人の命奪う死刑制度、国際社会からは批判の声 決して一様ではない被害者遺族たちの思い(2024年9月23日『共同通信』)

磯谷富美子さん

 「愛する家族の命を奪った加害者に対しても、死刑反対と言えますか」
2007年に起きた闇サイト事件で、当時31歳の長女を殺害された磯谷富美子さん(72)は訴えた。
 車に拉致、監禁され、現金を奪われた上、ロープで首を絞められて山林に遺棄された。「娘は、本当にむごい殺され方をしました」。3人の男に暴行されて無残に命を奪われ、変わり果てた姿となった娘に対面した時のことを語る磯谷さんの言葉に、会場は静まりかえった。
 ただ、被害者の考えは決して一様ではない。死刑制度を維持する日本に対して、国際社会からは厳しい視線も向けられている。(共同通信 佐藤大介)

遺族が「むごい内容」を話す理由
 2024年7月4日、東京・霞が関弁護士会館で行われた「日本の死刑制度について考える懇話会」の会合。磯谷さんは犯罪被害者遺族の立場から死刑に関する意見を述べるため参加した。
 事件では関わった男3人のうち、主犯格の男は死刑が確定して2015年に執行され、残る2人は無期懲役となった。
 出席者に向かって磯谷さんは「むごい内容をお話ししたのは、死刑反対と軽々しく口に出してほしくないからです」と、言葉を続けた。「残された遺族が前を向いて生きていくためにも、死刑は必要なのです」と力説し、死刑の代替刑としての終身刑導入には「被害者遺族が支払う税金も彼らの生活の足しになってしまう」と批判した。
 死刑判決は実質的に、「誰かの生命を奪ったこと」の結果として下されている。そこには被害者がいて、その被害者には家族や親族といった遺族がいる。
 磯谷さんをはじめ、殺人事件の被害者らでつくる「宙(そら)の会」特別参与で元警察官の土田猛さん(76)は「人の命を奪えば、命をもって償うべきだ」とし、殺人罪には死刑適用を原則とするよう求めている。「人を殺せば死刑というのが日本文化。犯罪の抑止効果も大きい」。そのためにも死刑制度は不可欠だと、土田さんは強調する。
 残された被害者遺族にとって、加害者への怒りは当然の感情だ。「犯人は死をもって償うべき」という遺族の訴えに、共感する人は少なくないだろう。
 2019年の内閣府による世論調査では「死刑もやむを得ない」と答えた人が8割に上り、そのうちの6割近くが、理由として「被害を受けた人やその家族の気持ちがおさまらない」ことを挙げている。

死刑に反対する遺族も 加害者と向き合う

片山徒有さん

 一方で、1997年に8歳の息子をひき逃げ事故で亡くした片山徒有さん(67)は「どんな罪を犯した人でも更生し、社会の中で果たすべき役割がある。厳罰ではなく、同じような被害者を出さないことが一番の望み」と述べ、死刑には反対の考えだ。被害者遺族の立場から、懇話会にも委員として参加している。
 片山さんは2000年から刑務所や少年院で「被害者の視点」を語るようになった。受刑者との対話を重ねる中で、自らの罪と向き合うなどの変化が見えるという。「悲しさと苦しみの中で犯人を許せないと叫ぶ被害者像が、メディアを通じてつくられている。しかし、被害者は変わり得る存在であり、それは加害者も同じだと思うのです」
 「殺人の被害者遺族と交通事故の遺族では、立場が違うかもしれない」。片山さんはそう思いながらも、家族の命を突然奪われた悲しみや怒りを同じ被害者遺族として共有し、手を差し伸べたいと考えている。それだけに、被害者遺族の感情や不安をいたずらにあおり立てる風潮には違和感を抱く。
 罪を犯した人を死刑にしてしまえば更生はできず、なぜそうした事件が起きたかを社会が知る機会も永遠に奪われてしまう。
 「犯罪は社会の痛みそのもの。再び起こさないために、時間とコストをかけてでも加害者と向き合うことが必要で、それが被害者の心の回復にもつながります」。片山さんは、そう信じている。

欧州は批判 必要なのは被害者の支援

NGO「死刑プロジェクト」の共同設立者ソール・レーフロインド氏

 死刑制度を維持し、死刑執行も続けている日本に対して、見直しを強く求めているのが欧州の国々だ。EUは基本権憲章で「何人も死刑に処されてはならない」と規定し、EUを離脱した英国も死刑を廃止している。欧州で死刑が残るのはベラルーシだけだ。
 英非政府組織「死刑プロジェクト」の共同設立者ソール・レーフロインド氏は「日本は世論を理由に死刑を続けるべきではありません」と話す。英国は1969年に死刑を廃止したが、当時は8割近くの世論が死刑を支持していたという。
 日本の世論調査でも死刑を支持する回答が多数を占めている。だが、レーフロインド氏は「情報がほとんど公開されていない中での調査は不十分です」と指摘し、政府から独立した国際的な専門家が調査を行うべきだと提案した。
 死刑よりも必要なことは「被害者への精神的・経済的なサポートの充実」とし、死刑によって国際的な日本の評価が低下することを訴える。

日本は「北朝鮮と同じグループ」 駐日大使の苦言

ジュリア・ロングボトム駐日英国大使

 また、2024年8月29日に懇話会で意見を述べたジュリア・ロングボトム駐日英国大使は「英国政府はいかなる場合でも死刑には反対の立場です」と明言し、その理由として3点を挙げた。
①死刑が人間の尊厳を奪うこと
②死刑が犯罪を抑止する決定的な証拠がない
③冤罪の場合は取り返しのつかない事態になる
 ロングボトム氏は、日英は人権など共通の価値観を尊重しているとしつつ、日本が死刑制度を維持していることが世界の中で目立っていると指摘する。「残念なことに死刑存置国という観点から見ると、日本は中国、北朝鮮、シリア、イランなどの国と同じグループに入ってしまいます」
 ロングボトム氏は、死刑制度があることにより「日本が掲げる人権外交の理念と行動の間に、どうしても隙間があるように感じてしまいます」と、苦言を呈した。

「価値観のダブルスタンダート」への懸念

鈴木貴子氏

 こうした国際社会からの視線に、自民党衆院議員で外務副大臣も務めた鈴木貴子氏(38)は、日本に死刑制度があることよる外交上の懸念を抱く。日本が覇権国家を批判しても、死刑があるため「同盟国からは、価値観のダブルスタンダードに映る」と指摘する。
 国際人権団体アムネスティの2023年の統計では、死刑執行が10年以上ない国なども含めると、死刑を廃止したのは144カ国で、日本は少数派だ。
 「日本は同盟国に対して『価値観を共有するパートナー』と強調するけれど、死刑については全く共有できていないことが多い」。鈴木氏は、超党派の「日本の死刑制度の今後を考える議員の会」で事務局次長を務め、死刑に批判的な立場を取る。
 「死刑は外交や安全保障に関わる重要な国政のテーマだ」と、議論の必要性を強調する。だが、国会での動きは低調なのが実情だ。

【取材後記】

共同通信 佐藤大

 海外の人たちと話をする中で、死刑制度について話題が及ぶと、日本に死刑制度があり絞首刑が続いていることに驚かれることが少なくない。「安全な国」との印象がある日本で死刑が行われていることに加え、絞首刑は残虐であるとのイメージが強いからだ。
 日本のほか、米国の刑務所での取材経験が豊富な映画監督の坂上香さん(59)は「米国人にとって絞首は、黒人へのリンチや公開処刑を想起させ、死刑賛成派でも抵抗を覚える」と言う。「150年以上も絞首刑のままで、執行の詳細が伏せられていることに、なぜ社会的に議論されないのかと不思議がられる」とも語る。
 日本で死刑を語るとき、犯行の残忍さと厳罰を求める被害者遺族感情に焦点が当たりがちだ。磯谷さんの怒りや悲しみは想像に絶すると思うが、片山さんのような加害者の更生を求める考え方もある。どちらが正しいという答えはない。国際社会の視点や被害者遺族にどういった支援の手を社会が差し伸べるかを考えながら、議論を進めていくことが必要と痛感した。
※この記事は、共同通信Yahoo!ニュースによる共同連携企画です。