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今Netflixで話題の「地面師」...地主一家全員の死も珍しくなかった終戦直後、土地所有者になりすまし土地を売る彼らは、書類が焼失し役人の数も圧倒的に足りない主要都市を舞台に暗躍し始めた。そして80年がたった今では、さらに洗練された手口で次々と犯行を重ね、警察組織や不動産業界を翻弄している。
そのNetflix「地面師たち」の主要な参考文献となったのが、ノンフィクション作家・森功氏の著書『地面師』だ。小説とは違う、すべて本当にあった話で構成されるノンフィクションだけに、その内容はリアルで緊張感に満ちている。
同書より、時にドラマより恐ろしい、本物の地面師たちの最新手口をお届けしよう。
『地面師』連載第44回
より続く
諸永の真実
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地道が諸永を訴えた裁判では、被告の諸永自身の陳述書が東京地裁に提出されている。
〈訴訟事件に関する書類は私自身が作成する。已むおえない事情が発生して私が作成できない場合、(居候弁護士の)池下(浩司)氏及び吉永氏は元弁護士であるので両者が起案して私が目を通し、修正があれば修正し、そのままで良ければ了承する。(中略)
以上の基本体制で(弁護士事務所として)出発しましたが、出発して半年もしないくらいから、私の記憶力が徐々に衰え始めてしまいました。具体的に申しますと、以前の記憶はすぐに思い出すものの、近々に起こったことに関してすぐに忘れるということでした〉
諸永は70代後半という年齢のせいで記憶力が薄れ、認知症の検査を受けたことまで陳述書に記している。署名している文字もたどたどしく、本文もやや日本語の表現におかしな箇所が散見される。
〈本件につきましては何も(書類や証拠を)見ないで覚えているということはほとんどありません。
(中略)
本件にかかわる呉氏と称する人間の写真を見ますと見覚えがありますので、会ったことは間違いありません。ただ、時期、何回会ったか、どのような場面で会ったのか全く覚えていません。従って、誰と一緒に会ったのかも覚えていません〉
かなり頼りない。が、弁護士事務所の責任者としての自負はあるようだ。こう続く。
〈然し、言えることは例え訴訟事件でなくとも受任する際は私の了解はとっていること、出来上がった書類に捺印する場合(吉永が)必ず私に見せ、私が了解したので捺印していることは明言できると思います。
また、本件に関する代理受領の件も了解しており、依頼者の指示による送金も私が指示したはずですが、事務所の報酬等もいくらだったのか忘れています〉
裁判所が認定した前代未聞の賠償
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つまるところ責任はあるが、取引窓口としての実務は事務員の吉永がおこなっていたと言いたいらしい。もっとも今になってそんなことを言い出された被害者の地道らにとっては、たまったものではない。裁判官も呆れ果ててしまった。
「被告諸永芳春こと齊藤芳春は、原告に対し、6億4800万円及びこれに対する平成27年9月11日から支払い済みまで年5%の割合による金員を支払え」
16年11月14日、東京地裁において、裁判長の日浅さやかは、主文でこう判決を下した。裁判所が地道たち原告側の請求を満額認める損害賠償命令を下したのである。まさに前代未聞の厳しい判決だ。諸永の本名は夫人の姓である齊藤だが、ビジネス上旧姓の諸永を名乗ってきた。裁判長はその被告諸永側による言い訳を次のように一蹴している。
〈被告諸永は、平成23年から現在に至るまで、物忘れ外来の診療に通っており、初診当初から認知症の症状が認められ、その症状は緩徐に進行している。そして弁護士資格のない吉永は、実質上、自分が弁護士としての業務を行うため、被告諸永の弁護士資格や弁護士事務所の社会的信用力をいわば道具として利用していた〉
いざ民事裁判になると、法律事務所の責任者である諸永と取引の実務を担ってきた吉永の蜜月関係が崩れた。仲間割れを始め、諸永は弁護士としての自らの当事者能力を否定し、すべてを吉永の責任だとしている。もっともそれは、あながち間違っているともいえない。地面師事件の舞台となった弁護士事務所のあり様でもある。
森 功(ジャーナリスト)