海外ミステリーやSFを中心に翻訳出版してきた老舗出版社・早川書房が今夏、ウェブマンガ誌「ハヤコミ」を立ち上げた。ここ数年、同社のように紙のマンガ誌の刊行経験がない、かつて刊行していたが廃刊した-といった出版社のウェブマンガ誌開設が相次いでいる。書籍や雑誌の出版で培った得意分野で、多彩な作品を打ち出している。(飯田樹与)
◆世界的名著や話題作、ビジュアル化で読みやすく
今年7月に誕生したハヤコミのサイトで、まず目につくのは世界的名著や話題作。いずれも同社から出版された小説をコミカライズ(マンガ化)した作品だ。タイトルは知っていて興味はあっても、分厚い本で活字を追うのはちょっと…と尻込みしがちな人も、マンガなら気軽に読めそうだ。
吉田智宏編集長(48)は「翻訳ものはカタカナの登場人物が覚えにくいという声があった。ビジュアル化することで、イメージしやすくなる」と、新たな読者の獲得に期待する。同じサイトには、国内の気鋭の描き手によるオリジナル作品も併載し、ウェブでマンガを読み慣れた若年層にもアピールする。
さらに、海外への「輸出」も視野に入れる。日本のマンガは世界で親しまれており、以前から外国の版元やエージェントから「マンガを扱っていないのか」と尋ねられることもあったという。「海外の読者に輸出、向こうにとっては逆輸入する形で、一つの市場があるのでは」(吉田さん)。マンガ版「そして誰もいなくなった」は電子書籍のほか書籍でも刊行予定。既にフランスやイタリア、中国など7カ国で版権が売れた。
◆紙のマンガ誌は全滅の黒歴史…ウェブは2年目から黒字
ウェブマンガ誌「Comic PASH!」を2018年から運営するのは、女性週刊誌などで知られる「主婦と生活社」だ。同社は以前から、小説投稿サイト「小説家になろう」で人気を集める“異世界転生もの”をライトノベルとして書籍化してきた。
実は同社では、1980~90年代にかけてマンガ誌をいくつか刊行していたが、全て休止した苦い過去がある。
山口さんは「紙の雑誌だと複数の作品をゼロからそろえて継続させるのは、金銭的にもノウハウ面でも非常にハードルが高い」と指摘。これに対して、ウェブは「極端な話、編集部内だけで調整し、サイトさえ作ってしまえば1作品からでもリリースできる」。ページ数の増減に柔軟に対応できる点も、作り手側として魅力という。
◆紙のマンガ誌持たない出版社が続々とウェブ参入
多様な世代向けに、時代のトレンドを捉えた数々の雑誌を送り出してきたマガジンハウスも昨年6月、ウェブマンガ誌「SHURO」をスタートさせた。南Q太さん作「ボールアンドチェイン」など、多様な生き方、人との関わり方を肯定してくれるような独自の世界観の作品が人気だ。
そのほか、文芸春秋が「BUNCOMI」、光文社が「COMIC熱帯」など、マンガ誌を持たない出版社が続々とウェブマンガ誌に参入している。
その背景について、SHUROの関谷武裕編集長(42)は「出版事業として売り上げが伸び続けている成長分野が電子コミックしかないためだと思う」と話す。
コミック市場は年々、電子コミックがシェアを広げ、2019年に紙と逆転した。出版科学研究所の調べでは、紙と電子を合わせた2023年のコミック市場(推定販売金額)は6937億円(前年比2.5%増)。このうち、紙のコミックス(単行本)とコミック誌を合わせた金額は同8%減の2107億円。対して電子コミックは同7.8%増の4830億円となった。
同研究所は「映像化されるなど、紙でヒットした作品の電子書籍が売れているだけでなく、電子書籍のストア独占・先行配信も強化されている。さらに、電子オリジナル作品、縦スクロールの電子コミックの好調さも市場を底上げしている」と説明する。
◆「デジタル上は棚が無限」描き手も出版社もウィンウィン
かつて別の社でウェブマンガ誌を立ち上げた経験がある関谷さんも「当時は、電子書籍と紙の売り上げがまだ逆転していない時代で、手元に置いておきたくなるような紙の本を作ることを考えていた。しかし、今は逆に、電子書籍向けのコミックを意識しなければ収益化は難しい」と明かす。
出版社のウェブマンガ誌の開発・運用を担う「コミチ」の萬田(まんだ)大作社長(45)によると、ウェブコミック誌の先駆けは、08年にスタートしたスクウェア・エニックスの「ガンガンONLINE」。その後、人気マンガ誌を擁する集英社や小学館、講談社、白泉社、秋田書店などが続き、今はマンガ誌のイメージが薄い出版社も参入。サイト数は50~70に上るという。
「デジタル上は棚が無限。だから描き手にとってもチャレンジしやすい」と、マンガ家の育成面での利点も萬田さんは強調する。今後は異業種からの参入も見込まれ、ウェブ上でのマンガ誌展開はますます盛り上がりそうだ。
<ウェブマンガ誌> 出版社がウェブやアプリでインターネット上に作品を掲載するネットサービス。最新話の配信を行い、電子書店で売る電子単行本の販売促進をする。電子単行本は自社で販売することもある。
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