【写真で見る】総務官僚時代の斎藤知事。宮城や大阪などにも出向した
斎藤知事は8月30日、9月6日に県議会の百条委員会で一連の疑惑に関する証言を行い、パワハラの疑いがある県職員への言動をあくまで「業務上の指導」などと主張。最後まで自身の行為がパワハラに該当するかは認めず、職員との間での認識の違いが際立った。内部告発した職員に対する懲戒処分などの県の対応も、「法的に適切だった」とする立場を貫いた。
百条委でのやり取りで印象を残したのが、斎藤知事が自身の総務官僚時代の経験を念頭に置いたうえで、自らの仕事観を説明した場面だ。「コミュニケーション不足で職員の受け取りにズレが生じた」と弁明する斎藤知事の問題視された言動について、総務省関係者は冒頭のように指摘する。
■「ロジ」への異様なこだわり
付箋を投げる、机をたたく――。こうした職員の前での明らかな威圧的行為に加え、百条委や職員のアンケート調査では、動線確保や段取りを意味する「ロジ(ロジスティクス)」に対する知事の強いこだわりが浮き彫りとなった。
職員が用意した知事の更衣室に一般県民がいたことに「いったいどういうロジをしているのか」と厳しく叱責したほか、乗ろうとしたエレベーターの扉が目の前で閉まったことに、「ボタンも押せないのか」と職員を怒鳴りつけたという指摘もある。
8月30日に開かれた百条委では、「20メートル歩かされたことに激怒した」とするパワハラ疑惑行為について、時間をかけて追及された。県立考古博物館を訪れた際、車両通行禁止のために、公用車が入り口に横付けできる場所まで到達しなかったことに対し、斎藤知事は「車止めをなぜよけておかなかったのか」と職員を強く叱責したという。
斎藤知事は「歩かされたことに怒ったわけではない。車の動線を確保できていなかったのではないかという強い思いがあった」と説明。職員らはルールに則る形で車止めを動かせなかったというが、「当時の認識としては合理的な指摘だ」と言い張った。
なぜここまで、「ロジ」に異様なこだわりをみせるのか。斎藤知事に近い世代の元総務官僚は、霞が関の文化が関係していると指摘する。
「元官僚芸人まつもと」として活動している松本昌平氏は2005年に総務省に入省し、斎藤知事(2002年入省)の3年後輩に当たる。松本氏は「斎藤知事の言動はおかしいところが多いとは思うが、『ロジ確保』については霞が関では当たり前に行われている。ロジを異常に気にするカルチャーで、それをやっていないと詰め倒される」と説明する。
自身も、上司の送別会をセッティングする際に「時間がないから、できたての状態で食事を手配しろ」と命じられ、役所から店まで歩いて時間を測り、上司の到着と同時に食事が出るように調整したという。「(上司との食事でさえも)こういったレベル感のロジが要求される。とくに政治家の動線はすごく気にして、想定外が起きるのを嫌がる」(松本氏)。
ロジを重視する風潮は総務省に限った話ではない。2022年には経済産業省で、当時の経産相向けに「お土産購入ロジ」などを含む出張時の対応マニュアルが作られていたことが話題になった。「お土産の購入量が非常に多いため、荷物持ち人員が必要」「生モノを購入することもあるため、保冷剤の購入および移動車内の冷房は必須」などの注意が記載されていた。
■一面に報道が出ればすぐに“想定問答”
国民から選挙で選ばれた政治家の鶴の一声で、業務が左右されることも珍しくない官僚の世界。関係者からは、「上意下達の文化で、上が言うことで白も黒になる」「政治との関係で役人は従属的な立場になり、構造的にパワハラが起きやすい」といった声が上がる。「厳しい政治家を担当した秘書官が精神的に参るようなケースも多い」(中央省庁幹部)。
メディア報道をめぐる情報を徹底的に共有するよう求める姿勢も特徴的だ。県職員のアンケート調査などでは、深夜や休日にも職員にチャットで指示を繰り返していたことが判明。県施設の長期休館を報道で知った斎藤知事が「聞いていない。なぜ報告がないのか」といった怒りのメッセージを深夜に送り、職員が早朝から説明に追われた事例があった。
「とにかく(新聞の)一面に報道が出た場合は、すぐに想定問答を作り、大臣室なりいろんなところに入れていくのが、私が約20年間中央省庁などでやってきた徹底的な仕事の仕方だった。記者会見で聞かれたときのために、大臣や政治回りに情報を伝えることは、官邸、総務省でずっと叩き込まれてきた」。斎藤知事は百条委で、そう証言した。
「(職員に)いろんな報告、連絡、相談は、ちゃんとやってほしかった」と、淡々と振り返った斎藤知事。ある総務省幹部は「霞が関のスピード感でずっと仕事をしてきた知事の立場からすると、兵庫県の職員に物足りなさを感じる部分もあったのかもしれない」と推測する。
兵庫県では同じく総務省出身の井戸敏三・前知事など、斎藤知事まで半世紀以上も官僚出身者が続くが、「問題がここまで噴出しているのは彼だけ」(総務省OB)。県の関係先に贈答品を求める「おねだり体質」なども指摘される斎藤知事について、個人的資質を問題視する向きも多い。
斎藤知事は、総務省の中でも地方自治などを所管する旧自治省系の出身だった。若手のうちから管理職として、自治体に出向するキャリアを歩むのが一般的だ。斎藤知事も入省7年目で新潟県佐渡市の企画財政部長を経験したほか、宮城県、大阪府に出向し、要職の財政課長を務めた。
前出の松本氏は「(旧自治省は)年上の人を統括する形で地方に行き、帝王学のような教育を受けることになるので、体育会系で、上意下達の文化が特徴だ」と説明する。ある総務省幹部は「若くして、地方で強い権限を与えられることになり、贈答品はもちろん、周囲から特別扱いされるうちに上から目線で傲慢になる役人もいる。斎藤知事は、そのようなタイプだったと聞いている」と話す。
■他県知事からは苦労を理解する声も
一方、斎藤知事の置かれた立場に理解を示すような声もある。
総務省OBで鳥取県の平井伸治知事は8月の会見で、「斎藤さんは大阪府を辞めてすぐ兵庫県に行ったので、県庁の中の意思決定の仕組みなど、いろいろ変えなきゃいけないことがいっぱいあると思う」と指摘。そのうえで、「(5期目の)私の経験からして、1、2期目の辺りはかなりそういう難しさがある。ちょうど今その時期にあり、なかなかコミュニケーションの取り方の難しさに苦労している面もあるのでは」と話した。
告発文書を送った元幹部については、「嘘八百」「公務員失格」と記者会見で断じた。その元幹部は自殺とみられるかたちで死亡し、「公開パワハラ」(上智大の奥山俊宏教授)といった批判が高まっている。「政策は本来チームでやらないとうまく進まない。公の場で嘘つき呼ばわりした時点で、仲間を仲間と思わない考え方が明らかだ。知事としての適性を欠く」(先の総務省幹部)。
職員向けアンケートでは、「瞬間湯沸かし器」と呼ばれていたことも明かされた斎藤知事。百条委で自身の性格を問われると、「仕事とかにミスがあったりするときに短気な面がある」と認め、「県民にとってよい仕事をしたいとの思いでやっていた」と語った。だが、前出とは別の総務省幹部は「真面目な人こそ、いろんなストレスがかかる中でパワハラ的言動をやってしまいがちだが、それは知事としてのマネジメント能力の欠落を意味する」と突き放す。
■繰り返す「官僚的」答弁
世論の批判が高まる一方、斎藤知事は自身の辞職を再三否定してきた。2021年の知事選で県民からの負託を受けて当選したことを理由に、「さまざまな批判はあるが、真摯に受け止め、県政を前に進めていくのが責任だ」といった趣旨の発言を繰り返している。
斎藤知事の発言で目立つ紋切り型のレトリックに、知事選で斎藤知事を支持した日本維新の会の吉村洋文共同代表は7月の記者会見で、「官僚的な言い方ではなく、もっと自分の言葉で1個1個正面から伝えていくべきだ」と苦言を呈した。
百条委では、委員を務める県議が「知事の答弁にいくつかパターンがある気がしている。例えば、「『認識はない』は『自覚はあるけど見解の相違』。『(職員を)きつく注意した』は『記憶はあるが正当だ』。『業務上の指導』は『当然の対応』。私は、こういうふうに捉えている」と皮肉る場面もあった。
「『この件はこういう方針でいく』と一度決めると、それ以外言えなくなる。過去との整合性を大事にし、いったん決めた方針からスタンスを変えないのは、まさに官僚的だ。それは『絶対に知事を辞めたくない』というところから来ている」(総務省関係者)
日に日に辞任を求める包囲網が狭まる斎藤知事。議会、職員との間の「ズレ」が埋まらないまま、兵庫県政の混乱は深まっている。
茶山 瞭 :東洋経済 記者