祭りの「消滅」100件超す 都道府県の無形民俗文化財アンケート(2024年11月6日『毎日新聞』)

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法被姿でダイナミックに「男踊り」を披露する踊り子たち=2024年8月12日午後、三村政司撮影
 都道府県が指定する祭りなどの無形民俗文化財のうち、担い手不足などによって指定を解除したり休止状態になっていたりするものが31県で計102件に上ることが毎日新聞のアンケート調査で明らかになった。大半は高齢化や若者人口の減少が原因で、人口減少社会の中で民俗の継承がいかに難しいかが浮き彫りになった。
解除9件、休止93件
 伝統的な行事や祭りは、特に貴重であると評価されたものについては国や自治体が指定文化財として保護している。毎日新聞の調査は都道府県指定の無形民俗文化財が対象。指定を解除した件数、指定を維持しながらも祭りなどが開催できずに休止状態になっている件数を尋ね、全都道府県から回答を得た。
 回答によると、現行の指定文化財制度が始まった1975年以降、指定を解除していたのは4県で計9件。千葉県は伝承団体が消滅した「伊能の歌舞伎」(成田市)など6件、埼玉、愛知、大分3県は各1件あった。都道府県の指定から国の指定への「格上げ」に伴う解除や、いったん解除後に再指定したものは対象から外した。
 休止は30県で計93件。県別では、多い順に熊本11件▽高知8件▽福井7件▽宮城、千葉、奈良、和歌山の各5件――だった。奈良、和歌山、徳島、岡山4県は個別名称を「非公表」(岡山は一部)とし、三重県は実態について「分からない」と答えた。
 休止とした時期は多くが2000年代以降で、理由は子どもや若者らの担い手、後継者不足がほとんど。祭りの運営などに必要な資金不足を理由とする回答もあった。【山下貴史、畠山嵩】

祭りに公的資金投入、茨城で全国初 「民俗」との線引き、どこに(2024年11月6日『毎日新聞』)
 
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潮来祇園祭礼で山車を「の」の字に思い切り引く人たち。茨城県の指定無形民俗文化財潮来ばやし」が鳴り響く=茨城県潮来市で2024年8月2日午後、山下貴史撮影
 人口減少に伴う担い手不足などに苦しむ祭りを支援しようと、補助金の投入や公務員の派遣など、官によるサポートが動き出した。近隣で助け合う「共助」が担ってきた日本の祭り。民俗に「公助」の支えはどこまで必要なのか。
参加者、地元以外からも
 水郷のまち、茨城県潮来市。五穀豊穣(ほうじょう)や天下太平などを願う恒例の潮来祇園祭礼は8月2~4日に開かれ、連日熱気に包まれていた。
 地域の鎮守である素鵞(そが)熊野神社例大祭で、800年を超える伝統がある。神話の英雄や武将の人形などを乗せた重さ数トンにもなる14台の山車に乗り込むのは「芸座連(げざれん)」と呼ばれる奏者たちだ。笛や鼓、太鼓、笛、かねを使って奏でる祭りばやしは「潮来ばやし」と称され、茨城県が無形民俗文化財に指定している。
 「ちょうど今、うちの山車に芸座が15人ほど乗っているが、五丁目の人は誰もいない」。祭りの初日、潮来地区を構成する16区のうち「五丁目」区の横田浩一区長(67)が打ち明けた。ほかの山車に乗る芸座連も地元の区以外の奏者が多いのだという。
全国初の補助金投入
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潮来祇園祭礼で行き交う二つの山車。笛や鼓が鳴り響く茨城県指定無形民俗文化財潮来ばやし」が祭りを盛り上げる=茨城県潮来市で2024年8月2日午後、山下貴史撮影
 茨城県は4月、この潮来祇園祭礼を含めた県内五つの祭りに補助金を交付すると決めた。歴史的にも文化的にも価値の高い祭りを残したいという思いからで、県教育委員会によると、文化財保護を目的とした祭りへの補助制度は都道府県では初めて。
 県内には数多くの祭りがある。どうやって補助金の交付先を選ぶのか。
 県教委によると、国や県の無形民俗文化財に指定されている祭りの中から歴史的な価値や観光振興への影響などを踏まえ、学者や学芸員などの有識者が選定する。補助の上限は、1件あたり500万円。「今回選定した五つの祭りは数千万円といった単位の費用がかかる。運営の一部をサポートする点で適正な規模ではないか」。担当者はこう説明する。
地域がやるべき民俗とは
 しかし、民俗とは、文字通り「民」のならわし。そこに公的なお金が入ることについて、国学院大観光まちづくり学部の石垣悟准教授(民俗学)は「地域社会がやるべき民俗の部分に直接、公的資金を大量に投じるというのは少し違うと思う」と指摘。駐車場やトイレの整備など「民俗」以外の部分に補助金は限定すべきだとし、「行政側はどこにお金を落としていくか、どの部分にお金が使われていくかをしっかり見極めないといけない。民俗文化財とそうでない部分との明確な区分けが必要で、そのために民俗というものがどういうものかを知らないといけない」と話す。
公務員がスタッフに
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よさこい祭りで働く高知県の職員ら。踊りを終えた踊り手の人たちに冷たい飲み物を渡す仕事で、「裏方としてとてもやりがいがある」と話していた=高知市内で8月10日午後、袴田貴行撮影
 お金ではなく、人的資源を送り込む自治体もある。
 土佐の真夏を彩る高知市の「よさこい祭り」(8月10、11日開催)では、高知県高知市がそれぞれ職員を派遣した。高齢化などにより会場の運営スタッフが足りないためで、給水ブースの運営や交通整理などを手伝った。
 祭りは1954年、戦後の暗い空気を吹き飛ばし、市民を元気づける目的で高知商工会議所などが中心となって始めた。今年で71回目。昨年より27チーム、約3000人多い184チーム、約1万7000人の踊り手たちが集まった。
 競演場・演舞場は市内17カ所と広く、職員らは主催者のよさこい祭振興会の指示の下、10カ所に分かれて作業に当たった。給水所のスタッフとして働いた県経営支援課の恒石裕輝さん(27)は「夏の風物詩を裏方として支えることができやりがいがあった」と満足げに語った。恒石さんと一緒に働いた県商工政策課の大坪穣二さん(28)も「ありがとうと声をかけてもらうと大きな喜びを感じた。県民と触れ合うと、本業の仕事にも効果がある」と話す。
 高知県高知市が職員を派遣するのは昨年に続き、2回目。今年は2日間に延べ18人ずつ、計36人を派遣した。ただ、県も市も将来的には地元商店街などで「自立」してもらうことを考えており、職員の派遣をなくすことを理想に掲げる。
財務省「自助努力で」
 国も祭りなどの文化財を保護する施策は続けているが、祭りの運営そのものをサポートすることはしていない。
 文化庁は、国指定のものに限らず、山車の修理や衣装の新調など用具の整備や後継者の養成を支援しているほか、消滅の恐れが高いと思われる祭りを映像や写真で記録に残す取り組みに補助金を支給している。
 ただ、文化財の保護は有形、無形にかかわらず、修繕費などが年々増加傾向にある。厳しい財政状況の下、財務省には「自助努力で保存していくことが大前提だ」(中堅幹部)との意見も根強い。有識者でつくる財政制度等審議会ではインバウンド(訪日客)の増加を踏まえ、文化財については「保護」から「活用」へと考え方をシフトさせており、祭りなどの文化財が「稼ぐ力」を向上させていく視点が重要だと指摘している。【山下貴史、小林理、袴田貴行】