「ブレ」が指摘される石破首相だが、前例のない大きな目標を掲げる「覚悟の人」である Photo:JIJI
● 「ブレブレ批判」で船出した石破政権 実は前代未聞の大目標に挑んでいる
石破新政権の船出は、所信表明演説の冒頭から野党の「うそつき~」「裏金~」「ブレブレ」など下品な怒号が飛び交い、首相の声が聞こえないほどのドタバタなスタートとなりました。
石破首相からは、「解散は急がない」「政権の考えを理解してもらう」「日米地位条約の改定」「横田空域の見直し」「アジア版NATO」といった総裁選での構想が全然国会では出てこないので、メディアでも「早くも党内情勢に気配りして刷新感もない、選挙のためだけの顔のすげ替え内閣」という論調が目立ちます。またいつもの揚げ足取り論争が始まったと、私はガッカリしています。
今回の衆院解散総選挙は、日本の100年後の方向性までをも決めかねない重大な選挙だと私は思います。石破自民党が外交で主張している「日米地位協定と横田空域の問題」「アジア版NATO構想」、内政で主張する「アベノミクスの修正」「新自由主義経済ではなく中流社会をつくる」といった目標は、前代未聞の大目標です。一方、立憲民主党の野田佳彦代表は、「世襲政治の廃止」「野党共闘による政権交替」と、これまた与党に大改革を迫る大目標を掲げています。
今までの総選挙で、これほど日本の未来にとって重要なテーマが争点になったことなど、ほとんどありません。どのテーマも、戦後日本と安倍・菅10年長期政権が残した負の遺産を撤去するという、共通点を含んでいます。
しかるにこの国の政治記者は、政治や外交、内政、財政がどうあるべきかという重大問題より、政局ばかりに気が向いています。権力争いと手続き論で批判する術しか知らないため、こんなドタバタ劇しか国民に伝えることができないのです。
さて、ここでナマな打ち明け話をします。私は若いころ、軍事オタクに大人気だった石破議員の政策秘書・吉村真央さんの著作を出版すべく、彼女と長期間話し合った時期があります。その会話の中で、彼女の見る石破茂像がよくわかりました。首相となって発言が後退したりブレたりする度に、吉村さんとの本づくりと、「マキャベリズムをどう捉えるか」についての石破氏と彼女の議論を思い出します。
マキャベリズムとは、15~16世紀の政治思想家ニッコロ・マキャベリの著書『君主論』に由来し、どんな手段や非道徳的な行為でも、結果として国家の利益につながるのであれば許されるという考え方です。今回は、マキャベリズムと石破首相について、語ってみたいと思います。
吉村氏は早稲田大学在学中の1996年に国の政策秘書試験に受かった秀才です。当時は戦闘機に憧れるとても珍しい女性だった彼女は、政策秘書試験に受かったものの、どの事務所を受けても電話で女性だとわかった途端に門前払いをされ、石破事務所だけが面接をしてくれて、合格しました。「小さいし、運動神経もない」と自称する女性が、予備自衛官の資格まで持ちました。まさに、石破氏のための政策秘書のような人物です。
彼女はマキャベリを相当深く研究し、いい中味の原稿ができ上がりましたが、私は心配になって尋ねました。「吉村さんの本といっても、読者にとっては、どうしても石破さんの主張を代弁しているように見えます。それでも大丈夫ですか」と。
吉村氏はそのリスクに初めて気がついたようで「考えていませんでした。石破先生とマキャベリの話はしますが、彼はマキャベリのような性悪説の政治は嫌いですから、この本が出るとクビになるので、出版中止にしてください(笑)」。このように、ちょっと親しみやすいところがある人でした。
石破氏はずっと安倍政権に挑戦し、徹底的に干されました。もはや派閥も解散した男が、どうしても政治家としてやりたいことをやるにはマキャベリズムを行使するしかない、そう考えるのは当然です。今回の総裁選、そして総選挙は、安倍政治の総括が目的ですから、「安倍的なものを潰すなら何をやってもいい」と石破氏は考えているはずです。
そしてメディアこそ、この選挙の争点が国の分岐点となりうる重要性を持つことを、国民に知らせる義務があるはずです。マスコミや野党は石破首相の発言の後退を厳しく責めますが、そもそも与野党共に簡単に解決できるような課題をテーマにしていないので、これらすべての論点を実現することなどできるわけがありません。
以上のような前提で、私は今回、石破氏が本来嫌いな「性悪説」に立つマキャベリズムで政局に対応しているのではないかと睨んでいます。それは空想だけではなく、彼に近しい吉村さんからその人間像を聞いているからこそ感じることです。
● 石破首相の行動から見える マキャベリズムの片鱗とは
たとえば、マキャベリの言葉に照らして石破首相の行動を見て行くと、それがよくわかります。メディアに批判される「ブレ」も、実は計算の内ではないかと思えるフシもあるのです。
(1)決断力のない君主は、多くの場合、当面の危険を回避して中立を選ぶ。そして大方の君主はそれで滅ぶ
岸田元首相は「ドリームチームをつくってほしい」などと言っていましたが、今回の選挙で安倍派を壊滅させないと、石破氏のやりたい政策はできません。それは前任者の岸田氏が安倍元首相の顔色ばかりうかがって結局尻拭いで終わり、独自性を出せなかった様子を見てきたからでしょう。
応援してくれた岸田氏の助言に反して、高市早苗氏も小林鷹之氏もわざと閑職に誘い、自分から断らせるという手を使いました。中立は選ばず、政敵を葬る策に出ました。一番やりたいことは日米同盟などの防衛・軍事だから、防衛大臣経験者を4人も閣僚にしました。「友達がいないから防衛族の友人ばかりを処遇した」と言われますが、これは防衛省の実態を知らないゆえの批判です。
長年米国に守られて自主防衛能力を持つ気概のないこの組織は、多くの幹部が防衛産業に天下りして、日本に米国の兵器を買わせるよう圧力をかけています。こうしたOBの力を抑えるためには、自衛隊内部のことを深く知る大臣が絶対に必要なのです。
(2)自ら実力を持たない権力者の名声ほど、あてにならないものはない
一匹狼の宰相である以上、とにかくこの選挙に勝つ。これが使命だから、最初は総裁選に勝つために「じっくり議論する」と野党も国民も騙し、一機に総選挙に持っていく。野党の選挙準備が整わないうちに勝って自公連立を維持できれば、自分のやりたいことができます。
もともと解散が近いことは、野党もわかっていたはず。今になって「嘘つき」などと批判しても、国民の「政権奪取の気概のない野党」という見方を助長する効果しかありません。
(3)好機というものは、すぐさま捕えないと逃げ去ってしまうものである
野党に選挙協力の時間を与えず、とりあえず過半数をとりに行く一方で、「裏金議員」を非公認とし、重複立候補を禁じました。これも最初は党内の意見に負けた形で「全員公認の方針」と報じられていましたが、世間の非難の盛り上がりをうまく使って、自分が恨まれないように方針転換しました。
選挙が始まってからでも、不祥事が発覚すれば公認を外し、重複立候補もさせないという処分はできます。「裏金」という爆弾を抱える安倍派を中心とする議員たちが、常に石破氏のご機嫌をとらないと不安で仕方がないという状況を作り出し、選挙後は一機に「石破チルドレン」を作ってしまうことができます。
たとえば、安倍元首相の絡む醜聞のすべてにおいて名前が上がった萩生田光一氏や森喜朗元首相側近の高木毅氏らを公認しなかったのも、安倍派や次回の政権を狙う高市氏にとっては痛い処分であり、世論の反応もいいでしょう。これで党内は引き締まります。
また、完全な政敵となった麻生太郎氏には、野党の選挙協力の様子を見ながら保守系無所属を立候補させて保守票を分裂させ、落選させるのも一つの手です。(80歳を越えると重複立候補できないので、小選挙区で落ちれば政界から去らなければいけなくなります)。保守系候補者は、麻生氏と同派閥で同じ九州出身でありながら犬猿の仲だった古賀誠氏が、引退してからも有力な地方議員を多数知っているので、彼の協力を得る手もあります。
(4)大いなる意欲のあるところには、大いなる困難はない
政治記者は、日米地位協定改定や横田空域の取り戻しなどは不可能だとすぐに言います。しかし、まだ日本の首相で誰も米国にこの議論を持ち出した人がいないだけで、それは不可能ではないと思います。たとえば、敗戦国であるドイツもイタリアも米国の地位協定を改定させました。またフィリピンは、一度決めた地位協定の破棄を撤回しました。米国にとってフィリピンが対中国のためにどうしても必要になったからです。
このように各国は、米国に対して戦略的に動いています。日本列島は海洋国家の米国にとって、どうしても大事な場所ですから、安倍流の「ポチ戦術」ではなく対等の同盟を目指すことは「大いなる意欲」であり、記者が「不可能だ」と騒ぐ方がおかしいのです。
「バイデン大統領との最初の会談で日米地位協定についての話が出なかった」と批判した記事もありましたが、次の大統領が決まる直前に重大事を打ち明ける必要がないのは当然です。
(5)変革は必ず新たな変革を呼ぶ
金融政策面でも、石破首相がフラフラしているから株価が下落すると大騒ぎです。が、選挙が終わり安倍派を壊滅(落選だけでなく次回の閣僚の一本釣りなど)させてから、アベノミクスに猛反対していた優秀な金融マンに後始末を任せればいいのです。その気になれば、首相はなんでもできます。アベノミクスの負の側面の始末をすれば、自ずと円安や株問題も片づいてきます。本格的な中流社会に日本を戻すのは、その後の課題です。
● 盟友の女性秘書が明かす 石破氏の本当の魅力とは
とにかく、石破氏の掲げる公約は最初から時間がかかることばかり。もし石破氏が「マキャベリ作戦」に失敗しても、政権交代が起こるだけです。これはこれで、日本の宿痾である世襲議員制度を立憲民主党の野田代表が一掃してくれるのですから、私は今回の選挙は大変楽しみにしています。
ちなみに、吉村さんに「石破氏にはどんな魅力があるのか」と聞いたら、「私は普通のサラリーマンの家でしたが、石破さんは父親が内務省出身で戦後知事になった人だから……夜は読書しながらワインとクラシック。ああ、保守本流とはこういうことなんだと感じ入った」という言葉が返ってきました。
実に印象的な言葉でした。