表紙だけ替えても(2024年8月18日『高知新聞』-「小社会」)
ブッシュ政権の路線継承が基本のマケイン氏が、改革を唱え始めた。するとオバマ氏がかみつく。「豚に口紅を塗っても豚は豚」「腐った魚を紙で包んでもにおいは消えない」。少々下品だが、米政界で「豚に口紅」は、うわべだけを飾って状況を取り繕う例えだという。
裏金事件による逆風を受け、岸田首相が9月の自民党総裁選に出ないと表明した。次は「改革マインドが後戻りしない人を」と言う。しかし、改正した政治資金規正法も抜け穴だらけのまま。選挙向けに総理総裁という表紙だけを替えても、中身は変わるのかどうか。
自民党は裏金のほかにも「政治とカネ」の疑惑が後を絶たない。染みついた金権体質か。カネがなければ政治ができない風土とは何か。総裁選の候補は、そんな体質を自浄する具体策があるのか語っていただかないと。
国民の側もしっかりと見極めたい。首相交代は口紅を塗り、魚を紙で包んだだけか、そうではないのかを。
裏金問題やその後の抜本対策への消極的な対応により、支持率は最低水準にあった。党内からは公然と退陣要求が上がり、政権は統治不全に陥っていた。
不出馬の理由について裏金問題の「けじめ」を挙げたが、内実は追い込まれた末に打つ手もなかったということだろう。
事あるごとに「決意」や「覚悟」を強調したが、最後まで民意と向き合う姿勢は乏しく、言葉の空虚さが際立った。
行き詰まりの根本原因は首相のそうした政治姿勢にあった。
岸田政治の徹底的な総括が必要である。自民党総裁選が「選挙の顔」を意識した首のすげ替えの繰り返しになるようでは、政治不信は解消されまい。
■自民の悪弊手付けず
首相は、自民党内で次々と露呈した金権体質や順法精神の欠如といった悪弊に対し、何らメスを入れられなかった。
裏金問題を巡っては「政治にはコストがかかる」とむしろ開き直るような姿勢さえ見せた。
「政治とカネ」の根本課題である企業・団体献金の廃止などには踏み込まず、抜け穴を多く残した。何より肝心の裏金の実態解明が全く進んでいない。
首相は記者会見で裏金問題への対応について「残されたのは自民党トップとしての責任だ」と述べ、自身の退陣が仕上げの作業であるかのように表現した。ごまかしにも程がある。
半世紀にわたる不透明な関わりがどう築かれたか、政策がゆがめられたことはなかったかなど、いまだ疑問は尽きない。
政治とカネも統一教会との関係も、戦後長期にわたり権力を握ってきたこの党のうみである。次期総裁に誰がなろうと正面から向き合わねばならない。
■政策転換強行危うい
だが、実際には安倍氏の路線をそのまま引き継ぎ、それを拡大、強化する姿勢が目立った。
防衛力の日米一体化を進め、米国の核兵器を含む戦力で日本を守る「拡大抑止」も強めた。広島選出で、核なき世界を目指すという自身の従来の主張とは明らかに矛盾した対応である。
強引さの一方で、政策方針が二転三転する場面も多かった。
「新しい資本主義」を掲げ、分配強化と格差是正を訴えたが、結局尻すぼみに終わった。
首相就任前には慎重だった憲法改正を強く訴え続けたのも、自身の延命や党内での求心力確保の思惑からだろう。
解散権を何度もちらつかせたことを含め、政権維持にきゅうきゅうとする一貫性のなさは目に余った。首相は結局何をしたかったのか国民には最後まで明確にならなかったに違いない。
■解党的出直し必要だ
そもそもなぜ8月14日というタイミングでの不出馬表明だったのかが疑問だ。
総裁選の対抗馬が立候補表明する前にといった政局的な判断を優先したとすれば、歴史観や危機対応を度外視した指導者としての見識を疑う。
首相は「自民が変わる姿を示す最も分かりやすい一歩は私が身を引くことだ」と述べた。この発言も国民を愚弄(ぐろう)している。次期衆院選に向け「党の顔」を変えるだけの目くらましは過去に何度も見せられてきた。
問われているのは自民党の体質であり、解党的な出直しが求められていることを自覚すべきである。
岸田首相退陣へ 自民総裁選へ厳しい目(2024年8月16日『秋田魁新報』-「社説」)
岸田文雄首相が9月の自民党総裁選に立候補しないと表明した。理由を「派閥の政治資金パーティー裏金事件の責任」と説明している。ただこれを額面通り受け止めるのは難しい。衆院3補欠選挙の厳しい結果、低迷が続く内閣支持率、党内の求心力低下などで事実上、退陣に追い込まれたと見るべきだろう。
首相退陣だけで党内に深く根を張る「政治とカネ」問題を解決できるはずはない。総裁選で各候補者が本気で再発防止に取り組む姿勢を示せるのかどうかが問われる。国民が向ける厳しい目を忘れてはならない。
岸田首相は会見で政治とカネの問題について、派閥解消や衆院政治倫理審査会への出席、パーティー券購入の公開上限引き下げなどを実績として語った。しかしそうした取り組みは、国民の目には「中途半端」と映り、修正を重ねながら成立した改正政治資金規正法は「抜け道だらけ」と評価されなかった。
岸田政権は防衛費増額や条件付きの武器輸出解禁など、重大な安全保障政策の転換を行っている。その重大な政策転換が国会での議論を経ずに閣議決定されてきた。安保政策での米国重視、国民軽視の岸田首相の姿勢も浮かび上がる。
会見で岸田首相は金融政策の転換など経済政策、少子化対策で胸を張った。しかし国民の評価は割れる。消費の刺激を目的とした定額減税、物価高対策のガソリン代、電気・ガス代の補助などについては歓迎する声の一方で、「狙いは政権浮揚か」と見透かすような批判も聞かれた。
不出馬表明を受けて自民党内は一気に後継争いの動きが活発化している。岸田首相は自派閥の解散を表明し、派閥解消を主導。大半の派閥は解消したはずだ。総裁選が始まった途端に派閥単位の動きが目立つようなことがあれば、派閥解消もかけ声に過ぎなくなる。
党内力学だけで次の候補を選ぶような総裁選では、自民党の信頼回復はさらに遠のくことになる。「党の顔」さえすげ替えればイメージ刷新できるという姿勢の党を支持するほど国民の目は甘くない。
総裁選に名乗りを上げる候補者は岸田政権で見られた諸政策の負の側面にもしっかり目を向ける必要がある。その上で道半ばとなっている政治改革をどう前進させ、より実効性のあるものにしていくのか―。各候補者が党内外に分かりやすく道筋を示していくことが肝要だ。
岸田首相退陣へ/国民の信頼を失った結果だ(2024年8月16日『福島民友新聞』-「社説」)
岸田文雄首相は、政治とカネの問題などを抱える自民党を改革できなかった。国民の信頼を失った結果、9月の党総裁選から身を引く事態に追い込まれた。皮肉にも、自身がよく使う「信なくば立たず」の言葉を体現した形だ。
首相はおととい、政治資金パーティー裏金事件で失墜した党の信頼回復のため、総裁選に立候補しないと表明した。記者会見では、党が変わる姿を示すのに「最も分かりやすい最初の一歩は私が身を引くことだ」と語った。
直近まで再選への意欲をにじませていた首相の言葉を額面通りには受け取れない。内閣支持率は20%台で低迷が続いており、政権浮揚の糸口すらつかめず、八方ふさがりとなったのが実情だろう。
総裁選の日程が決まれば、「岸田降ろし」が本格化する可能性があった。先手を打って退任を決めることで、党内への影響力は残せるとのベテランからの助言が、首相の背中を押したとされる。
責任を取るならば、改正政治資金規正法が成立した6月が妥当だった。いまさら責任論を持ち出したのは、党内での立場を守るための演出と言わざるを得ない。
改正規正法は、政治資金を監査する第三者機関の在り方など検討課題が付則に列挙された生煮えの内容だ。首相は課題への対応について「総裁任期中、できるところまで最大限進める」と語った。
裏金事件の全容解明も、政治改革も中途半端だ。首相には残る任期の中で、第三者機関設置などへの道筋を具体化する責務がある。
首相は2021年の就任以来、新たな地域活性化策「デジタル田園都市国家構想」や少子化対策などに取り組んできた。東京電力福島第1原発で発生する処理水の海洋放出を1年前に開始し、帰還困難区域の避難指示解除も進めた。
当初は安倍、菅政権のトップダウン政治と一線を画す構えを見せた首相だったが、国会軽視の政治手法を継承した。自民1強にあぐらをかき、国民の政治不信を増大させた責任は重い。
総裁選に向け、党内の動きが活発になってきた。今回は政策にとどまらず、裏金事件を招いた党の体質そのものが問われる。
党の「表紙」を変えただけでは逆風はやまない。総裁選で解体的出直しを図らなければ、自民の信頼回復は程遠い。
それにもかかわらず(2024年8月16日『福島民友新聞』-「編集日記」)
はた目には唐突に映った決断も、熟慮の末か。深謀遠慮があって船出したはずが、いつの間にやら独断専行が目立ち始め、気づいたら四面楚歌(そか)。岸田文雄首相がお盆のさなか、自民党総裁選に出馬しないと表明した
▼政治と金を巡り地に落ちた信頼の回復へ、今度こそオール自民党で取り組んでもらいたいと新総裁に託した。裏返せば、派閥力学に振り回された党への恨み節にも聞こえる。改正政治資金規正法の制度設計は道半ば。看板を替えただけでは、そっぽを向かれる
▼政治家の資質に関し、ドイツの社会学者、マックス・ウェーバーは、どんな事態に直面しても「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への「天職」を持つーと語っている(「職業としての政治」岩波文庫)
▼東大学長を務めた佐々木毅さんが、この本をテキストの一つに使い政治家と読書会を開いたことがある。その際に彼らの琴線に触れ、会が最も盛り上がったのがこのくだりだったという。同書の解説で紹介している
▼後継者レースも熱を帯びてくる。政治的な策略や思惑に翻弄(ほんろう)されてもなお「それにもかかわらず」と、国民本位の政治を貫くリーダーの登場を待ちたい。
理想のリーダー像とはどういうものか。新選組トップの近藤勇に、副長の土方歳三がかんで含めるように言う。「お前さんが、源九郎義経みたいな白っ面で悩んでいることはないんだよ。大将というものは、悩まざるものだ」
▼司馬遼太郎『燃えよ剣』の一節である。部下には思い煩う背中を見せるな、安心感を与えてこそ指導者は慕われる―。土方の注文は正鵠(せいこく)を射ており、それゆえ高すぎる理想と言えなくもない。一国を率いる立場のあの人には、どう聞こえるだろう。
▼岸田文雄首相である。自民党の政治とカネを巡る問題では自身の率いた派閥を出し抜けに解散し、衆院政治倫理審査会で自ら「マスコミオープン」の説明を申し出たのも記憶に新しい。根回しもどこへ、前例を一蹴した行動は常に唐突感を伴った。そして今回の退陣表明である。
▼人知れず悩んではいたのだろう。義経を彷彿(ほうふつ)させる大将の一騎駆けはしかし、党内の不協和音を招き、国民は政治不信を深めた。「判官びいき」どころか、世論が低支持率で報いたのはご承知の通り。首相の立ち回りに、誰もついて行けなかった。
▼防衛力の抜本的強化や原発再稼働の決断など、その治績はむしろ、評価されるべきものの方が多い。惜しむらくは、国民がその背中に見たものはリーダーシップの欠如でしかなく、山を仰ぐような安心感ではなかった。次期総裁の候補者には、姿勢を正す鏡になったはずである。
▼当方は、岸田氏にまだ淡い期待をかけている。首相としての靖国神社参拝である。戦没者の安らかな眠りを祈るのに、誰の目を憚(はばか)ることがあろう。自民党総裁の任期を終える9月まで、首相であることに変わりはない。唐突でもよい。なすべき仕事が残っている。
岸田首相の3年間 民主主義再生できぬまま(2024年8月16日『東京新聞』-「社説」)
岸田文雄首相(自民党総裁)が9月の総裁選に立候補しないことを表明した。岸田氏は「民主主義の危機」克服を掲げて首相に就いたが、派閥裏金事件で指導力を発揮せず、民主主義を再生できぬまま3年で幕引きとなった。
岸田政権とは何だったのか。発足当時にさかのぼると「民主主義の危機」「新しい資本主義」というキーワードにたどり着く。
とりわけ「民主主義の危機」には、それまで9年近くの「安倍・菅政治」が国会を軽んじ、反対意見に耳を傾けず、数の力で法案を押し通し、憲法や法律の解釈を独断で変更する強権的な政治手法により民主主義を傷付けたとの問題意識が感じられた。
しかし、今ではそれも政権に就くための方便だったと考えざるを得ない。自民党派閥の裏金事件を巡る対応がそれを物語る。
◆政治とカネに消極姿勢
長年、金権腐敗の温床と批判されてきた企業・団体献金や使途が不透明な政策活動費は温存され、とても改革の名には値しない。
岸田氏は記者会見で「残されたのは自民党トップとしての責任」と述べた。党所属議員の政治腐敗事件の責任を党首がとることは当然だが、一連の腐敗防止策がそもそも十分でない。問題の深刻さに思いが至らなかったのだろう。
岸田政権下では裏金事件以外にも、所属議員が勤務実態のない公設秘書給与を国から詐取したり、有権者に香典を違法に配ったりした疑いが浮上した。
古典的とも言える、こうした政治腐敗事件が相次いだのも「政治とカネ」の問題に真剣に取り組もうとしなかった岸田政権の姿勢が反映されていたのではないか。
岸田政権が民主主義の危機に真剣に取り組まなかったのは、政治資金問題にとどまらない。
安全保障政策では「集団的自衛権の行使」容認に転じた安倍内閣の独断的な政治姿勢を受け継ぎ、関連予算を含む防衛費を国内総生産(GDP)比2%に倍増。憲法の趣旨ではないとされてきた「敵基地攻撃能力の保有」にも踏み込んだ。いずれも国会での十分な議論を経たとは言い難い。
原発の最大限活用やマイナ保険証の実質義務化などへの政策転換も、国民の幅広い合意なく進めてきた。民主主義の危機の克服にはほど遠く、政権の振る舞いは民意とかけ離れるばかりだ。
国民の信頼を失った首相の再選断念は当然だとしても、15日に行われる「全国戦没者追悼式」の前日に、なぜ表明しなければならなかったのか疑問は尽きない。
首相退陣後も核廃絶に向けて精力的に取り組むことが、国民へのせめてもの罪滅ぼしだろう。
安倍晋三元首相の銃撃事件を機に、高額献金が社会問題となった旧統一教会(世界平和統一家庭連合)と自民党との密接な関係が再び問題化。岸田氏は「関係を清算する」と語ったが、実態を過去にさかのぼって明らかにすることはせず、明確な法的根拠を欠いたまま安倍氏の国葬を強行した。
就任時に「聞く力」「丁寧で寛容な政治」を強調していた岸田氏の政治姿勢は完全に変質した。
もちろん「民主主義の危機」の克服は、両党首選でも引き続き重要な争点でなくてはならない。
岸田首相退陣へ 政治不信を深めた帰結だ(2024年8月16日『新潟日報』-「社説」)
「政治とカネ」に端を発した逆風をはね返せず、追い込まれた形での退陣表明だ。政治不信を深めたことによる当然の帰結といえる。
政治の信頼回復は急務だ。そのために求められるのは、自民党が長年抱えるカネを巡る問題との決別だ。
記者会見した岸田首相は、総裁選で自民が変わる姿を国民に示すことが必要だとし、「最も分かりやすい最初の一歩は私が身を引くことだ」と強調した。
自身の手で党を変え、信頼を取り戻すのは無理だと認めたとも取れる。そうした政治状況をつくった首相の責任は重い。
派閥裏金事件を巡る首相の対応は後手に回り、ちぐはぐさも否めなかった。
裏金づくりの温床となった派閥の解散方針を打ち出したのはいいが、根回しが不十分で党内の不満を募らせた。
◆国民不在の政策転換
「岸田首相では選挙を戦えない」という党内の声を抑えきれなくなった結果の退陣表明とみていいだろう。
2021年10月に発足した岸田内閣は、国の根幹に関わる政策を十分な議論を踏まずに、いともたやすく転換させた。
銃撃され死去した安倍元首相の国葬も唐突に決め、他党の意見を聞くことはなかった。
強権的ではないが不誠実ともいえる首相の姿勢は、政治不信を広げた要因の一つであろう。
◆「政治とカネ」決別を
経済政策では、物価高騰対策としてガソリン代や電気代などの巨額の補助金を拠出した。ただ「バラマキ」との批判もあり、財政悪化を進めた。
「新しい資本主義」を掲げ、大幅な賃上げを実現させた。しかし物価の上昇には追い付かず、実質賃金は26カ月にわたってマイナスが続いた。
予断を許さない経済状況から、大目標である「デフレ脱却」はなお認定できていない。
岸田首相の後任となる自民総裁候補は現状、本命不在の状況だ。誰がなろうとも、政治への信頼回復が使命となることは論をまたない。
そのために必要なのはまず、「政治とカネ」の問題を払拭する方策の提示だ。カネがかかる政治のありようを根本から見直す作業も必要となろう。
対処しなければならない課題は多い。本県はじめ地方の人口減少は深刻さを増している。
自民議員は「選挙に勝てる」という理由だけでなく、政策を実行できるかどうかという視点でリーダーを選ばなければならない。目指す国家像をしっかり提示できるかも問われる。
多くの派閥が解散方針を決めた中で迎える総裁選だ。派閥の論理で事が進み、派閥が事実上復活し旧態依然の党に戻ることはないか。国民は注視している。自覚してもらいたい。
岸田首相退陣へ/「政治とカネ」で信失った末に(2024年8月16日『神戸新聞』-「社説」)
自民党内では次期総裁選びの動きが加速する。政治空白の長期化は許されないが、そもそも問われているのは自民党の金権体質である。次の衆院選をにらんで党の「顔」をすげ替え、事件の幕引きを図るなら国民の理解は得られない。民意と向き合わない政党に展望はないことを自覚しなければならない。
◇
首相は立候補見送りの理由を、裏金事件の責任を取り「自民党が変わることを示す最初の一歩は、私が身を引くことだ」と説明した。だが内実は、内閣支持率が長く低迷し、刷新を求める党内の圧力に抗しきれなくなった末の再選断念である。
首相は表明のタイミングに関して「当面の外交日程に一区切りがついた」とするが、引責というなら、進退をかけて踏み込んだ対応をする判断もあったはずだ。党内から公然と交代論が噴き上がっても、新たな経済対策を打ち出し、保守派取り込みへ憲法改正論議を進めようとした。「延命策」にきゅうきゅうとする首相の姿が、国民の不信と党内の反発を招いたのは必然だった。
■政策転換に熟議なく
首相は3年前の総裁選で「わが国の民主主義が危機に陥っている」と訴え、支持を集めた。就任後も「聞く力」を掲げ、安倍・菅政権の強権的な政治手法との違いをアピールしてきた。だが振り返ってみれば、国会での徹底した議論や国民の幅広い合意を経ずに重要施策を次々と転換させる独善的な姿勢が目についた。
反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有を容認し防衛費を大幅に増やす安全保障関連3文書の改定、原発の60年超運転や新増設を可能とする法改正が象徴的だ。22年参院選中に銃撃事件で死去した安倍晋三元首相の「国葬」も世論を二分する中、国会への事前説明なしに実施を決めた。
反対論を過小評価し、国会での熟議もなく政策を決める手法は民主主義の形骸化を招く。「丁寧な説明」など言葉ばかりが上滑りしていることも国民に見透かされていた。
裏金事件への対応でも「火の玉となって取り組む」と言葉は勇ましかったが、派閥会長だった自身の処分を見送り、関係議員への対処も甘く世論の批判を拡大させた。改正政治資金規正法は成立したものの、企業・団体献金の禁止や政策活動費の廃止など抜本改革は手付かずで、再発防止策も実効性に乏しい。
世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と自民党の深い関係が明らかになった際も、実態解明もそこそこに「関係を断つ」の一言で幕引きを図った。最大派閥の安倍派への配慮と自らの保身を優先し、「安倍1強」政治の負の遺産と決別する機会を逸したと言える。国政、地方とも注目の選挙で惨敗するなど党支持層の離反も浮き彫りになった。
経済政策では「新しい資本主義」を唱え、格差を是正し分配を強化するとしたが、いつしか雲散霧消した。企業に賃上げを促し、少子化対策に注力する一方、防衛力強化に巨費をつぎ込み、定額減税などバラマキ色の濃い政策も進めた。場当たり的な判断を繰り返した結果、将来世代の負担はさらに増すことになる。
痛みを強いる政策でも正面から訴え、疑問に丁寧に答える。国民と真摯(しんし)に向き合う姿勢が決定的に欠けていたと言わざるを得ない。
■自民党の責任は重い
「選挙の顔」を代え、疑似政権交代を演出するのは自民党の常とう手段である。忘れてはならないのが、首相の判断を是として自ら改革に踏み込もうとしなかった自民党に重い責任があるということだ。脱派閥を貫き、金権体質を根本的に改めない限り、政治不信は払拭されない。
総裁選に挑む各候補は岸田政権を総括し、道半ばの政治改革にどう取り組むのか明確に示してほしい。その上で、人口減少や高齢化、国際情勢など山積する課題について骨太の論戦を繰り広げるのが政権与党の責任だ。できなければ有権者に手痛いしっぺ返しを受けることになる。
岸田首相が退陣へ 裏金事件 幕引きにするな(2024年8月16日『山陽新聞』-「社説」)
岸田文雄首相が9月の自民党総裁選に立候補しないと表明した。総裁の座を降り、首相を退くことになる。自民派閥の政治資金パーティー裏金事件を巡り、党トップとして責任を取ると強調したが、党内の求心力が著しく低下し、国民の内閣支持率も低迷する中、出馬断念に追い込まれたのが実情だろう。
首相はおとといの記者会見で、裏金事件を受けて派閥解消、パーティー券購入の公開上限引き下げなど「重い決断をしてきた」と説明。「残されたのは自民党トップの責任だ」とし、自身が身を引くことでけじめをつけるとした。
裏金事件で首相の責任を問う声は党内にくすぶっていた。4月に関係議員ら39人が党員資格停止など党則に基づく処分を受けた一方、首相は処分対象から外れたからだ。首相と距離を置く菅義偉前首相や、事件の舞台となった安倍派所属だった議員らから公然と批判の声が上がった。
事件を受け、自民が各地で開いた「政治刷新車座対話」では党の地方組織から首相に退陣を求める声が出たという。共同通信の世論調査でも内閣支持率は長期にわたって20%台に低迷している。政権運営が袋小路に陥り、限界に達していたのは間違いない。
岸田首相は2021年の総裁選を勝ち抜き、首相に就いた。直後の衆院選で追加公認を含めて自民の絶対安定多数を確保し、翌22年の参院選では大勝を収めた。大型国政選挙が当面なく、腰を据えて政策課題に取り組める「黄金の3年間」を手にしたものの、安倍晋三元首相の国葬への対応、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の問題を巡って守勢に立つ場面が目立つようになった。
そうした政権に決定的な打撃を与えたのが裏金事件だ。首相は岸田派の解散、衆院政治倫理審査会への出席など自ら事態の打開に動いたが、常に唐突感が目立った。党内を説得して動かすことができず、統治能力の脆弱(ぜいじゃく)さが逆に浮き彫りとなった。求心力の低下も加速した。
裏金事件を機に国民の政治不信は高まっている。再発防止のための改正政治資金規正法は成立したが、政治資金をチェックする第三者機関創設をはじめ、今後の検討課題が列挙された生煮えの状態だ。課題の一つ一つに答えを出していかなければならない。そもそも裏金事件の真相はいまだに明らかになっていない。再発防止には解明が欠かせず、幕引きは許されない。
首相は会見で、党の再生には総裁選で自民が変わる姿を国民に示すことが必要だと指摘した。だが、単に党の「顔」を替えるだけでは実効を伴うまい。党全体の意識改革が必要だ。
岸田首相の退陣表明を受け、自民はこれから総裁選の動きが本格化する。「政治とカネ」にどう向き合い、政治不信の払拭につなげるか。論戦を深めなければならない。
金メダルと首相退陣(2024年8月16日『山陽新聞』-「滴一滴」)
パリ五輪のメダルの品質が話題になっている。東京五輪とパリの金メダルを並べ、欧州の選手がSNS(交流サイト)に投稿したのがきっかけだ
▼パリのメダルは既にくすんで見えるが、東京の方は3年たっても黄金の輝きを保つ。五輪のメダル素材には規定があり、金メダルは銀製で金メッキを施す。加工の違いなのだろうか
▼そういえば東京五輪からの3年の歳月は、岸田文雄政権の歩みとほぼ重なる。岸田氏が自民党総裁選に立候補を表明したのは3年前の8月だった。国民の声を書きためたというノートを掲げ、「聞く力」をアピール。自分が政治への信頼を取り戻すと訴えた
▼岸田氏が9月の党総裁選への不出馬を表明した。このままでは次の衆院選が戦えないと事実上の退陣に追い込まれた形だ。「国民の信頼あってこその政治」。おとといの記者会見で首相が再び語った理想は3年前からちっとも実現に向かっていないのがむなしい
【首相退陣表明】表紙を替えるだけでは(2024年8月16日『高知新聞』-「社説」)
国民の政治に対する不満、政治家への不信はかつてないほど高まっている。表紙を替えるだけで解消できるのか。疑問が募る。
首相は「最も分かりやすい最初の一歩は私が身を引くことだ」とし、党派閥の政治資金パーティー裏金事件の責任をとる姿勢を強調した。
だが、内閣支持率は20%台に低迷し、裏金事件を受けた政治改革も国民の評価は得られていない。それでも首相は再選を目指していたが、4月の衆院3補欠選挙の全敗などで党内の求心力も低下し、八方ふさがりで退陣に追い込まれた形になる。
内閣支持率が低迷に陥った最大の要因はやはり裏金事件だろう。
物価高騰に賃上げが追いつかず、実質賃金は過去最長、2年以上のマイナス期間が続いた。生活が厳しさを増す国民を横目に与党・自民党の多くの国会議員が順法精神を欠き、長年にわたって不正に金を得ていたことへの反発は大きい。
改正政治資金規正法も抜け穴だらけの「ザル法」とのそしりを免れない内容になった。企業・団体献金の扱いなども手つかずで、カネがなければ政治はできないという体質の一掃を求める国民感覚に沿ったものにはなっていない。
そもそも事件の真相解明が置き去りにされたままである。誰が、いつから主導したのか。安倍派はなぜ資金還流を再開したのか。裏金は本当は何に使われたのか。改革の大前提であるはずの全容把握に首相が指導力を発揮したとは思えない。
自らの権力維持に固執して党内派閥の力学や有力者に配慮し、国民の疑問の本質がうやむやにされる対応が続けば、政治不信は拭えまい。
岸田首相は3年前、安倍政権、菅義偉政権と続いた「1強政治」への批判を意識してか、「聞く力」「国民に納得感を持ってもらえる丁寧な説明」を掲げて就任した。
今後は総裁選に向けた動きが焦点になる。経済や外交も重要だが、候補者は真の政治改革や国会、国民への向き合い方を競い合うべきだろう。選挙向けの「表紙替え」ならば、国民は見透かすに違いない。
野党第1党の立憲民主党も9月に代表選を行う。自民党がこれほど失態を重ねても野党各党の支持率が伸びないのは、現政権に代わる理念や政策が国民に届いていないからではないか。政治不信の責任の一端を自覚した活動を野党にも求める。
岸田首相退陣表明 国民の信頼回復が先決だ(2024年8月16日『熊本日日新聞』-「社説」)
国民と向き合い、国民の信頼に基づく政治を目指してきたのか。岸田文雄首相に問いたい。
岸田首相が9月の自民党総裁選に立候補しない意向を表明した。派閥の政治資金パーティー裏金事件など、政治資金問題に関し「自民党トップとして責任を取る」ことを理由に挙げた。一方で、事件を契機とする派閥の解消や、自ら衆院政治倫理審査会に出席したことなどを挙げ「国民あっての政治であり、国民の方を向いて重い決断をした」と述べた。
しかし、問題発覚から現在に至るまで、首相と自民党の姿勢はどうだったか。首相がリーダーシップを発揮して裏金づくりの実態を明らかにし、国民の疑問に答えたとは言い難い。派閥幹部も責任を取ろうとしなかった。真相は未解明のままである。
再発防止に向けた政治資金規正法改正が「改革」の名に値するものであったならば、政治不信がここまで深刻化することはなかったろう。野党が求めた企業・団体献金の禁止などには手を付けず、多くの「抜け道」は残されたままだ。法改正の過程で明らかになったのはむしろ、「政治とカネ」の問題に対する政治家の自浄能力の欠如であった。
岸田首相の使命は、政治への信頼を取り戻すことにあったはずだ。国民に信を問うこともできた。そのいずれもせず、内閣支持率の低迷と、岸田首相では次期衆院選を戦えないなどとする党内の「岸田降ろし」によって退陣に追い込まれたのが実情だ。「国民の方を向いた」との言葉は、国民に空疎に聞こえているのではないか。
首相は2021年10月に就任した際、国民の声を「聞く力」をアピールした。しかし、国民的議論を十分にしないまま国の根幹に関わる重要政策を転換した。
その一つが、他国領域のミサイル基地などを破壊する反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有や、防衛費増額を盛り込んだ「国家安全保障戦略」など安保3文書の改定だ。日本が戦後守ってきた専守防衛を逸脱する恐れがあるにもかかわらず、改定を国会に諮らず閣議決定した。国会軽視とも言える手法は、安倍、菅内閣に通じる強権的なやり方である。
巨額予算が必要な「異次元」の少子化対策の財源確保や、防衛費増額に伴う増税方針についても、幅広い合意形成に努力したとは言い難い。国民1人当たり4万円の定額減税も唐突だった。政策にちぐはぐな面が否めず、決定に至る過程も見えにくかった。長期的視点が欠けていたと言われても仕方あるまい。
岸田首相の退陣で政治資金問題を幕引きさせては国民は納得しまい。問われているのは自民党全体の姿勢である。総裁選びを単なる看板のかけ替えに終わらせず、党を挙げて政治改革の道筋を付けてもらいたい。そうしなければ信頼回復は遠のくばかりである。
芥川龍之介に「手巾(ハンケチ)」という短編がある。大学教授が自宅で演劇の本を読んでいると、教え子の母親が訪ねてくる。闘病中だった息子が亡くなったという
◆涙を流すでもなく、口調はおだやかで時折笑みも浮かぶ。教授がふと、床に落ちたうちわを拾おうとしたとき、テーブルの下に母親の膝が見えた。ハンカチを握った手が激しく震えていた。表情とは裏腹に〈実はさつきから、全身で泣いてゐたのである〉
◆2019年の自民総裁選で、敗れた候補者がさわやかな笑顔を浮かべていた。岸田文雄氏である。普通なら悔しがって不思議はない。妻の裕子さんが対談で語っている。「そこが主人のいいところでもあるし、強い部分であるのかもしれないですね。打たれても芯までダメージが届かない…」
◆岸田首相の退陣表明で印象深いコメントがあった。「最後まで何がしたいかわからなかった」。ハト派ながら改憲に熱心で防衛費増額など軍拡路線。裏金事件で派閥解散など決定はいつも突然。ちぐはぐな経済対策。浮かべた表情からテーブルの下の本音は読み取れなかった
◆「手巾」の教授が読んでいた演劇の本には、顔で笑って手元でハンカチを裂くような演技は実は「臭味」だと書かれている。「くさい芝居」というやつだろう。選挙のために「顔」を刷新するだけでは「臭味」は消せまい。(桑)
派閥の裏金事件など相次いだ「政治とカネ」問題で内閣支持率が低迷し、退陣に追い込まれた形だ。国民の信頼を失った政権の末路を示したと言えよう。
離党勧告など大量処分になった裏金事件に言及し「残されたのはトップの責任だ。私が身を引くことでけじめをつけたい」と述べた。併せて事件の発覚当初から引責辞任を考えていたことを示唆した。
このタイミングでの不出馬表明については、当面の外交日程にひと区切りつき、懸案の政策課題に一定の方向性を明らかにしたことを挙げた。
発言を額面通り受け取るわけにはいくまい。6月の通常国会閉会後、首相は地方視察を繰り返した。多様な意見を聞く機会を設けたのは評価していいが、政権継続の意欲があったからこそで、実際、視察先で新たな施策も打ち出した。
生き残りを図る自民議員は、総裁選が不人気な「党の表紙」を替える絶好の機会になると捉え、辞任圧力を強めていたことも首相の判断に影響したのは間違いない。
ただ岸田首相にしても、衆院選前に退いて政権与党の座を守れば、後継政権に影響力を及ぼすことができるという思惑があったのではないか。
首相は会見で自身の総裁選不出馬を「自民党が変わることを示す最も分かりやすい最初の一歩だ」と強調。その上で、先の国会で成立した改正政治資金規正法で付則に留め置かれ、先送りされた課題について「早期に結論を出さなくてはならない」と指摘した。
国民の自民政治への不信感は、そうした姿勢に根ざしている。しょせん、自民は選挙対策を優先し、首相が退陣後の影響力保持に腐心していると見なされれば、民意に遠心力が働くばかりだろう。
というのも、首相が3年前の総裁選に立候補した際、「政治の根幹である国民の信頼が崩れている。わが国の民主主義が危機にひんしている」と語り、政治改革の必要性を訴えていたからだ。
自民は今度こそ信頼回復ができるかどうかの瀬戸際にあることを自覚せねばなるまい。
岸田首相退陣表明 政治不信解消する総裁選を(2024年8月15日『河北新報』-「社説」)
官邸で記者会見した首相は「自民党が変わると示す最も分かりやすい最初の一歩は私が身を引くことだ」と明言。「所属議員が起こした重大な事態について、組織の長として責任を取ることにちゅうちょはない」と語った。
首相は再選出馬を模索してきたが、内閣支持率は20%台に低迷。首相の下では次期衆院選で苦戦は免れないとして、党内から交代を求める声が上がっていた。菅義偉前首相に続き、現職の首相が総裁選で不出馬に追い込まれる形となる。
積み重なる不信に加え、私たちが見過ごせないのは政権延命に執着した岸田首相が今月に入り、憲法9条への自衛隊明記について論点整理を指示したことだ。権力維持のために、国の最高法規をもてあそぶようなご都合主義がまかり通っていいはずはない。
自民党は首相の表明を受け、総裁選で後任を選出する。
総裁選は、失墜した信頼を回復できるかどうかの分かれ道となる。
来年夏には参院選が、遅くとも同年秋までには衆院選が行われる。これまでも繰り返されてきたような、内輪の論理による政権のたらい回し、「表紙」替えにとどまるようであれば、党に対する国民の心は離れる一方だと覚悟すべきだろう。
総裁選を巡っては、石破茂元幹事長が出馬意向を事実上表明。河野太郎デジタル相も麻生太郎副総裁に立候補への意欲を伝達した。茂木敏充幹事長、小泉進次郎元環境相、小林鷹之前経済安全保障担当相、高市早苗経済安保担当相を推す動きも出ている。
誰が選出されるにせよ、名乗りを上げる候補に必要なのは「政治とカネ」の問題を二度と起こしてはならないという抜本改革への道筋を示すことだ。
今回は、派閥解消が唱えられてから初めての総裁選でもある。長年にわたって党内力学の根幹システムを担ってきた派閥に代わり、人材の育成と登用をどうするか、国民に分かりやすく持論を述べてほしい。
繰り返しになるが、国民が抱いている党に対する不信の根幹にあるのは、裏金事件の実態解明はおろか、政治資金の透明化に終始、後ろ向きだったことだ。
自らの言葉で責任と理念、政策を堂々と語る論争が交わされなくては、不信の解消につながらない。
【岸田首相退陣表明】責任回避は許されない(2024年8月15日『福島民報』-「論説」)
岸田文雄首相は14日の記者会見で、自民党総裁選に立候補しない理由について、国民の支持が低迷する党を変えるためと強調した。党の政治改革本部長を務めた会津若松市出身の衆院議員、故伊東正義氏の「表紙だけ替えても駄目だ」との苦言がよみがえる。トップを交代しただけで党の再生が容易に進むとは到底思えない。
自民党派閥の政治資金パーティー裏金問題に関して、岸田首相は「所属議員が起こした重大な事態について、組織の長として責任を取ることにちゅうちょはない」「けじめをつける」と述べた。不出馬を党改革の第一歩に位置付け、「新たなリーダーを一兵卒として支える」とも語った。ただ、その先にはどのような展望を持ち合わせているのかは伝わってこなかった。
政治資金規正法の改正を巡っては、再発防止に向けた罰則強化など一定の方向性は打ち出した。しかし、政治資金を監査する独立機関の制度設計や政策活動費の透明化など課題は残されたままだ。
退任によって、自身の責任問題に決着をつける考えのようだが、積み残る課題解決の道筋を付けないままでは、責任回避の指摘は免れまい。野党は「自民党の体質は変わらない。過去を忘れてもらう手法に引っかかってはいけない」と厳しい視線を送る。
党の信頼回復には、総裁の責任にとどまらず、問題にかかわった議員一人一人の自覚と反省が欠かせない。首相の退任を幕引きとせず、有権者に対する説明責任を果たし続ける必要がある。党内に求められているのは自浄能力だと改めて認識すべきだ。
総裁選に向けた党内の動きは一気に加速するとみられる。「数の力」で勝敗を左右してきた派閥の多くが、裏金問題を受けて解散した。それでも、従来の派閥を基にした集まりは温存され、影響力を保ち続けているとされる。密室の会合で物事が決まるような旧態依然の総裁選となれば、国民の理解は得られにくいのではないか。
総裁選の選挙期間は、前回の12日間から拡大する方向で調整されている。候補者が政策や政治理念を訴える機会を増やす狙いがあるという。透明性の高い選挙戦を実現できるかどうかが、党改革の試金石になる。(角田守良)
岸田氏が総裁選不出馬 政治不信深めた末の退場(2024年8月15日『毎日新聞』-「社説」)
衆院議員の任期満了まで間もなく残り1年となる状況で、各種選挙で自民の敗北が続いた。党内から「岸田首相のままでは次期衆院選を戦えない」との声が出ていた。続投に意欲を示していたが、内閣支持率は上向かなかった。
記者会見では「自民党が変わることを示す最初の一歩は、私が身を引くことだ」と語った。自らの手では政治の刷新はできないと認めたようなものだ。
2021年の自民党総裁選で新総裁に選ばれた岸田文雄氏(中央)と、壇上でたたえ合う(左から)野田聖子氏、菅義偉前首相、高市早苗氏、河野太郎氏=東京都港区で2021年9月29日午後3時25分、梅村直承撮影
支持率低迷に拍車を掛けたのは、昨年末に表面化した自民派閥の裏金事件だ。裏金作りの実態は解明されず、首相を含め派閥幹部は責任を取ろうとしなかった。
閣議に臨む(左から)上川陽子外相、斉藤鉄夫国土交通相、鈴木俊一財務相、岸田文雄首相、高市早苗経済安全保障担当相、河野太郎デジタル相、新藤義孝経済再生担当相=首相官邸で2024年8月2日午前10時3分、平田明浩撮影
そもそも問われているのは、カネの力で政治がゆがめられる現状をどう変えるかだった。しかし、旧弊に自らメスを入れることはなかった。
この間、首相は会長を務めた岸田派の解散を他派閥に率先して表明し、野党要求がないにもかかわらず政治倫理審査会へ出席するなど、唐突な「決断」を繰り返した。
改革姿勢を演出する思惑がうかがえたが、政権の統治不全を露呈したに過ぎない。首相と党幹部の間で連携が取れず、トップが自ら乗り出さざるを得なかったのが実態といえる。
3年前の総裁選では、「聞く力」「丁寧で寛容な政治」をアピールして勝利した。強権的手法が目立った安倍・菅義偉両政権からの転換を意識したものだった。
政権基盤が盤石でない首相が保守層の離反を招かぬよう、安倍氏が生前に掲げた方針を踏襲する姿勢を強めた形だ。
後任選び脱派閥焦点に
看板となる政策も毎年のように変わり、何をやりたいのかが見えなかった。
核軍縮をライフワークに掲げ、地元・広島で主要7カ国首脳会議(G7サミット)を開いたものの、他に目立った成果は上げられなかった。
「先送りできない課題に一つ一つ取り組む」と繰り返したが、理念や哲学は見えず、多くの政策が人気取りのバラマキと映った。
首相の不出馬表明を受け、後任選びの総裁選レースが本格化する。問われるのは脱派閥だ。
国内外の課題に対処するビジョンや資質を備えているか、開かれた論戦を通じて競い合うことが求められる。
既成政党への不信が高まり、日本政治は危機にある。自民が生まれ変わる覚悟で改革に取り組まなければ、信頼の回復はない。
岸田首相退陣へ 総裁選びを自民再生の契機に(2024年8月15日『読売新聞』-「社説」)
◆信頼回復へ政策や見識競い合え◆
たとえ総裁選で再選できたとしても、政治不信を 払拭ふっしょく しなければ自民党の再生は望み難い。
ここで進退にけじめをつけ、新しい体制を構築して国政選挙に臨むべきだ、と判断したのだろう。
内外の課題は山積している。政治の安定は欠かせない。岸田首相の退陣を契機に、自民党は、志ある人材が政策や見識を競い合い、信頼回復を図らねばならない。
首相が、9月に行われる自民党総裁選に立候補しない意向を表明した。9月末の総裁任期の満了に伴い、首相を辞任する。
懸案に道筋をつけた
首相は記者会見で「自民党が変わることを示す、最も分かりやすい最初の一歩は、私が身を引くことだ」と述べた。
首相は周辺に対し、「いつまでも『ケジメをつけろ』と言われ続けるのは不本意だ」という心境を漏らしている。
2021年10月に発足した岸田内閣が取り組んだ政策は、いずれも時宜に 適かな っていると言える。
厳しさを増した安全保障環境に対処するため、23年度からの5年間の防衛費をそれまでの1・5倍超に増やすことを決めた。
歴代内閣が「政策判断として持たない」としてきた敵基地攻撃能力についても、保有に 舵かじ を切り、安保政策を大きく転換した。
外交では、元徴用工(旧朝鮮半島出身労働者)問題などで悪化していた日韓関係を改善させた。尹錫悦韓国大統領と信頼関係を築いたことが奏功した。
昨年夏には、東京電力福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出に踏み切った。
様々な懸案に道筋をつけたことは評価すべきだろう。
官邸と党に不協和音
党執行部は安倍派を中心に39人を処分したが、岸田派は処分対象としなかった。党内に首相への不満が広がったのも無理はない。
首相はこの事件を巡り、他派閥の幹部らに相談せず、唐突に岸田派の解散を表明した。
首相が「サプライズ」効果を狙い、党と相談せずに様々な決定を下したことは、混乱を招いた。白けたムードが漂い、首相を支えようという議員も減った。
官邸主導の体制が確立し、首相は「自分が決めれば周囲が従う」と思い込んでいたのではないか。周到な根回しや調整を怠れば、物事は前進しまい。
政治不信の解消を急げ
自民党総裁選の日程は今月20日に決まる。国政選挙を意識し、党内では、「選挙の顔」になりそうな政治家を新総裁に担ごうというムードが漂っている。
だが、自民党総裁選は、国の舵取りを担うリーダーを決める選挙だ。高い識見や明確な国家観、政策を前進させるための調整能力を持っている人物がふさわしい。選ぶ側の国会議員や党員は、そうした認識を持つ必要がある。
今回は、主な派閥が解散を表明してから初の総裁選となるが、実際に派閥を解消したのは森山派だけで、最近は、派閥単位で議員が集まることも多い。派閥解散が形骸化しているかどうか、総裁選を通じて明らかになるだろう。
政治への不信感は自民党に対してだけでなく、既成政党全体に向けられている。
岸田氏不出馬を信頼回復の契機に(2024年8月15日『日本経済新聞』-「社説」)
岸田文雄首相(自民党総裁)が9月に予定する総裁選に出馬しないと表明した。自民党派閥の政治資金問題をめぐり、国民の政治不信が募ったままでは政策の実現はおぼつかない。不出馬は妥当だ。自民党は政治の信頼回復の契機にすべきである。
首相は14日の記者会見で「自民党が変わることを示す最もわかりやすい最初の一歩は私が身を引くことだ」と不出馬の理由を説明した。進退については、政治資金問題が発覚した当初から「心に期してきた」と語った。
経済の再生は道半ば
岸田政権をめぐっては、旧統一教会問題や政治とカネの問題への批判が根強く、内閣支持率は20%台の低迷が続いていた。自民党不信は衆院補欠選挙や地方選挙での敗北や不戦敗となって表れ、地方の不満がくすぶっている。
自民党内では「岸田首相では次期衆院選を戦えない」との危機感が強まっていた。派閥の資金問題で党首としての責任を問う声もあり、総裁選出馬に反対する声が上がっていた。出馬断念に追い込まれたというのが実態だろう。
政治資金問題では、安倍派をはじめ、派閥の資金管理のずさんさが浮き彫りになった。首相は自らを支えてきた安倍派幹部らの処分に踏み切った。処分は生ぬるいとの批判も残るが、党内の強い反対論を押し切って派閥の解消も推し進めた。
会見では改革マインドを後戻りさせないことを後継者に期待した。政治資金問題や党改革の実行は最優先の課題であり続ける。
2021年10月に就任した岸田首相の在任期間は1000日余りと戦後8番目の長さになった。官邸主導のリーダーシップを発揮した安倍晋三氏や菅義偉氏に比べて、岸田首相は「聞く力」と調整型の手法で政策を推進した。
評価できる政策の一つは東日本大震災以降、抑制的だった原発政策を転換し、新増設に踏み切ったことだ。5年間で43兆円を投じる防衛力の抜本的強化に道筋をつけ、長年冷え込んでいた日韓関係も改善した。日米同盟の深化と国際協調路線を進めた外交・安保政策は国益につながった。
経済政策では、企業の成長と家計の資産所得増加の循環を狙って、新しい少額投資非課税制度(NISA)の導入などを推し進めた点は市場からも評価されている。
一方、首相が掲げる「デフレからの完全脱却」では、賃金と物価の好循環をもたらす持続的な賃上げの実現はなお道半ばだ。生産性の向上につながる成長戦略が不十分だったのは否めない。
防衛増税の財源をはじめ、困難な問題を解決していく指導力や国民を説得する力も足りなかった。定額減税やガソリン補助金のような場当たり的な対応には厳しい批判が集まった。肝煎りの「新しい資本主義」「デジタル田園都市国家構想」なども成果は乏しい。
取り沙汰される茂木敏充幹事長、石破茂元幹事長、小泉進次郎元環境相、高市早苗経済安全保障相らのほか、中堅・若手の擁立を模索する動きがある。首相の不出馬表明により誰もが出馬しやすい環境になった。派閥の解消も各議員の自由な行動に資するとみられ、活発な総裁選を期待したい。
危機下の国家観競え
世界を見渡せば、ロシアのウクライナ侵略が長期化し、パレスチナ自治区ガザでのイスラム組織ハマスとイスラエルの戦闘も出口がみえない。足元では北朝鮮が各種ミサイルの開発・実験を重ね、中国の軍備増強で東シナ海や南シナ海、台湾海峡の緊張が続く。
こうした外交・安全保障政策をはじめ、成長戦略や財政健全化、脱炭素・エネルギー政策、少子化対策など課題は山積している。これらの財源も含め、国の根幹にかかわる骨太の政策でビジョンを競ってもらいたい。
首相が指導力を発揮し、それを党全体で支える体制づくりが肝要だとあらためて訴えたい。
忘れてほしくないのは、派閥の政治資金問題を受けて麻生派を除く派閥が解散を決めて初めての総裁選となることだ。投票権は自民党所属の国会議員と党員・党友に限られるが、政治資金問題を反省し、出直しをはかる自民党の覚悟を国民は見極めている。
岸田氏が不出馬へ 総裁選で信頼回復を図れ 首相は外交安保で業績挙げた(2024年8月15日『産経新聞』-「主張」)
安倍派を中心とする自民派閥パーティー収入不記載事件に端を発した「政治とカネ」の問題などで岸田政権と自民は支持率 低迷に喘(あえ)いでいた。国民の信頼が失われたままではさまざまな政策を進めることは難しく、国政選挙で勝利することもおぼつかない。不出馬の表明は当然だろう。
岸田首相は会見で「自民が変わることを示す最も分かりやすい最初の一歩は、私が身を引くことだ」と語った。
責任取らず求心力失う
政治とカネの問題をめぐり、他派の議員を処分したが、岸田派の問題への責任を取らなかったこともあり、世論の支持を失い、党内の求心力もなくなっていった。もっと早く責任の取り方を明確にすればよかった。
一方で、岸田首相には評価できる点もある。
それは、日本の平和と安全、繁栄の基盤となる外交・安全保障政策を誤らず、前進させたことである。
ロシアのウクライナ侵略という国際情勢の大激変を受け、先進7カ国(G7)の一員としてロシアによる侵略を非難し、ウクライナ支援に乗り出した。岸田首相は国際社会が「ポスト冷戦期の次の時代」という嵐の時代に入った認識を持ち、「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」と指摘した。
米国のバイデン大統領と密接な関係を築き、日米同盟の対処力と抑止力の向上を図った。台湾有事が日本有事になりかねないという危機感から国民を守ろうと働いてきたのである。
これから自民総裁選への出馬表明が相次ぐだろう。自民の議員と党員は、総裁選が国民の信頼を回復する最後の機会だと肝に銘じてほしい。
候補者は政策論じ合え
今や、誰が総理総裁になっても政治が変わらない時代ではない。国民の多くは政治リーダーが誰になるかで、日本の平和や繁栄が大きく左右されることを知っている。
現時点での人気投票のような形で新総裁を選ぶようでは、単なる看板のすげ替えと国民に見透かされるだろう。総裁選に名乗りを上げる政治家は、政策を具体的に語らなければならない。問われるべきは、日本をいかに守り抜き、繁栄させるかという点である。
外交安保政策では防衛力の抜本的強化の流れをさらに進める必要がある。皇位継承策は、政府が国会に提示し、多くの政党が認めた男系継承を確かなものとする報告書の内容を、確実に推進してもらいたい。
有事だけではない。南海トラフ巨大地震や首都直下地震などの大規模災害への備えも重要だ。賃上げや経済成長、社会保障制度改革、少子化対策のいずれをとっても悠長に構えている暇はない。働き抜くリーダーを日本は求めている。
岸田首相は選出される新総裁の首相就任まで引き続き政権を担う。中東ではイランとイスラエルの対立が深まり、「第5次中東戦争」の懸念さえ高まっている。エネルギー安保や邦人保護などに抜かりがあってはならない。
レールが壊れているのを鉄道の線路番が見つける。列車がやって…(2024年8月15日『東京新聞』-「筆洗」)
レールが壊れているのを鉄道の線路番が見つける。列車がやってくれば脱線する。どうするか。ロシアの作家、ガルシンの短編『信号』である
▼すぐに列車を止めなければならないが、方法がない。線路番は決断した。自分の腕に小刀を突き立て、血で旗を染め、その旗で列車に危機を伝えた
▼壊れたレールへと向かう自民党という列車。ご自分が身を引けば、救えると考えたか。岸田首相。次の党総裁選に出馬せず、首相を退任する意向を表明した
▼自分がやめることで自民党が変わることを示したかったとおっしゃった。おやめになる首相にあまり皮肉なことは申し上げたくないが、コラム書きの性分で「美談」にはどうも眉につばをつけたくなる。総裁選に出馬したところで、岸田さん、果たして当選できたかどうか
▼出馬をあきらめるのならば党にとって最も役立つ方法でというのが本当のところかもしれない。なるほど「人情芝居」なら危機にある党のため、すべての責任を背負って静かに退くという筋書きは悪くない。この手の話に弱いという方もいるか。首相の退任と総裁選の盛り上がりが不振にあえぐ党の潮目を大きく変える可能性はある
▼会見で今後も一兵卒として経済政策などに取り組むとしきりに強調していた。この人、いつかはもう一度首相にという夢を捨てていないのでは…。そこまで、疑っては気の毒か。
(2024年8月15日『新潟日報』-「日報抄」)
これは持ち味を発揮したということなのか。就任以来「聞く力」をアピールしてきた岸田文雄首相が、9月の自民党総裁選に出馬しないと表明した。20%台に落ち込んだ支持率は一向に回復の兆しが見えず、党内からも退陣を求める声が上がっていた
▼もっとも政策面では、この旗印の信憑(しんぴょう)性は随分怪しくなっていた。国会でさしたる議論も経ないまま、国の方針を大きく転換させた。安全保障分野では、他国領域のミサイル基地などを破壊する反撃能力の保有に向けて一歩を踏み出した
▼自らの内閣で何をやり遂げたいのか、見えにくい首相だった。憲法改正にも意欲を示したが、それが信念に基づくものなのか、保守派への配慮なのか、実相はなかなか伝わってこなかった
▼自ら積極的に聞こうとしたかはともかく、いろいろな声が聞こえてきたのだろう。多方面に気を使わざるを得なかったのか、何らかの色を打ち出すことは少なかった。不出馬の理由として、自民党派閥の裏金事件を挙げ「誰かが責任を取らないといけない」と述べた。ただ、淡々とした表情から胸の内を読み取ることは難しかった
▼「聞く力」を旗印に首相の座に就いた岸田氏はまもなく退く。来月の総裁選では、どんな旗印が掲げられるのだろう。
岸田首相退陣へ 政治不信招いた責任重く(2024年8月15日『信濃毎日新聞』-「社説」)
支持率が回復せず、追い込まれた末の退陣表明である。
昨年秋に発覚した裏金事件の解明は中途半端なままだ。再発防止を目的にした改定政治資金規正法も抜け道だらけで、政治資金の透明性を確保できる水準には到底達していない。
岸田氏は会見で後継総裁について「改革マインドが後戻りしない方であってほしい」と述べたものの、岸田氏にどれほど「改革マインド」があっただろうか。
トップが責任を取って「けじめ」をつけるというのなら、遅くとも6月の通常国会の閉幕までに退陣するのが筋だった。
■ 「聞く力」どこへ
岸田内閣は、総裁選不出馬に追い込まれた菅義偉前首相の後を受け、2021年10月に発足した。
大型選挙は25年夏までなく、岸田首相は重要政策に専念できる「黄金の3年間」を得た。
政権発足当初から「聞く力」を掲げていた岸田首相はこのころから、国民の意見が割れる問題を安易に実行に移すようになる。
22年末には安保関連3文書を決定して、敵基地攻撃能力の保有を容認。防衛費は現在の国内総生産(GDP)比約1%から2%に増やす目標を設定し、国民の議論を欠いたまま、5年で総額約43兆円に増やす方針に行き着いた。
殺傷兵器の輸出も解禁し、日米部隊の一体化にも乗り出した。
首相の「聞く力」は、賛否の割れる問題の片側の意見にしか向いていなかった。閣議決定などで主要政策を決定する政治手法の常態化は国会軽視であり、民主主義をないがしろにしている。
■裏金実態は不明
分配重視の「新しい資本主義」を掲げた経済政策も後手に回り続けた。日米の金利差による円安やウクライナ戦争などに伴う輸入価格の上昇で、国内の物価高が長期化。賃金は上昇に転じたものの、インフレに追いつかない状況が続き、支持率は低迷した。
そこに政権を直撃したのが安倍派を中心とした裏金事件だった。
岸田首相は、問題の根源となった派閥の解消を打ち出した。規正法の改定では、焦点だったパーティー券購入者名の公開基準額を、党内の反対を押し切り「20万円超」から「5万円超」に引き下げてもいる。
首相なりに危機感の表れだったのだろう。ただし、いずれも首相の調整力不足が露呈して党内が紛糾。問題の事実解明も進まず、裏金がいつ、誰が何のために始め、受け取った議員側が何に使ったのかも分からないままだ。
それなのに4月に関係した議員39人を一斉処分し、政治責任の問題に幕引きを図った。党総裁である岸田首相自身が処分対象から外れたことで、さらなる支持率低迷を招いた。
■改革の姿勢を問え
改定規正法は検討項目が並ぶ生煮え状態のまま成立。企業・団体献金には触れてもいない。問題の根源である「カネのかかる政治」を改めようとする動きもない。
国民の政治不信はかつてないほど深まっている。岸田首相の政治責任は極めて重い。退陣は当然であり、遅すぎた。
総裁選は経済政策や少子化問題、不安定化する国際情勢への対応などが争点になる。ただし、最も問われるのは「政治とカネ」の改革姿勢である。
野党第1党の立憲民主党は同時期に代表選を実施する。政治改革の具体策が問われるのは同じであると肝に銘じるべきである。
岸田首相退陣へ 国民とのずれ、埋められず(2024年8月15日『中国新聞』-「社説」)
自民党派閥の裏金事件に関して「残されていたのは自民党トップとしての責任」と述べ、自ら身を引くことが党再生の一歩になると強調した。政治責任を明確にしたのは評価したいが、政権継続の意欲をにじませていただけに額面通りには受け取れない。事件がもたらす逆風がやみそうになく、撤退に追い込まれたのが本当のところだろう。
退陣という重い決断の背景を、誰もが聞きたかったはずだ。ところが記者会見では肝心な質問への答えをはぐらかし、わずか20分余りで切り上げた。首相と国民の意識のずれを、この退陣表明が象徴しているのではないだろうか。
▽信頼回復ならず
首相はきのうも口にした。「自民党は変わらなければならない」。実は3年前の総裁選に挑んだ際も、同じフレーズを唱えていた。
だからこそ総裁選や首相就任直後の衆院選で、政治の信頼回復に対する首相の意気込みは支持を集めた。それを果たせず忸怩(じくじ)たる思いだろう。
岸田派の解散や政治倫理審査会出席、パーティー券購入者名の公開基準引き下げを「国民の方を向いた決断」と胸を張った。国民は全容解明に後ろ向きな姿勢と合わせ、政治資金改革に踏み込みが足りぬと受け止めた。党内では首相の独断と捉えられ求心力の低下を招いた。それらをひっくるめて「政治家の意地」と形容されても解釈に困る。
▽核なき世界掲げ
被爆地を地盤とする初の首相への期待は大きかった。先進7カ国(G7)や国連を舞台に「核兵器のない世界」の実現を声高に訴えた。昨年はG7サミットの広島開催を実現。核保有国の米英仏など参加国の首脳が原爆資料館を見学し、原爆慰霊碑に献花したシーンは記憶に新しい。
しかし、首相が議長として発表した核軍縮文書「広島ビジョン」は被爆者の失望を招いた。ウクライナに侵攻したロシアが核の脅しを続け、中国が核戦力増強を図る中、G7の核は「防衛目的のために役割を果たす」と核抑止力を肯定したためだ。
安全保障では米国への依存を深めた。看過できないのは先月、核を含む「拡大抑止」の強化で交わした合意だ。これは米国の核戦略に日本が組み込まれることを意味する。
▽あしき手法踏襲
ハト派と目されてきた首相には、戦後日本が掲げた平和主義に基づく外交や、国民の幅広い合意形成というリーダーシップが期待された。
ところが防衛力の強化や武器輸出基準の緩和、原発活用などを国会での議論抜きに進めた。基本政策の大転換を閣議決定で済ませてしまう。そんなあしき政治手法を安倍政権から引き継いだのは、自民1強のおごりともいえよう。
政権発足時に掲げた「聞く力」は影を潜め、物価高などに伴う生活不安を拭えなかった。会見で見せた実績への自負を、国民はどう受け止めただろう。最後まで世論との溝を埋められなかったのが残念でならない。
痛感でなく、責任は取るもの(2024年8月15日『中国新聞』-「天風録」)
▲1強をよいことに憲政史上最長の7年8カ月に及んだ第2次安倍政権以降、中ぶらりんの扱いを強いられ続けたのが「責任」である。閣僚が不祥事で辞任しようが、「任命責任を痛感する」止まりで説明責任も果たされない。肩身が狭かっただろう
▲何より「政治とカネ」問題に、けりがつくわけではない。35年前の伊東正義元外相の言を思い出す。未公開株の贈収賄で政官界を揺るがしたリクルート事件で退陣に追い込まれた首相の後継に目されながら、そのいすを蹴る。「表紙だけ変えても、中身を変えなければ駄目だ」と
▲組織の長が責任を取ったのだから、裏金事件に絡んだ中央、地方の当事者たちにも身の処し方があるだろう。1票を握る国民はじっと見ている。
岸田首相退陣へ 政治不信を高めた果てに(2024年8月15日『西日本新聞』-「社説」)
再選への意欲を示していたが、自民党派閥の裏金事件などで失った国民の信頼は一向に回復せず、不出馬に追い込まれたと言える。
であれば、遅きに失したと言わざるを得ない。
この事態を招いたのは、自民党の相次ぐ不祥事と首相の対応のまずさである。党内を統治するリーダーシップの欠如をたびたび指摘された。
世論調査ではこの改正を評価しない人が8割近くに達した。法改正以外に積み残された課題も、国会閉会後は棚上げされている。首相は党再生と国民の信頼を取り戻す機会を自ら放棄したに等しい。
選挙基盤が弱い若手のみならず、党内で「岸田首相では選挙を戦えない」との声が高まるのは必然だ。
6月の定額減税も「人気取り」と見透かされ、首相が期待したような政権浮揚につながらなかった。
国民の政治不信を高めた首相の責任は重い。
首相は論語に由来する「信なくば立たず」を好んで使った。政治は国民の信頼がなければ成り立たない、という意味である。国民の信を失った以上、政権の命運が尽きるのは自然な成り行きだ。
政治家が出処進退を見極めるのは難しい。国のトップともなれば、内政や外交に与える影響を慎重に考慮しなくてはならない。
次のリーダーは岸田政権の功罪を論じてほしい。裏金事件は決着していない。首相の退陣によって、終わったことにしてはならない。
退陣表明(2024年8月15日『長崎新聞』-「水や空」)
「本の表紙を変えても、中身を変えなければダメだ」-。リクルート事件が政権の中枢を直撃した1989年。高潔な姿勢を買われて竹下登氏の後継に推されたが、こんな言葉で固辞したのは、党や内閣の要職を歴任した自民党の実力者、伊東正義氏だった
▲総理大臣を夢見る政治家は山ほどいるのだろうが、実際にこの国の首相を務めた人はこれまで64人しかいない。一方、首相就任を懇請されて蹴飛ばした政治家は伊東氏のほかに知らない。亡くなって30年になる
▲重い決断に向ける言葉としては酷に過ぎるかもしれない。それでも思う。混乱も停滞も不信感も低支持率もリセットしてください、私は表紙を降りますから…幾度も繰り返されてきた光景だ。既視感が消えない
▲総裁選で真剣勝負を繰り広げ、後はドリームチームで政策遂行を、と希望を語った。揚げ足取りは本意ではないが、夢のチームがひと月先に作れるのなら今すぐにできない道理はない
岸田文雄首相は9月の自民党総裁選に立候補しないと表明した。自民党派閥の政治資金パーティー裏金事件で責任をとり、不出馬によって「けじめ」をつける考えだ。2021年10月に発足した岸田内閣は総裁選後に退陣する。
低支持率に表れた国民の政治不信、「岸田首相では次期衆院選は戦えない」という党内の不満に押され、進退窮まったと言えよう。しかし、不出馬が裏金問題の「けじめ」となるかどうかは、最終的に国民が判断することだ。
このような説明は自民党内で通用したとしても、国民は納得するだろうか。自民党は裏金問題の真相究明に及び腰だった。衆参両院の政治倫理審査会に出席した派閥の会計責任者らの証言は終始核心部分を避けた。改正政治資金規正法も「抜け穴だらけ」と批判される始末である。
国民の不信を買ったのは「政治とカネ」の問題だけではない。22年7月の安倍晋三元首相銃撃事件をきっかけに自民党を中心とした政治家と旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の根深い関係が浮き彫りとなった。この「政治と宗教」の問題も未解決だ。
岸田政権が戦後日本の防衛政策を転換したことは重大である。これによって隣国との緊張が高まれば、最も大きな影響を受けるのは沖縄だ。
敵基地攻撃能力(反撃能力)の保持を認める安全保障3文書の閣議決定で、防衛政策は「専守防衛」から逸脱した。27年度までに43兆円という巨額を投じて防衛力が増強される。岸田首相は今月に入り、憲法9条への自衛隊明記に関する論点を整理するよう自民党に指示した。いずれも憲法が定める「平和主義」を基底とした「国のかたち」を大きく変えるものであり、県民生活を揺るがしかねない。
政権発足時、岸田首相は「国民の声に耳を傾けて丁寧で寛容な政治を進めていく」と語っていた。しかし、沖縄にとっては県民の声を聞かず、丁寧さに欠く極めて不寛容な政権であった。辺野古新基地建設での強硬姿勢はその象徴だ。沖縄に厳しい態度で臨んだ岸田政権に県民は不信の目を向けている。
政治への信頼を失墜させた自民党の責任は極めて重い。9月の総裁選では信頼回復に向けて政治は何をなすべきか徹底議論を求めたい。野党や国民が望むならば、信を問うための総選挙も必要だ。
岸田首相退陣へ 世論に見放された末に(2024年8月15日『沖縄タイムス』-「社説」)
ここにきて突然、不出馬を表明したのはなぜか。
首相は派閥の裏金事件などを理由に挙げる。「組織の長として責任を取ることにいささかのちゅうちょもない」
この説明はにわかに信じ難い。低迷する内閣支持率が示すように、首相は国民から事実上の不信任を突き付けられたのだ。
党内からも「今の政権では次の選挙は戦えない」と交代論が噴出した結果、事態打開の展望を見いだすことができず、立候補しても勝てない可能性を感じ取り、身を引いたのではないか。
6月に成立した改正政治資金規正法は、検討課題を列挙した生煮えの内容で、とても政治改革だと胸を張れるような中身ではなかった。
各選挙の低投票率が示すように政治不信は深刻だ。
政党に対する信頼が失われ、政治離れがさらに進むことになれば民主主義の土台が揺らぐ。
首相は会見で、今回の総裁選で「新生自民党を国民の前にしっかりと示すことが必要だ」と強調した。
繰り返すが、不人気な「党の表紙」を替えるだけの総裁選であってはならない。
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支持率低迷に苦しみながらも岸田首相の在職日数は千日を超え、戦後の首相としては8番目に長い政権となった。
他国領域のミサイル基地などを破壊する反撃能力(敵基地攻撃能力)保有や防衛費の大幅増を決め、安全保障政策を大転換した。
沖縄に関しては、復帰50年の式典や慰霊の日の追悼式など重要な場で「基地負担の軽減に全力で取り組む」と何度も繰り返したことを思い出す。
しかし、ここ数年で急激に進んだのは、その言葉とは真逆の南西諸島の「ミサイル要塞(ようさい)化」という負担増だ。
民間の空港や港湾を整備し、自衛隊などが平時から使えるようにする動きも加速している。
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名護市辺野古の新基地建設を巡って、岸田政権は全国どこにも例がない「代執行」に踏み切った。
かつてない強権を持ち出して、大浦湾の地盤改良・埋め立て工事を強行したのだ。これにより地方分権改革で示された国と地方の「対等・協力」関係はもろくも崩れ去った。
沖縄振興では「強い沖縄経済」を唱えながら、実際の沖縄関係予算は減額傾向が続く厳しい状況にある。
基地問題で対立する県への「見せしめ」的なやり方で、安倍、菅政権同様、沖縄との溝を埋めることは、とうとうできなかった。