自公大敗後の試金石の緊急経済対策、「規模ありき」ではなく実質賃金上昇の基盤整備が王道(2024年11月2日『ダイヤモンド・オンライン』)

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総選挙翌日、党首会談で政策合意書を交わす石破茂自民党総裁(右)と石井啓一公明党代表=10月28日午後、国会内 Photo:JIJI
● 選挙後最初の試金石は緊急経済対策 総額だけが問題にされている不合理
 10月27日に行われた衆議院選挙は、与党の自民党公明党過半数割れという結果になった。
 石破政権は、これから極めて難しい政権運営を強いられることになる。
 選挙後にまず行なうのは、総選挙で公約した緊急経済対策だ。公約では2023年度補正予算における経済対策費を上回る規模を確保するとした。
 しかし問題なのは、対策の内容を詰める前に予算の規模だけの議論が”先行していることだ。本来、予算規模はまず施策の内容を決定し、それに必要な額を積算して決まるものだ。内容を決めずに規模が決まるというのは理解しがたいことだ。
 石破首相が対策の規模を強調するのは、財政支出を増大したり減税をしたりすれば、ほぼそれだけGDPが増大する。さらに乗数効果がでればそれ以上の増大効果を期待しているからだろう。だが昨年11月の経済対策のための補正予算によるGDP押し上げ効果はほとんどなかった。
 今回の緊急経済対策はガソリンや電気・ガス代補助の延長が中心になる可能性が高いが、中身も本質的な対策とは程遠い。
● 昨年11月の13兆円経済対策では GDP成長率高まらずマイナス成長
 これから行なわれる緊急経済対策で、実際にどのような効果が実現するだろうか?
 政府が2023年11月にまとめた経済対策のための23年度補正予算額は一般会計で13.1兆円、所得税と住民税の定額減税を含めると17兆円台前半だった。17兆円台前半は、24年1~3月期の名目GDPの約3%にあたる。
 だがGDP統計で年率換算の実質季節調整系列の前期比を見ると、24年1~3期のGDPはマイナスとなった。
 4~6月期にはプラスとなったが、1~3期とならしてみればほぼ停滞状態だ。つまり経済対策の効果はなかったと考えざるをえない。
 なぜこうしたことになるのか?
 その理由は明らかであって、家計消費支出が増加しないからだ。そして家計消費が増加しないのは実質賃金が増えないからだ。
 仮に補正予算の追加額の全てを家計に対する給付金に当てたとしても、同額だけ(あるいはそれ以上に)消費が増える保証はない。23年秋の経済対策の経験が繰り返されるとすれば、その大部分が貯蓄に回されてしまうだろう。
 したがって今年度の補正予算の規模を大きくしたとしても、GDPの成長率には寄与しないと考えられる。
● 実質賃金の引き上げが重要 問題多いガソリン補助などの物価高対策
 では、何もしなくても良いのかといえば、そんなことはない。経済が停滞するのが、実質賃金が増えず、消費支出が増えないということだから、最も重要な課題は、実質賃金の継続的な増加を実現することだ。
 石破政権は実質賃金上昇も総選挙の公約に掲げたはずだ。それを実現することこそ、最も重要な経済政策の課題だ。
 ただし問題は、その実現のために何をするかだ。
 物価が下落すれば実質賃金が上昇するから、物価対策を強化すればいいのだろうか?今回の緊急経済対策では、ガソリン代や電気・ガス代の補助を継続するなどの政策が行われる可能性が高い。24年度補正予算もそれを中心にしたものになりそうだ。
 これらの措置は、円安による物価高騰に対処するために導入されたものだ。ガソリン代については22年1月に導入され、電気・ガス代では23年1月から行われている。
 このうち、電気・ガス代の補助は24年5月使用分をもっていったん終了したが、その後、8月から10月使用分まで延長されることとなった。今回の緊急対策によって、これがさらに延長されるようだ。
 しかし、これらの政策は見掛け上の物価を下げることにしかならない。補助のための支出のおおもとは国民が負担するので、実質的な国民の負担は何も変わらない。
 しかもガソリン代補助の利益は、比較的所得が高い人や企業などにも及ぶので所得分配上の問題があると考えられる。
 物価高対策は直接、市場価格に介入して抑制するやり方でなく、物価高騰の原因になっている要因を除去することによって実現されなければならない。
 今回の物価高騰について言えば、円安による輸入価格高騰が大きな要因になっている。したがって、金融政策を正常化することによって為替レートを円高に導き、それによって国内物価の高騰を防がなければならない。
 そして実質賃金を引き上げるのは、技術革新によって労働生産性を向上させることが、何よりも重要な課題だ。
 ところがそのために何をするべきかという議論は、一向に深まっていない。総選挙でも十分に議論されることはなかった。本当に必要なのは、緊急経済対策で予算額を確保することではなく、労働生産性引き上げのための地道な政策を積み重ねていくことなのだ。
● 補助政策はやめられない場合が多い 補正予算で歳出膨張の悪弊
 物価抑制のための補助政策には他にも問題が多い。その一つは必要がなくなった状況になってもやめられないことだ。
 日本では補助政策をいったん導入すると、その必要性が薄れた後も廃止できないで継続するという事例が多い。その典型例がリーマンショック後に導入され、新型コロナ禍で導入された雇用調整助成金の上乗せなどの特例措置だ。
 コロナ禍による営業自粛などで失業率が高まることを防止するため、2020年に導入された。その後、新型コロナの影響が弱まったにもかかわらず停止できず、結局23年3月末まで継続された。雇用調整助成金の支給総額は6兆円を超えた。
 問題は膨大な支出が行われたことだけではない。この政策はコロナ禍の初期における失業率の高まりを防ぐという機能を果たしたと考えられるものの、その後、休業者が労働力の必要な分野に移っていくことを阻止した可能性が高い。
 リーマンショック後に導入されたときも、失業拡大の危険性が薄れたにもかかわらず停止できないとして批判された。コロナ禍では問題がそれ以上に拡大したと考えられる。
 ガソリンや電気・ガス代の補助の物価対策もこれと同様の問題を抱えている。
 コロナ禍以降は、補正予算で、緊急経済対策だけでなく通常の政策のための予算の増額を行うことが半ば慣例化している。しかも補正予算における歳出の増加は国債増発によって行われる場合が多い。
 補正予算で増額が行われるのは、予算査定の時間が限られているため、増額が認められやすい傾向があるためだ。そして歳出が増額し国債発行額が増えても当初予算ほどには国会審議などで目に付かないと考えられるからだ。
 本来、補正予算は、当初予算の策定以降に発生した事態に対処するためのものだ。それが歳出増加の隠れ蓑に使われてしまうのは大きな問題だと考えざるを得ない。
 こうした悪弊は改め、当初予算で十分な検討と査定の時間を確保した上で、新しい政策を導入するべきだ。
 (一橋大学名誉教授 野口悠紀雄
【訂正】記事の初出時より以下の通り訂正しました。
3ページ目7段落目:2000年→2020年
(2024年10月31日13:00 ダイヤモンド編集部)