シャイマ・ハリル東京特派員
岸田文雄首相にとっては残酷な夏になった。
与党・自民党や岸田氏の盟友、さらに家族までも巻き込んだ一連のスキャンダルが、岸田氏の政権維持を危うくしていた。
生活費が高騰し、自民党内で不満が沸き起こっているときに、そうした事態が起きたことも、難題続きの首相を助けることにはならなかった。
支持率は記録的な低さまで下がった。そうした状況で、9月に党総裁選という試練が迫っていた。
再選も目指すとみる向きもあったが、岸田氏は14日、総裁選には立候補しないと表明した。首相を退任するということだが、その意向はことさら驚きではなかった。
「自民党が変わることを示す最も分かりやすい最初の一歩は、私が身を引くことだ」。67歳の首相は14日の記者会見で、いつものように淡々と語った。
そうした言葉を除いて、岸田氏の様子はいつも通りだった。
■スキャンダルに次ぐスキャンダル
岸田氏をよく知り、共に仕事をしたことのある人たちはBBCの取材で、同氏をまともで知性があり、かなり保守的な政治家だと評した。抜け目ない戦略家であり、簡単に見限るべきでないと言う人もいる。
穏やかな物腰とは裏腹に、予測不可能で頑固な面もある。党内で自らの派閥を解散させるというリスクのある突然の決断は、他の派閥の解散にもつながった。派閥は党と同じくらいの歴史があり、後援者や資金を集めるうえで大事な集団だった。
ここ数カ月は、岸田政権はもたないとの見方が出ていた。理由のひとつとして、自身を取り巻く論争での優柔不断ぶりが挙げられた。党内で不満が高まったが、何とかこらえてきた。しかし、限界が近いとの予兆はあった。
テンプル大学日本校の村上博美教授(政治学)は、岸田氏が退任を表明するしばらく前のBBCの取材で、「国民はうんざりしている」と説明。「それが蓄積している。政治資金集めのスキャンダルだけではない」と指摘していた。
検察の捜査で詳細が明らかになり、自民党は最終的に、現職国会議員ら85人が所得を正しく報告していなかったと発表した。
2024年もこれらのスキャンダルは尾を引いた。そして新たなスキャンダルも生じた。
自民党は4月の補欠選挙で議席を失った。この補選は同党の議員1人の死去と2人の辞職を受けたもので、辞職した1人は江東区長選挙をめぐる事件で公職選挙法違反の罪に問われ、もう1人は政治資金パーティーをめぐる事件で立件された。
7月には、防衛省が機密情報の不適切な取り扱いや、部下へのハラスメント、不正行為などの疑惑に揺れた。停職や免職などの懲戒処分が相次いだ。
■問題への(誤)対応
岸田氏は、こうした危機に「真正面から」取り組むと宣言した。しかし、その対応の仕方も批判を浴びた。
6月になり、連立政権は選挙資金の改革を断行。だが世論は懐疑的だった。前出の村上教授は、「多くの時間をかけながら何も出てこなかった。あまりに遅かったし、岸田氏はもっと早く何かすべきだった」と述べた。
同月、不満を抱える有権者をなだめ、インフレの影響を和らげようと、岸田氏は一時的な減税策「定額減税」を実施した。しかし国民は、それで十分とは思わなかったようだった。
6月29日には政権が発足1000日を迎えた。岸田氏は「国内外で数多くの課題に直面し、(中略)毎日毎日、緊張感の中で課題に取り組む連続だった」とコメントした。
6月は「ポスト岸田」が話題になり、全国メディアもこれを取り上げた。来年秋までに行われる総選挙を前に、自民党内の不満を覚える議員らが、不人気な党首を首相にしたままにすることを恐れた結果だった。
汚職スキャンダルはこれまでも何回かあったが、今回のはタイミングが悪かった。
村上教授は、「経済状況が人々の考え方に影響を及ぼした」と指摘する。「(新型コロナの)危機で人々は大きな被害を受けた。生活費の支払いで精一杯の状況だ。それなのに、政治家が税金を払うつもりのない大金を持っている(のを見ている)」と話した。これは、自民党の国会議員の一部が所得を正しく申告していなかったと認めたことに触れたものだ。
国内での人気は急降下していたが、国際舞台では岸田氏はうまくやっていた。首相就任前は、外相を国内史上、最も長く務めた。昨年の広島での主要7カ国首脳会議(G7サミット)では議長を務めた。ウクライナも訪問したほか、中国と北朝鮮に向き合う上で重要なパートナーである、韓国との関係を改善させた。
アメリカとの関係も強力なままだ。今年4月に訪米した際には、バイデン大統領の招きで議会で演説。総立ちの拍手を受けた。
岸田氏は議員らに向かって、「ありがとう」、「日本の国会で、こんな素敵な拍手をもらうことは決してない」と述べた。
だが、この訪米を日本のメディアは非難した。「岸田氏は首脳会談を国内政治の道具に使うべきではない」と見出しを掲げたメディアもあった。
仮に岸田氏がそれを狙ったのだとしても、成功はしなかった。岸田氏は数多くの前線で戦いにまみれ、党も有権者も我慢の限界を迎えた。
「人々は懐具合で投票する」と、キングストン教授は話す。「北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)、そしてアメリカと回るのは結構だが(中略)つまるところ、自分の財布にもっと給料が入ってきてほしい、ということだ」。
岸田氏は、自民党には新たなスタートが必要だとし、同党が変われると国民に確信させる必要があると述べた。
野党はまだあまりに弱く、分裂しており、有力な選択肢にはなり得ない。だが自民党内には、大きな不信感がある。
トップの顔を変えることで、自民党は結束し、傷ついたイメージを修復できるだろうか。答えは9月に出る。
(英語記事 Japan’s embattled PM had a cruel summer – it ends with his exit)
(c) BBC News