イスラエルのジェノサイドに加担したバイデン政権。ホロコーストの教訓は「誰に対しても」生かされるべきである(2024年7月27日『集英社オンライン』)

自壊する欧米 ガザ危機が問うダブルスタンダード #3
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バイデン大統領
約600万人ものユダヤ人が犠牲になったホロコースト。2023年10月7日のハマスの越境攻撃は許されるものではないが、イスラエル軍の報復では多くのパレスチナ人が犠牲になっている。
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『自壊する欧米 ガザ危機が問うダブルスタンダード』より一部抜粋・再構成し、バイデン政権の責任を明らかにする。
ジェノサイドを否定するアメリ
南アフリカの起こした訴えへのバイデン政権の反応は冷淡だった。 国家安全保障会議のジョン・カービー報道官は、まだ公聴会で具体的な陳述がなされる前に「イスラエルがジェノサイドを遂行しているという主張は根拠がない」と断じ、「ジェノサイドは、軽々しく使ってよい言葉ではない」と釘を刺した。
国務省のマット・ミラー報道官に至っては、「イスラエルを激しく批判する人々こそが、イスラエルの消滅とユダヤ人の大量殺戮を公然と呼びかけ続けている」と、イスラエルを罪に問おうとしている側にこそ、「ジェノサイド」の意図が疑われると糾弾した。
もっとも、こうしたアメリカ政府の発言が、ガザで現実に起こっていることの綿密な検証に基づくものとは考えにくい。「どのようにアメリカ政府は、イスラエルがジェノサイドを行なっていないという判断に至ったのか」という報道陣の質問に対し、ホワイトハウスの報道官は回答を避け続けている。
イスラエルの軍事行動が国際人道法に適っているかについても、アメリカ独自に検証しているわけではなく、イスラエル政府や軍の高官がそう主張しているのを額面どおりに受け取っているだけだ。
バイデン政権がいかにパレスチナ人の苦しみに冷淡かを象徴したのが、ハマスによるテロから100日の区切りに、バイデンが発した声明だった。
事実から目を背け続けるバイデン政権
声明には、「ガザでハマスの人質となっている6人のアメリカ人を含む100人以上の罪のない人々」に関する言及のみがあり、2万4000人超のパレスチナ人の犠牲も、ガザでは1日10人の下肢切断手術を受ける子どもがいることも、住民の9割近くが強制移住の状態にあることも、4割超が危機的な飢餓状態に陥っていることも、一言も言及がなかった。
もちろん、ガザでのイスラエルの軍事行動が法的な意味でジェノサイドにあたるかどうかは今後、慎重に審議される必要がある。
しかしこの短期間にガザでは人口の1%以上にあたる人々が殺され、子どももこれだけ犠牲になっていること、支援物資の搬入が制限されていることで組織的な飢餓が起こっていることは「ジェノサイド」という言葉で表現するしかないほどに衝撃的であり、「自衛」の名のもとに正当化されるはずがないことは疑いがない。
バイデン政権はこの事実から目を背け続けている。
イスラエルの残虐な攻撃が続く中でも、アメリカの政治社会には、イスラエルの軍事行動を批判することをためらわせる異様な雰囲気が広がってきたことは、すでに論じたとおりだ。
12月の初めには、下院で「反シオニズム反ユダヤ主義であることを明確かつ断固として表明する」という文言を盛り込んだ決議が圧倒的多数で可決された。
現実に起きているガザでの大量虐殺は直視せず、それどころか、イスラエルパレスチナ市民への無差別攻撃や集団懲罰を批判する人々を、「反ユダヤ主義者」「ユダヤ人虐殺の煽動者」と批判し、その口を封じていく。そんな状況がアメリカに生まれているのである。
本来ガザ危機においてもっとも活発に発言し、この問題についての理解に貢献すべき中東研究者ですら、政治的・社会的圧力を強く感じ、「自己検閲」に走りつつある。
メリーランド大学ジョージ・ワシントン大学が、アメリカの大学で中東問題について研究する教授や大学院生936人を対象に、「中東について、とりわけイスラエルパレスチナ問題について話す際、自己検閲をするかどうか」と尋ねたところ、69%が「する」と回答し、とりわけイスラエルパレスチナの問題について話す際に、「自己検閲」をする必要性を感じていると回答した人は82%に及んだ。
より詳細に、どのような局面で「自己検閲」の必要性をもっとも感じるかという質問に対しては、81%が「イスラエルを批判する時」と答え、「パレスチナを批判する時」は11%、「アメリカの政策を批判する時」は2%にとどまった。
この数字を見る限り、「大学キャンパスでは、イスラエルに不当な、親パレスチナの言説ばかりが許容され、蔓延している」という議員たちの主張とは真逆の言論状況がある。中東に関する専門的な知識を持つ人々でも、キャンパス内外からのさまざまな圧力を恐れて、イスラエル批判をしにくくなっていると感じているのだ*1。
バイデンの責任
アメリカ大使館のエルサレムへの移転など、露骨に親イスラエル政策を進めた前共和党政権のトランプに対し、バイデンは相対的には、パレスチナ人の人権にも配慮する政治家と見る向きもある。
しかし、彼の長い政治キャリア、さらには生い立ちを見ていくと、「シオニスト」を自称してきたことが示すように、バイデンにはイスラエルへの深い共感や思い入れがあり、そうした個人的な心情がこの局面でイスラエル支持をさらに強力に後押ししている、そう考えざるをえない。
2015年、当時オバマ政権の副大統領だったバイデンは、イスラエル独立記念日に次のような演説を行なった。それは今日まで変わらないバイデンのイスラエル観をよく表している。
私がイスラエルを愛していることは誰もが知っている。……1948年5月14日の真夜中、あらゆる困難に立ち向かい、焼けつくような悲劇に見舞われ、圧倒的な数の軍隊が国境に集結する中、これに立ち向かい、近代イスラエル国家が誕生しました。……もしイスラエルがなかったとしたら、アメリカはイスラエルを作り出さなければならない、……イスラエルは、世界中のユダヤ人の安全保障のために絶対に不可欠な存在です。……もしイスラエルが攻撃され、圧倒されたとしたら、私たちはあなたのために戦うことを約束します。……
バイデンのこの言葉には、1948年5月14日の翌日が、パレスチナ人にとっては虐殺と強制移住という「ナクバ(大災厄)」と記憶されていることへの配慮が一切ない。これに続いてバイデンは、「私にとって、イスラエルの安全保障を守るというコミットメントは、単なる政治的、国家的利益ではなく、個人的なものだ」と明言した。
バイデンのイスラエルびいきは筋金入り
その言葉どおり、バイデンのイスラエルびいきは筋金入りだ。ペンシルベニア州スクラントンに生まれたバイデンは、イスラエルを断固支持するカトリック教徒の両親のもとで育ち、イスラエルへの尊敬の念を植えつけられた。
バイデンの回顧によれば、父親はよく、「1930年代、ホロコーストを前に世界がいかに黙って傍観していたか」について話していたという。バイデンの子どもはユダヤ人と結婚し、ユダヤ人の孫がいる。
バイデンはすべての子どもと孫について、14歳に達した時、ドイツにあるダッハウ強制収容所を訪問させてきたと語っている。ユダヤ人の強制収容のみならず、人体実験なども行なわれた場所だ。
1973年、若き上院議員だったバイデンは、イスラエルを訪問し、当時の首相ゴルダ・メイルと会談した。これを皮切りに、バイデンは歴代のイスラエル首相と会談し、関係を構築してきた。
バイデンがイスラエルに到着して最初に訪れたのはホロコースを記念するヤド・ヴァシェムであり、ここでも「二度とホロコーストを繰り返してはならないという誓いを新たにした」という。
そのキャリアを通じてバイデンは、イスラエルの軍事行動に常に理解と支持を与えてきた。それがたとえ、市民を巻き込むものであっても、である。
1982年、イスラエルレバノンに侵攻した数日後、訪米したイスラエルメナヘム・ベギン首相が上院外交委員会の場に現れた。レバノンでのクラスター爆弾による民間人殺害について複数の議員たちから追及された際、立ち上がり、非常に熱のこもった演説でイスラエルを強力に擁護したのがバイデン だった。
帰国したベギンはその時の模様について次のように語っている。「バイデンは、我々よりさらに踏み込んだ主張を展開し、イスラエルを侵略しようとする者に対しては、たとえ女性や子どもを殺すことになろうとも、力強く撃退すると述べた」。
このバイデンの発言は、右派政党リクードの創設者ベギンに強い印象を残した。結局、当時の大統領ロナルド・レーガンがベギンに電話をかけ、レバノンの首都ベイルートの制圧を断行するならば、「我々の将来の関係全般が危険にさらされる」と強い口調でその中止を求めた。
この時、レーガンは、意図的にホロコーストという言葉を使い、「今やその象徴は、腕を吹き飛ばされた生後7カ月の赤ん坊の絵になりつつある」と強く迫ったという。その20分後、ベギンから電話があり、砲撃の中止を命じたと告げられた。
ホロコーストの教訓は「誰に対しても」生かされるべき
2006年6月にはガザを、7月にはレバノン南部をイスラエル空爆し、その無差別性が国際的な批判にさらされた際も、バイデンは「イスラエルこそがテロの犠牲であることを理解しさえすれば、イスラエルの行動の正当性がわかるはずだ」とイスラエルの軍事行動を全面的に支持した。
この時、バイデンが引証したのが、9・11後のアメリカによるアフガニスタン侵攻だった。確かにアフガニスタンでも無辜(むこ)の市民が多く犠牲になった。
このことを踏まえた上でバイデンは、「第二次世界大戦以降、アフガニスタン戦争ほど正当であった戦争はないと思う。罪のない人々が殺されたが、それはアメリカの国益のためだった」と強調し、イスラエルの軍事行動に理解を示した。
現実にイスラエルがいかに凄惨な軍事行動を展開していても、「イスラエルこそが犠牲者だ」とみなす思考。市民を無差別に巻き込むイスラエルの軍事行動すら、「自衛」だと支持する思考。これらの思考は今日のバイデンにもそのまま受け継がれている。
ハマスによるテロから10日ほど経って、イスラエルを訪問したバイデンは、ここでもホロコーストの記憶を何度も喚起した。
バイデンは、「10月7日は、ホロコースト以来、ユダヤ人にとって最悪の日となった」「それは、数千年にわたる反ユダヤ主義ユダヤ人虐殺が残した痛ましい記憶と傷跡を表面化させた。世界はそれを見ていた。知っていたのに、世界は何もしなかった。私たちは再び何もせずに傍観することはない」とイスラエルへの強い連帯を表明した。
ホロコーストの悲劇に想いを馳せ、未来への教訓にすることは重要だ。
しかし、その教訓は「誰に対しても」生かされるものでなければならない。「私は差別的なトランプ前大統領とは違い、他人の痛みがわかる人間だ」と、共感型大統領であることを売りにしてきたバイデンだが、バイデンがもし、ユダヤ人の命がパレスチナ人の命よりも重要だと考えているのであれば、それこそがまさに自分が批判してきたレイシズム(人権 主義)だ。
なお、バイデンとイスラエルを結びつけているのは、決して感情的な紐帯だけではない。政治資金の動きを調査する非営利団体オープン・シークレッツによれば、長い議員歴を持つバイデンは、これまでに親イスラエルの団体から、政治献金の受け皿となる「PAC」を通して400万ドル超(2023年時点)を受け取っており、政治家の中で最大の受領者である*2。
「バイデンは口ではイスラエルを批判しても、結局は大目に見て、イスラエルを擁護してくれるだろう」。こう見抜かれているのだろうか。ガザ危機の中で、イスラエルではバイデンの支持率が上がっている。
タイムズ・オブ・イスラエル紙の世論調査によれば、イスラエル国民の40%が、2024年の大統領選挙でバイデンの再選を望んでいる。共和党の最有力候補ドナルド・トランプを支持する人は26.2%で、バイデンが圧倒している。
この結果は、バイデンとトランプ、同じ顔合わせとなった2020年の大統領選時の世論調査とは対照的だ。2020年の世論調査ではイスラエル国民の63%がトランプを支持し、バイデンを支持すると答えたのはわずか17%だった。
この種の調査でイスラエル国民が共和党より民主党の大統領候補を支持するのは、少なくとも20年ぶりという極めて稀な例だという*3。ガザ危機の中で見せたバイデンの親イスラエルぶりが世論調査の結果に影響していることは間違いない。
アメリカさえ押さえておけば、どんなに国際法や人道を無視した行動をしても大丈夫だ、トランプは確かに親イスラエルだが、行動が読めないところがあるから、バイデンのほうがベターだ、こんな心境だろうか。
バイデンはイスラエル国民から寄せられる好意が、そんな動機からくるものだとしても、それでも名誉だと考えるだろうか。アラブ諸国では、「バイデンは、この地域におけるアメリカの地位を、ジョージ・W・ブッシュが行なったイラク戦争よりも傷つけている」という声も聞こえてくる。
[補足:もっとも2024年3月に入り、これまで明言を避けてきたトランプが、この戦争に関してはイスラエル側に立つと発言したことや、バイデンが「ラファ侵攻はアメリカにとってのレッド・ラインだ」としてネタニヤフ政権への批判を強めたことなどを受け、イスラエル国民のバイデン支持(30%)とトランプ支持(44%)は再び逆転した。]
 
*1 “ʻFear rather than sensitivity’: Most U.S. scholars on the Mideast are self-censoring”; NPR,December 15, 2023.
*2 “Money from Pro-Israel to US Senators, 1990-2024”; Open Secrets.
*3 “In major shift, survey finds Israelis prefer Biden to Trump as next US president”; The
Times of Israel, December 22, 2023.
写真/shutterstock
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内藤正典(ないとう まさのり)
1956年東京都生まれ。同志社大学大学院教授。一橋大学名誉教授。中東研究、欧州の移民社会研究。『限界の現代史』『プロパガンダ戦争』(集英社新書)、『トルコ』(岩波新書)他多数。