処理水放出1年 漁業者支援に全力尽くせ(2024年8月28日『琉球新報』-「社説」)
漁業者の苦境は今も続いていることを忘れてはならない。国は漁業者支援に全力を挙げなければならない。
現時点で周辺海域でのモニタリング(監視)で海水などに異常は確認されていない。処理水放出は2051年までに完了する計画だ。先は長い。
今月22日、福島第1原発2号機のデブリ取り出しに向けた準備作業を開始したが、約1時間半で中断した。回収装置を押し込むパイプの取り付け順を間違えたというケアレスミスが原因である。許されない事態であり、同じことを繰り返してはならない。
2011年3月の東日本大震災とそれに伴う津波が引き起こした福島第1原発事故は多くの地域住民の平穏な生活や経済活動を根底から覆した。さらに海をなりわいの場としている漁業者は処理水放出で大きな痛手を受けた。
1年前の処理水放出は福島県漁業協同組合連合会の強い反対を押し切るかたちで始まった。処理水を「核汚染水」と主張する中国が日本産の水産物の全面禁輸に踏み切ったことで漁業者は大きなダメージを受けたのである。処理水放出を決断した国は息の長い漁業者の支援が求められる。
処理水放出1年に際し、福島県漁連の野崎哲会長は「廃炉はのどに刺さった骨として残るが、私たちの力を漁業に傾注させてほしい」と語っている。24日に福島県いわき市の小名浜魚市場を視察した岸田文雄首相に対し、野崎会長は「県漁連として放出には反対。これからも緊張感を持ってほしいと伝えた」という。
政府や東電関係者は野崎会長の言葉を切実に受け止めなければならない。岸田首相は漁業・水産業者支援を政府として強化する考えを表明し、漁業支援や漁村活性化に向けた法改正、支援制度創設の方針を示している。これを言葉だけに終わらせてはならない。国の責任によって漁業復活を支えるべきだ。
漁業者らの痛みを伴いながら処理水放出が続くのである。それに報いるエネルギー政策の再構築が求められる。
処理水海洋放出1年 賠償と工程、不断の見直しを(2024年8月24日『河北新報』-「社説」)
東電福島第1原発事故に伴う処理水の海洋放出はきょう開始から1年となった。この間、周辺海域のモニタリング結果に異常はみられず、放出は着々と進んでいる。
東電は約570件の賠償請求を受け付けたものの、支払いに応じたのは約190件、320億円で全体の3割ほどにとどまる。
因果関係の立証が壁となって交渉が進まず、泣き寝入りする水産業者も多いとみられている。国は賠償交渉の促進に向け、請求手続きの簡素化はもちろん、経営への支援も拡充すべきだ。
一方、処理水の放出は、溶融核燃料(デブリ)を取り除かない限り終わらない。
ところが、東電は2号機で22日に予定された初の試験採取を装置の接続ミスで中止。デブリ回収の難しさが改めて浮き彫りとなり、処理水の放出期間が延びる懸念も強まっている。
そもそも処理水は、1~3号機に計約880トンあるデブリの冷却水や建屋に入った雨水、地下水が混じって生じる汚染水を多核種除去設備(ALPS)で浄化したものだ。
この1年間で5万4734トンの処理水を海に流したものの、処理水の保管量は今月1日時点で約131万トンで、放出前に比べ約3万トンしか減っていない。
汚染水が毎日約80トン(2023年度)のペースで発生し、新たに生じる処理水も膨大な量に上るためだ。
このままデブリの除去が遅れ、汚染水の発生量を抑えられなければ、全ての処理水を放出するのに40年以上を要する計算になる。
地下水の流入防止のために運用している「凍土遮水壁」に加え、止水壁の埋設など新たな汚染水対策も検討されているが、実現にはかなりの時間がかかるという。
廃炉の遅れは、地元経済の復興や住民の帰還などに広範な影響を及ぼす。
政府と東電には、工程の不備や弱点を真摯(しんし)に検証し、明確で現実的な廃炉計画を示す責任がある。
処理水・海洋放出1年/風評生まれる隙をつくるな(2024年8月24日『福島民友新聞』-「社説」)
東京電力福島第1原発の廃炉作業で生じる処理水の海洋放出開始から、丸1年となった。これまでに7回、計約5万5千トンを放出し、現在は8回目が行われている。この1年で目立ったトラブルは起きておらず、周辺の海域で、放射性物質トリチウム濃度の異常も確認されていない。
計画通りに放出が進んでいることは評価できる。しかし一度でも安全を疑わせるようなミスやトラブルが起きてしまえば、風評被害などの影響は避けられまい。東電には今後も気を緩めず、着実な作業を続けることが求められる。
東電は来年1月にも、処理水などを保管しているタンクのうち、放出で空になったタンクの解体に着手したい考えを明らかにしている。タンクを減らすことは、溶け落ちた核燃料(デブリ)取り出しの環境整備の前提となる。処理水の放出をほかの作業の加速につなげてほしい。
構内には現在も131万トンの処理水などが貯蔵されている。本年度の年間約5万5千トンのペースで放出が続けば、これまで貯蔵している処理水などは約24年でなくなる計算だ。しかし、デブリの冷却に使用した水に加え、原子炉建屋に地下水の流入が続いていることにより、トリチウム以外の放射性物質も含んだ汚染水は現在も発生し続けている。
処理水の放出は、デブリの取り出しが済むまで続けざるを得ず、終了は見通せていない。東電などは、建屋と地下水脈を隔てる凍土壁で防ぎ切れていない地下水への対応を含め、汚染水を抑制する効果的な対策を強化すべきだ。
中国など一部の国・地域による日本産水産物の禁輸措置で近県の漁業者などに影響があり、東電が新たに設けた風評に関する賠償を受けている。ただ、禁輸措置は風評ではなく、外交上の揺さぶりの一種と考えるべきだろう。
中国は海水や放出前の処理水の「独立した試料採取」も求めている。放出を巡っては、国際原子力機関(IAEA)が検証作業を継続的に行っており、中国の専門家もそこに加わっている。国際社会が関与して原発事故処理の検証を行う仕組みは、十分な客観性が担保されている。中国の禁輸措置などの対応は筋が通っていない。
中国に対応の転換を促すのは、政府間協議だけでは難しいのが現実だろう。一部の太平洋島しょ国など、海洋放出に否定的な国への説明や働きかけなどを通じ、国際的な理解を醸成することで、理不尽な要求のしにくい環境をつくっていくことが大切だ。
記憶にございません(2024年8月24日『福島民報聞』-「あぶくま抄」)
「記憶にございません」―。半世紀ほど前、大疑獄を追及する国会の証人喚問で飛び出し、流行語になった。「けむに巻く」の同義と言ったら、うがち過ぎか
▼19日にあった原発事故の株主代表訴訟の控訴審口頭弁論。東京電力の元役員として尋問を受けた男性は、本県に勤務経験がある。心境を問われ、「原子力に携わってきて、言葉に表せない被害を与えたことは申し訳ない」と謝罪した。ただ、社内の津波対策をただす質問には、「記憶にない」との答えが目立った。傍聴席は肩すかしを食らったような雰囲気に包まれたが、時間の壁は存在するに違いない
▼時の流れの速さを思う。福島第1原発から処理水を海に流す堰が開いたのは、1年前のきょう8月24日だった。心配された本県漁業への目立った風評は起きていないが、楽観は禁物だろう。放出は数十年も続く。たった一つのトラブルが、信頼を揺るがしかねない
▼振り返れば、漁業者らの強い反発を押し切っての強行だった。「損害を受けないよう万全の体制を取っていく」と誓った人は間もなく首相の座を降りる。政権が幾代も移ろう中で、「約束は記憶にない」と県民がけむに巻かれることはあるまいか。
処理水放出1年と中国 禁輸解除へ対話の強化を(2024年8月24日『毎日新聞』-「社説」)
周辺海域のモニタリング(監視)では、放射性物質の濃度が国などの基準を大きく下回っており、政府や東電は安全性への影響はないとの見解を示している。
ただ、この間、設備点検時などのトラブルが相次いだ。東電は再発防止策を徹底すべきだ。
農林水産省によると、今年1~6月の農林水産物・食品の中国向け輸出額は前年同期比43・8%減の784億円で、ホタテに関しては前年同期の223億円がゼロとなった。10都県の水産物の輸入を停止した香港も、前年同期に比べて10・5%減少した。
売り上げが落ち込んだ事業者は東電に損害賠償を請求している。8月14日時点で約570件の請求があったが、支払いが決まったのは約190件(総額約320億円)にとどまる。請求の大半が中国や香港の輸入停止措置に関連した被害という。実態を踏まえた対応が東電には求められる。
日中両政府は昨年11月の首脳会談で、対話を通じた解決を目指すことを確認した。今年に入ってから専門家協議を開催するなど具体的な動きも出ている。
しかし、中国政府は「食品の安全と国民の健康を守る」と禁輸を正当化しながら、中国漁船による三陸沖の公海などでの操業は規制していない。これでは矛盾していると言わざるを得ない。
科学的根拠に基づいた対応で禁輸解除に道筋をつけられるか。両国関係改善の試金石でもある。その実現に向け、対話を強化することが肝要だ。
▲溶けた核燃料のデブリを取り出すか、原子炉建屋に流れ込む地下水をせき止めぬ限り、汚染水は増え続ける。肝心のデブリ取り出し作業が初日からつまずいた。再開のめども立たない。もはやゴールまでの道のりを誰も知らぬマラソンに見えてくる
▲廃炉のゴールを「2051年までに完了」と東電はうたう。事故の状況もよく分からない段階で立てた計画を、誰がいまだに信じていよう。使用済み核燃料の取り出しは炉によっては10年以上遅れ、デブリの取り出しも約3年遅れだったというのに
▲地に落ちている威信の底も溶けかねぬ失態のはずだが、東電側は「初歩的なミス」と事もなげである。弘法(こうぼう)にも筆の誤り―とでも思っているのだろうか。福島の人々の胸中をお察しする
▲「処理水」の放出は何年続くのか。放射性物質をこし取ったフィルターも毒には代わりあるまい。保管や処分を一体どこで続けるのだろう。私たちの疑念のマラソンにもゴールが見えてこない。
【処理水放出1年】丁寧な説明で風評を防げ(2024年8月24日『高知新聞』-「社説」)
【処理水放出1年】丁寧な説明で風評を防げ(2024年8月24日『高知新聞』-「社説」)
科学的なデータは風評の抑制に一定の効果がある。丁寧な取り組みが安心につながる。説明を重ね、被害の防止に努めることが基本だ。
検出した最大値は1リットル当たり29ベクレルと、世界保健機関(WHO)の飲料水基準1万ベクレルを大きく下回った。専門家は環境への影響はないことが確認されたとの見方を示す。
国際原子力機関(IAEA)は昨年7月、放出計画は国際的な基準に合致すると評価した。今年7月には放出開始後2回目となる報告書で、処理水の管理や影響評価などが国際的な基準に適合しているとする見解を公表している。
国や東電は漁業者の反対を押し切る形で放出を決めた。汚染水は多核種除去設備(ALPS)で浄化するが、トリチウムは除去できない。トリチウムは海水や雨水にも存在し、国内外の原子力施設では核分裂で発生したものを海などに放出している。とはいえ、説明不足と強引な姿勢に批判と反発は根強かった。
透明性の確保は欠かせない。IAEAの関与のほか、関係省庁による放出量の管理や、海水や魚介類のモニタリング(監視)が行われてきた。測定データの開示などにより、国内では不安の声は落ち着いているようだ。しかし、風評への警戒を緩められる状況ではない。
東電は低濃度の処理水タンクから順に放出してきた。今後は東電の放出基準を超えない範囲で、徐々に放出濃度が上昇するという。想定外の事象が起きることを忘れず、混乱を招かないようにきめ細かに対応することが求められる。
新たな販路を開拓しているが、減少分を補うには至らなかった。中国向けが国内市場に集まって価格を押し下げ、生産者らの所得減少を招いていることも報じられた。生産地支援を怠るわけにはいかない。
日本側は禁輸の即時撤廃を要求している。中国は関係国が参加する処理水の長期的な国際モニタリング体制の構築を主張する。日中は問題解決へ協議プロセスを加速させる考えで一致したが、中国の軟化は見通しづらい。粘り強く意思疎通を積み重ねながら、「戦略的互恵関係」を構築する努力が求められる。
汚染水の発生も止められていない。1年目の放出は順調に進んだとはいえ、計画では廃炉完了まで30年近く続く。正確な対処と情報の開示を忘れてはならない。