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2025年大阪・関西万博が開かれる大阪湾の人工島「夢洲」は、軟弱地盤や土壌汚染、アクセスの悪さ、貧弱なインフラなど、さまざまな問題を指摘されながら、IR(統合型リゾート)との相乗効果を狙う維新首長のトップダウンで会場に決まった経緯がある。
懸念は的中した。パビリオン工事は遅れに遅れ、一部工区ではメタンガス爆発が起こり、唯一順調に建設が進む木造リングは落雷の危険性が高いことが先日報じられた。
万博開催が決定した2018年から取材を続ける元大阪日日新聞記者のジャーナリスト、木下功氏は、最大のリスクは災害、とりわけ南海トラフ級の地震だと『大阪・関西万博「失敗」の本質』(ちくま新書)で指摘している。極めて不十分な防災計画の実態を、同書から抜粋のうえ、一部編集してお届けする。
15万人が避難? 現実味を欠く防災対策
大阪市議会の万博特別委員会では、もう一つ重要な質疑が行われている。防災対策だ。2023年以降に次々と表面化した工期遅れやコスト膨張の問題も確かに重要だが、世界から要人を招き、全国の子どもたちに参加を呼びかける万博の最重要課題は防災対策・安全管理だと筆者は考える。そのために万全の対策を施しているか、だ。
24年元日に能登半島地震が発生し、同年3月には万博会場の一部でメタンガスに引火したガス爆発事故があった。能登半島地震の被災地では液状化という悪条件が重なり、避難、救援、復旧いずれの段階でも大きな障壁となることをまざまざと見せつけられた。
ガス爆発では廃棄物埋め立て処分場から噴出するメタンガスの危険性を思い知らされた。人工島である夢洲は、能登半島以上の軟弱地盤とアクセスの悪さが指摘されながら、あえて大規模イベントの会場にしているのであり、同様の地震が起こった時に「想定外だった」などという言い訳は通用しない。
万博の開催期間は25年4月13日から10月13日の184日間。万博協会は来場者数を2820万人と想定し、ピーク時には1日22万人を超える来場者を見込んでいる。大阪市内から夢洲へのアクセスルートは前述した通り、舞洲との間に架かる夢舞大橋と、咲洲とつなぐ夢咲トンネルの二つしかない。
筆者が取材した防災の専門家によると、地震の際に橋とトンネルの二つのルートから22万人を逃がすことは不可能だ。大阪府・市は「南海トラフ地震を想定した最大震度6弱の揺れに対しても耐震性を備えている」と説明するが、実際に避難するためには本当に安全かどうかの確認作業が必要だ。
結果として安全が確認できない場合はどうするのか。来場者は夢洲内に残るしかない。万博協会はピーク時の7割、約15万人の来場者に対応する食料・飲料などの備蓄を用意する方針だが、避難施設はどうするのか。
「避難場所」を造らない?
公明党の司隆史市議が、委員会に出席した協会担当者にこう質している。
「会場建設費関連の資料を見ると、警備関係の事項は確認できるけれども、避難場所や備蓄倉庫など防災施設に関わる事項が見当たらず、不安を覚えている。避難場所、また備蓄倉庫などの防災施設の整備費について、今回の会場建設費の中に含まれているのか、また運営費等に含まれているのか。(中略)今後、防災計画の策定が検討されているというけれども、その計画いかんで、さらに追加の費用が発生するような一番避けなければならない3度目の上振れみたいなことが起きるのか」
万博協会担当者の回答はこうだ。
「備蓄倉庫については今、3カ所整備をすることになっていて、会場建設費を使って整備している。防災基本計画はただいま策定しているところだが、現在、策定している中身において会場建設費を追加するような内容はない。運営費の話もあったが、どういう防災体制、運営体制を組むかについては、今、防災基本計画で検討している」
「策定している中身において会場建設費を追加するような内容はない」ということは、避難場所について予算を確保していないということだ。つまり23年11月時点では、夢洲会場内に備蓄倉庫は設けるが、避難施設を造る計画はないということになる。
筆者は24年2月15日に行われた夢洲を管理している大阪市の予算会見で、担当部局に避難所開設の予算を計上していないことも確認している。とすれば、地震の際に橋と海中トンネルだけで15万人もの来場者を避難させることになる。そんなことが現実に可能なのだろうか。
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2024年4月25日の会見で吉村知事に再度聞くと、こう語った。
「大きな地震が起きたら夢洲だけが被災することはあり得ないので、大阪全体の被災計画になる。夢洲へのトンネルと橋は耐震化が完了済み。橋が見た目は崩れていなくても、安全に通行できるかを調査する必要がある。安全であると判断してから橋を使うので、タイムラグが生じる。
橋のチェックの一定期間に多くの人が滞留することを前提にした防災計画が重要。備蓄倉庫、非常用電源も備える。夢洲は海面から10メートルの非常に高い所に造っている。津波の心配はむしろ湾岸の内陸部の方が危険な状態。夢洲に特化した防災計画も具体的にいろいろと想定しながら策定していこうと考えている」
だが、橋やトンネルの安全性をチェックし、危険だから使えないとなった場合はどうするのか。島内に留まるしかないだろう。ところが、前述した万博協会担当者の説明と同様、吉村知事も備蓄倉庫や非常用電源には言及するが、避難施設の設置には触れていない。夢洲が孤立してしまった場合、来場者はどこでどう過ごせばいいのか、まだ何も決まっていないということになる。
「避難経路が完全に断たれて夢洲内に孤立するシチュエーションが現実的にどのレベルで起きるのか考えないといけない。夢洲内で何万人が孤立する状態というのがどれくらいの可能性で考えられるのか。アクションプラン(防災実施計画)の中でどう位置付けていくか考えていきたい」
こちらも、まだそこまで考えられていないということのようだ。一方で防災の専門家は「地震時には停電で大阪メトロが動かなくなったり、液状化で車が使えなくなったりする可能性もある」と指摘し、15万人が夢洲に孤立することを想定する必要があると説く。
専門家の意見を踏まえて再質問すると、横山市長は「想定される事態では大阪市内が壊滅的な状態になっていると思う。夢洲だけが被災するわけではないから。協会や推進局に確認し、夢洲内での待機、どれぐらいの蓋然性が高いのか。ただ、最悪の場合を考えて、どう想定するのかは意見として言っときたいとは思う」と答えた。
防災基本計画には他にも懸念材料がある。液状化可能性予測だ。
〈夢洲では、主に港湾や河川を掘削した際に生じた粘土質のしゅんせつ土砂で埋め立てるといった対策が講じられており、会場の大部分は液状化が起こらない想定となっている。それに比べて、咲洲及び舞洲に関しては、液状化が起こる可能性が高い〉
そのことを示すのが、万博会場の北側で行われているもう一つの工事だ。30年秋頃の開業を目指すIRのための地盤改良工事である。大阪市は液状化対策・土壌汚染対策・地中障害物撤去などで最大788億円の公金をつぎ込むことを複数年度にわたる債務負担行為として決めている。もともと大阪市は、夢洲は液状化しないと想定していたが、IR事業者の調査によって液状化の可能性が指摘され、対策を余儀なくされた経緯がある。
「たとえ橋やトンネルが無事でも、液状化で道路が使用できなくなれば車が使えず、徒歩で避難しなければならない可能性がある」と専門家は指摘する。
横山市長が言う通り、大地震の場合は夢洲だけが被災するわけではない。万博来場者の安全を確保するためにはまず、夢洲の孤立を想定した避難施設が島内に必要であり、夢洲外への避難については舞洲と咲洲、近隣区も含めた防災計画が必要となる。
今夏をめどに策定されるという防災実施計画を注視していきたい。
木下 功(ジャーナリスト・元大阪日日新聞記者)