日本が個人の価値観や生き方を大切にする多様性に富んだ社会であるかどうか―。結婚した2人が別姓か同姓かを選べる選択的夫婦別姓制度はその試金石となろう。
世界で夫婦同姓を義務づける国は日本だけとされ「家族の一体感が損なわれる」などとする反対派の主張は説得力を欠く。
ならば党内における合意形成の道筋を示すべきだ。その上で、選挙結果にかかわらず導入に向けた議論を急ぐことが、立法府に課された責務だろう。
自民党の公約には「夫婦の氏制度のあり方は、旧氏使用ができないことで不便を感じられている方に寄り添い、運用面で対応する形で一刻も早い不便の解消に取り組む」と書かれ、通称使用拡大をうたっている。別姓反対派の主張に沿った形だ。
だが別姓導入を求めた経団連の提言は口座開設やクレジットカード作成など通称が使えない例を挙げ、海外では不正を疑われトラブルの種になることもあるとの問題点を指摘した。
戸籍上と通称と「二つの姓」を使い分ける煩雑な作業を強いること自体、働く女性に寄り添っているとは言えない。
国際的批判に重い腰を上げるのではなく、国会が主体的に動く必要がある。夫婦同姓は合憲とした2021年の最高裁判決も国会での議論を促していることを忘れてはならない。
伝統的な家族観にとらわれ、社会の変化に向き合わない政治では時代に取り残される。
個人の尊厳と選択を大切にする先に社会の活力も生まれる。きょうが最後の論戦となる衆院選は、そうした方向に日本が進む第一歩であってほしい。
希望すれば、夫婦がそれぞれの旧姓を名乗れる選択的夫婦別姓制度の実現を求める声がやまない。経団連は6月、制度の早期導入を提言。自民党総裁選や衆院選で争点となり、国連では女性差別撤廃委員会が8年ぶりの対日審査で政府による取り組みの不十分さを指摘した。世界を見渡しても、夫婦同姓を義務付けているのは日本だけだ。
共同通信世論調査で姓を選択できることに77%が賛成。全国の都道府県知事と市区町村長に実施したアンケートでも別姓容認の回答が78%に上った。だが政治は動かない。夫婦同姓を定める民法の規定を改正するため約30年前に準備された改正案は顧みられずたなざらしにされている。
「伝統的家族観」を重視する自民党の保守系議員が法案提出を阻んでいる。「別姓では家族の一体感を保てない」と訴える。結婚に際し改姓するのはほとんどの場合、女性の方で、アイデンティティーの喪失やキャリアの中断などの不利益を被るが、旧姓を通称として使用できる範囲を拡大していくことにより解決できると主張している。
女性は夫の家に嫁ぐという守旧的な考え方が根っこにあり、急速に多様化する家族の形に対応できていない。ジェンダー平等への道は遠い。さらに同性婚の法制化など性的少数者の権利保護もおぼつかない。生きづらさを抱える人がいる現実を直視し、法改正の議論を前に進めるべきだ。
1996年、法相の諮問機関・法制審議会は選択的夫婦別姓制度の導入を答申。民法改正案が準備されたが、自民党保守系議員の反対に遭って国会提出は見送られた。別姓を認めない民法の規定は憲法違反として各地で訴訟が相次ぎ、最高裁大法廷は2015年の判決と21年の決定で「合憲」とする判断を示した。
その後も訴訟は後を絶たない。この間、女性差別撤廃委は16年にかけ3回、民法の見直しを勧告。何も変わらなかったが、9月の総裁選で選択的夫婦別姓の是非が争点となり、石破茂首相は総裁候補として「実現は早いに越したことはない」と意欲を見せた。
選択的夫婦別姓は望む人たちが別姓を選ぶことができる制度だ。夫婦同姓が否定されるわけではない。いかに女性の活躍を後押しするかが問われている。議論が停滞したままでは、国際社会との溝はますます広がっていくことになるだろう。
人口減、東京圏への一極集中に歯止めがかからない。
石破氏は首相就任会見で「もう一度原点に返り、地方創生をリニューアルしてやっていきたい」と語った。交付金を当初予算ベースの1000億円から倍増し、中央省庁の地方移転や地域交通確保を進める方針だ。
「新しい地方経済・生活環境創生本部」を創設し、今後10年間の基本構想を策定するという。
地域づくりは政府や行政の計画通りに進みづらいとはいえ、従来のように成果が見られないままでは地方の苦悩は深まるばかりではないか。
東京圏(埼玉、千葉、東京、神奈川)では2023年、転入者が転出者を上回る「転入超過」が、前年比約2万7000人増の約12万7000人に上った。
コロナ禍で一時減ったものの、収束後は就職や進学に伴って若者が東京に集中する傾向が再加速している。歯止め策は不可欠だ。
民間団体の「日本創成会議」が、全国896自治体を「消滅可能性都市」として公表し、地方創生が本格化したのはちょうど10年前の14年。
当時の安倍晋三首相は「まち・ひと・しごと創生本部」を新設し、初代担当相の石破氏を中心に、地方移住の促進や地方大学の活性化などに取り組んだ。
しかし、中央省庁の地方移転は文化庁の京都移転などごく一部が実現しただけで進んでいない。
政府は今年6月、地方創生10年間の検証を公表した。地方への移住者増加など一定の成果はあったとしつつ「人口減少や東京圏への一極集中の大きな流れを変えるに至らなかった」と総括した。
検証では10項目の課題を列挙している。改善と解決に向けた細かな検証も不可欠だろう。
突き詰めるなら、地方創生の本質は若年層の流出を防ぎ、魅力的で稼げる仕事、充実した子育て環境を整えることではないか。
自立した地方こそが、国の基盤だ。正面から対等に向き合うことが、責任ある政党に求められよう。
米価が近年にない高値となっている。猛暑のため2023年産米が品質低下で品薄となり、24年産米との端境期に需給が逼迫(ひっぱく)した。新米が出回っても高止まりが続く。円安などによる輸入原材料価格の高騰の影響で、今月は今年最多となる2911品目もの食品が値上がりした。
日本の食料自給率(カロリーベース)は、23年度で38%と低迷したまま。これを引き上げなければならない。一方で主食であるコメの供給も不安定になるのでは安心できない。時々の情勢に左右されにくい食料供給体制の構築が必要だ。
需要が減少傾向であることを前提とする価格維持重視のコメ政策だが、予期せぬ需給変動で混乱を招く面を露呈した。肥料など資材費の高騰で生産コストも上がっており、一定程度の値上げは農家にとって必要だが、極端な値上げは消費者のコメ離れを促しかねない。
衆院選では、増産や輸出拡大をすべきだという訴えもある。まずはこれまでのコメ政策の検証が必要だろう。
今年5月に成立した改正食料・農業・農村基本法では、食料安全保障の確保を基本理念に掲げ、国内の生産拡大を基本としつつ、輸入と備蓄を活用する方針を示した。食料危機の恐れがある場合、政府が農家に生産拡大を求め、増産計画の届け出を指示できる新法も成立した。
国内生産を拡大するには、十分な担い手を確保し、農地を集約するなど国内生産基盤の強化が不可欠になる。だが担い手の現状は心もとない。農業を主な仕事にする基幹的農業従事者は、00年の約240万人から今年2月時点には約111万人へ半減した。うち70歳以上が6割を占め、高齢化が著しい。
各党は公約で国内生産力強化や輸出拡大、所得補償などを掲げる。自民党は「農林水産物・食品の輸出額5兆円」を盛り込み、公明党は輸入に頼る大豆などの国内生産を拡大する方針。食料自給率について立憲民主、国民民主両党は「50%」、共産党は「60%」を目指すとした。日本維新の会はコメ生産量の1・5倍増を打ち出している。
担い手確保の具体策では、国民民主が故郷への帰農を支援すると主張。他党からは新規就農者への資金援助、農業教育の充実などが上がっている。
将来の国内食料需要や目指す輸出量などを踏まえ、必要な生産者をどう育成していくべきか。実行力が問われる。
各党が防災対策の強化を訴える中、焦点となっているのが危機管理体制の在り方だ。内閣府が中心の現体制は、被災自治体が省庁ごとに支援を要望するなど縦割り行政の弊害が指摘されている。平時から備えを推進する上でも、新たな司令塔が必要との意見がある。
新組織の創設には「屋上屋を架すことになりかねない」との慎重な見方がある。新たな体制の構築により、どう対策が進むのか中身が問われている。各党は最後まで議論を深めることが重要だ。
能登半島地震で改めて突き付けられたのは、被災者が体育館などで雑魚寝せざるを得ない避難環境の質の低さだ。東日本大震災などを経験し、各党は対策の重要性を繰り返し唱えてきた。それにもかかわらず、避難所の改善や被災者支援の取り組みは進んでいない。
要因の一つとして指摘されているのが、自治体の担当者が異動するため、専門性が蓄積されにくい構造的な問題だ。市町村単位でみれば災害はたまにしか起こらず、人員や予算も割かれにくい。
自治体だけで対応が難しいのならば、専門性のある民間組織を活用する必要がある。公明は災害関連死を防ぐため、リハビリ専門職を災害法制に位置付けると公約した。立民は、民間や自治体などでの「スペシャリスト職員」の採用と養成に取り組むとしている。
自民などは災害対応での女性参画などを掲げるが、既存の施策の延長線上にとどまるものが多く、現場の体制を抜本的に改善できるかは不透明だ。対策の法制化を含め、党が掲げる公約の実効性をどう担保するのか語ってほしい。
各党は防災力向上へ老朽化した道路や橋、上下水道などの整備を公約に掲げる。重要な対策だが、人口減少下で予算が限られる中、全てのインフラを維持するのが適切かどうかは考えるべき課題だ。聞こえのいい政策だけを述べて論戦を終えてはならない。
あす投票日を迎える。経済の低迷や人口減少などの課題が山積する中で、防災・減災対策が埋没することのないよう、どう優先順位をつけて進めていくのか。各党、候補者には説明を尽くし、審判を仰ぐことが求められる。
米価が近年にない高値となっている。猛暑のため2023年産米が品質低下で品薄となり、24年産米との端境期に需給が逼迫(ひっぱく)した。新米が出回っても高止まりが続く。円安などによる輸入原材料価格の高騰の影響で、今月は今年最多となる2911品目もの食品が値上がりした。
日本の食料自給率(カロリーベース)は、23年度で38%と低迷したまま。これを引き上げなければならない。一方で主食であるコメの供給も不安定になるのでは安心できない。時々の情勢に左右されにくい食料供給体制の構築が必要だ。
需要が減少傾向であることを前提とする価格維持重視のコメ政策だが、予期せぬ需給変動で混乱を招く面を露呈した。肥料など資材費の高騰で生産コストも上がっており、一定程度の値上げは農家にとって必要だが、極端な値上げは消費者のコメ離れを促しかねない。
衆院選では、増産や輸出拡大をすべきだという訴えもある。まずはこれまでのコメ政策の検証が必要だろう。
今年5月に成立した改正食料・農業・農村基本法では、食料安全保障の確保を基本理念に掲げ、国内の生産拡大を基本としつつ、輸入と備蓄を活用する方針を示した。食料危機の恐れがある場合、政府が農家に生産拡大を求め、増産計画の届け出を指示できる新法も成立した。
国内生産を拡大するには、十分な担い手を確保し、農地を集約するなど国内生産基盤の強化が不可欠になる。だが担い手の現状は心もとない。農業を主な仕事にする基幹的農業従事者は、00年の約240万人から今年2月時点には約111万人へ半減した。うち70歳以上が6割を占め、高齢化が著しい。
各党は公約で国内生産力強化や輸出拡大、所得補償などを掲げる。自民党は「農林水産物・食品の輸出額5兆円」を盛り込み、公明党は輸入に頼る大豆などの国内生産を拡大する方針。食料自給率について立憲民主、国民民主両党は「50%」、共産党は「60%」を目指すとした。日本維新の会はコメ生産量の1・5倍増を打ち出している。
担い手確保の具体策では、国民民主が故郷への帰農を支援すると主張。他党からは新規就農者への資金援助、農業教育の充実などが上がっている。
将来の国内食料需要や目指す輸出量などを踏まえ、必要な生産者をどう育成していくべきか。実行力が問われる。
性別や性的指向にかかわらず、誰もが「自分らしく」生きられる。そうした社会の実現を目指す取り組みが政治に求められている。
選択的夫婦別姓制度は、夫婦がそれぞれ結婚前の姓を維持することを選べる仕組みだ。現在は同じ姓を名乗らなければならない。
党内の保守派には、家族の一体感が損なわれるとして反対論が根強い。選挙公約も、夫婦の姓に関する制度のあり方について「合意形成に努める」との表現にとどまった。
選択的夫婦別姓の実現を目指す一般社団法人「あすには」の設立を発表する井田奈穂さん=2023年4月、後藤由耶撮影
別姓と同性婚が試金石
氏名は人格を象徴するものである。姓が変わることで、自分が自分でなくなると喪失感を覚える人がいる。公的な書類の書き換えなど、改姓の手続きも煩雑だ。
ネット交流サービス(SNS)で思いを吐露すると、共感する仲間が集まった。各地の地方議会から声を上げてもらおうと、議員への陳情を2018年から始めた。
夫婦の95%が夫の姓を選んでおり、不利益を被っているのは主に女性だ。井田さんは「女性が嫁ぐという家制度の考え方が社会に根深く残っている」と指摘する。
政府は通称としての旧姓使用の拡大に取り組んでいる。運転免許証やパスポート、不動産登記などで併記が認められるようになった。だが、それでは問題は解決しない。旧姓による金融機関の口座開設が難しい状況は続いている。
井田さんは「戸籍上の姓を使う度に苦しい思いをしている人がいる。人権の問題なのに、日本では軽視されてきた」と訴える。
LGBTQなど性的少数者の権利保障も不十分だ。
結婚できないことで、異性カップルとは違う存在だと見なす社会の偏見を感じ、尊厳を傷つけられている人がいる。
多様性反映する国会に
各国の男女平等度を示す「ジェンダーギャップ指数」で、日本は146カ国中118位と今年も低位に沈んだ。
他の市民団体も、性的少数者の苦境や、人工妊娠中絶などを巡る「性と生殖に関する健康と権利」への対応の遅れを訴えた。
ジェンダー平等に向け、制度を整えるのは国会の役割だ。多様な人材が参画し、さまざまな視点から議論することが求められる。
多様性のある社会を生み、育むのは「個人の尊重」だ。憲法が定める重要な理念である。候補者や政党がいかに実現しようとしているのか、見極めて1票を投じたい。
来年の春闘 中小の賃上げを後押ししたい(2024年10月26日『読売新聞』-「社説」)
物価高に苦しむ国民生活を安定させるには、賃上げの波を中小企業に広げていく必要がある。労使が認識を共有し、さらに政府側も中小企業への支援策を講じることが大切だ。
コロナ禍での供給制約やロシアのウクライナ侵略でエネルギー価格が高騰するなどし、22年春から物価高が続いている。
苦しい家計を踏まえ、23年の春闘要求は「5%程度」、24年は「5%以上」に設定した結果、今年の賃上げ率は、33年ぶりの高水準となる5・10%となった。
だが、物価上昇に賃上げが追いつかず、物価の影響を反映した実質賃金は22年4月から今年5月まで26か月連続でマイナスだった。今夏には一時、プラスとなったが8月は再びマイナスに転じた。
雇用の7割を占める中小企業の賃上げは遅れ、大企業との格差が広がる。連合が、中小企業の要求を1ポイント上乗せしたのは、格差拡大への危機感があるのだろう。
中小企業は、大手との取引で、コスト上昇分の価格転嫁が進まず、賃上げの原資が乏しい。
中小企業庁の調査によると、人件費の上昇を一部でも価格転嫁できた中小企業は6割弱にとどまった。4分の1は、全く転嫁できなかったと回答したという。
原材料費の上昇分は転嫁をしやすくなっているものの、人件費については依然として、認めない大手企業が多い。政府は、適正な取引に向けて、さらに監視を強めていってもらいたい。
自民は、20年代に実現することを掲げた。しかし、極めて高水準の引き上げを毎年、続ける必要がある。そのための具体的な方策を示さず、スローガンにとどまっているのでは有権者に響くまい。
最低賃金近くで働く人が多い中小企業に対して、政府が人手不足を補う省力化やデジタル化を促す投資を支援し、賃上げ余力を高める施策を工夫していくべきだ。
未来決める1票を若者こそ(2024年10月26日『日本経済新聞』-「社説」)
これは自分の票が結果に大きな影響を及ぼしうるということを意味する。そうであるなら、投票しない手はない。とりわけ若い人たちは未来を左右する1票をぜひ投じてほしい。
衆院選の投票率は戦後おおむね70%を超えていたが、最近は60%前後に低迷している。特に20〜30歳代は30〜40%台にとどまる。高齢者に向けた政策が優遇されがちになるシルバー民主主義の一因とされてきた。
今回は子育てや教育、気候変動といった若者の関心が高いテーマでも各党が政策を競い合っている。これらを実行するのに伴う負担は、将来世代にこそ大きくのしかかる。大いに目をこらし、どの候補や政党が責任ある考え方を示しているかを見極めたい。
世界が激動の時代を迎え、混沌(こんとん)とする中、日本の独立と繁栄、国民の生命と暮らしをどの政党、候補者に託すかを、有権者はしっかり吟味して一票を投じてもらいたい。
前回10代は43・23%で、20代は36・50%とさらに低かった。最も高かったのは、60代の71・38%だった。
すべての世代が投票に行き、日本の未来に責任を持つべきだが、特に将来を背負って立つ若い世代には投票を通じ積極的に政治に参画してほしい。
公示日の前日、中国は台湾を包囲する形の大規模な軍事演習を行った。8月には中国軍機が日本の領空を侵犯し、9月には空母「遼寧」が一時日本の接続水域に入り、ロシア軍機が領空侵犯した。北朝鮮も弾道ミサイルを複数発射している。
核武装している反日的な専制国家が日本の周辺で挑発行為を繰り返しているにもかかわらず、各党や候補者から安保情勢を巡る危機認識や、抑止力の向上と防衛力の抜本的強化の具体策についてあまり聞かれなかったのは理解に苦しむ。
石破首相は、募集難解決のため、25日に自衛官の処遇改善に向けた関係閣僚会議の初会合を開いた。それはよいとしても、地域や世界の平和を保つため、日本がどのような役割を果たすかも語るべきだった。政権能力も判断材料だ
立憲民主党は政権を担うことを目指しているが、公約で「急増した防衛予算を精査する」と記し、集団的自衛権の限定行使は「憲法違反」との立場を崩していない。これで国民を守ることができるのか。日米同盟を揺るがしかねない。
国の根幹をなす憲法改正を巡っては、自衛隊明記や緊急事態条項の創設について十分な議論にならず物足りなかった。南海トラフ巨大地震などの大規模災害はいつ起きるか分からない。台湾有事の懸念も高まっている中で、緊急事態条項の創設が急務なのは論を俟(ま)たない。
投票の判断材料はほかにもある。北朝鮮による拉致問題の解決策、物価高に負けない持続的な賃上げによるデフレからの完全脱却の方策、少子化対策や人口減少社会のあるべき姿、原発を含むエネルギー政策など論点は尽きない。
臨時国会は予算委員会を開かず議論が不十分なまま閉会した。衆院選は首相就任から8日後の解散、26日後の投開票という戦後最短の日程となった。有権者は公約を改めて比較し、日本と国民を守り抜くことができる政党、候補者を選びたい。
岸田前政権は昨年2月、脱炭素の国際的な要請やエネルギー危機を理由に、福島第1原発事故の教訓を踏まえた原発への依存度低減路線を大転換し、国民的議論を経ないまま新規建設にまで踏み込んだ基本方針を閣議決定した。石破政権もこれを踏襲。自民党は前回衆院選の公約にあった「原発依存度を可能な限り低減させる」という表現を、今回は正反対の「最大限活用する」に改めた。
対極にあるのが「即時、原発ゼロ」を掲げるれいわ新選組や、省エネと再エネを強化して「2030年度原発ゼロ」を主張する共産党だろう。社民党もそれに近い。立憲民主党は、原発に依存しないでカーボンニュートラルを目指し、「実効性のある避難計画」策定などの条件付きで当面の再稼働は一部容認するものの、新増設は認めない。日本維新の会や国民民主党は再稼働にも積極的だ。
使用済み核燃料から燃料を取り出す核燃料サイクル政策は既に行き詰まり、最終処分場の候補地も決まらない。このままでは、いずれ各原発から危険極まりない「核のごみ」があふれ出し、稼働どころではなくなる恐れもある。
一方で、再生可能エネルギーの普及は急だ。国際エネルギー機関(IEA)は世界の再エネ発電容量は2030年までに最大で22年の約2・7倍に伸びると見通す。電力網や蓄電システムの強化も進み、安全面は無論、コスト面でも安定性の面でも原発優位は過去の話になりつつある。それでも地震大国日本で原発依存を続けるべきなのか。よく現実を見極めたい。
金の切れ目が縁の切れ目。金のなくなったときが、人間関係の切…(2024年10月26日『東京新聞』-「筆洗」)
金の切れ目が縁の切れ目。金のなくなったときが、人間関係の切れるときであるということ-と手元の辞典は説明する
▼太宰治の小説『人間失格』でも、この俚諺(りげん)が語られる。「金が無くなると女にふられるって意味、じゃあ無いんだ。男に金が無くなると、男は、ただおのずから意気銷沈(しょうちん)して、ダメになり、笑う声にも力が無く、そうして、妙にひがんだりなんかしてね、ついには破れかぶれになり、男のほうから女を振る」
▼金の枯渇で即離別でなく、金を失った者がダメになり縁が切れる場合もあるらしい
▼公認候補の支部へは公認料500万円と活動費1500万円の計2千万円なのに対し、非公認候補側への2千万円は全て党勢拡大目的の活動費だそう。「裏公認料」含みと野党は攻め、自民は党の政策PRなどに使い候補の選挙には使わぬから妥当と言う。政策PRと選挙活動は区別できるものなのか。非公認候補側が総額1500万円なら騒がれなかったかもしれぬ
▼似た俚諺に「愛想づかしも金から起きる」がある。金で不信を招いた党は愛想をつかされるのか、それともいま一度信じてもらえるのか。民意はじきに示される。
ただ一夜でした。朝、眼が覚めて、はね起き、自分はもとの軽薄な、装えるお道化者になっていました。弱虫は、幸福をさえおそれるものです。綿で怪我をするんです。幸福に傷つけられる事もあるんです。傷つけられないうちに、早く、このまま、わかれたいとあせり、れいのお道化の煙幕を張りめぐらすのでした。
「金の切れめが縁の切れめ、ってのはね、あれはね、解釈が逆なんだ。金が無くなると女にふられるって意味、じゃあ無いんだ。男に金が無くなると、男は、ただおのずから意気銷沈しょうちんして、ダメになり、笑う声にも力が無く、そうして、妙にひがんだりなんかしてね、ついには破れかぶれになり、男のほうから女を振る、半狂乱になって振って振って振り抜くという意味なんだね、金沢大辞林という本に依ればね、可哀そうに。僕にも、その気持わかるがね」
たしか、そんなふうの馬鹿げた事を言って、ツネ子を噴き出させたような記憶があります。長居は無用、おそれありと、顔も洗わずに素早く引上げたのですが、その時の自分の、「金の切れめが縁の切れめ」という出鱈目でたらめの放言が、のちに到って、意外のひっかかりを生じたのです。
共生社会 多様な価値を尊重せねば(2024年10月26日『新潟日報』-「社説」)
価値観の多様化が広がっている。どんな生き方も尊重される共生社会を実現するには、何をどう変えたらいいのか。各党の主張に注目したい。
党公約も「運用面で対応する形で一刻も早い不便解消に取り組む」とするだけで消極的だ。
日本維新の会は、旧姓使用に法的効力を与える制度の創設を訴える。参政党は導入に反対する。
法務省によると、夫婦同姓を義務づけるのは、日本だけだ。
国連の女性差別撤廃委員会が今月、8年ぶりに行った日本政府への対面審査では、夫婦の9割以上が夫の姓を選ぶ現状を、委員が「社会的な圧力だ」と指摘した。
国会は放置せず、衆院選後、早急に道筋を示すべきだ。
野党の立民、維新、共産、れいわ、社民は賛成の立場だ。
同性婚制度の導入による不利益や弊害はないという、札幌高裁が3月に示した司法判断もある。
若者の関心が高いジェンダー政策に取り組むことは、若年層の政治意識を高める上でも重要だ。国会は議論を深めてもらいたい。
多文化との共生も求められる。自民は公約でネット上の誹謗(ひぼう)中傷などへの対応、立民や維新、国民はヘイトスピーチ対策などをうたう。れいわは外国人の包括的な権利規定、立民や社民は包括的な差別禁止の法制化を盛る。
行き過ぎた規制であってはならないが、差別を排除するために必要な手だてには知恵を絞りたい。
戦力を保持しないと定めた9条2項を削除し、国防軍を明記する―。自民党が野党だった2012年に公表した改憲草案だ。起草にあたった石破氏は「これを議論の出発点にすべきだ」と、この8月に出版した著書で述べている。
党総裁選で石破氏は持論を前面に出さず、首相就任後も踏み込んだ発言はしていない。所信表明では、在任中に国会の発議が実現するよう、憲法審査会の議論に期待すると述べるにとどめた。党内基盤が盤石でないこともあり、機をうかがっているように映る。
■9条が意味を失う
膠着(こうちゃく)した状況を仕切り直すように、自民党は総裁選に先立って、自衛隊の明記と緊急事態条項の論点整理をまとめた。18年の条文案を前提とし、緊急事態の対象に、大規模な災害に加えて武力攻撃や感染症の蔓延(まんえん)を含めた。
衆院選では、参院選の合区の解消と教育の充実を含む18年案の4項目を公約に列記したが、眼目は自衛隊の明記と緊急事態条項にある。そのいずれも、憲法の根幹を掘り崩す危うさがあることを見落とすわけにいかない。
自衛隊の明記は、その現状を追認し、歯止めのない軍事行動に道を開きかねない。9条2項を残しても、戦力の不保持を定めた文言が意味をなさなくなる。
■例外状況を理由に
議員任期の延長も、緊急事態を口実に政権の維持に利用される恐れがある。衆院議員が解散や任期満了でいない場合、参院の緊急集会で国会の機能は保てる。任期の延長は、有権者の選挙権の制限であり、国民主権の根幹に関わることも踏まえておきたい。
改憲勢力の各党の姿勢にも隔たりがある。維新は自衛隊の明記と緊急事態条項の創設に賛成し、期限を区切って国民投票を実現すると訴える。国民民主は緊急事態条項の力点を政府の権限の統制に置き、9条については公約で論点を挙げたにとどまる。
■憲法は何のために
国家権力の行使に縛りをかけ、個人の自由と人権を確保するために憲法はある。首相や閣僚、国会議員は、尊重し擁護する義務を負う。にもかかわらず、憲法をないがしろする動きは、岸田政権の下で一層あらわになった。
9条の平和主義だけではない。非常時に政府が自治体に指示権を発動できる仕組みを設けた地方自治法の改定は、緊急事態条項に道筋をつけるかのような立法だ。政府が情報を秘匿し、統制する秘密保護法制は、経済・産業の分野にまで射程を広げている。
「安保環境の悪化」を御旗とする改憲論は、その延長上にある。国や社会のあり方をどう変えようとしているのか。立ち止まって目を凝らしたい。この衆院選が分岐点になり得る。主権者である一人一人の意思が問われている。
子育てと教育 問われる「次世代への投資」(2024年10月26日『京都新聞』-「社説」)
子どもを産み育てたい。経済状況に関係なく希望の学校に進みたい―。そう望む人が諦めることのない社会づくりが急務だ。
少子化に歯止めがかからない。出生数は2023年で過去最少の72万7千人となり、70万人割れも近い。
児童手当や育児休業給付の拡充、親の就労に関係なく預けられる「こども誰でも通園制度」などを進める。
問われるのは、その内容と財源だろう。
費用は今後3年かけて新たに年3兆6千億円が必要とし、公的医療保険に上乗せして徴収する「支援金」を26年度に創設する。加えて社会保障の歳出削減も含めて財源を確保するというが、医療や介護の質を維持しつつ、持続可能な制度となるのかは見通せない。
この10年で私立大の平均授業料は約10万円アップした。国立大も財政難から一部大学で値上げされている。国は低所得世帯の子どもを対象に、授業料減免と返済不要の給付型奨学金の制度を導入し、対象も広げたが、中間所得層は対象外だ。
公約では他にも「小中学校の給食費」や「高校授業料」で無償化の文字が並ぶ。ただ、無償化に伴う膨大な費用をどう捻出するのか。限られた財源の中、予算を抜本的に組み替えるといった方策を示さねばならない。
小中学校では教員の多忙と不足が深刻だ。政府は残業代の代わりとなる教職調整額を増額する方針だが、「定額働かせ放題」の状態は変わらない。質と量の確保は公教育の担保に欠かせない。
子どもの貧困率は21年で11・5%と約9人に1人に上る。ひとり親世帯で見ると44・5%で、半数に近い。困窮家庭では進学の断念や、塾・習い事の学びが確保できない「教育格差」が指摘されている。それが「就職格差」、「所得格差」へとつながる負の連鎖を断ち切らねばならない。
「次世代への投資」の構想と実行力が求められる。
外交と安保/「平和国家」の変容を問う(2024年10月26日『神戸新聞』-「社説」)
今回の衆院選は、岸田政権が2022年12月に安全保障関連3文書を改定した後、初の大型国政選挙だ。大きく変容しつつある「平和国家」の在り方を問い直す機会である。
3文書は、他国領域のミサイル基地などを破壊する反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有や、防衛関連予算の倍増などを明記した。安倍政権下で集団的自衛権の行使を可能にした安保関連法に続き専守防衛を空文化させる政策転換だが、国民的議論が尽くされたとは言い難い。
防衛力の増強一辺倒では中国などを過度に刺激する懸念がある。摩擦が生じても対話で解決する外交力を併せ持った戦略が求められるが、公約ではそのバランスに欠ける主張が目立つ。
両党とも日米同盟を基軸とする方針は一致する。在日米軍の特権を認める日米地位協定について、自民は「あるべき姿を目指す」、立民は「見直しに向け再交渉を求める」とした。野党の多くが改定に言及する。米側の反発は予想されるが、沖縄の負担軽減につながる改定を党派を超えて働きかけるべきだ。
被団協が求める核兵器禁止条約について、自民は公約で触れず、首相は米国の核抑止力の重要性を強調する。日本維新の会、国民民主党も核抑止を重視する。一方、共産党は日本の条約参加を訴え、れいわ新選組、社民党も署名・批准を求める。立民、公明両党は締約国会議へのオブザーバー参加を促し、非核三原則の堅持を明記した。
「国際社会は戦後最大の試練のときを迎え、新たな危機の時代に突入」。今年の防衛白書は大きな懸念を表した。
中国の海洋進出や極端な軍備増強、ロシアと中国両軍による日本への示威行動、北朝鮮の核・ミサイル能力の向上などだ。そして、ウクライナ侵攻と同様の事態が「東アジアで発生する可能性は排除されない」とも。厳しさを増す安全保障環境への対応は国の根本的な課題だが、衆院選の論戦ではあまり前面に出てきていないのが実情だろう。
国際情勢を受けて自公政権は、防衛力の抜本強化を進めている。相手が日本を攻撃するのを思いとどまらせる「抑止力」を高めることが狙いだ。2022年末に「国家安全保障戦略」など安保関連3文書を閣議決定した。23年度からの5年間の防衛費総額を約43兆円とする大幅な増額を図り、反撃能力(敵基地攻撃能力)に使う長射程ミサイルなどの整備を加速する。米軍との連携強化や次期戦闘機の国際共同開発も進めている。
もともと戦後の日本の安保政策は、米国が日本の防衛義務を負う「日米安保条約」を基軸とし、防衛費を国内総生産(GDP)比1%以内を目安に抑える「軽武装・経済重視」の路線を続けてきた。今の局面はそこから大きく踏み出し、「戦後の安保政策の大きな転換」と言える。
閣議決定後で初の大型国政選挙となる今回の衆院選は、この是非を問う機会である。主要な野党では、共産党が防衛力増強について公約で大きく取り上げて「大軍拡は軍事対軍事の悪循環をエスカレートさせ、戦争への危険をもたらす」などと反対している。れいわ新選組も安保3文書の見直しを主張している。
日本維新の会や国民民主党は、防衛力増強に積極的な姿勢だ。維新は防衛費アップに伴う増税には反対だが、テロ・サイバー攻撃・宇宙空間に対する体制などを強化する「積極的防衛能力」整備を主張する。国民も宇宙・サイバー・電磁波に対処できるよう防衛費の増額や防衛産業の育成強化などを訴えている。
安保法制などを巡りこれまで自公政権と対立しがちだった野党第1党の立憲民主党も増税に反対で防衛費の大幅増には「精査が必要」と慎重ではあるが、安保3文書などについては特に反対する記述が公約に見られない。「日米同盟を基軸とした安定した外交・安保政策を進める」と現実的な路線を示している。
安保政策は長年、与野党の基本的な対立軸となってきたが、大筋で方向性が一致している勢力が大きく、防衛力増強路線への信任投票の側面もあると言えよう。
自衛隊が「盾」、米軍が「矛」を担うとされる従来の日米の役割分担が変容する可能性も指摘される。政治とカネや経済再生といった争点が先行した選挙戦ではあるが、安保の行方を決める重要な分岐点だと見据えて投票したい。
言うまでもなく、「政治とカネ」の問題で失墜した国民からの信頼を、取り戻せるかどうかが最大の焦点だ。
昨秋に党派閥の政治資金パーティー裏金事件が発覚して以降、初めて全国一斉の審判を受ける。本紙などが選挙期間中に実施した世論調査で、衆院選に関心があると答えた有権者は9割を超え、過去最高だった。「政治とカネ」を一つの判断材料にしようという有権者が多い証しだ。
ここにきて、裏金事件を巡って党が非公認とした候補が代表を務める党支部に対し、公示直後に2千万円の活動費を支給したことが明るみに出た。共産党機関紙「しんぶん赤旗」が先行し、本紙も報じた。2千万円は、公認候補の支部が受け取った公認料500万円と活動費1500万円を合わせた額と同じである。
野党側は「裏公認だ」「国民をばかにしている」と攻勢を強めている。公認候補と金銭面で同じ扱いをする以上、「非公認」は形ばかりだとの指摘は当然だろう。
自民党の森山裕幹事長は党勢拡大の資金で、候補への支給ではないと反論し、石破茂首相は「選挙には使わない」とした。しかし、候補は党支部長を務め、資金管理の責任も持つ。党勢拡大は比例代表票の掘り起こしを含むが、選挙区と比例の選挙運動の線引きは難しい。なぜ公認と同額で、なぜ選挙中の支給か、説得力のある説明もない。
石破首相は、非公認の候補が当選すれば追加公認する考えを示している。選挙活動を念頭にした資金支援だと、国民に受け止められても仕方なかろう。広島市内での街頭演説で「報道に憤りを覚える」と述べたが、理解に苦しむ。党の反省の度合い、改革の本気度を国民が見極める上で、欠かせない事実を伝えるのは報道機関の務めである。
党は裏金事件に対する国民感情を読み誤ってきた。
党内処分は裏金を得た議員の一部に限定し、政治資金規正法の改正では抜け穴を多く残した。選挙公約は、政治改革が最大の争点であるのに踏み込みが足りない。使途の報告義務がない政策活動費は「将来的な廃止も念頭」としたが、時期は示していない。
立憲民主党、日本維新の会、共産党などは、企業・団体献金の禁止や、企業・団体による政治資金パーティー券の購入禁止を掲げる。ただ、金がかかる選挙の在り方を含めて抜本的な改革に向けた論戦は深められていない。
有権者は本来なら、各党の政策を比較した政権選択選挙を求めたいはずだ。物価高対策や賃上げをはじめ、時代の要請に応え切れていない政治への不満が募っている。政治資金の使い道は不透明のままがいいと言わんばかりに固執する政治家と、感覚のずれが露呈した選挙戦でもある。
与野党ともまっとうな政治改革で応える責任がある。憤る国民に誠実に向き合う論戦で締めくくってほしい。
今年1月の能登半島地震の犠牲者は関連死を含め400人を上回る。建物の倒壊や道路網の寸断など被害は甚大だった。半島北部は9月に記録的豪雨に見舞われ、人命が失われた。インフラは再び深刻な打撃を受け、復旧作業に支障が出ている。仮設住宅が浸水して避難生活を余儀なくされた被災者もいる。
復旧・復興は急務だ。石破政権は一般会計予算の予備費からの支出を決めた。野党は国会審議を通した補正予算による対応を求めた。機動的な初期対応が必要とはいえ、内閣の裁量で使い道が決められる予備費の巨額化は財政規律を緩める。その在り方を検討する必要がある。
能登の災害は人ごとではないと受け止めた人も多いだろう。8月の南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)発表は、想定地震域で暮らしていることを強く意識させられた。4月には宿毛市などで、現在の震度階級では四国で初めて最大震度6弱を記録する地震が起きている。
激甚化する自然災害や巨大地震への備えの強化が迫られる。異常気象が続く近年は、複合災害の危険度の高まりが指摘される。
人命優先の対策の充実が求められ、ハード面の整備は不可欠だ。地震で地盤が緩んだ後の豪雨は土砂崩れにつながる。浸水被害や集落の孤立、停電や断水などをいかに軽減するかが問われている。避難所のベッドやトイレ、温かい食事の確保など対応の不備がたびたび指摘されることも忘れてはならない。
防災・減災の徹底へ、石破茂首相は防災庁の設置を掲げる。ただ、各省庁にまたがる機能をいかに集約するか明確ではない。有効な組織となるのか、その必要性を含めた徹底した議論が欠かせない。
改正地方自治法が施行され、非常時に個別の法律に規定がなくても国が自治体への指示権を行使できるようになった。自治体トップは6割強が肯定的に評価している。新型コロナウイルス禍で行政が混乱した経験を踏まえ、一自治体の対処能力を超える事態に迅速な対処を期待する。
だが、どのような場合に国が権限を行使するのか、具体的な場面は明確ではない。このため自治体には一方的な行使への警戒感もある。
巨大地震注意情報では、普段通りの生活を送りながら避難経路や非常持ち出し品などの確認を求められ、戸惑いの声も上がった。呼びかけ期間は終わったが警戒は続く。検証と見直しが欠かせない。過疎化が進む地域の災害対策は、能登の災害が浮き彫りにした重要な論点だ。
高等教育無償化 実現へ財源の議論深めよ(2024年10月26日『西日本新聞』-「社説」)
教育の無償化を衆院選で公約した政党が多い。とりわけ高等教育を無償とすることに積極的だ。
家庭の経済状況によらず、希望すれば進学できるようにするのは国の責務である。大いに進めてほしい。
効果は、はっきりと表れている。住民税非課税世帯の大学などへの進学率は、18年度の約40%から23年度は70%近くに上がった。
25年度からは対象が拡大される。3人以上の多子世帯の学生は、一定額までの授業料と入学金が所得制限なしに無償になる。
それだけで十分とは言えない。物価高騰の影響もあり、中間所得層でも無償化への期待は大きい。
子どもが地方から首都圏などの大学に通う場合は、家賃や仕送りの出費がかさむ。授業料値上げを決めた国立大もある。学費の負担は重くなるばかりだ。
各党は「高等教育の無償化を大胆に推進」「2030年代の大学無償化」「国公立大の授業料無償化、私立大は同額程度の負担軽減」と競うように訴える。
実現には巨額の費用がかかる。これまでの無償化には消費税の増額分を充てたが、対象者が増えれば足りない。
公約の多くは肝心の財源に触れていない。これでは実現可能性に疑問符が付く。財源や国民負担の有無を説明し、議論を深めるべきだ。
広がる格差は子どもの成長過程にも影を落とす。塾や予備校での勉強だけでなく、人生を豊かにするスポーツや音楽、美術などを体験する機会にも差が生じている。
親ガチャは「子どもは親を選べない」「どのような親の下に生まれるかで人生が決まってしまう」という意味で、流行語になった。何が出てくるか分からないカプセル玩具の販売機「ガチャガチャ」に由来する。
学歴は生涯賃金に格差をもたらす。無償化で高等教育を受ける機会を広げることは、所得格差の世代連鎖に歯止めをかける意義もあろう。
改憲に積極的な自民や日本維新の会、「加憲」を主張する公明などの改憲勢力は、改選前の時点で改憲発議に必要な310議席を超えていた。今選挙では改憲勢力がどれほどの議席を確保できるかが、注目点の一つとなっている。
明確に自衛隊の明記を目指す立場にあるのは自民と維新である。それに対し、立憲民主、公明、共産、れいわ、社民は自衛隊明記に反対もしくは慎重な姿勢を保っている。国民民主はこれまで9条が果たした役割に配慮し「具体的論議を進める」、参政は「創憲」を唱えている。
石破茂首相は総裁選で改憲への意欲を表明し、所信表明演説でも自身が在任している間に改憲発議が実現するよう憲法審査会の議論進展を期待した。岸田文雄前首相も在任中の改憲議論の進展にこだわった。しかし、国民世論は別のところにある。
共同通信社が今年5月にまとめた憲法に関する世論調査によると、当時の岸田首相が党総裁任期中に意欲を示した憲法改正に向けた国会議論に関し「急ぐ必要がある」は33%にとどまり、「急ぐ必要はない」は65%に上った。9条改正の必要性については「ある」が51%、「ない」が46%と賛否が拮抗(きっこう)している。
9条改正を支持する世論は存在するものの、改憲の優先順位は高くはない。そもそも1人の首相・党総裁の任期で区切って改憲を論じることに国民は違和感を抱いていよう。憲法は日本の敗戦体験と平和志向に根ざしている。その後の国内政治の中でさまざまな経緯をたどりながら、結果として国民は改憲を選択しなかったのである。
自主憲法制定を目指す自民党と護憲を掲げる社会党の対立を基軸とした「55年体制」が1993年に終焉(しゅうえん)し、既に31年が経過した。この間、2014年には集団的自衛権の行使を可能とする憲法解釈の変更が閣議決定された。国民を埒外(らちがい)に置き、国会審議を無視するなし崩し的な解釈改憲は国のかたちを危うくする。国民は厳しく監視しなければならない。