自民党と国民民主党の政策連携では、年収が103万円を超えると所得税が発生する「103万円の壁」の解消と、ガソリン税の一部を軽減するトリガー条項の凍結解除という国民民主の目玉政策に対し、自民がどう対応するかが焦点だ。自民は国会での多数派工作のため国民民主に譲歩する公算が大きいが、それぞれの政策には課題もある。
労働供給増目指す
「恒久的な措置としてぜひやっていきたい」。国民民主の玉木雄一郎代表は3日のフジテレビ番組で、所得税の基礎控除と給与所得控除の合計を103万円から引き上げることに改めて意欲を示した。
所得税は収入から一定額を除いた金額に税率をかける仕組み。納税者全員が対象の基礎控除は48万円、会社などに勤める人の給与所得控除は最低55万円で、計103万円以下なら非課税になる。国民民主は衆院選で、この103万円を178万円に引き上げることを訴え、議席を伸ばした。日本総合研究所の藤本一輝研究員は「今の日本に求められるのは、需要刺激よりも供給力の増加だ。『年収の壁』の解消で労働供給の増加を目指す方向性は正しい」と話す。
ただ、年収が103万円を超えても払う必要がある所得税はわずかだ。収入増の大半は手元に残るため、実質的に「働き損」は起きない。配偶者に関しても配偶者特別控除で年収150万円までは所得税が増えない仕組み。このため、実際に「働き損」が起きるのは、扶養控除の対象となる学生アルバイトの年収が103万円を超えることで扶養者である父母などの所得控除額が減り、世帯としての税負担が増えるケースのみだ。
「2つの壁」影響大
年収の壁を巡っては、制度が正しく理解されず一部の労働者が「103万円で働き損が起きる」と誤解していることで、労働時間が抑えられている可能性も指摘される。今回の引き上げを巡る議論でこうした誤解が解消され、労働供給の増加につながることは期待できるが、効果は限定的だ。
むしろ実際の影響が大きいのは、社会保険料の支払いが必要となる106万円と130万円という2つの「壁」。日本総研の西沢和彦理事の試算では、年収が130万円以上となり厚生年金保険と健康保険組合などに新たに加入した場合、可処分所得は約15万円減る。
国民民主の主張通り所得税が生じる基準を178万円に引き上げても、社会保険加入の基準である106万円と130万円の壁は残ったまま。現状の議論では「178万円までは好きな時間だけ働いても『手取りの減少はない』と誤解が生じる可能性もある」(藤本氏)と懸念も出ている。
また、引き上げに伴い国と地方で7兆~8兆円程度の減収を招く上、高所得者ほど減税の恩恵が大きいとの指摘もある。藤本氏は「106万円と130万円の壁を残したままでは、根本解決にはつながらない」と話す。(大島悠亮)
過去に協議も不調
ガソリン税の一部を軽減する「トリガー条項」の凍結解除は、国民民主がかねてから主張していた政策の一つだ。玉木雄一郎代表は原油高や円安によるガソリン価格の高騰の中、消費者の負担軽減につながるとして解除を岸田文雄政権に求めてきた。岸田政権としても国民民主を取り込む思惑もあり、令和4年3月から自公と国民民主の枠組みで凍結解除に向けた協議を開始した。
もっとも、トリガー条項は課題も少なくない。課税を停止すれば国・地方への税収減が見込まれるほか、減税前の買い控えや税率を元に戻すときの駆け込み需要が生じるなど、流通現場に混乱が生じる可能性が高い。こうした事情から自公国による協議は行き詰まり、国民民主は今年2月に協議から離脱した。
ただ、衆院選の結果、議席の大幅増でキャスチングボートを握った国民民主と自公の立場は逆転した。林芳正官房長官は1日の記者会見で「(トリガー条項は)実務上の課題が指摘されている」と述べたが、自民党重鎮は「もうやらないなんて言っていられない」と危機感をあらわにした。(永原慎吾)
年収の壁
パートの従業員らは収入が一定の金額になると税金や社会保険料の負担が生じる。手取りの減少を意識して働く時間を抑えてしまい、人手不足の一因となっており「壁」に例えられている。「103万円の壁」のほか、社会保険料の負担が発生する「106万円の壁」もあり、政府は令和5年10月、保険料分を肩代わりした企業に補助金を支給する対策を導入した。
トリガー条項
ガソリン価格が一定の基準を超えた場合に発動され、税の一部を軽減する制度。レギュラーガソリン1リットル当たりの全国平均価格が3カ月連続で160円を超えた場合、約25円の課税を停止。130円を3カ月連続で下回ると終了する。生活支援を目的に民主党政権が平成22年に創設したが、東日本大震災の復興財源確保などを理由に23年に凍結され、以後発動されていない。