自民党総裁選2024「候補者9名の経済政策」を徹底比較、どこが違う?やさしく解説(2024年9月19日『ビジネス+IT』)

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自民党総裁選挙に9人が立候補した。各候補者の掲げる「経済政策」を比較する(写真:日刊スポーツ/アフロ)
 自民党総裁選挙が告示され、現行制度としては過去最多となる9人が立候補した。裏金問題がクローズアップされる一方、世論調査などで国民が争点として求めているのは経済となっている。各候補の経済政策を比較する。
高市・小林」「林」「小泉」各氏の違い
 総裁選の候補者は、届け出順に、高市早苗氏、小林鷹之氏、林芳正氏、小泉進次郎氏、上川陽子氏、加藤勝信元氏、河野太郎氏、石破茂氏、茂木敏充氏の9名である。
 高市氏は、「総合的な国力の強化が必要」としており、そのためには「何よりも経済成長が必要。経済成長をどこまでも追い求める」と強調した。小林氏も「特に急ぐのが経済力の強化だ。経済が財政に優先するのが基本で、経済成長で税収を増やしていく」と述べている。
 高市氏と小林氏は、自民党の中で最も保守的な立場とされ、高市氏の推薦人の多くが旧安倍派となっている。小林氏も表に出ている推薦人名簿こそ各派にバラけたものの、旧安倍派の福田達夫氏の支援が立候補のきっかけとなっているほか、安倍元首相と縁の深い人物が多数支援を表明するなど、やはり旧安部派と関係が深い。
 こうした背景があるため、両氏の主張は基本的にアベノミクス継続であり、低金利政策を持続し、国債を発行して財政出動によって成長を実現するという考え方に立脚している。
 林氏は旧岸田派に属しており、同派は自民党内で最も結束力が固いとされる。派閥解消後もグループとして行動する傾向が顕著であり、林氏の推薦人も岸田派が多数を占める。当然だが経済政策も岸田政権を引き継ぐ形となっており、「最低賃金の引き上げなどで格差の是正を図るとともに、稼ぐ力を高める」政策を掲げる。
 財政については、「必要な財政出動はためらわない」としつつも、金利上昇局面に入る中でも日本国債への信認を維持するため、「債務残高対GDP比」を安定的に引き下げていく」との考えを示した。林氏が首相になった場合には、岸田政権と同様、財政に配慮した政権運営が続くと予想される。ちなみに財政規律重視という点では、河野氏や石破氏もスタンスは似ている。特に石破氏は、財政を検証する第三者的な機関設立にも言及している。
 積極財政を主張する高市、小林両氏、あるいは財政規律を重視した上での成長路線を主張する林氏と、方向性の異なる議論を展開しているのが小泉氏である。小泉氏は、労働市場改革を前面に掲げており、いわゆる構造改革を進めることで経済を成長させると主張している。改革の本丸として解雇規制を主張する一方、同時にリスキリングや学び直しの環境整備も進めるという。ライドシェアの容認など、産業の各種規制緩和にも積極的である。
突破力を前面に出した河野氏と実務的な加藤氏
 良くも悪くも方向性がハッキリしている上記4名と比較して、方向性が見えにくいのが上川氏である。上川氏のスローガンは「景色を変える」というもので、経済についても「新しい経済の景色を創る」としている。
 具体策としては、所得再分配や物価高対策、賃上げ、農林水産業強化、地域産業の活性化などを掲げられており、岸田政権の踏襲にも見える。防衛増税についても維持する方針であることを考えると、林氏と近い方向性と言えるかもしれない。
 上川氏は推薦人集めに苦労したとされており、麻生太郎副総裁が決選投票をにらんで自派議員を推薦人として提供したとの報道もある。そうなると上川氏は麻生氏に近い動きをせざるを得ない可能性があり、だとすれば抽象的で無難な政策も納得がいく。
 推薦人集めに苦労したという点では加藤氏も同様である。
 加藤氏は茂木派に属していたが、安倍派にも近く、派閥トップの茂木氏とは少し距離があったとされる。茂木氏と加藤氏の両名が茂木派から立候補したことで、茂木派の票は割れた格好だが、加藤氏は厚生労働大臣を務めていたこともあり、推薦人には厚労族議員が目立つ。加藤氏は賃上げによる所得倍増を重要な政策と位置づけたものの、実現には10年かかると、かなり現実的な発言を行った。加藤氏は財務省出身で政策通として知られており、実務型政治家らしい公約と言えるだろう。こうした生真面目な性格が吉と出るか凶と出るかは何とも言えない。
 小泉氏と同様、改革を前面に掲げたのが河野氏である。
 河野氏補助金など政府の支援で産業が活性化し、経済が成長するという考え方を強く否定。「もしそうなら(計画経済を推進してきた)旧ソ連が崩壊するはずがない」と持論を展開した。民間主導で投資の好循環を作り出すなど、ある意味で経済の原理原則に忠実な政策を打ち出している。同時に河野氏は、社会保障制度の見直しによる現役世代の負担軽減、年末調整の廃止と確定申告の導入など、税制改革に言及しており、小泉氏と同様、解雇規制緩和にも前向きである。
 政策の斬新さという点では河野氏がズバ抜けているが、突破力はあるものの調整を不得意とする河野氏が、果たしてこれだけの改革を一気に実現できるのか疑問視する声もある。
まったく異なる方向性を打ち出した茂木氏の真意とは?
 石破氏は良くも悪くも、従来型の政策となっており、地方創生を「日本経済の起爆剤」と位置づけた。産業の国内回帰と地方への投資拡大によって経済を回す方策である。加えて岸田政権が断念した金融所得課税の強化も主張しており、所得や資産の多い層からの徴収強化によって財源を捻出したい考えだ。
 一方、他の候補とはまったく異なる概念を打ち出したのが茂木氏である。
 茂木氏は国民の所得向上を最優先の目標とするとともに「増税ゼロ」の政策を推進するとしている。もっとも、あらゆる増税を否定しているのかについては曖昧な状況であり、少なくとも現時点でハッキリしているのは、すでに決定済みの防衛増税子育て支援増税については撤回する方針である。
 これらの政策は茂木氏が現職の幹事長として推進してきたものであり、一貫性が欠けているという批判の声も大きい。茂木氏は、物価上昇で税収が増えているとしているが、たしかに物価が上がればその分だけ税収は増えるものの、少し遅れて政府支出の金額も増大していく。単なる物価上昇では実質的な税収増にはならず、物価上昇を超える成長を実現しなければ、増税ゼロも実現できない。こうした成長の道筋が示されていないことについて、単なるポーズではないかとの見方もある。
 総裁選の投票日までにはまだ時間があり、議論を深堀りする余地はまだ残されている。
 財政や労働市場改革、社会保障の負担軽減策については、誰の負担を増やして、誰の負担を軽減するのか、あるいは国債で資金を調達するのか、増税でカバーするのかなど、もっと具体的な議論が必要だろう。痛みや負担についての議論が曖昧なままでは、総裁選後に控えている解散・総選挙を乗り切ることはできない。自民党総裁は首相と限りなくイコールであり、責任ある発言が求められる。
執筆:経済評論家 加谷 珪一