自民党大敗の裏で起きていた変化 高市早苗氏の街頭演説で掲げられた横断幕『軍拡よりも生活』に支持者は…【ヤジ排除裁判のその後】(2024年11月2日)

HBCニュース北海道

自民党が大敗した衆院選で起きていた、もう一つの大きな変化

 2019年、安倍総理(当時)の街頭演説中に北海道警察が行ったヤジ排除。その後の裁判で、北海道に対する賠償が確定したあとの初めて選挙となった。現場を取材すると、5年前と大きく変わった風景が広がっていた。そこには悲しみを胸に声を上げる人の姿があった。

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「ヤジ排除問題とは」

 2019年の参議院選挙中、札幌で街頭演説をしていた安倍総理(当時)にヤジを飛ばしたり、批判的なプラカードを掲げたりした複数の市民が、北海道警察に排除された。このうち大杉雅栄さん36歳と桃井希生さん29歳の2人が表現の自由を奪われたとして北海道警を所管する北海道を相手に国賠訴訟を起こした。2024年8月、最高裁が原告と被告双方の上告を退け、桃井さんの排除は違法だとして北海道に賠償を命じた札幌高裁の判決が確定した。一方、大杉さんの排除については適法だとした高裁判決が同様に確定した。

石破総理は街頭演説を見送る

 10月18日、石破茂総理は野党との接戦が伝えられている北海道に入り、石狩市岩見沢市で自民、公明両党候補の応援演説をした。当初は札幌の大通公園で街頭演説をする予定だったが、警備上の理由で見送られた。結局、札幌では、石破総理は2箇所の応援演説を行ったが、いずれもホテル内で支持者に向けたものとなった。

 安倍氏が総理のときは、大通公園で街頭演説をしたり、公園内を練り歩いて市民らと握手したりしていた。私も何度か現場を取材したが、総理と市民のあまりの距離の近さに、「もし群衆の中に敵意ある者が紛れ込んで、凶器を持って襲ってきたら完全には防げないだろう」と感じていた。警察は事前に警備計画を作るが、警備関係者の話によると、総理に市民ともっと握手させたいという自民党サイドの要望で警備の変更を余儀なくされたこともあったという。

「政治家と市民が直接触れ合える唯一の場」

 安倍氏の銃撃事件や岸田前首相の襲撃事件が起きて以来、選挙の演説現場では厳重な警戒態勢がとられている。演説を聞くためには、聴衆は手荷物検査や金属探知機検査を受けたうえで、数十メートルも離れた場所に設置された柵の中に閉じ込められる。だが、選挙における街頭演説は民主主義社会において貴重な機会だと阪口正二郎早稲田大学教授(憲法学)は指摘する。

 「政治家と市民が直接触れ合える唯一の場」「ヤジやプラカードなどは表現方法として認めておかないと、世の中にはどんな人が困っていてどんな意見があるかわからない」

 今回、石破総理が札幌で街頭演説を行わなかったことによって、有権者は投票の判断材料を得られなかっただけでなく、石破総理の政治姿勢や自民党の政策に反対する人にとっては、意見表明する機会を失ったといえる。

すすきの交差点ではスタンディング

 同じ日の午後5時ごろ。すすきの交差点で、市民ら10人ほどがスタンディングを行った。「投票に行こう」「ミサイルより笑顔で暮らせる日常を」などと書かれたプラカードをそれぞれ手にして道行く人に訴えた。

 その中のひとり、山口たかさん74歳は2019年の参院選で、2人の友人とともに年金政策を批判するプラカードを掲げようとして警察官に排除された。石破総理が、札幌で街頭演説しなかったことについてこう語る。

 「屋内で支持者向けの集会だけやってもだめ。ふだん接点のない人の声を聞いたり、そういう人に訴えるのが街頭演説だし、それが選挙。逃げたと言われても仕方がない」

仲間のペンダントを胸に…

 山口さんの胸にはネオンの光に反射して輝くペンダントがあった。清原雅子さんがつくったものだ。

 清原雅子さんは排除があった当時、山口さんらと行動をともにし、「年金100年安心プランどうなった?」というプラカードを安倍総理(当時)に向かって掲げようとしたが、警察官らによって阻まれた。当時、私たちの取材にこう答えていた。

 「無言でプラカードを掲げるというのは誰にでもある権利だし、弱者ができる唯一ひとりでできることですよね。こんなことも声が出せないなんて怖いですよね。民主主義じゃないですよね」

 雅子さんは、患っていたがんが再発。プラカードを掲げた翌日に治療を再開する予定で、「これが最後になるかもしれない」と話していた。治療の甲斐なく、雅子さんは2024年1月30日に亡くなった。享年70だった。警察は、雅子さんが政治に意見を表明する最後の機会を奪った。山口さんは涙をこらえながら話す。

 「いま雅子さんがいたらどんな思いをしているのか。ネックレスは雅子さんの形見なんです。手先が器用で、織物やアクセサリーをたくさんつくっていた。みんな一つずつネックレスをつけて、雅子さんと一緒にスタンディングしてます」

与野党候補が若者が企画したパネルディスカッションに登壇

 石破総理の来道から2日後の10月20日、札幌の中心部「狸小路」で政治家と市民が対話するイベント「民主主義ユースフェスティバル2024札幌」(日本若者協議会主催)が開かれた。道内外の若者が企画・実行委員会をつくり、対話を通して政治や気候変動、地域課題について考えようというもので、東京以外では初の開催となる。

 「民主主義教育」がテーマのパネルディスカッションでは、選挙期間中にもかかわらず、北海道1区から立候補している自民党の加藤貴弘氏(41)、3区から立候補している立憲民主党の荒井優氏(49)がパネリストとして登壇。若者が政治にかかわるきっかけづくりの重要性などを話し合った。また、会場内には共産党や維新の会が「選挙小屋」を設置した。

 「ヤジと民主主義」がテーマのパネルディスカッションでは私がファシリテーター役を務め、ヤジ排除訴訟の弁護団の神保大地弁護士、憲法の専門家である内藤光博専修大学教授、ヤジを飛ばされる側の代表として北海道比例区に立候補した畠山和也氏、ヤジを飛ばす市民(若者)側の代表として山本朱莉さんがパネリストとして登壇した。  太陽が傾き始めた晩秋の札幌は寒く、参加した市民と焚火を囲んでの対話となった。なぜヤジ排除が問題なのか、なぜ民主主義とつながっているのか…。パネリストが一方的に話すのではなく、対話を通して議論を深めていく。内藤教授によるとフランスにはこうした市民が政治について議論する場が街角にいくつもあるという。選挙の街頭演説だけでなく、さまざまな立場の人が日常的に議論できる公共空間が必要だと感じる。

社会問題を対話によって解決しようとする若者たち

 私にファシリテーターの依頼をしたのは、実行委員のひとりで、帯広柏葉高校3年の角谷樹環さん。スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんに影響を受けて、自らも気候変動に関する活動を帯広で始めた。8月には二酸化炭素排出削減を求めて国内の主要な火力発電事業者を提訴した原告団に加わった。    東京で第1回民主主義ユースフェスティバルに参加した経験が、札幌での開催を目指したという。  「自由に政治家と話せる場所があるんだとすごいワクワクした」「それまで話したことがなかった人、ふだん違う政党を応援したり違う考えを持ったりする人たちが自由に会話をしている状況に感動して、北海道で絶対に開催したいと思いました」  未来のために行動し、社会問題を対話によって解決しようとする若者たちとの出会いは、今回の選挙での大きな収穫だった。

ヤジ排除訴訟の判決の効力

 「高市氏が札幌に来るのでスタンディングします」  10月22日、山口たかさんからメッセージをもらい、私は急きょJR手稲駅北口に向かった。自民党高市早苗氏は、北海道4区から立候補した中村裕之氏の応援演説のためやってきた。総裁選で中村氏が高市氏を応援した見返りなのだろうか。中村氏は自民党道連会長であるにもかかわらず、立憲民主党候補との接戦が伝えられていた。  私が手稲駅に到着すると、私服の警察官があちこちで警戒にあたり、手荷物や金属探知機の検査が行われていた。物々しい雰囲気の一方で、聴衆は100人あまりと意外と少ない。

 山口さんは、2019年に一緒に排除された富永恵子さんらと計5人で最前列に陣取っていた。「政治を変えよう」「憲法改悪反対」「さよならマッチョ政治」と書かれたプラカードや横断幕を手に、静かにアピールしていた。中村氏の街頭演説が始まると、山口さんらの前に「自由民主党青年局」というのぼりを持った男性2人が立った。  「私たちの姿を候補者に見せたくなかったんでしょうか」と山口さん。  だが、街頭演説の現場は2019年とは大きく変わった。手荷物検査で、山口さんらはカバンのなかにあるプラカードをチェックされたが、没収されたり規制されたりすることはなかった。もちろん最前列で掲げても排除されることはなかった。当たり前と言えば当たり前だが、ようやく正常に戻ったようだ。ヤジ排除訴訟での勝訴判決の効力がここでも生きていた。

異なる意見を知り、対話が生まれ、変化が起きる…そして調和が成立する

 演説が終わった後、山口さんと富永さんの声は少しだけ明るかった。  「中村氏が北海道新幹線延伸について話していたが、私が隣にいた年配の男性に『新幹線は通らないですよね』というと、『そうですよね』と答えた。自民党支持者でも、変だと思っている」富永恵子さん  「私たちだけでは『軍拡よりも生活』という横断幕を広げられなくて、隣にいた自民党支持者と思われる男性が端を持ってくれた」山口たかさん  街頭演説は、政治家の話を聴衆が一方的に黙って聞く場ではない。「あなたの政策に反対の人間もいる」と声を上げ、政治家に伝えられる貴重な場でもある。そして開かれた自由な場だからこそ、さまざまな考えの市民が集う。自分と異なる考えを持つ人と出会い、多様な意見の存在を知る。そして対話が生まれる。変化が起きる。調和が成立する。それが民主主義のダイナミズムといえる。  要人警護の名のもとに、街頭演説の会場がますます厳重になり、支持者しか集まらなくなる。一つの意見に染まった世界に、多様性や自由は生まれにくい。だからこそ、多勢に無勢であっても、声を上げ続ける山口さんらの行動が、この時代に大切な意味を持つ。  「私たちの不断の努力で行使していかないと権利は失われてしまう。疲れますけどね(笑)。やり続けなくてはいけない」山口たかさん  奪われそうになった権利を取り戻した若者がいる。その権利を守ろうと行動する人たちがいる。どうか分かってほしい。私たちが空気や水のように当たり前のように享受している権利は、誰かが戦った結果であることを。たとえヤジを迷惑だと思っている人にも、その権利の光は注がれることを。

HBC北海道放送 山﨑裕侍