【寄稿】カリスマ女闘士・田中美津さんの心の奥には「膝を抱えて泣いている少女」がいた 吉峯美和監督が悼む(2024年8月30日『東京新聞』)

 1970年代に日本のウーマンリブをけん引した鍼灸(しんきゅう)師の田中美津(たなか・みつ)さんが8月7日、亡くなりました。生前の田中さんに密着してドキュメンタリー映画を撮った吉峯美和監督に寄稿していただきました。
 吉峯美和(よしみね・みわ) テレビディレクター、映画監督。1967年、東京都生まれ。番組制作会社を経てフリーのディレクターに。映画『この星は、私の星じゃない』で初めて監督を務めた。女性文化の創造に貢献したとして第26回女性文化賞受賞。
◆「女らしく生きるより、私を行きたい」男性中心社会に一石
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生前、東京新聞のインタビューにこたえる田中美津さん=2018年2月、東京都八王子市で(安江実撮影)
 日本のウーマンリブの伝説的リーダーと言われた、田中美津さんが亡くなった。
 1970年代に多くの女性たちを揺り動かしたリブ。当時を全く知らない世代の私にとっても、目からウロコ体験なのが美津さんの言葉だった。4年にわたって今の彼女を追いかけて、ドキュメンタリー映画『この星は、私の星じゃない』(2019年公開)を自主製作するほどにのめり込んだ。
 リブ誕生の歴史的なデモでまかれたビラ『便所からの解放』(1970年)に美津さんは書いた。
 「男にとって女とは母性のやさしさ=母か、性欲処理機=便所か、という二つのイメージに分かれる存在としてある」
 妻や母としてだけ生きるか、性的存在として搾取されるか、どちらも根っこは同じだと喝破し、「女らしく生きるより、私を生きたい」と叫んだ。当時、マスコミから大バッシングを受けたのは、男性中心の社会構造の根源を衝(つ)いていたからだろう。
◆「現代のらいてう」が抱えていたトラウマ
 同じようにひどく揶揄(やゆ)されたのが、明治末期に雑誌『青鞜』を創刊した平塚らいてうだ。「元始、女性は太陽であった」と宣言したらいてうのように、美津さんのウーマンリブは男女平等の権利獲得運動ではなく、女自身の意識変革を訴えていた。
 「現代のらいてう」を撮るぞ! 小さなカメラを持って週に1回程度、美津さんの外出に同行し、そこで語られる言葉を記録することから撮影が始まった。東京新聞のインタビューでは、「女の不幸は、男の不幸とイコールになっている」と発言。男は社会の奴隷であり、女を「母」と「便所」に分断して男に与え満足させることで、社会の秩序は保たれてきたのだから、「男もマンリブを起こせ」と言うのだ。男が解放されなければ社会は変わらず、女も解放されない。今も昔も本質をとらえる田中美津にしびれた。
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生前の田中美津さん=2015年、東京都八王子市で
 撮影の最中、#MeToo運動が盛り上がり、日本でも実名で性被害を告発する女性たちが現れた。実は美津さんも幼児期に性虐待にあっていて、1970年代に自ら著書で告白していたが、70歳を過ぎた今でもそのトラウマから逃れられないことを、カメラの前で語ってくれた。「カリスマ女闘士」のイメージが貼りついてきた美津さんの心の奥に、「膝を抱えて泣いている少女」が居続けていることに気づいて以降、映画のテーマが絞られていく。
◆「私のために頑張ることが、世の中を変えていく」
 美津さんのすごさは、その解消されないトラウマをエネルギーの源にして言葉を発してきたことだと思う。
 「他の女たちはまだ正札さえ付けていないのに、私だけがディスカウント台にのぼっているような気分…私を救いたい。私のために頑張ることが世の中全体を変えていくんだ」
 常に「私」から出発するブレない強さ。だからその言葉には力が宿り、痛みを抱える人の心に響くのだろう。
 映像の中に遺(のこ)された、類いまれな思想家の姿と肉声が、いま生きづらい人のもとへ届いてほしい。『かけがえのない、大したことのない私』を肯定し、全身全力で「この星」に立ち続けていた、田中美津を忘れないで。
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 ウーマンリブの活動家で鍼灸師田中美津さんは8月7日、死去。81歳。1960年代にベトナム戦争反戦運動に参加。男性優位の運動を疑問視し、1970年、日本初のウーマンリブのデモの中心人物として活躍。1972年には運動の拠点となる「リブ新宿センター」を設立した。
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2019年公開のドキュメンタリー映画「この星は、私の星じゃない」のチラシ
◆9月、吉祥寺と渋谷で追悼上映会
 『この星は、私の星じゃない』の上映会が予定されている。
 ▽アップリンク吉祥寺 9月9、13、17、19日、いずれも午後1時30分から。17日の上映終了後、東京大名誉教授の上野千鶴子さんによるトークを予定。
 ▽渋谷ユーロスペース 9月28、29日、いずれも午前10時30分から。上映終了後、28日はジャーナリストの浜田敬子さん、29日は著作家北原みのりさんによるトークを予定。


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解説
1970年にまかれた「便所からの解放」という手書きのビラが多くの女性から共感を呼び、日本のウーマンリブ運動のカリスマ的存在として活躍した田中美津を追ったドキュメンタリー。70年代前半に東京・代々木の「リブ新宿センター」を拠点に、優生保護法改悪阻止などの活動を推進した田中美津。72年に発売された著書「いのちの女たちへ 取り乱しウーマン・リブ論」は、女性学のバイブルとして40年以上を読み継がれている。現在は鍼灸師として活動するかたわら、執筆や講演をおこなっている田中をドキュメンタリー作家の吉峯美和が4年にわたり密着。静かでマイペースながらパワフルな田中の言葉や行動から、彼女の魂の遍歴を追っていく( 映画.com)。
2019年製作/90分/日本
配給:パンドラ
劇場公開日:2019年10月26日