自公大敗でも石破首相は居直ればいいだけ、実は国会にいた「最強タッグ」を組める政治家とは(2024年11月2日『ダイヤモンド・オンライン』)

キャプチャ
窮地に立たされた「石破劇場」。実は先行きは楽観的? Photo:JIJI
● 「石破劇場」の超楽観的予測 悪くない与党敗北と巨大野党の出現
 先の衆院選挙における自公連立政権の大敗で、メディアはもう政局に走り出しました。首相や幹事長の退陣、次期参院選前の自民党総裁交替、そして他党との連立工作など「次の話」に熱中しています。しかし、自公連立独裁が長年続いていたことの方が異常であり、与党が過半数をとれず、かなり巨大で政権交替可能な野党が存在するというのは、国民にとって悪いことばかりでもないのです。
 特に石破首相と立憲民主党の野田代表の考えは、かなり似通っています。石破氏は、総裁になってから党内基盤の弱さを気にしすぎて考えがブレましたが、総裁選以前の発言を鑑みれば、二大政党が共同してできる改革がたくさんあることに気付きました。以下、一つずつ検証していきましょう。
 (1) マイナンバー健康保険証の延期 
 すでに石破首相も敗戦のインタビューで「紙は残す」と発言していましたが、もともと公明党との協議では、マイナンバー健康保険証は「延期」と言っていました。党内情勢を考えて発言は後退しましたが、今なら国民の人気を考えても「延期」が妥当な判断でしょう。
 そして、野田代表も立憲民主党全体も延期論です。公明党も延期論ですから、マイナンバーに健康保険証を紐付けする理由はなくなります。最初の旗振り役にしてトラブルメーカーだった河野太郎氏は、総裁選で議員たちから全然支持がないことが露呈したので、彼に気を遣う必用もありません。
 何よりも、野党の人数のほうが多くなったので、議運委議院運営委員会)では野党の発言力が増し、法案を提出する力が強くなりました。あとは、石破氏が党議拘束(党本部の方針に従って、議員に党の政策に対して議会で賛成票を投じることを義務づける規則ですが、議員の独立性の観点から憲法違反の疑いがあります)を「憲法違反の疑いあり」という論理で外してしまえば、完璧です。発足直後に実施すれば、支持率は上がるでしょうし、立憲の株も上がります。
 (2)選択的夫婦別姓の実現 
 同様に、選択的夫婦別姓についても、野田氏は代表選で速やかに実現したいと発言していました。石破氏も総裁選では、選択的夫婦別姓に賛成でした。党内の意見に配慮して、首相になってからは公明党との連立合意には入れませんでしたが、公明党も選択的夫婦別姓には賛成です。
 今後の野党優勢となった議運で、野党から法案が提出された場合、公明が賛成にまわり、石破氏が党議拘束をかけなければ、これも通ります。選択的夫婦別姓に反対しているのは、主として高市早苗氏を中心とする旧安倍派と老人とタカ派ですから、どんどん政敵を追い詰める材料にさえなるのです。
● 本当はこんなに似ている 石破首相と野田代表の「胸の内」
 (3) 日米地位協定の見直し
 これも、石破首相が総裁選以前から唱えていた持論です。立憲民主党でも代表選で3候補が見直しを主張し、野田氏だけが「国民の意見を聞いて」との慎重論でしたが、野田氏の慎重発言は安全保障に関する立憲への不安を煽らないための抑え目の発言であったと思われます。
 と言うのは、民主党時代の2012年、総理として沖縄を訪問し、2月26・27日の両日に当時の仲井眞弘多知事ら沖縄の政財界のトップと会談したとき、08年に一度開催した日米地位協定の改定に関する「連絡会議」の再開を提言し、その後、民主党沖縄県連の新垣安弘代表にも同様のことを明言したことが、記録に残っているからです(野田首相の沖縄訪問に関する質問=参議院)。
 もちろん、米国を相手にして簡単に交渉が運ぶことはないでしょうが、今まで自民党が全然米国に注文を付けられなかったことを二大政党の党首が提言すべきと発言することは、沖縄県民や米軍基地付近に住む住民にとって朗報になるでしょう。
 (4)女性天皇の実現
 日経新聞(9月15日)によると、「立憲民主党野田佳彦元首相、枝野幸男前代表、吉田晴美衆院議員の3氏は15日、仙台市の党代表選討論会で女性天皇を容認する考えを示した」とあり、野田氏は歴史上前例があることや皇族数の減少を理由に、推古、持統両天皇の例を挙げ、「歴史と伝統を踏まえてもあってしかるべきで、各党間でまとめられるはずだ」と語ったとあります。
 一方、石破氏も皇位継承のあり方について、新聞紙上で同じ意見を語っています。産経新聞(8月5日)の記事で、石破氏は「女系天皇の容認を含めて議論すべきだとの立場をとる」と相当踏み込んだ発言をしていますし、今年6月にもBSフジの番組で「男系優先に決まっているが、女系を完璧に否定していいのかというと、皇室を大切にするということから少しずれていると思う」と語っているのです。
 (5)安倍時代の徹底的な検証
 森友学園問題で財務省の文書改竄を告発して自殺した赤木俊夫事務官の夫人雅子さんあてに、石破氏は3月7日、携帯メールを送っています。「森友事件の真実が明らかになりますよう、微力ながら努力を重ねて参ります。いつか必ず正義が実現することを信じて」という内容でした。
 捜査が終わって、再捜査は不可能ですが、民事訴訟は何度でも論点を変えてできるはずです。前回の訴訟で財務省は、最初から「認諾」という奇手まで使って、要求された損害賠償金を全額払う代わりに一切審理をさせず、文書改竄や実際の打ち合わせをメモした文書の開示を免れるという、信じがたい手を使いました。しかし、今回は石破総理なので、たとえば妻が受けた精神的苦痛に対する補償という風に論点を変えてもう一度民事訴訟をすれば、財務省は同じ手は使えません。
 このところ裁判所は、かつての安倍政権に対して厳しい姿勢が目立ちます。高等検察庁の黒川元検事長について、法律の解釈を変更し定年を延長した閣議決定をめぐり、大阪地方裁判所は一部の文書の開示を命じました。判決は「法解釈の変更は、退官を間近に控えた黒川氏の定年延長を目的としたものと考えるほかない」などと指摘し、27日の判決で大阪地方裁判所の裁判長は「国は、請求者の趣旨を解釈するべきであり、開示を求められた行政文書は、元検事長の定年延長を目的として行われた協議の文書だと理解すべきだ」としています。
 そのうえで「法解釈の変更は、元検事長の定年退官に間に合うように短期間で進められるなど、合理的に考えれば、元検事長の定年延長を目的としたものと考えるほかない。国は文書を保有していると認められる」などと指摘し、原告が求めた文書のうち、元検事長の定年延長について法務省内で協議や検討したものを開示するよう命じているのです。
 このケースを見れば、赤木さんに対する文書開示も期待できます。森友事件は財務省だけでなく、安倍首相夫人の昭恵氏が絡んでいる事件ですから、この真相の解明は安倍一強政治の暗部を明らかにするでしょう。石破氏はもう党内の声など気にせず、徹底的に安倍政治の検証を行うべきだし、その姿勢を保つ限り、国民と野党の信頼を得られます。
● 選挙で封印していた日本劣化の元凶 アベノミクスの見直しがいよいよ始まる
 (6)アベノミクスの見直し 
 野口悠紀雄一橋大学名誉教授が「今回の選挙でアベノミクスの見直しが議論されていない」と問題提起した記事を短く引用します。
 「1980年代の後半には、日本の1人当たりGDPは、実にアメリカの1.5倍になっていた。だが、2023年における日本の1人当たりGDPは、アメリカの約7割程度でしかない。それでも、2000年における値は1を超えていた。2000年は、沖縄でサミットが行われた年だ。日本は、この時、参加国中で最も豊かな国だったのである。
 ところが、2023年に広島で行われたサミットにおいては、日本の1人当たりGDPは参加国中で最低になってしまった。この20数年の間に、極めて大きな変化があったのだ。
 こうなってしまったのは、円安や金融緩和といった目先の政策に終始して、新しい技術の開発やビジネスモデルの導入、あるいは人材の育成といった問題をなおざりにしたからだ。アベノミクスが導入されても、日本の劣化は止まらなかったということだ」(東洋経済オンライン)。
 実際、石破首相は、アベノミクスの再点検が必要だとしていました。しかし、総選挙ではこの問題を封印してしまいました。党内世論や、まだ数が多い安倍派議員に遠慮していたのです。しかし、多くの安倍派議員、しかも大物が落選し、高市氏にも力がなくなりました。石破氏の後見人である岸田氏もアベノミクス修正論者です。
 そして、立憲の野田氏は安倍政権の経済政策「アベノミクス」について、「明らかに失敗だ。格差が拡大した」と批判、人への投資による賃上げを唱えました。つまり二大政党の党首がアベノミクスの修正に乗り出すことに前向きなのです。これで新自由主義による格差社会に歯止めがかかることになるでしょう。物価高や円安問題も、この根本が解決しないと、目先のバラマキしかできません。
● 石破首相は居直ればいいだけ 国会には最強タッグを組める相手が
 要するに、石破首相が居直ればいいのです。首相の地位は強く、簡単に辞めさせるわけにはいきません。自身のやりたいことをやるための最大の理解者が敵対政党の党首なのですから、こんなにいいことはありません。
 「楽観的すぎる」と思われるかもしれませんが、このまま石破首相が党内意見に従っていると、次期参院選までの退陣は目に見えています。本人も今は、「思い切り自分の思う通りやればよかったと」思っているはずなので、大ナタをふるう可能性は十二分にあります。ある人物が「日本の保守は安全保障はあっても人権がない。日本のリベラルは安全保障がなくて人権がある」と言っていましたが、今回は二大政党の党首がその双方を備えています。
 小さな人事や権力争いではなく、これぞ国難にあたる国会であり、与党・野党の党首であるというところを見せてくれる「石破・野田劇場」に期待したいものです。
 (元週刊文春・月刊文藝春秋編集長 木俣正剛)