や、大統領による公務中の行為への免責特権を認めた。言うまでもなく、何でもできるわけではない。
世論調査では、支持しない候補が勝てば米国の民主主義が弱くなると考える人が多い。分断が際立つ。投票前には襲撃や暴動など不測の事態に備え、フェンスの設置や店舗の窓を板で覆う動きも伝えられた。対立解消への手だてが求められる。
トランプ氏再選 米国の分断加速を危ぶむ(2024年11月7日『西日本新聞』-「社説」)
かつてない大接戦がこの国に禍根を残すのは必至だ。分断が進み、両党支持者はもはや別々の世界に生きているとまでいわれる。対立が先鋭化する恐れがある。
「米国は助けを求めている。われわれは、この国が癒やされるのを助けていく」
トランプ氏は勝利宣言で誓ったが、実現は容易ではない。
■現政権への怒り吸収
トランプ氏の最大の勝因は、民主党バイデン政権が、この4年弱の間に暮らしが良くなったとの実感を、多くの国民に与えることができなかったことだろう。
現政権下、景気は回復に向かったとはいえ暮らしを直撃する物価高はインフレ率が一時約40年ぶりの約9%まで上昇した。バイデン氏は「持てる者」と「持たざる者」の格差是正に最優先で取り組むとしていたものの、むしろ拡大したと感じる国民が多い。
人権重視の民主党政権に期待して、メキシコとの国境地帯からの不法移民も急増した。治安の悪化や移民擁護の予算が拡大していることへの不満が、中間層や低所得層には渦巻いていた。
トランプ氏は敗北した4年前の選挙結果を受け入れていない。刑事裁判で罪にも問われている。支持者が連邦議会議事堂を襲撃した事件では、調査した下院特別委員会が「襲撃はトランプ氏が引き起こした」と断定した。
今選挙ではうその情報発信を繰り返し、より口汚く相手を中傷するなど、大統領としての資質を疑わせる言動が過激化した。
それでも米国の民意はトランプ氏を選んだ。現政権への国民の怒りはそれほど強かったと言える。
選挙中の暗殺未遂事件を経たトランプ氏が意識していたのが「強さ」の演出だ。超大国の大統領職に国民は常に強さを求めてきたからだ。そこに「男性性」を重ねる偏見が、初の女性大統領誕生をまたも阻んだ面は否めまい。
ハリス氏の選挙事務所も銃撃されるなど米国では今年、1970年代以降の大統領選で最多の約50件の政治的暴力が起きた。民主党支持者が敗北への不満から暴力に走る可能性が指摘されている。
バイデン大統領には平和的な政権移行を実現する責務がある。
トランプ氏は選挙戦で国内の対立勢力を「内なる敵」と呼ぶなど憎悪をあおり続けた。意に沿わぬ人たちを排除し、共和党を「個人崇拝の政党」のように変容させたとの指摘もある。危険な兆候だ。
国民の統合を実現する覚悟を持ち、自らの言動を改めるべきだ。意見の異なる相手への寛容と自制の精神を重んじてきたこの国の民主主義を、トランプ氏はこれ以上後退させてはならない。
■世界への責任自覚を
「米国第一」を何よりも優先する超内向きな政権が、国際社会に与える影響は計り知れない。
ロシアに侵攻されたウクライナの最大支援国は米国だ。共和党内には支援を縮小し国内政策に予算を回せとの空気が強まっている。ロシアのプーチン大統領との個人的関係をてこに、ロシアが有利な形での決着を目指しかねない。
トランプ氏は日本や韓国、北大西洋条約機構(NATO)など同盟国に負担増を求めるとしている。日本はトランプ氏との関係構築を急がなくてはならない。超大国の米国には国際秩序の安定や地球温暖化といった世界規模の課題解決に寄与する責任がある。日本は先進7カ国(G7)など関係国と粘り強く説得する必要がある。
全国の映画館で「洋画離れ」が進んでいるという。今年上半期、ヒットの目安とされる興行収入10億円を超えた邦画は15本。対して洋画は3本だけだった
◆劇場で洋画の予告を見れば、荒唐無稽なヒーローが力まかせに敵をなぎ倒す。これではねぇ…。かつて「全米が泣いた」の惹(じゃっ)句(く)に胸躍らせた世代はため息をつく
◆主役は強くあらねばならない。見ている方がげんなりする、かの国のそんな価値観は大統領選びともなれば一段と鮮明になる。「私は泣いてはいけないから笑うのだ」。奴隷解放宣言で知られるリンカーン大統領さえ、そんなジョークを飛ばしている
◆暗殺未遂、有権者登録で大金が当たる選挙違反すれすれの呼びかけ、投票所への爆破予告…。選挙戦をにぎわせた数々の話題は、とても民主主義の国とは思えない。米心理学会の調査では、米国の成人の約7割が大統領選に「大きなストレス」を感じていた。選ばれた「強い主役」は分断で傷ついた、かの国の現実でもある
◆洋画が「あこがれ」だった遠い昔、移民出身のF・キャプラ監督は『スミス都へ行く』で民主主義の理想を描いた。味わい深いせりふがある。「あなたの常識的な正義感こそ、この国に…いえ、ゆがんだ世界のすべてに必要なのよ」。米国がなくしたもの、そして世界が失おうとしているものについて考え込む。(桑)
大統領再びトランプ氏 米社会の分断解消目指せ(2024年11月7日『琉球新報』-「社説」)
米大統領選は、共和党で前大統領のドナルド・トランプ氏の返り咲きが決まった。勝利を左右するといわれる7激戦州のうち、ジョージア、ノースカロライナなどを制した。対立候補の民主党ハリス氏の勝利による初の女性大統領誕生は実現しなかった。
大統領経験者が再び大統領職に就くのは米史上、2例目である。米国民は「アメリカ・ファースト」(米国第一主義)を掲げ、景気浮揚や移民対策を訴えたトランプ氏を再び選んだ。トランプ氏の再任が欧州や中東の戦禍、そして東アジアの安全保障環境にどのような影響を及ぼすか、沖縄からも注意深く見守る必要がある。
今選挙で懸念されたのが、トランプ氏が現大統領のバイデン氏に敗れた2020年の大統領選で生じた混乱が繰り返されることであった。21年1月に起きた連邦議会襲撃のような暴力行為は、米国の社会分断の根深さを象徴するような出来事だった。
トランプ氏は今回も分断の惹起(じゃっき)を物ともせぬ挑発的な言動を繰り返してきた。相手候補のハリス氏はトランプ氏を「民主主義の脅威」と厳しく批判してきた。
再び大統領となるトランプ氏に求められるのは米国社会に存在する分断の解消と、国際社会との協調であろう。16年の初当選から4年間のトランプ政権下、米国内では社会の分断や人種対立が進み、対外的には移民政策に見られる排外主義や米国単独主義があらわになった。
トランプ政権の基本姿勢であり、今選挙戦のスローガンでもあった「アメリカ・ファースト」は米国民と世界に平和と安定をもたらすのか、国際社会は今後4年間、疑念とともに見守ることになろう。トランプ氏は国内的には融和、対外的には国際協調主義を重んじる政権運営を目指すべきである。
ロシアとの戦闘が長期化しているウクライナやパレスチナ自治区ガザに侵攻したイスラエル、イランへの対処は、バイデン政権に続き、トランプ次期政権が直面する課題となろう。中国に対して力で応じるというトランプ氏の強硬姿勢は、東アジアに新たな緊張をもたらす可能性もある。これらも国際社会の関心となろう。
日本国内でも、トランプ氏が当選する「もしトラ」の可能性を注視してきた。それが現実となったのである。トランプ次期政権への対応について政府は議論を急ぐ必要がある。さらなる防衛費負担を求めてきた場合の石破茂首相の判断次第では新たな政治課題として議論となろう。
米政権の動向は、米軍基地を抱える沖縄にも影響する。玉城デニー知事は今年9月の訪米で米軍人による性暴力への対処を求めた。トランプ次期政権とも接点を築き、沖縄の声を訴える必要がある。沖縄県の地域外交の真価が問われている。
トランプ氏勝利 ガザ停戦急ぎ住民守れ(2024年11月7日『沖縄タイムス』-「社説」)
アメリカ社会は女性の大統領を迎える準備ができていなかったのだろうか。
トランプ氏を支持する岩盤支持層の主張や行動で目に付いたのは、強さや力を信奉するマッチョイズム(男らしさを重んじる思想)である。
7月の選挙集会でトランプ氏に対する暗殺未遂事件が起きた時も、トランプ氏はひるまずに強い指導者像を打ち出し、支持層を熱狂させた。
だが女性候補だから敗れたとまではいえない。
大統領選は、ハリス氏が敗れたというよりも、バイデン政権が敗れたというべきだろう。
トランプ氏は、ハリス氏を「ひどく無能で知能指数(IQ)が低い」などと差別的な発言を繰り返した。
ハリス陣営が同じ土俵で反論したため、中傷合戦がエスカレートし、社会の分断を深める結果を招いた。 米国社会の分断と対立は深刻である。
「米国第一主義」を掲げるトランプ新大統領の下で、世界は安定の方に向かっていくのか、混迷の度を深めるのか。
どちらとも断定できないような、予測困難な時代が始まろうとしている。
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ハリス氏はなぜ、岩盤支持層を固めることに失敗したのか。
若者や大学生、アラブ系住民らが批判の声を上げたのは、米国民主主義の健全性の表れというべきだろう。
その矛先は、米国の政治家の中で、最もイスラエルに近いとされるトランプ氏にではなく、副大統領のハリス氏に向けられたのである。
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ハリス氏がパレスチナの苦境に寄り添う姿勢を示し、膨れ上がる民間人の犠牲を憂慮していたのは確かだ。
だが、イスラエルへの武器禁輸に踏み切ることはなかった。
本来の支持層の中から「ハリスを見捨てよう」という落選運動が起きたのは、今回の大統領選を象徴している。
トランプ氏には、ガザへの攻撃を止め、人道危機を回避するための支援策を早急に講じることを強く求めたい。
ガザの停戦。これが最優先すべき政策だ。