生成型の人工知能(AI)で描かれた「AIタレント」や「AIモデル」が、企業の広告やCMに登場し始めている。生身の人間にはないメリットがあるためだが、克服しなければならない課題もあるようで…。(吉田通夫)
生成AI 利用者の指示や質問に応じて、コンピューターがインターネット上の大量の情報から学習したデータを元に、新たな情報を生み出す技術。文章や楽曲、絵画などを作成できるが、学習元となるデータの個人情報保護や著作権侵害などの課題も指摘され、各国で開発や利用のルール策定に向けた議論が進んでいる。
◆「未来」を表現するのに最適
「未来のために!」
健康的な白髪の女性がカメラに向かって語りかけると、ぐっと30年若返った姿に。その手にはペットボトルのお茶が握られている。お茶を飲んで健康的な未来を、というメッセージだ。
本物の人間に見えるこの女性が、生成AIでつくられたタレントの「ケイティー(Katea)」。飲料メーカー伊藤園(渋谷区)が4月に発表した、AIタレントによるCMの第2弾だ。年齢は34歳、血液型はA型など、昨年発表した第1弾にはなかった設定が追加された。
CMにAIタレントを起用した理由を語る伊藤園の飯尾海さん=東京都渋谷区で
広告宣伝部の飯尾海さんは、その理由を「特殊メークを施せば実物のタレントでも表現できたかもしれないが、『未来のために今から飲んでほしい』との思いを表現するのに最適だった」と説明。キーワードの「未来」に、AIタレントがマッチした。
ペットボトルに巻かれているラベルも、「未来」や「緑茶」などの言葉を基にAI生成したデザインに、人間のデザイナーが手を加えて完成させたという。
◆スケジュール調整が必要ないから
伊藤園のCMでAIタレントへの注目が集まったが、主戦場はアパレル業界のネット通販向け着用モデルだ。洋服やアクセサリーなどの商品を身に着けた写真で、商品を紹介する。
アパレル大手しまむら(さいたま市)は6月から、「瑠菜(るな)」というAIタレントを導入。「Instagram」に同社の商品を着用した画像などを投稿している。親しみを持ってもらうため、ファッションモデルを目指す20歳の服飾専門学校生で、家族は父と母と姉などと、人物像を細かく設定した。
ターゲットは10~20代の若年層。広報担当者は「この世代はトレンドの移り変わりが早いので、広告を打ちたいと思った時にすぐに発信できるよう、基本的にスケジュール調整が必要ないAIモデルを導入した」と話す。
ほかの世代などに向けて、従来通り人間のモデルを使った広告も制作している。
◆AIモデル拡大の背景にはコロナ禍も
伊藤園やしまむらのCMにAIモデルやAIタレントを提供したのはAI model社(港区)。AIを駆使した人物を生成し、2022年にアパレルのネット通販を皮切りに着用モデルの撮影サービスを始めた会社だ。三越伊勢丹や、中古ピアノ買い取りのタケモトピアノのAIモデルも手がけた。
生身の人間のモデル撮影は、手間と時間がかかる。モデル本人やメイクなどの関係者とスケジュールを調整し、合ったサイズの服を数十着集め、まとめて撮影。画像のレタッチ(修正)も含め、ネットに掲載されるまで数週間かかることもあるという。
2010年代からはネット通販の利用者が増えたため、モデル撮影が追いつかず、着用画像なしの「物画像」と呼ばれる商品紹介が増加。さらに、2020年ごろからは新型コロナ禍で対面販売やモデル撮影が難しくなっていた。
AI modelは、そこに着目した。特殊なマネキンに服を着せて撮影することで、本当のモデルが服を着こなしているような画像をAIでつくっていく。数十着の服をいっぺんに集めなくても順次撮影できるため、スケジュール調整が容易。細かいレタッチも対応可能だ。
◆ヒトの仕事を奪うのか
一方、AIモデルやAIタレントが人間の仕事を奪うのではないかとの懸念も浮上している。
これに対し、AI modelの中山祐樹CTO(最高技術責任者)は「モデル撮影ができていなかった企業に機会を提供するのが狙いであって、人の仕事を奪うビジネスではない」と強調する。
実在の人物に似すぎて肖像権を侵害しないよう、完成した画像は類似率を計測するテストにかけるなど、弁護士のアドバイスに基づいてサービスを設計した。
新しい分野の事業のため、ネットなどで批判が相次ぐ「炎上」も懸念されるが、これまでのところ目立ったケースはないという。
◆潜む炎上リスク
しかし、思わぬ炎上を招いた会社もある。
映画レビューの投稿サイト「Filmarks」を運営するつみき(目黒区)は7月、生成AIを使ったCM映像を公開したところ、4日後に削除に追い込まれた。
背景には、米国の映画業界で高まるAIへの懸念がある。昨年秋、米国の脚本家や俳優らの組合が、制作会社などに対して大規模なストライキを敢行。要求の一つに、AIを野放図に利用して俳優らの肖像権を侵害したり仕事を奪ったりしないようにするためのルール明確化があった。
映画業界に携わるFilmarksだけに、AIによるCM映像に批判が相次いだ。Filmarksは「昨今の映画・映像制作と生成AI技術を取り巻く状況への認識不足」だったと謝罪した。
AIタレントの写真集の販売終了を知らせる集英社の発表文(同社のホームページより)
2023年5月には、出版大手の集英社(千代田区)が、生成AIで作成したグラビアアイドル「さつきあい」のデジタル写真集「生まれたて。」をネット配信で発売したものの、実在する女性芸能人に似ているなどと物議を醸し、9日後に販売を終了。同社は「生成AIをとりまく論点・問題点の検討が十分でなかった」と説明した。
◆メリットと課題
企業広告などに詳しい法政大学の青木貞茂教授(広告PR論)は、AIタレントの起用には功罪があると指摘する。
青木氏によると、生身の人間ではないため撮影のスケジュールを調整しやすく、対応できない「NG」は少ないという。CGのため表現の幅も広い。「不祥事やスキャンダルを起こすリスクがない」こともメリットの一つに挙げる。
一方、AIタレントに家族構成や職業などを設定しても、生身の人間が背負う人生や苦労などの重さには勝てず、「感情移入しにくい」。このため、企業全体のイメージを担う大型の広告には使いにくいとみる。
伊藤園の担当者は、「AIタレントに注目が集まりすぎ、肝心の商品の訴求力が薄れてしまうのではないか」といった懸念も口にした。
また、実在の人物に似せないように努めても、広告を見る消費者は主観で判断するため、「似ている」という批判が巻き起こるリスクをゼロにはできない。さらに、学習することで精度を上げていく生成AIの仕組み上、どうしても学習先の著作権を侵害する可能性もはらむ。
青木氏は「世界的にAIの規制が検討されているが、AIタレントを使った広告の分野でも、類似率のような客観的な基準を設けるなどルール作りが必要だ」と指摘した。
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