古賀茂明氏
「歩く昭和」と指摘された政治家はこちらの二人
6日の広島の原爆の日の岸田文雄首相の演説を聞いたが、「非核三原則の堅持」「『核兵器のない世界』の実現に向けた努力」を掲げ、「核兵器不拡散条約(NPT)の維持・強化のため、現実的かつ実践的な取り組みを進め、核軍縮に向けた国際社会の機運を高める」と述べただけで、全く心のこもっていない、型通りのスピーチだった。もちろん、聞いている人には何のインパクトもない。
今夏は、ウクライナ戦争に加え、ガザでのイスラエルの関与が指摘され大量虐殺という悲惨な事態が加わり、さらに、最近では、イスラエルによるイラン国内でのハマス最高指導者の殺害を機に、イランやその支持勢力によるイスラエルへの本格攻撃の危機が迫っている。
それにもかかわらず、岸田首相が「例年通りの」スピーチを行ったことは、日本政府が「戦争にも平和にも取り立てて関心を持っていない」ことを発信したのと同じだ。
岸田氏の能天気なスピーチを聞いて、今回は、現在、キューバ危機に匹敵するくらいの核戦争の危機が迫っているという話を書くことに決めた。
さらに驚いたことには、英国のスターマー新首相は、先の総選挙の期間中に「核抑止力は英国の防衛に不可欠」「それを使う用意がなければならない」と述べて世界を驚かせた。
ここで注目すべきは、米国を中心とするNATOとこれに擦り寄る日韓などの勢力と、ロシア、中国、イランなどの勢力が完全に分断されているということだ。
筆者は、8月1日に米国から帰国したが、その直前、米国の反核・平和活動をしているあるNPO(米国などの軍隊の情報部門OBなどが加わっていて単なる平和活動というより情報分析能力に特徴がある)の幹部から連絡があった。私の本コラムの記事を見てどうしても会いたいと考えたためだという。
■できるはずのない核軍縮
彼らは、第三次世界大戦の危機、そして何よりも核戦争のリスクがかなり高まっていると懸念を表明した。もちろん、明日にもということではないが、冷戦が終わって、世界が一つになれるという幻想が支配した時期を経て、「文明の衝突」(ハンチントン)の世界がまさに進行中だという。
米国は、ロシア、中国、イランを敵国だと見做している。しかも、これらの国々とは価値観が異なるから共存できないと考え、彼らが自分たちの考え方を拒否し続けるのであれば、単なる勢力争いをするだけでなく、機会があればこれらを滅ぼすか、あるいは国家分裂させようという意図を持っているようにさえ見える。バイデン政権にも共和党にもそうしたネオコン的な政治家は多いし、少なくとも、ロシア、中国、イランには、米国の意図はそうであると見えている。北朝鮮にとっても同じだ。
自国の存立が米国によって脅かされるということになれば、自らの身を守るためには何をしても良いということになる。したがって、米国やその連合勢力に対しては、核兵器を使う準備を怠るわけにはいかないということになっているのだ。
これでは、核軍縮などできるはずはない。
今、自らの存立危機を最も強く感じているのはプーチン大統領だ。ウクライナ戦争に勝つことは悲願だが、それ以上に、負けたら彼の地位が危ないことは自明のこと。したがって、米国の動きに過剰反応気味になるのは当然だ。
今のところ、米国に対する攻撃的姿勢は言葉の上だけだが、だからと言って安心はできない。彼は、米国やNATOは隙あらばロシアを潰そうとしていると信じていれば、何らかの勘違いで、米国がついにその動きに出たと判断してしまう可能性があるからだ。
また、フランスのマクロン大統領は、ウクライナ支援の国際会合で、欧米諸国の地上部隊をウクライナに派遣する可能性を排除しない考えを表明している。万一NATOがウクライナに部隊を派遣してロシアと一戦を交えれば、NATOとロシアの全面戦争になる。ロシアは、それが自国壊滅の危機になることは百も承知だが、ウクライナから兵を引くということは考えられない。
英仏首脳の言動は、プーチン大統領の「欧米はロシアを潰そうとしている」という疑念を増幅させるだろう。
■ちらつかせる「戦術的核使用」
プーチン氏は核兵器を使用するための条件として、「国の主権や領土保全が脅かされた場合」に限定する考えを示している。6月の時点では、「そういった状況には至っていない」とも述べ、その時点での核使用を否定していた。
しかし、その後も、事態は悪化の一途だ。
また、6月以降、米国はウクライナに対して、米国が供与した兵器でロシア領内を攻撃することを許可したと発表していたが、ウクライナはそれによって、ロシアの戦略的に重要な軍事拠点の攻撃に成功し始めている。中でも、クリミア半島などにアメリカのATACMS(Army Tactical Missile System)と呼ばれるミサイルシステムによる攻撃が行われていることが注目点だ。日本では弾薬・武器倉庫や石油タンクなどへの攻撃がよく報道されているが、先のNPO幹部の話によれば、それよりも、早期監視レーダーや衛星管制施設への攻撃が重要だという。これらが機能しなくなると、万一、米英仏などが核ミサイルでロシアを攻撃した場合に、これを察知することができず迎撃ができなくなるのだが、12の早期監視レーダーのうち、すでに3基が攻撃により被害を受けたという話だった。
ロシア側は、最悪の事態として、それに備えることを余儀なくされ、それと同時に、レーダーがないのをいいことに米国などが攻撃をすれば、本気で核を打ち返すぞという強いメッセージを送る必要があると考える。自然な流れだ。
ロシア軍とベラルーシ軍は6月までに2回にわたり共同で第2段階戦術核演習を実施しているを発表された。
さらに、7月には、ベラルーシのルカシェンコ大統領が、「ほとんどの核弾頭(ロシアの戦術核兵器)は搬入され、ベラルーシ国内にある。年内に搬入が完了することは確実であり、もっと早くなると思う」「ベラルーシが侵略された場合、即座に反応するだろう」と述べ、核兵器の使用準備完成が近いという発言までしている。
では、どうしてロシアは、そこまで派手に「戦術核使用」をちらつかせるのか。
それは、米国やNATOの動きが、本気でロシアの壊滅、あるいは国家分裂を狙っていると恐れ、そんなことになれば核を使うぞと警告しているのだ。NATOは今まさにレッドラインを越えようとしている、だからもうこの辺で止めてくれと必死に訴えていると言っても良い。
■「平和の使者」だった日本はどこへ
NATOは最近、これまでの東欧への拡大に続き、アジアへの進出にも熱心だ。ロシアと中国との関係を念頭に、台湾有事にも言及し始めた。フランスなどは慎重ではあるが、明らかに、日本をNATOに引き込む戦略でもある。
今、万一、ウクライナでロシアとNATOの戦争が始まったらどうなるか。それを機に、中国が台湾に手を出せば、それが小競り合い程度のもので本格戦争にはならないとしても、米国の兵力を分散させることになる。NATOとしては、それを回避するために、日本に主力として戦ってもらうことで欧州での対ロシア戦への影響を最小限にとどめるようにしてもらおうということだろう。
万一、そんなことが起きたら、日本は、米軍の下請けとなって、真っ先に中国と戦火を交えなければならない。
先月末に行われた日米外務・防衛閣僚協議で米側が、在日アメリカ軍を「統合軍司令部」として再構成する考えを示したというが、まさにこれによって、米軍の指揮下に自衛隊が入り、その尖兵として戦争を行う仕組みを作っておく意図が読み取れる。
こうした危機的状況を頭に入れた上で、あらためて岸田首相の広島での演説を思い起こすと、なんという無責任、なんという能天気なことか。
さらには、差し迫った危機に陥っている戦術核の使用について、「核の先制不使用」を、米英仏露中、さらには北朝鮮に呼びかけることもできたはずだ。
と、そこまで考えて思い出した。
2016年にオバマ大統領が核の先制不使用宣言を行おうとした時に、最も強硬に反対したのが日本政府だという証言を核不拡散問題の当時の責任者だった元米国務次官補が証言していたことを。その時の日本の外務大臣が岸田氏だった。
さらに、現在、「拡大抑止」という名の下に、米国の核兵器に頼る政策の強化を打ち出しているのも岸田氏だ。
この人は、正真正銘の「核兵器依存症」なのだろう。
日本は、もはや「平和の使者」ではなく「核兵器の虜」と呼ぶべき存在に成り下がってしまうのだろうか。
その汚名を返上するためには、私たち日本の国民が、もう一度、核兵器廃絶に向けて声を上げ共に行動するしかない。そのことを強く訴えたい。
古賀茂明