◆「チャージの手間が省けた」
「スマホ決済用に給与振込口座から都度チャージしていたが、給料日にまとまって入金されるので手間が省けてうれしい」。9月25日、給与のうち15万円分をデジタルマネーで受け取った社員(45)は話した。
給与のデジタル払いは、給与の一部を銀行口座ではなく、デジタルマネーで受け取る仕組みだ。給与の支払いは、労働基準法で通貨(現金)が原則と定められていたが、2023年4月、スマホ決済アプリや電子マネー口座などでの支払いが解禁された。ソフトバンクグループ傘下でもあるペイペイの運営会社は同年4月に厚生労働省に申請、今年8月に国内初の事業者として指定された。
◆「事務負担の増加」を避けるために
給与のデジタル支いには、企業が従業員と労使協定を結び、労働規約の改定などが必要だ。希望者は、ペイペイ銀行にバーチャル口座が作られるため、電話番号など新たな登録は不要。上限20万円とし、残高が上限を超えた場合は指定の銀行口座に送金される。破たんした場合は、三井住友海上火災保険が6営業日以内に弁済する体制を整えた。
導入企業にはシステムの開発は不要だが、現金とデジタルマネーでの支給で事務負担の増加という懸念がある。そのため、ペイペイ銀行に法人口座を開設することを条件に、従業員へのデジタル給与振込手数料を無料とし、企業の給与振込手数料との二重払いを解消した。
◆金利は付かない
給与のデジタル払いは始まったばかりだが、企業からの導入問い合わせは300社ほどに上るという。日本瓦斯(ガス)=渋谷区=は「社内調査で約4割の社員が希望したことや、デジタルトランスフォーメーション(DX)化推進企業として、就職希望者が増えることも期待している」とし、1人10万円を上限に約2000人の従業員へ支払う予定だ。サカイ引越センター=大阪府=は、繁忙期に雇うアルバイトが1万人を超え若者も多いため導入を決めた。
一方、デジタル給与は利点ばかりではない。銀行口座の給与には付く金利が、デジタル給与にはない。ペイペイの運営会社の担当者は「デジタルの財布と考えてほしい。離れて暮らす家族への仕送りや、投資信託の積み立てや保険の支払いに利用でき、お金の管理がしやすくなる」と別の利点を強調する。
◆解禁から1年半で、わずか1社…
キャッシュレス決済額は2017年から約2倍に増え2023年末現在、126兆円規模に成長。銀行口座やクレジットカードから決済アプリへの自動入金サービスや、ネット銀行の給与振込口座開設に伴うポイント付与など、サービスの多様化が進む。
大和総研の長内智氏は、デジタル給与解禁から1年半を経て、厚労省の指定事業者がわずか1社しかない現状を指摘。「システム障害や破たんリスクから給与を守る仕組みは大前提だが、条件が厳しいのか申請企業が少ないことが気がかりだ。利便性向上を実感できるよう市場が活性化する施策と、企業側のサービス拡充に期待したい」と話す。
こうした指摘について、厚労省は「必要な審査をしており要件を満たしたと確認でき次第、指定を出す」と話している。