取手市「中3いじめ自殺」10年目の真実に迫る なぜ調査報告書はでっちあげられたのか(2024年10月28日『デイリー新潮』)

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 自殺した生徒の両親は独自調査でいじめた女子生徒3人を特定する一方、担任教師がいじめを誘発したとして、その責任を厳しく追及してきた。県が設置した調査委員会も担任の落ち度を認めて、重い処分が下された。しかし、それはまったくの濡れ衣だったのだ。【福田ますみ/ノンフィクション作家】
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茨城県教育委員会が令和元年7月25日付で原告に対してした懲戒停職処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」
 今年1月12日、水戸地方裁判所301号法廷。三上乃理子裁判長は厳かに判決を言い渡した。自宅で知らせを待っていた原告の梶原雅子教諭(仮名)は、朗報に胸をなで下ろした。生徒の「いじめ自殺」にかかわる自身の嫌疑が晴れたのである。
取手市いじめ自殺事件」。メディアによってこう名付けられた不幸な出来事が起きたのは2015年11月のことだった。梶原教諭が勤めていた茨城県取手市の中学校で、彼女が担任をしていた3学年のクラスに在籍していた女子生徒・川村美恵子さん(仮名)が自宅で縊死(いし)したのだ。遺書はなかった。ピアニスト志望のかわいい少女でクラスには友人がたくさんおり、自殺前にいじめの悩みを担任や友人に訴えることは全くなかった。他の教員も誰一人異変に気が付かず、両親もいじめに思い当たらなかったようだ。
批判の矛先は教諭へ
 ところが、2017年12月に茨城県が発足させた調査委員会は、1年3カ月ほどの調査期間を経て、2019年3月20日に調査報告書を公表。そこで同級生3人が美恵子さんに対しいじめを行っていたと認定し、そのいじめと自殺の間には因果関係があると結論付けたのだった。
 だが批判の矛先は担任の梶原教諭に向かった。彼女の指導が、3人の女子生徒のいじめを誘発、助長したと判断され、加えて自殺当日に起きた校内の事件への梶原教諭の指導が不適切で、それが美恵子さんの自殺の引き金になったとして、これらの責任を厳しく追及されたのだ。
 もちろん教諭には、担任として教え子の自殺を未然に防げなかった自責の念は強くある。だが、自らがいじめを誘発、助長し、なおその上に自殺の引き金を引いたという調査委員会の結論は寝耳に水であり到底受け入れられるものではなかった。
ショックのあまり崩れ落ちた教諭
 しかし、茨城県教育委員会は2019年7月25日、この調査報告書を基に、教諭に対して停職1カ月の懲戒処分を言い渡した。これは行政処分としては突出して重い処分である。教諭はこの言い渡しを受けた時、ショックのあまりその場に崩れ落ちたという。
 梶原教諭は事件発生数日後からバッシングにさらされていた。
「お前なんか人間じゃない! 人格者ではない!」「美恵子を返してくれよ!」との遺族からの激しい敵意は尋常ではなく、教諭の耐えうる限度をはるかに超えていた。
 取手市教育委員会は当初、教諭の指導に問題はなかったと公表していたが、その後、態度を豹変させる。そして、厳しい叱責と罵声が飛ぶ中、教諭は深夜に及ぶ長時間の聴取を強いられた。
追い打ちをかけたマスコミとネット世論
 マスコミにも追いかけられた。特に「週刊文春」(2017年6月15日号)は、「担任は、生徒の好き嫌いが激しいことで有名だった。態度にはっきり出る」「担任はいじめっ子を信頼して、叱るのは美恵子さんだけだった」といった内容の事実と異なる記事を掲載した。また、3人の生徒による「いじめ」についても、うわさレベルのでたらめな証言を載せている。さらにインターネット上ではその「いじめっ子」たちとともに教諭の顔、氏名がさらされ、罵詈雑言を投げつけられた。学校には「首をつって死ね」などの脅しの電話や脅迫状も届いた。
 梶原教諭は追い詰められ、重度のうつ病に罹患。ついに2019年2月1日に自殺を図った。幸い、夫の泰氏(仮名)が未然に気付き事なきを得たが、泰氏は妻の陥った苦境に心を痛めた。
 当時、高校の教頭だった泰氏は同じ教員として、妻は何があってもまず第一に教え子のことを考える、生徒思いの教員であることをよく知っていた。その妻がよりによって、いじめに加担したとして教員失格と断罪されたのだ。
 このため泰氏は、妻の潔白を証明すべく、夫婦で話し合い、県に対し処分の取り消しを求めて訴訟を起こすことを決心した。そしてこの判決を勝ち取るまで妻を献身的に支え、共に闘ったのである。
いじめをほのめかすくだりが
 梶原教諭が美恵子さん自殺の第一報を聞いた時、別の学年にいた同姓の女子生徒を思い浮かべたほど、彼女の自殺は意外だった。自殺の動機が皆目見当たらなかったからだ。
 美恵子さんの両親は、2015年11月10日の夜11時ごろ、美恵子さんが自室でぐったりしているところを見つけ救急車を呼んだ。死亡が確認されたのは翌11日未明である。最も身近にいた両親でさえ、「なぜ自殺を」と当惑し、その理由が分からず悲嘆にくれるばかりだった。両親は、美恵子さんの死の直後は、学校や教育委員会に対して特に苦情を申し立てていない。
 ところが、自殺から5日後、両親は美恵子さんの日記を発見する。そこには学校生活や在籍していたクラスへの不満、友人関係の悩みがつづられており、「いじめられたくない。(ひとり)ぼっちはいやだ」などと、いじめをほのめかすくだりがあった。ただし、いじめの被害を具体的に記してはいない。
いじめに関する回答は皆無
 この日記を読んだ両親は、「娘はいじめられて悩み自殺した」と主張し始め、学校と市教委に調査を依頼した。そこで学校と市教委は、3学年の全クラスの生徒たちを対象にアンケートと聞き取りを行った。だが、美恵子さんに対するいじめ、いじめらしき出来事を見聞きしたとの回答は皆無。代わりに複数あった回答は、「家が厳しい」というものだった。
 美恵子さんは幼い頃からピアノを習い、両親は彼女をピアニストにしたかったようだ。そのため彼女は学校で部活動は行わず、ピアノのコンクールのために学校を欠席することもあった。親の方針で、友達付き合いや携帯電話の使用、外出についても制限されていた。美恵子さんの自殺直後から、川村家のこうしたしつけの厳しさが取り沙汰されていた。両親はこのような声や調査結果に強い不満を持っていたようだ。
美恵子さんを「くさや」と呼んでいたという情報が
 そこで両親は17名もの生徒を自宅に何度も呼んで、独自の聞き取り調査を行った。その結果、いくつかのいじめの事実が浮かび上がったという。美恵子さんはクラス内で5、6人の親しいグループと常に行動を共にしていたが、その内の3人にいじめられていたというのだ。彼らは美恵子さんを「くさや」と繰り返し呼び、附箋紙に「くさや」と書くなどした。また、美恵子さんに視線を送りながら意味ありげに他の生徒に耳打ちをしたり、体育の授業中、バスケットボールのチーム分けの際、美恵子さんを仲間外れにしたという。
 さらに、2016年3月の卒業時に、学校が両親に手渡して判明したことだが、親しい生徒同士が互いに、めいめいのアルバムにコメントを書き合う個別アルバム(思い出アルバム)に、いじめ加害者のうちの2人が、「ほんとうんこだよ」「クソってるね」などと美恵子さんへの心ない言葉を書き連ねていた。しかしこの後に、「うっそよ~ん 大好き あいしてる」とフォローしており、気のおけない友達同士のふざけ合いにも思える。
文科省からの圧力
 だが両親はこうした事実から、娘の自殺はいじめ防止対策推進法が規定する「いじめによる重大事態」に当たると主張した。しかし取手市教育委員会は、これらの軽微ないじめが自殺につながったとは判断できないとして、「いじめによる重大事態」に指定しなかった。
 両親はこの教育委員会の判断に怒り、2017年5月、文部科学省を訪れ抗議。これを受け文科省は、取手市教育委員会に対し、いじめによる重大事態として認識すること、ご遺族に寄り添うように努めることなどを助言したのだった。
 このため市教委は先の判断を撤回、「いじめはありました」と両親に謝罪した。さらに、市が設置した最初の調査委員会を解散し、同年12月に県知事のもとに新たな調査委員会が設置された。その委員の人選などは両親の希望を入れて調査を開始し、2019年3月に報告書を公表したのである。
 同報告書の中核は次の部分である。
「本事案は、担任教諭の学級運営や指導等の言動が、クラス内の生徒の関係性に変化をもたらし、本件生徒に対するいじめを誘発し、助長した、という点に大きな特徴がある」
学校は休めないと思い込ませた可能性が
 具体的に何が書かれていたのか。一例を挙げると、美恵子さんは東京の音楽科のある私立高校を第1志望としていた。ところがその場合は県立高校は併願できないと教諭が指導したというのだ。
「学校の取扱いとは異なった誤った指導であった。私立高校の一校受験でよいかどうかは『今後の生活態度を見て決める』と言ったことにより、本件生徒と母親は、2学期は学校を休むことができないと考えるに至った。(中略)いじめに苦しむ本件生徒をして絶対に学校は休めないと思い込ませた可能性があり、担任教諭の言動によって本件生徒が心理的負担を感じた可能性を否定できない」(報告書概要版)
 これに対して教諭は、県立高校は併願できないと言った事実はなく、「今後の生活態度を見て決める」と言ったこともない。当時いじめで苦しんでいたとは全く思っていなかったと、調査委員会の聴取の際に強く否定していた。だが報告書はこれを事実としている。
飛躍した結論
 次は生活指導である。美恵子さんと、彼女をいじめたとされる生徒A、Fがそろって担任教諭の授業に遅刻した時のことである。
「担任教諭は遅刻した3名の生徒全員に教室の前に来るように指示したが、生徒A、Fは指示に従わず、指示に従った本件生徒のみに対してクラスの生徒の前で(中略)、叱責した」(同概要版)
 要は教諭が3人に、遅れてきた理由を聞こうとしたところ、AとFは指示に従わず席に座ってしまったため、指示に従った美恵子さんに、「なんで遅れたの?」と聞いただけである。叱責はしていない。さらに問題なのは、この出来事から次のような飛躍した結論を導き出していることである。
「この指導は、(中略)本件生徒にいじめを行った生徒にとって、担任教諭に対して優位に立っているという意識を持たせることとなり、本件生徒に対するいじめなどの問題行動を助長するといった結果をもたらし、『いじめ関係性』を固定化し、新たないじめを誘発させうる土壌を作ってしまった」(同概要版)
 いじめをしたとされた生徒が実際にこのような心理状態になったのかどうか、根拠は何も示されていない。単なる想像、推測の域を出ず、「担任教諭の指導がいじめを誘発、助長した」とする証拠は報告書のどこを探してもない。
虚偽の事実を認定
 そして、美恵子さんの自殺の直前、担任教諭が「自殺の引き金を引いた」とされた事件についてである。
 2015年11月10日の午後、美恵子さんとA、Fの3人が、帰りの会が始まる直前、上の階に行き、そこでAが誤ってガラスを割ってしまい、3人は帰りの会に遅刻した。しかし美恵子さんはガラスの破損に関与していない。
 梶原教諭は他の生徒からこのことを聞いていたが、美恵子さんやAたちがこれまでも帰りの会や給食の時間に遅刻したことがあったため、ガラス破損のことではなく、時間を守れなかったことについて「生活を引き締めるように」と3人に注意した。厳しい叱責もなく、ガラスを割っていない美恵子さんにガラスの弁償を要求したこともなかった。
 ところが調査報告書は、
「担任教諭も、詳細な事実関係を把握しないまま、本件生徒にも(ガラス破損の)連帯責任があるとして指導したほか、ガラスの弁償にも言及した」(同概要版)
 と、虚偽の事実を認定した。さらに、
「この指導は、本件生徒に対し、絶望の感情を抱かせただけでなく、いじめにより心理的に追い詰められていた本件生徒をさらに深い苦しみへと陥れたもの」(同概要版)
 と、ここでもまた、美恵子さんの心中を勝手に推測している。
 確かにこの事件の直後、美恵子さんは友人達の前で泣いているが、それは母親に叱られることを極度に恐れたためで、その旨、友人に訴えている。
偏った調査の果てに
 そもそも自殺は、いくつもの要因が複合的に重なって起きるというのが、専門家らの一致した見解である。また警察庁の長期の統計によれば、自殺の原因、動機の上位に挙がるのは、小学生の場合「家族からのしつけ・叱責」。中高生の場合は「学業不振」「進路の悩み」などで、いじめが原因の自殺は実はそう多くない。
 従って調査に当たっては、いじめの有無だけでなく、当人の成育歴や家庭環境、精神状態など幅広い要因が検討されるべきだ。ところがこの調査報告書は、いじめや担任教師の問題点など、ほぼ学校内に焦点を絞った内容である。偏った結果になることは目に見えている。なぜこうした調査になったのか? 
 最初の取手市による調査委員会の委員長だった国士舘大学特任教授(当時)の中込四郎氏は、同委員会が解散した際、記者会見でこう答えている。
「自殺は複雑な要因が絡み合った可能性もあるとして、『さまざまな観点から調査しようとしたが、ピンポイントでいじめについて調べてほしいという遺族と意識のずれがあった』」(茨城新聞2017年6月13日朝刊)
 ここまでは中立性が保たれていたのだ。だが、県の調査報告書は違った。そのために、教諭は塗炭の苦しみを味わうことになったのである。
 
福田ますみ(ふくだますみ)
ノンフィクション作家。1956年横浜市生まれ。立教大学社会学部卒。専門誌、編集プロダクション勤務を経て、フリーに。2007年『でっちあげ』で第6回新潮ドキュメント賞。他に『暗殺国家ロシア』『モンスターマザー』などの著作がある。
週刊新潮」2024年10月24日号 掲載
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