「大手メディアが信用されていないことが問題」 鹿児島県警不祥事に産経新聞元記者が指摘(2024年7月30日『デイリー新潮』)

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鹿児島県警本部
 組織の不正を内部告発した者が、組織から圧力をかけられる――目下、兵庫県知事の件が注目を集めているが、その少し前には鹿児島県警でも同様の構図が見られた。『メディアはなぜ左傾化するのか』などの著作を持つ元産経新聞記者の三枝玄太郎氏は、一連の報道を見て、メディア側にも問題があると指摘する。そもそも地元に支局を持つマスコミは、内部告発が行われるまで何をしていたのか―――。
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鹿児島県警で一体何が起ったのか…時系列で見る
 
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不祥事続出の鹿児島県警
 鹿児島県警が揺れている。国家公務員法守秘義務)違反の疑いで鹿児島県警のノンキャリアのトップである本田尚志・前生活安全部長(60)が逮捕されたのだ。それだけでも重大事なのだが、その守秘すべき内容というのが、現職警察官が行った不祥事を野川明輝本部長が隠蔽したという驚愕すべきものだったのだ。
 本田前生活安全部長は、「闇を暴いてください」と書かれた文書を2024年4月、北海道札幌市在住のライターO氏に郵送している。内容は「前県警刑事部長が枕崎警察署の署員の事件(女性を無断でトイレで撮影した)の捜査に関し『静観』するよう指示した」という趣旨のことを書いていたというのだ。
 O氏によると、「文書には公表されていない不祥事3件の概要と公文書が入っていた」という。ただし、彼は札幌在住だったため、「発生場所が遠すぎる」と、この文書を福岡市に本社を置くネットメディア「ハンター」に送った。
 この枕崎警察署員の事件はハンターに掲載されることはなかったが、文書送付の翌月にあたる5月13日、鹿児島県警は枕崎警察署地域課の巡査部長T(32)を建造物侵入と性的姿態撮影等処罰法違反の容疑で逮捕する。
 T巡査部長は当時、枕崎警察署警備課で勤務していた。容疑は2023年12月、鹿児島県内の女子トイレに侵入し、個室内にいた30歳代の女性の姿をスマートフォンで勝手に撮影した疑いがあるというものだった。
 その後の調べで、T巡査部長が2023年3月から12月ごろまで、同じ女性に対して計12回、撮影していたことも判明したという。
鹿児島県警が隠した「捜索場所」
 鹿児島県警は4月、「ハンター」を運営する中願寺純則代表の自宅を地方公務員法守秘義務)違反容疑で家宅捜索している。このときに押収した文書から、曽於(そお)警察署地域課のF巡査長(49)が関与していたことが判明したとして、地方公務員法守秘義務)違反容疑で逮捕した。
 発表された際の広報資料によると、F巡査長は2023年8月下旬から2024年1月下旬までの間、容疑者の氏名や事件の対応状況などを記載した「告訴・告発事件処理簿一覧表」が印刷された書面を外部の第三者に見せ、職務上得られた情報を漏らした疑いがあると記されている。
 F巡査長がまるで行きつけの店のホステスあたりに「ほら、俺、こんなもの持ってんだぜ」と自慢したかのような軽いノリであるかのような発表になっているが、実は文書が押収されたのは、「ハンター」の記者宅だったわけだ。
 これを鹿児島県警は「会社役員の自宅で発見された」と、これもまたぼかしていている。
 実はF巡査長が流出させた文書は、「ハンター」に2023年10月、一部をマスキング加工した上で、掲載されているのだ。
 この流れを見ると、県警の内部情報を掲載した「ハンター」と中願寺代表の自宅を家宅捜索した鹿児島県警がF巡査長の関与を示す証拠を発見し、逮捕。その際に押収した資料の中から今度は本田前生活安全部長が札幌市のO氏に送ったはずの文書まで発見され、慌てて本田前生活安全部長を逮捕したのではないか、と推察される。
前生活安全部長の義憤
 5月31日、本田前生活安全部長が逮捕された際は、単純な守秘義務違反としてしか報道されていなかった。だが、6月5日の本田前生活安全部長の勾留理由開示請求で事態は思わぬ方向に展開する。
「県警職員が行った犯罪行為を野川明輝・県警本部長が隠蔽しようとしたことがどうしても許せなかった」
 この告白でマスコミは騒然とする。本田前生活安全部長の陳述によると「私は、捜査指揮簿に迷いなく押印をし、それを野川本部長に指揮伺いをしました。しかし、野川本部長は『最後のチャンスをやろう』『泳がせよう』と言って、本部長指揮の印鑑を押しませんでした」というのだ。
 本田前生活安全部長は「実際、私が送った文書がきっかけになったと思いますが、枕崎署の署員の事件は、今年の5月になって、署員が逮捕されることになりました」と勾留理由開示請求で語っている。
 この間のハンターのニュースサイトを見ると、出るわ出るわ、鹿児島県警が暴力を振るわれた女性の被害届を6年間、放置していた……とか、性被害を訴えて助けを求めた女性の訴えを鹿児島中央警察署が門前払いにした……等々。
 この時期、鹿児島県警は不祥事の連続で、本田前生活安全部長が現役のころから、すでに2件の警察官不祥事による逮捕事案があった。野川本部長は、本田前生活安全部長曰く、独断専行型で、しかもあまり的確な指示をするタイプではなかったようで、本田前生活安全部長が不信感を募らせていたのは、想像に難くない。
 しかも本田前生活安全部長が指摘した、「職務を通じて入手した巡回連絡簿を悪用して、ストーカーを繰り返していた」という事件は摘発に至っていない。
「1人だけ人事異動」が意味するもの
 ハンターの記事によれば、この事件はこういうことのようだ。
 2022年4月、ある警察署の駐在所に勤務する30歳代の男性巡査長が、パトロール中に立ち寄った先で20歳代の女性と出会った。月に1度ほど女性のところを訪れて世間話をしていたようだが、駐在所の巡回連絡簿から女性の個人情報を不正に入手し、2023年4月ごろから、2人は個人的にLINEのやり取りをする間柄になった。そのうち女性に「抱いていい?」などとメールしたり、食事に誘ったり、ホテルについて尋ねるメールを送ってくるようになったという。交際相手に女性が相談。県警の知るところとなり、捜査が開始された。ところが、2024年2月、突然捜査は打ち切られる。
 なぜか。女性の交際相手が事件化を望まない意向を示したからだ。ところが、面妖なことに女性の交際相手が何と加害警察官と同じ県警の警察官だったというのだ。
 本田前生活安全部長が、義憤を感じたのが分かる気がする。おそらくは監察が女性のところに出向いて「交際相手の将来に影響するかもしれない」などと一言、申し添えたのではないか。
 もし、そうだとすれば(おそらく真相もそれほど遠く外れてはいないと思うが)、女性が事件化を望む、などと言えるわけもないからだ。
 おかしなことに女性を撮影した容疑で逮捕されたT巡査部長は警備課から地域課に異動し、このストーカー警官も駐在所から署内勤務に異動させている。ハンターに情報を漏洩したとされるF巡査長も異動となっている。
 人事異動のシーズンでもないのに、1人だけ人事異動が行われたときは、病気やケガが理由でなければ、不祥事によって引き起こされた可能性を疑うべきだ。
メディアの側にも問題がある
 いずれにせよ、「ハンター」が鹿児島県警の不適切事案をこれでもか、と報じていたくらいだから、今の鹿児島県警は2000年前後の神奈川県警に匹敵するような酷い状態に陥っている可能性は極めて高い。そこに指揮能力に疑問符がつき、部下からの人望がない野川本部長がつくづく嫌になって、自らの将来に傷がつく、と本田前生活安全部長が考えた 可能性はやはり否定できないだろうと考える。
 6月19日、日本ペンクラブ新聞労連が鹿児島県警の「ハンター」への家宅捜索に関して、抗議声明を出した。自分たちの不正を暴いたメディアに対して家宅捜索を行うだけではなく、そこで押収した資料をもとに告発者を逮捕するなどという行為を警察が簡単に行うことは看過しがたいのは当然だろう。まるで中国やロシアの警察のようだ。
 ただ、この事件についてはメディアの側にも問題があるように思う。主な問題点は2つだ。
 1つは鹿児島県警の家宅捜索を予期していなかったのか、証拠となるべき物件を原本のまま置いていたというハンター側の落ち度。情報源の秘匿のために、もう少し対策を練っておけばよかったのに、と思う。
現場の取材力が弱っている
 もう1つは、より大きな問題である。鹿児島県警記者クラブというれっきとした取材拠点がありながら、これほどの事態になっても、地元の記者クラブが鹿児島県警の闇に光を照らした形跡がないことだ。
 本田前生活安全部長は、警視正まで昇り詰めたいわば「ノンキャリアのエース」だ。報道記者とは常日頃、接触する立場にある。その彼が地元の記者には伝えずに、遠く離れた札幌のメディアを頼ったというところに、現在のメディアを取り巻く絶望的な現況が横たわっている気がしてならない。
 地元記者の中に一人でも本田前生活安全部長に食い込んでいる記者、言い換えれば信頼されている記者が存在していれば、まずはそこに話が持ち込まれたはずだ。それが無かったということは、いかに現場の取材力が弱っているかを示している。
 新聞記者の「夜討ち朝駆け」的な取材は昨今、批判の対象ともなるのだが、実はこうした不正を暴くことが大きな目的の一つだ。つまり、公式発表で明かされていない事実、権力側が隠したい事実を暴くためだ。組織の中には不正に目をつむれない人が一定数いる。そういう人から「実は……」と話してもらうには、記者クラブにお下げ渡しされる情報だけで満足していてはいけない。そして、官僚組織や警察は往々にして、自らに不都合な真実を隠す習性があることを前提に、取材活動をしなければならないのだ。
 では、お前はどうなのか? という声が聞こえてきそうだ。
 実際に、新聞記者時代、警察内部の不祥事の報に接したことは何度かある。そのいくつかは記事にしたが、いくつかは暴けずに終わった。次回にそのときの模様をお話ししようと思う。
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では、三枝氏が体験した「警察とメディアの癒着」に関する驚きのエピソードを紹介している。
 
三枝玄太郎(さいぐさ・げんたろう)
1967(昭和42)年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。1991年、産経新聞社入社。警視庁、国税庁国土交通省などを担当。2019年に退職し、フリーライターに。著書に『メディアはなぜ左傾化するのか産経記者受難記』『三度のメシより事件が好きな元新聞記者が教える事件報道の裏側』など。
デイリー新潮編集部