「マイナ保険証」一本化 ごり押しせず再考すべきだ (2024年9月3日『河北新報』-「社説」)
現行の健康保険証が廃止され、マイナンバーカードと一体化した「マイナ保険証」に移行する12月2日まで、残り3カ月を切った。
ところが国民の間では、マイナ保険証のメリットが実感しにくいだけでなく、情報管理などへの懸念もあって6月時点での利用率はわずか9・9%にとどまる。
このまま一本化を推し進めるなら、無用の混乱を招きかねない。政府は多額の税金を使った周知、普及活動にこだわるのではなく、性急なスケジュールをいったん見直して国民の理解が得られる方向転換を図るべきだ。
マイナ保険証は、医療機関や薬局に設置されたカードリーダーで患者本人かどうかを認証する「オンライン資格確認」を行うのが最大の特徴。医療費の不正請求を防げるほか、専用サイト上で過去に処方された薬の服用歴なども閲覧できる。
しかし、受診回数が少ない若い世代や、パソコン操作などが苦手な高齢者らにはメリットを感じにくい。
利用率が伸び悩む理由として、使い慣れた現行の保険証と比べても特段の利便性が感じられないだけでなく、個人情報管理への不安が拭えないことが挙げられる。
河北新報を含む全国の地方紙18紙が実施した合同アンケートでも、「マイナ保険証」について個人情報漏えいへの不安や不信の声とともに、現行の保険証を残した選択制を求める声が多く寄せられている。
実際、マイナ保険証に別の人物の情報がひも付けられ、受診履歴などの個人情報が他人の目に触れてしまうというあってはならない事態も起きている。
マイナ保険証への一本化に不安の声が広がるのは、医療現場でも同様だ。10万人超の医師・歯科医師が加入する全国保険医団体連合会には、認証同意手続きで何度も画面に触れることにストレスを感じる高齢者の現状などが報告されており、「このまま進めば医療機関の窓口がパンクする」と危惧する声も出ているという。
普及促進のため、政府はマイナ保険証の利用者が増えた医療機関に支援金を給付するなど、あの手この手の対策を繰り出してきた。だが、無駄を省いて膨張する医療費を抑制するのがマイナ保険証導入の当初目的だったはずだ。利用率を上げるために、巨額の税金を投じるのは本末転倒ではないか。
求められるのは国民の理解だろう。それができない以上、政府はいったん立ち止まって制度を再考するべきだ。
マイナ一本化 根強い反対 受け止めよ(2024年9月3日『信濃毎日新聞』-「社説」)
現行の健康保険証は12月2日から新規発行されなくなる。マイナンバーカードに保険証機能を持たせたマイナ保険証への一本化を図る政府方針ゆえだ。
本紙を含む全国18地方紙が8月に行った合同アンケートで、回答者1万2千人余の8割以上が今の保険証を残すことを求めた。
政府が5月に実施したパブリックコメントにも、ひと月足らずで5万3千件超が寄せられ、その多くがマイナカードへの懸念を訴える意見だった。
なぜ一本化に反対する声が強いのか。さまざま理由はあるが、中でも懸念されるのは、マイナ保険証を持っていない人が、保険診療を受けられなくなる恐れがある点だ。マイナ保険証を持つこと自体が困難な人も少なくない。合同アンケートでも「認知症の親はマイナカードを作れません」という切実な声が寄せられた。
カードの取得も、マイナ保険証の登録も、任意である。政府はこの原点に立ち返り、今の保険証を残す道を早急に探るべきだ。
そもそも心身に障害のある人や独居の高齢者の生活が、政府の視野に入っているだろうか。マイナカードの仕様は、健常者が前提のように見える。
例えば、寝たきりの高齢者の中には、顔写真の撮影が難しい人もいる。顔や体が震える障害の人にとって顔認証の機能は使いづらい。高次脳機能障害がある人は記憶障害のため、パスワードを覚えているのが難しい。
4種のパスワードの管理は記憶力のよい人でも大変だ。使い勝手の悪さに個人情報のひも付けの誤りなども加わり、マイナカードは国民の信頼を得られないでいる。
政府はマイナ保険証の利用人数を増やした医療機関や薬局に、一時金を支給するなどの促進策を打ち出している。それでも7月の利用率は約11%。新規発行停止を4カ月後に控えて、およそ9割が現行の保険証を選んでいた。
気になることがある。長野県保険医協会が5~7月、県内77市町村に対し国民健康保険加入者への対応などを調べたところ、マイナ保険証を持たない人に対し保険証代わりに交付する「資格確認書」について、約2割の自治体が申請者に限って発行すると回答した。これでは受け取る人に漏れが出る恐れがある。
マイナ保険証を持たない人には全員に資格確認書を送る。政府がこの約束を果たせるかも疑問だ。国民皆保険制度を守るためにも、一本化の強行は許されない。
健康保険証12月に廃止 強行やめ併用へ転換せよ(2024年9月3日『琉球新報』-「社説」)
政府はマイナンバーカードに健康保険証の機能を統合したマイナ保険証に一本化して、現行の保険証を廃止する方向へと突っ走っている。
現行保険証の新規発行がなくなる12月2日まで3カ月を切った。マイナ保険証の利用率は昨年12月に4.29%まで落ち込み、その後、微増に転じたが、7月は11.13%にとどまる。廃止を撤回し、現行保険証と併用できるようにすべきである。
12月以降、現行保険証は最長1年間使用でき、マイナ保険証を持たない人には保険証代わりに使える「資格確認書」が届けられる。それなら併用制にして選択できるようにすればいいだけではないか。無駄な混乱やコストを生む必要はない。
厚生労働省は8月30日、保険証廃止に関する意見公募結果を公表した。5万3028件もの意見が集まり、多くが廃止に懸念を訴えた。
資格確認を行う機器の故障や、感染症の拡大時に車中で検査する場合があること、医療機関の窓口負担増、カードを紛失するリスク、身体障害者が申請できない場合があるなどの指摘があった。一体化に伴うトラブルや個人情報漏えいの危険、作成手続きで高齢者の負担が大きいなどの意見もあった。
これらに対し厚労省は「過去の服薬情報や特定健診の結果など、患者本人の健康・医療に関する多くのデータに基づいた、より良い医療を受けていただくことが可能になるほか、医療機関や医療保険者にとってもさまざまな事務コストの削減にもつながるなど、多くのメリットがあると考えています」と列挙し「引き続き、きめ細かな対応に取り組んでまいります」とした。
一貫して反対している全国保険医団体連合会は、会員医療機関への調査を踏まえて、マイナ保険証メリット論を検証している。再診患者にはメリットはないとした上で、保険資格が有効なのに「無効」「該当なし」と表示されることや、氏名、住所、読み仮名、窓口負担割合などで間違いが多いと強調した。これらのトラブルで、患者の待ち時間も従事者の残業も増えていると批判している。
他院で処方した薬剤情報などを診療に応用できるという点も、保険請求が確定したものしか閲覧できず内容が不十分で、「お薬手帳」や健診結果を持参してもらえば済むと主張している。また情報の閲覧にはタッチパネルで本人の同意が必要だが、同意すれば内密にしたい情報まで全て開示されてしまうと指摘した。
記憶障害でパスコードを覚えられない人、脳性まひで姿勢を維持できず顔写真が撮影できない人もいる。「保険証を残して」と訴える集会が全国で開催されており、国民の理解、納得には程遠い。
12月までにマイナ保険証の利用率が劇的に上がるとは考えにくい。政府は強引な押し付けをやめるべきだ。
マイナ保険証 利用者本位で考えねば(2024年9月2日『東京新聞』-「社説」)
現行の健康保険証が新規に発行されなくなる12月2日まで残り3カ月。しかし、健康保険証の機能をマイナンバーカードに持たせた「マイナ保険証」の利用率は7月時点で11・13%にとどまる。
利点が実感されないためだが、現状で現行保険証の廃止が強行されれば、現場の混乱は必至。政府は利用者の立場に立ち、現行保険証廃止の方針を撤回すべきだ。
マイナ保険証による受け付けは受診時に毎回カードリーダーで資格確認をしなくてはならず、初診時と再診の月初めに提示すればよい現行保険証よりも煩雑だ。
顔認証か4桁の暗証番号を入力した後、医療情報提供の可否を確認するが、トラブルが絶えない。旧漢字と新漢字の異体字などが原因でエラーが出れば、受け付け事務は滞る。カードの電子証明書は5年に1回の更新が必要だ。
こうした煩雑さもマイナ保険証の普及が進まない原因だろう。
政府はマイナ保険証導入の目的に「医療の質の向上」を掲げる。ただ、根拠の一つとする投薬情報は直近の1カ月分は反映されず、現場の医師らは「お薬手帳の方が役立つ」と指摘する。
利用者への説明を抜きに投薬歴などの医療情報の提供を承認させることもプライバシーへの配慮を欠く。精神的な障害や妊娠など機微な個人情報は治療に必要だとしても、医師への信頼に基づき、納得した上で明かせる情報だ。
マイナ保険証は弱者の負担も大きい。高齢者施設ではマイナカードと暗証番号を預かることに懸念が強い。重症者や車イスの利用者がカードリーダーで資格確認することも容易ではない。
人権を重んじるべき医療現場で弱者へのしわ寄せを伴う「利便性の向上」は許されない。
利用者の尊厳を軽視したり、負担を弱者にしわ寄せしたりする姿勢は、任意と言いながら、マイナ保険証の取得を実質義務化する政権の強引な手法にも通じる。
河野太郎デジタル相は、現行保険証の廃止理由に「なりすまし防止」も挙げるが、発生件数は2017年からの5年間で50件だけ。マイナ保険証でも暗証番号が漏れればなりすましは可能で、導入を必要とする理由にはならない。
利点に乏しく、利用者に負担を押し付けるマイナ保険証を強引に導入する必要があるのか。政権は立ち止まって考えるべきである。
廃止は乱暴、丁寧に進めよ/現行保険証あと3カ月(2024年8月29日『東奥日報』-「時論」)
現行の健康保険証を廃止しマイナンバーカードに保険証機能を持たせた「マイナ保険証」へ一本化する12月2日まで、あと約3カ月となった。
しかし移行の前提となるマイナンバーカード保有の割合はなお70%台半ば。マイナ保険証の利用率はこの1年で4ポイント強しか上がらず、いまだに10%程度にとどまる。政府はそれなりに普及に努めたはずなのにこの状況だ。12月時点で大半の国民が無理なくマイナ保険証を使えるようになるのは望み薄だろう。
政府は「デジタル社会のパスポート」としてマイナンバーカードの高い機能、利便性をアピールする。だが、使い慣れた現行保険証に国民は何の不便、不満も感じていない。だからマイナ保険証が普及しないのではないか。にもかかわらず、本来任意のはずのマイナンバーカード取得を事実上強制することになる現行保険証の廃止はやはり乱暴であり、無理がある。
医療機関で患者がマイナ保険証を利用した割合は昨年6月で5.58%、今年6月になっても9.90%。これは、別人の医療情報が誤登録されて他人が閲覧してしまったり、システム不具合で医療費10割を請求されたりのトラブル続出で、昨年末まで利用率減少が続いたことが響いている。
政府は、マイナ保険証なら(1)診療・薬剤情報などを複数の医療機関で共有できて無駄な検査や投薬を防げる(2)就職・転職後もそのまま使える-などメリットを強調する。しかし国民には個人情報漏えいなどの不安の方が勝っているのが現実だ。
政府は、患者に呼びかけてマイナ保険証利用を増やした医療機関へ支援金を倍増させた。いずれはマイナ保険証機能を搭載したスマートフォンで受診できるようにするという。だがこうした対応をいくら重ねても、個人情報管理の信頼性を確立して国民の不安を解消しない限り利用が一気に進むことは期待できまい。
心身の機能が衰えたお年寄りなど、マイナンバーカード取得やマイナ保険証利用のハードルが高い人も多い。政府は12月以降、現行保険証を最長1年間継続して使えるようにし、カードを持たない人には保険証の代わりとなる5年間有効の「資格確認書」を発行する。
保険料をきちんと納めた被保険者やその家族には、保険医療を受ける権利がある。それを保障する代替措置は当然だ。こうしたモラトリアム(猶予期間)設定がマイナ保険証の普及を遅らせるかもしれないが、不可欠な措置だ。
一方、人々にカードが行き渡っても、皆が実際に使うとは限らない。政府は国民に押し付けるのではなく、進んで利用してもらえるまでマイナ保険証の利点、使い勝手をさらに磨き上げるべきだ。制度の「熟成」には相応の時間がかかるのもやむを得まい。
ならばモラトリアムを無期限延長し、現行保険証もマイナ保険証と並行してずっと使えるようにすべきだ。その間にデジタル化になじんだ人々が社会の大多数となれば、普及難航を時間が解決してくれるのではないか。
退職したサラリーマンらが受け取る老齢厚生年金の支給開始年齢は、男性が2013年度、女性は18年度から13年かけて段階的に60歳から65歳へ引き上げを進めている。人々の生活に大きな影響を及ぼす制度変更はじっくり丁寧に進めるべきだ。
マイナ保険証一本化 混乱回避へ再考求める(2024年8月28日『沖縄タイムス』-「社説」)
健康保険証を廃止し、マイナンバーカードに保険証機能を持たせた「マイナ保険証」に一本化する期限が12月2日に迫る。
ところがマイナ保険証の6月時点での利用率は9・9%にとどまる。このままでは混乱を招きかねない。国民の理解は得られておらず、政府は立ち止まって制度を再考するべきである。
利用率が伸び悩んでいる理由の一つに、情報管理への懸念がある。
マイナ保険証に別人の情報がひも付けられて、受診履歴などの個人情報が他人の目に触れる事態が起きた。こうした誤登録は、判明しただけでも計約9200件に上った。
政府はマイナ保険証の利用を増やした医療機関に支援金を給付するなど、あの手この手で普及に努めてきたはずだ。今年に入ってから利用率は微増したが、それでもわずか1割である。いまだに失った国民の信頼を取り戻せていないことを直視するべきである。
政府は「デジタル社会のパスポート」として、マイナカードの機能性や利便性をアピールする。保険証をマイナカードに一本化すれば、過去の診療や薬剤の情報などを医療機関で共有できるといったメリットを強調している。
それでも普及が進まないのは、使い慣れた現行の健康保険証に、国民は何の不便も不満も感じていないということではないか。
そもそもマイナ保険証の取得は任意であるはずだ。保険証を廃止しての導入は事実上の強制である。
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混乱の発端は2022年10月、河野太郎デジタル相が24年秋の廃止を突如表明したことだった。
また文書は、利用率低迷の原因を「医療機関の受付での声かけにあると考えられる」としている。利用率が伸びない責任を医療の現場に転嫁しており、看過できない。
求められているのは、国民に対する政府の丁寧な説明である。12月の期限が迫る中、一本化ありきの姿勢は不信感を増すだけだ。
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政府は12月以降、経過措置として、現行の保険証を最長で1年間継続して使えるようにし、マイナ保険証を持たない人には、保険証の代わりとなる最長5年間有効の「資格確認書」が交付されるとしている。
デジタル化への対応が難しかったり、心身の機能が衰えたりしている高齢者などにも、不自由のない保険制度を保障するべきであることは言うまでもない。
それでもマイナ保険証を導入するなら、現行の保険証廃止の方針を撤回し、期限をつけることなく併用できる制度とするべきである。
マイナ保険証 無理強いでは普及しない(2024年8月13日『西日本新聞』-「社説」)
現行の健康保険証が廃止され、マイナンバーカードに健康保険証の機能を持たせた「マイナ保険証」に一本化される12月2日まで、残り4カ月を切った。
カードの普及が思うように進まないため、政府はあの手この手の対策を繰り出しているが「強引だ」と国民の反発を招いている。
多額の税金を使って無理を重ねる前に、国民感情に寄り添い、性急な保険証廃止を考え直すべきではないか。
医療機関の一部も前のめりになっているようだ。
医師でつくる全国保険医団体連合会によると、マイナ保険証を持たない利用者に提示を求めて口論になったり、持参しなかった利用者に取りに帰るよう求めたりと、誤った対応が確認されている。
マイナ保険証がないことを理由に、薬を処方しない薬局もあった。治療に支障を来さないか心配だ。
マイナ保険証の利用率は、6月時点で9・9%にとどまる。他人の情報がひも付けされるトラブルが相次いだ影響もあり、昨年5月以降は低下していた。
今年はやや増える傾向にあるとはいえ、1割に満たない低水準に変わりはない。
一連の混乱は河野太郎デジタル相が2022年10月、現行保険証の廃止を唐突に表明したことから始まった。
6月には薬剤師や事務職員約1万人をデジタル推進委員に任命した。マイナ保険証の利用登録を勧め、窓口でサポート役を務めるという。
効果が判然としなくても、迫る期限を前になりふり構っていられないのだろう。
マイナ保険証を使わない国民が多いのは、現行の保険証と比べ利便性が感じられず、個人情報が漏れる不安が拭えないからである。
これまでの政府の対応は、原因を正しく認識しているように見えない。
イソップの寓話(ぐうわ)「北風と太陽」を思い浮かべてほしい。無理を強いるより、時間をかけて使いやすさと不安の解消を進める方が近道だ。
現行保険証は廃止後1年は有効で、マイナ保険証の未取得者には保険証代わりの資格確認書を発行する。暗証番号が不要な顔認証のマイナカードも作る。複数の保険証が併存することで、混乱に拍車がかかる懸念も拭えない。
そもそも、マイナ保険証の取得が任意であることを忘れてはならない。