過労死防止法10年 実効性ある規制蓄積せよ(2024年8月24日『福井新聞』-「論説」)
政府は「過労死防止大綱」の改定版を閣議決定した。働き過ぎ防止を国の責務とする過労死等防止対策推進法の成立から10年。大綱は3年ごとに見直され、3回目となる今回は、残業の上限規制が今年4月から、それまで対象外だった自動車運転業や建設業、勤務医などに適用されて全業種に広がったのを踏まえ、順守の徹底を明記した。
さらに過労死や長時間労働が多いとされる芸術・芸能分野を調査・分析における「重点業種」に追加。企業に属さないフリーランス(個人事業主)の保護に向け、11月に施行されるフリーランス取引適正化法の周知徹底を図るとした。ただ働き手を取り巻く状況はこれまでになく厳しい。
厚生労働省が6月に公表した2023年度の「過労死等の労災補償状況」によると、過重労働や仕事上のストレスに起因する労災請求は4598件、うち労災認定は1099件に上り、いずれも過去最多。とりわけ、うつ病など精神障害による労災が883件あり、5年連続で過去最多を更新した。原因別ではパワハラが最多。心不全や脳血管障害で58人が命を落とし、自殺・自殺未遂は79人を数えた。
過労死防止法は14年6月に成立。過労死や過労自殺のない社会の実現を目的に掲げる理念法で規制や罰則はないものの、具体的な対策をまとめる大綱策定を政府に義務付けた。遺族や労使代表が加わる協議会も厚労省内に設けられ、働き方に多くの変化をもたらす役割を果たしてきた。
働き方改革関連法が19年に施行され、罰則付きで残業の上限規制が初めて導入された。終業から次の始業まで一定の休息を設ける「勤務間インターバル」は企業の努力義務になった。ハラスメント対策の強化も進む。
しかし、過労死ゼロへの道は遠いと言わなければならない。労働基準法で定める残業の上限は「月45時間、年360時間」。ただし繁忙期などの特例があり、企業は休日労働を含め「月80時間、年960時間」まで残業をさせることができる。
脳・心臓疾患の労災認定では「発症前2~6カ月に1カ月80時間超」が目安の一つ。「過労死ライン」と呼ばれるが、そのぎりぎりまで働かせるのが可能な仕組みをまず見直したい。特例廃止を含め検討すべきだろう。
精神障害につながるハラスメントも深刻さを増す。パワハラやセクハラはもとより、最近は顧客が従業員に理不尽な要求をするカスタマーハラスメント(カスハラ)が目立つようになり、23年9月に労災認定の原因項目に追加された。厚労省による23年度労災補償の初集計で認定は52件。うち女性は45件に上った。
定年延長や再雇用で働く高齢者が増え、職場環境を巡り体力低下などに企業が十分目配りすることも求められる。課題は山積している。実効性のある規制を着実に積み上げていくべきだ。
過労死防止法10年 心の健康も守る職場に(2024年8月24日『中国新聞』-「社説」)
労働時間を抑え、休日取得を促すという意味では一定の役割を果たしたと言えよう。
厚生労働省によると、2022年度に週60時間以上働いた労働者は9%未満で10年前の14%から大きく減った。法定の有給休暇取得率が4割台から6割台に高まったのも、企業と働く人の意識が変わってきた証しだろう。
ただ、過重労働で心身をむしばまれるケースが深刻化し、労災の認定件数はこの10年で1・4倍に増えた。中でも長時間労働やハラスメントに追い詰められ、精神を病む人が増えているのは看過できない。社会全体で対策に本腰を入れる時である。
23年度に過重労働やストレスが原因で認定された労災は過去最多の1099件。うち8割は「過労死ライン」とされる月80時間以上の残業をしていた。長時間労働が心身の不調を招いたのは明らかだ。
このうち58人が脳や心臓の疾患で亡くなり、79人は自殺や自殺未遂に追い込まれた。22年には神戸市の26歳の医師が月200時間超とされる残業をこなした末、うつ病を発症して命を絶っている。長時間労働の弊害として、重く受け止めなければならない。
医療・福祉や自動車輸送などの現場にも今春から残業規制が設けられた。人手不足を背景に「闇残業」の余地を残し、意に反した労働を強いられないよう国や社会は目を光らせる必要がある。
職場の問題のしわ寄せが、労働者の体から心へと移りつつある点には留意したい。
バブル期以降、主に中高年の男性が脳や心臓の病気を発症するケースが問題視されてきた。今では心を病む「精神障害」の方が圧倒的に多く、23年度の労災認定では8割を占める。40代男性が最多だが、若手や女性の割合も高まっている点は見逃せない。
特にパワハラ被害は深刻で23年度は10人が自殺を試みるほど追い込まれた。今年も学校や警察、金融機関などで若手職員が亡くなり、上司や先輩のパワハラを認めた裁判が相次ぐ。死を選ぶ前に講じられる手だてはなかったのか。教訓として広く共有したい。
国も働き方改革関連法やパワハラ防止法の制定、企業へのストレスチェックの義務化など対策を講じてきたのは確かだ。だが成果には乏しい。顧客から理不尽な要求を受けるカスタマーハラスメントなど、新たな課題にも対応する必要がある。実効性のある施策を打ち出してほしい。
心も体も健康に働ける職場環境は企業の利益にもつながるはずだ。過労死ゼロの実現は最終的に、企業とそこで働く人たちの意識にかかっていることを肝に銘じたい。
過労死防止対策 命を犠牲にせぬ職場に(2024年8月17日『東京新聞』-「社説」)
過労死や過労自殺を防ぐための対策をまとめた政府の「過労死防止大綱」が改定された。残業の上限規制が今年4月、それまで対象外だった運輸、建設、医療分野にも適用されたことを踏まえ、順守徹底に向けて企業への指導を強化することなどが明記された。
過労死などを防ぐための国や自治体の責務を定めた過労死等防止対策推進法の制定から今年で10年がたつが、労災認定事案は減っていない。誰もが健康で働き続けられるよう、過労死をなくすための取り組みを強化せねばならない。
この法改正で週労働時間が60時間以上の労働者は減少し、年次有給休暇の取得率は22年に6割を超えた。「残業しない、させない」機運は高まっていると言える。
ただ、23年度の過重労働関係の労災認定件数は前年度から約2割増の1099件。うつなど精神障害の認定が883件と約8割を占め、5年前から倍増の勢いだ。
人口減に伴う人手不足で業務量が増え、過重労働となる懸念が高まっている。フリーランスや副業など働き方も多様化しており、企業にはよりきめ細かい労働時間管理が必要となる。
職場の上司や同僚によるハラスメント被害も深刻で、接客業では顧客からのカスタマーハラスメントも問題化している。ストレスから体調を崩す人も少なくなく、ハラスメントの防止・解決対策の必要性も高まっている。企業はハラスメント防止と合わせ、労働者のメンタルヘルス(心の健康)対策にも取り組まねばならない。
労働組合の役割も重要だ。組合員には労働者を守る労働関係法の周知を積極的に進めてほしい。労働時間が過少に申告されていないかなど、適切な労働環境で働いているか注視する責務もある。
健康や暮らしを犠牲にしてまで働かなければならない職場は、一掃しなければならない。
過労死防止法10年 減らぬ実態直視し対策を(2024年8月3日『毎日新聞』-「社説」)
過労自殺した新入社員の高橋まつりさんらに違法残業させていたと認定して電通に有罪判決を言い渡した東京地裁判決を受け、記者会見をする高橋さんの母幸美さん=東京都千代田区の厚生労働省で6日午後3時57分、渡部直樹撮影
過労死等防止対策推進法が成立してから10年となった。国や自治体の責務を定めたものだが、目的に掲げる「過労死のない社会の実現」は、なお遠い。
過重労働に起因する労災は昨年度1099件認定され、10年前と比べ5割近く増えた。心不全や脳血管障害で58人が命を失い、自殺や自殺未遂は79人に上る。
過労死等防止対策推進法案が衆院で可決され、喜びを分かち合う「全国過労死を考える家族の会」の関係者=国会内で2014年5月27日午後1時18分、藤井太郎撮影
遺族らが労働の過酷さを立証できないケースもあり、認定は「氷山の一角」だとの指摘もある。
働く人を取り巻く環境は大きく変化している。少子化による労働力不足で、経験が浅い従業員にも重い責任が課せられるようになった。国際競争が厳しさを増し、企業は人員の削減を迫られている。
デジタル化も急速に進んだ。単純作業が減る一方で、業務範囲が広がり、効率の向上が要求される。パソコンがあればどこでも仕事ができるようになり、労働と休息の切り替えも難しくなった。
職場の上司・同僚や顧客によるハラスメントの被害も深刻だ。ストレスから体調を崩す人もいる。
従業員を守る立場の労働組合は十分な役割を果たせていない。組織率は10%台半ばまで低下し、労組がない職場も多い。
「命より大切な仕事はない、と言い続けてきた。それなのに働き手は追い詰められ、孤立を深めている」。28年前に夫を過労自殺で亡くした「全国過労死を考える家族の会」代表世話人の寺西笑子(えみこ)さんは、10年をそう振り返る。
残業時間に法定上限を設けた働き方改革関連法やパワハラ防止法の制定、企業のストレスチェック実施義務化など、国も対策を講じてきた。だが、思うような成果は出ていない。働き手の健康を第一に考えた取り組みが求められる。
週休3日制や、一定の休息時間を確保して連続労働を回避する「勤務間インターバル」を導入した企業もある。長時間労働を是正しなければ時代から取り残される。
「KAROSHI」が国際語になって30年以上がたつ。しかし、生活を犠牲にしてまで仕事をするような風土は根強く残る。社会全体で働き方を見直す必要がある。