「もしもあの時気づいていなかったら」…不動産詐欺被害を間一髪で免れた社長が語る「地面師」たちの「ゾッとする話」(2024年10月29日『現代ビジネス』)

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Netflixで話題の「地面師」...地主一家全員の死も珍しくなかった終戦直後、土地所有者になりすまし土地を売る彼らは、書類が焼失し役人の数も圧倒的に足りない主要都市を舞台に暗躍し始めた。そして80年がたった今では、さらに洗練された手口で次々と犯行を重ね、警察組織や不動産業界を翻弄している。
そのNetflix「地面師たち」の主要な参考文献となったのが、ノンフィクション作家・森功氏の著書『地面師』だ。小説とは違う、すべて本当にあった話で構成されるノンフィクションだけに、その内容はリアルで緊張感に満ちている。
同書より、時にドラマより恐ろしい、本物の地面師たちの最新手口をお届けしよう。
『地面師』連載第40回
『逮捕のリスクを顧みず「警察」さえも詐欺に利用…「総額6億5000万円」を騙し取った「地面師」たちに不動産業界震撼』より続く
元弁護士の言い訳
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被害届を受理した警視庁の万世橋警察署の動きについて、地道が言う。
「警察が調べると、呉さんご自身は実在する華僑でした。現在は台湾に住んでいて吉祥寺にはいない。それをいいことに犯人たちは土地の所有者になりすましたのでしょう。聞くと、この手の事件は最近頻繁に起きているので、警察も大わらわのようです。あのアパホテルも引っかかっていると言っていました。私の事件の背後には、昨今世間を騒がせてきた大掛かりな地面師集団の影がちらついています」
一般に地面師たちの素顔はほとんど知られていない。内田マイクや北田文明のような大物でさえ、不動産業界でその姓名ぐらいは知っていても姿かたちは、よくわからない。取引に登場するときは偽名を使うので、不動産会社やマンションデベロッパーの業界の人間でも気づかないケースが意外に多い。それが実情といえる。
たとえば、もともと東京神田の諸永総合法律事務所に話を持ち込んだ山口芳仁はどんな人物か、と業界に問うても、ほとんど答えが返ってこない。山口が経営する「ジョン・ドゥ」なるコンサルタント会社にしても、実態のないペーパー会社のようなものだから、誰も知らない。
「実は当初、われわれは諸永事務所の吉永から、富ヶ谷のほかにも物件を薦められていました。こちらが検討しているあいだに別の買い手がついた、と吉永が言うので、手を出さずに済んだ経緯があります。それで、こういう事態になったので、それら他の案件も調べ直してみたのです。すると、いろいろ出てきました」
被害があった別の案件
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富ヶ谷事件の被害者である地道はそう話し、次のような別のケースを教えてくれた。
「たとえば渋谷区南平台町の土地も、うちのケースとよく似ていました。そこは昭和32(1957)年から小林商事という会社が所有してきたのですが、ちょうど私たちに話が持ち込まれた時期と同じ2015年8月3日、ジョン・ドゥに所有権が移転している……」
繰り返すまでもなくジョン・ドゥは、富ヶ谷の地主、台湾華僑の呉如増の代理人と称して今度の事件に登場した山口の会社だ。つまり富ヶ谷のときと同じ顔ぶれが、南平台の土地取引に登場しているのである。地道のところに持ち込まれたという南平台の土地面積は80坪ほどで、坪あたり700万~800万円の相場として、およそ6億円の価値の高級住宅用地だという。
「諸永事務所の吉永がわれわれにこの話を持ち込んできたとき、小林商事社長の免許証のコピーをもらいました。そこで、あとになってそれを持って小林商事を訪ねてみました。受付で『おたくの社長さんはこの人ですか』と免許証の写真を見せると、『えーっ、ぜんぜん違いますよ』とびっくり仰天していました」
どんな手を使ったのかはいま一つ不明だが、持ち主の小林商事の知らぬ間に、土地の所有権が小林商事からジョン・ドゥに移転されていたのである。その後、小林商事は運よく、それに気付いたのだろう。8月27日、東京地裁に所有権移転禁止の仮処分申請をし、ことなきをえている。
だが、ことは何もなかったからそれで済むという話ではない。仮にジョン・ドゥが小林商事の気づく前に善意の第3者である別のX社に転売していたとする。そこでジョン・ドゥの山口には6億円相当の転売益が転がり込んでくる。むろん持ち主の小林商事はジョン・ドゥに所有権を元に戻せと訴えることができる。
だがX社に対しては手の打ちようがない。手遅れになると、土地を取り戻せなかった危険もある。その間、ジョン・ドゥが破産でもしていたら、賠償金もとれなくなる。これは個人の地主にもあてはまる。ゾッとする話というほかない。
 
森 功(ジャーナリスト)